『微睡み』




 真夜中、ふと目が覚めた。
 静まり返った暗い室内には、微かな空調の音と。
 そして。
 胸元をくすぐる、規則正しい寝息。
「・・・啓太」
 起こすつもりは毛頭なく、ただ何とはなしに名を呼べば。
薄く開いた唇が、ムニャムニャと何事かを呟いて、モゾリと
身じろぎするのに。
 もしや、眠りを妨げてしまったのだろうかと、内心焦り
ながら、肩から滑り落ちてしまった毛布を、そっと引き上げ
てやる。
 暫し、息を潜めながら幼げな寝顔を見つめて。どうやら
覚醒してしまった訳ではなかったようで、そろりと安堵の
溜息を洩らす。
 少し冷えるかな、などと思いながら、もう一度啓太の身体
を抱き込むようにして、自分も目を閉じる。夜、寒いからと
いって空調で部屋を暖め過ぎては喉を痛めてしまうから、と
システム制御の適温よりは、やや低めに。本当は、空調自体
必要ないだろうと思ったりするのだが、仮にも寮長を務める
身としては、そのような個人的な我が侭は慎むべきで。
「ん、・・・・・」
 やはり、やや肌寒いのだろうか。抱き込んだ胸元、擦り寄る
ように、啓太がキュッとしがみついて来るのに。その温もりを
愛おしく抱き寄せながら、密着する身体に。数時間前までの
熱情の余韻が、まだ自分の中に僅かにでも燻っているのを自覚
して、篠宮は自嘲気味に口元を歪めながら、その甘やかな誘惑
を振り切るように、ゆるりと頭を振って。
「知らなかった、・・・・・本当に」
 自分が、こんなに欲深い人間だったとは。
 こんなに、強く。
 誰かを、求めることが。
 想う、ことが。
 そして、理性とのその青い葛藤すらも。
 奇妙に、心地よいと感じるなんて。
「お前が、俺に教えてくれたものだ」
 腕の中で眠る、この。
 大切な存在が。
「・・・・・ふ、・・・」
 ふと。
 溜息のような声が、零れて。
「・・・・・しのみや、さん」
 フワリと開いた瞳に、独り言が過ぎたなと己を叱責しつつ。
 まだ、半覚醒なのだろうか。呼ぶ声は、何処か舌っ足らずに。
ややトロリとした瞳が、困惑する篠宮の貌を映して、柔らかく
微笑う。
「かみ」
「な、・・・・・」
 そっと持ち上げられた啓太の、その手が。覗き込むようにして
いた篠宮の、頬を掠めるようにして。
 掛かる髪を、梳くように動くのに。
「しのみやさんの、かみ・・・・・きれい」
「啓、太」
「サラサラ・・・・・だいすき」
 やはり、寝惚けているのだろう。
 幼い子供のような、やや甘えるような口調は、普段の啓太とは
違うもので。
 いつもの啓太も可愛いと思うのだが、こういう寝惚けた様子も
何やらとても愛らしく。慈しむように、微笑い返せば。
「わらったかおも、すき」
 無邪気に。
 笑って。
「だいすき、・・・・・しのみやさん」
 なのに、しっかりと。
 いつしか首の後ろに回した腕で、引き寄せるようにして。
 不意を突かれた形で、そのまま。
 唇が、触れ合う。
「っ、・・・・・啓太」
「・・・・・だい、す・・・き・・・・・」
 本当に、触れ合うだけのキス。
 ゆっくりと唇を離せば、微笑んだ貌のまま。
 瞼が、やおら閉じられて。
 やがてまた、穏やかな寝息が。
 極至近距離、篠宮の唇をくすぐる。
「・・・・・狡い、ぞ」
 苦笑しながら、そう呟いて。
 額に、そっと口付けを落とし、その傍らに身体を横たえる。
 そうすれば、無意識にか、また。啓太が身を擦り寄せてくる
のに応えるように、胸の中に抱き込んで。
「・・・・・大好き、だ」
 囁いて、目を閉じる。
 啓太の身体から伝わる温もりと、規則正しい鼓動とに。
 静かに訪れる睡魔に意識を委ねて。
「・・・啓太・・・・・」
 自分の言葉は、微睡む啓太には届いていなかったかもしれない。
 それならば、もし夢の中で逢えたら。
 もう一度、ちゃんと伝えようと。
 それとも、目が覚めたら一番に。

 そうしたら、彼は。
 どんな顔を、見せてくれるだろう。





事後(え)v
篠宮さんのコトですから、きっちり身も清めて
パジャマも着せてあげてるんでしょう(ボタンも
上まで全部留めてたり)v
甘々ですな、こんちくしょうv