『confidence』





「啓太、今日は学生会と会計部・・・どっちに行くんだ?」
 終業のベルが鳴り、英語教師が教室から出ていくのを待切れずに
教科書やら筆記用具やらを鞄に詰め込み、席を立つ啓太に。
 苦笑混じりに和希が、前の席から上体だけ後ろを向いて問えば。
「弓道部、見に」
 じゃ、また明日…と駆け足でドアをくぐり抜けていく背を見送り
ながら、ヒラヒラと振っていた手をゆっくりと降ろして、こっそり
と溜息などつきつつ。
「弓道部って言ったって、どうせ篠宮さんしか見ていないくせに」
 そう、啓太は篠宮が弓を引く姿を見たくて、行くのだ。
 そしてそれは、啓太が何度か誘われても弓道部に入ろうとしない
理由でも、あり。

 …だって、篠宮さんにばかり見とれてたら、練習にならないし

 まあ、それもごもっともで。
 しかし、啓太から理由を告げられた時、あの篠宮はどういう反応
を示したのだろう。
 照れたりしたのだろうか。
 やはり、嬉しかったのだろうか。
「・・・ま、俺にはどうでも良いことなんだけど」
 啓太が、それで幸せなのだったら。
 呟きを隠すように、和希も勢い良く席を立つと、自分もまた部室
へと向かった。



 弓道場のすぐ近くまで来て、一旦走っていた足を止めつつ。啓太は
何度か深呼吸して、乱れた息を整える。
 以前、息せき切って飛び込んでしまった啓太を見て、篠宮が呆気に
取られつつも、すぐさま駆け寄って手拭いで汗を拭いてくれたりした
のが、恥ずかしかったり申し訳なかったりで。
 走ってきたからという理由、それだけではなくトクトクと高鳴って
しまう鼓動を鎮めるように、左胸をそっと押さえて。
 よし、と小さく呟いて、啓太は練習の邪魔にならないよう気を配り、
そろりと靴を脱いで道場内へと足を踏み入れる。
「・・・・・あれ?」
 ふと、見渡せば。
 見回さなくとも、いつもすぐに目に入ってくる篠宮の姿は、そこに
なくて。
 朝、一緒に登校して来たから、休みということはないはずで。
 どうしたんだろう…と、首を傾げれば。
「ああ、伊藤」
 既に啓太を見知った副部長が、後輩への指導の手を一旦止めて、声
を掛けてくる。
「こんにちは。あ、あの・・・」
「主将は、シャワー室だよ。一足先に、練習を終えたから」
「え、・・・・・」
 まだ、他の部員達は練習の最中だというのに。
 こんなに早い時間に、しかも一番練習熱心であると思われる篠宮が、
先に切り上げるなんて、と。怪訝そうに瞬きを繰り返せば。
「手首に、少し違和感があるからって。念のために、ちょっと休んで
様子をみようって、・・・・・あ」
 説明を聞き終わらない内に、啓太は踵を返して駆け出してしまって
いて。真直ぐに向かうのは、更衣室に隣接したシャワー室。
「篠宮さん・・・っ」
 心配で、ただ心配で。
 啓太は、走って。
「篠宮さん ! 」
 辿り着いた、その扉を思いっきり開け放してしまえば。
「・・・・・伊藤?」
「し、・・・・・っ」
 ちょうど、シャワーの個室のドアが1つ開かれたところで、その中
から現れた篠宮は。用意していたらしいバスタオルを肩に掛けていた
ものの、殆ど全裸…といった状態で。
「どうした?」
「あ、・・・・・」
 弓を扱う者らしく、しっかりと筋肉のついた肩や腕。そして、広く
逞しい胸。上半身のみならず、下肢も当然バランス良く鍛えられ、引き
締まった大腿のラインは、彫像のように美しく映って。
 篠宮の裸を見るのは、何もこれが始めてという訳ではない。
 何度も、もう。
 それは、3日と空かず。
 この、身体に。
「・・・・・啓太?」
「あ、・・・っす、済みません・・・俺」
「副部長から、聞いているんだな」
 なのに。
 今更に違いないのに、その裸体を。
 直視出来ずに、啓太はやや俯き加減に。
 それを、自分の身を案じてのことと取ったのか、篠宮は濡れた身体
をタオルで丁寧に拭いながら、手首を軽く振ってみせて。
「本当に、たいしたことはないんだ。新しい弓を試しに何度か引いて
いたから、まだそれに慣れていないせいもあるのだろう。まあ、直に
馴染むだろうから、取り敢えず今日は様子見だ」
「そ、う・・・ですか」
 その言葉に、ホッとしつつも。
 やはりまだ、真直ぐに篠宮を見る事が出来ずに。
「あ、あのっ・・・俺、外で待ってますね」
 急いたように告げて、俯き加減の姿勢のまま、ペコリと頭を下げて
踵を返せば。
「そうだな、一緒に帰ろう。すぐに着替えて行くよ」
 それでも、チラリと。
 視界を過る、その姿に。
 トクリ、と。
 鼓動が。
 じわり、と。
 熱く、それは。
「・・・・・、っ」
 酷く覚えの有る、渇きにも似た感覚を振り切るように。
 啓太はドアの外、逃げ出すようにして。
 そして、傍らの冷たい壁に背を預けてしまうと、そろりと。
 熱を帯びた息を吐き出した。
「・・・・・俺、・・・」
 その熱さを散らしたくて、ゆるゆると何度も首を振りながら。その
まま、ズルズルと背を壁に沿わせるようにして座り込んで。
 半ば癖のように抱え込んだ膝に、コツリと額を押し当てる。
「こんなの、・・・・・おかしい・・・」
 呟いて、啓太はブルリと身を震わせた。
 寒いわけじゃ、ない。
 むしろ、この身体の奥からジワジワと侵食してくる熱に。
 目眩すら、感じて。
 と、不意にドアの開く音に、弾かれたように顔を上げれば。
「待たせたな、伊藤・・・・・っどうした、何処か具合でも・・・」
「っ、いえ・・・何でもないですっ」
 きっちりと制服を着込んで出て来た篠宮が、蹲る啓太を見るなり
顔色を変えるのに。違うのだと、笑顔を向けてみせて。
「・・・・・なら、良いんだが」
 まだ心配げな目で見つめてくるのに、どうにも。
 居心地の悪いものを感じてしまって。
「元気、ですって。何でしたら、寮まで走って・・・・・」
「啓太」
 努めて、明るく。
 笑ってみせながら、本当に何でもないのだと証明するように。
 駆け出そうと、して。
「や、・・・・・っ」
 不意に。
 掴まれた、手。
 それを。
「・・・・・け、いた・・・?」
「っ、あ・・・・・」
 触れた、刹那。
 思わず。
 振り解いて、しまって。
「お、俺・・・・・っ」
 驚いたのは、篠宮も。
 そして、啓太も同じように。
 困惑を、露にしながら。
 お互いを、呆然と見つめて。
「す、・・・済みません、ごめんなさい・・・っ」
「っ、啓太 ! 」
 やがて、じりじりと後ずさるようにして、啓太が。
 半ば悲鳴のような謝罪の言葉を残して、逃げるように走っていって
しまうのを。
 篠宮は、ただ立ち尽くしたまま。
 見送る事しか、出来ず。
 背を向ける直前、啓太が見せた今にも泣き出しそうな顔が、篠宮の
胸に、刺すような痛みを伴って。
 残っていた。



 道すがらのことなんて、もう殆ど覚えていない。
 ただ、走って。
 走って、寮に辿り着き、自分の部屋へと駆け込んだ。
 その勢いのままベッドへと倒れ込むようにして枕に顔を埋めれば。
 堪えていたもの、が。
 涙が、堰を切ったように。
「っ、う・・・っふ・・・・・え・・・っ」
 溢れる、ままに。
 泣いて。
 何も、悲しいことなんてない。
 ならば、辛いのだろうか。
 篠宮の手を、大好きな手を振り払ってしまった、こと。
 咄嗟に、そんな行動を取ってしまった自分を。
 触れられる事を拒んでしまった、自分の。
 その内に、確かに存在していた、もの。
 それを、知られたくはなかった。
 だから。
 逃げた。
「し、のみや・・・さ・・・っん・・・・・」
 逃げたって、どうにもならないことは、分かっていたけれど。
 もう、取り返しはつかない。
 急に具合が悪くなってしまって、だとか言い訳してしまうことは、
可能なのだろうか。
 それでも、ちゃんと。
 目を見て篠宮と話せるのだろうか。

 まだ混乱する頭の中、思いを巡らしながら、いつしか。
 泣き疲れたのか、啓太はまだ少ししゃくりあげながらも、眠りの淵
へと、意識を沈めていった。



 その手の感触が、好きだった。
 優しく、髪を撫でられると。
 それだけで、とても満ち足りた気持ちになった。
「・・・・・篠宮、さん」
 夢を。
 見ていたのだろうか。
「・・・啓太・・・」
「え、・・・・・」
 夢、では。
 あり得ない、確かな手の温もり。
 呼び掛ける、声。
「・・・・・あ、・・・っ」
 一気に、意識が覚醒する。
 いつの間にか、寝入ってしまっていたのだろう。
 部屋は、もう薄暗く。
 ベッドに横たわる啓太の傍ら、枕元に腰を降ろして。
 きっと、ずっと。
 こうして髪を撫でていてくれた、のは。
「篠宮、さん・・・」
 呆然と呟けば、静かに微笑んでみせるけれども、その貌は。
 何処か、憔悴したように。
「・・・・・泣いて、いたんだな・・・」
「あ、これ・・・は」
 慌てて目元を擦っても、もう既に涙の跡を見られてしまっているの
だろうから、仕方のないことで。きっと、目も赤くなっているだろう。
「俺が来た時にも、・・・眠りながら、涙を零していた」
 ドアに鍵は掛けてはいなかった。
 掛けたところで、寮長である篠宮は全ての部屋のマスターキーを
預かっているのだから、開ける事は簡単で。
「す、みません・・・俺、ちょっと・・・今日、変・・・」
「啓太」
「ごめんなさい、あんなことするつもりじゃなかった・・・俺、っ俺
そんなつもりじゃ・・・」
 ちゃんと、顔を上げて。
 目を見て、言わなければと思うのに。
 怖い。
 …怖い。
「・・・・・そういう日も、あるだろう。だがもし、体調が悪いとか
そういうことなら、ちゃんと伝えてくれないか」
 心配で堪らなくなるからな、と。
 微かに、笑う気配。
 また、そっと頭を撫でる大きな手。
 こんなにも。
 優しい。
 なのに、その声は何処か。
 辛そうなのは。
「そろそろ、夕食の時間なんだが・・・起きられないようなら、俺が
適当に見繕って持って・・・」
「篠宮さん・・・・・っ」
 そう言って、ベッドから立ち上がろうとする、篠宮の。
 腕、シャツの袖を。
 咄嗟に、掴んでしまって。
「・・・・・啓太?」
 戸惑ったように、見下ろしてくる瞳。
 やっと。
 顔を、見られた。
「・・・・・嫌われたく、なかった・・・」
「・・・啓太を、嫌いになどならない」
 また、涙が溢れそうになっていたのだろうか。
 座り直した篠宮の、啓太に掴まれているのとは反対の手が。
 頬を包むように触れて、目元を親指が拭うのに。
「さっき、・・・・・シャワー室で、篠宮さんを・・・篠宮さんの裸の
姿を見て、俺・・・・・ドキドキ、しました」
「啓、太・・・」
 涙を拭っていた指が、ふと。
 止まって。
「何でもないって、思おうとしても・・・身体が、っ熱くなって・・・
俺、・・・俺は・・・・・篠宮さんの裸を見て、・・・っ」
 欲情、していた。
 言葉はもう、消え入りそうで。
 それでも、篠宮の耳には届いていたのだろう。
 一瞬、瞳が大きく見開かれて。
 触れていた指先が、ピクリと震えた。
「知られたく・・・なかった、です・・・」
 こんな。
「キレイな俺だけ、見せられたら・・・って」
 浅ましい、自分を。
「篠宮さんに、呆れられて・・・っ嫌われるのが・・・」
 見せて。
 嫌われてしまったら。
 怖くて。
「・・・・・好き、だから・・・っ」
 だから、逃げて。
 隠してしまいたかった。

「・・・・・啓太」
 そろりと、呼ぶ声。
 その表情は、薄暗い部屋の中。
 微笑んで、いるのに。
 泣いてしまい、そう。
「し、・・・・・」
 どうして、と。
 尋ねようとした声は、突然。
 強く、抱き締められて。
 息が詰まってしまったから、言葉にはならずに。
「・・・啓太は、全部キレイだ・・・と。言っても、もしかしたら
信じられないと言われてしまうのかもしれない、が」
 耳元、篠宮の潜めるような声に。
 吐息に、また身体があの熱を帯びてしまいそうなのに。
「キレイなところも、・・・・・そうでないところがあったとしても、
それも含めて、俺は啓太がとても・・・好きなんだ」
 そんなことを。
 言われたら。
「だから、・・・・・俺には隠さずに、全て見せて欲しい」
 もっと、ずっと。
 この人を好きになってしまいそうなのに。
「っでも、・・・俺・・・・・っ」
「啓太は、俺の裸を見て・・・欲情、してしまったと・・・言ったな」
 欲情、と言った声だけが、少しだけ困ったような響きで。
 思わず、吐息で微笑ってしまえば。
「そういう素直な反応は、・・・・・嬉しいと、俺は思う」
 俺はいつも抑えて隠してしまうからな、と。
 苦笑混じりに。
「この部屋に入って・・・お前が泣きながら眠っているのを見て、酷く
胸が痛んだのに・・・それと同時に、可愛いな・・・と思ってしまって
・・・・・キスをしたくなって、・・・かなり自己嫌悪だったんだ」
「・・・・・篠宮さん」
 その、告白に。
 ああやっぱり、この人がすごく好きだと。
 強く、感じてしまうから。
「じゃあ、・・・・・篠宮さん、も」

 隠さずに。
 見せて下さい。

「・・・・・そうだな」
 笑った吐息が、目元に触れて。
 そっと、キス。
「明日は、日曜で・・・部の練習は午後からだし、な」
 その、独り言のような呟きに。
 そこに秘められた、意味に。
 鼓動が、トクリと。
「夕食は、やはり俺が適当に見繕って持って来よう。俺も、ここで
一緒に食べて、・・・それから」
 それから。
「啓太には、隠さずに・・・見せるから」
 覚悟しておけよ、なんて。
 少し、戯けたように告げる。
 だけど、その瞳の中に。
 確かに、欲情に濡れた雄の気配を感じて。
 もっと、ずっと。
 篠宮紘司、という人を。
 近く、感じて。
「はい、見せて・・・下さい」
 嬉しくて、それが表情にも出ていたのか。
「どんなお前も、とても可愛いと思うが・・・やはり俺は、啓太の笑って
いる顔が一番・・・好きだな」
 そう言って、また優しく頭を撫でて。
 そっとベッドから離れると、2人分の夕食を調達するために食堂へと
向かう、篠宮の。
 広い背を見送りながら。

 一番好きだと言ってくれた、笑顔も。
 泣き顔も、怒った顔だって。
 そして、篠宮しか知らない・・・顔も。
 全部。

「見てて、・・・下さい」

 見せ合えたら、もっと。
 きっと。
 心も身体も、近くなるような。
 気が、するから。

 ちゃんと。
 見てて。






見せてーーーーーーッ(待てや)vvvvv
いや、2人の間の限定なのでしょう・・・くぅ。
欲しいな…と思う気持ちは、お互いに存在してこそ
だと、思いますですよv自分が、必要だと思っている
相手からも望まれていると、とても嬉しいv
存分に、アレコレ曝け出し合って下さいv
篠宮、狼さんも良し!!いっそ、ケダモノでも(握り拳)!!!!