『繋ぐ』




 啓太、と。
 呼ばれれば、それだけで身も心も震えてしまう。

 互いの熱を分け合う、時。
 やや掠れた声で、名を呼ばれて。
 そして、少し照れたように。
 お前も名前で、と。
 そう。
 求められるままに。

「紘司、さん・・・好き・・・です・・・」

「『紘司さん』・・・か」
「・・・・・、っ!?」
 微かに笑いを含んだ、その声に。
 啓太は文字どおり飛び起きて。
 目の前には、さっきまで優しく自分を抱き締めていて
くれたはずの、人の姿はなく。
 シルバーのフレーム越し、興味深げに見下ろす酷薄
そうな瞳に。
 温もりが、一気に冷めていくのを感じた。
「珍しく、居眠り等しているかと思えば・・・」
 ス、と。
 伸ばされた手が、啓太の顎を掠めるように撫でる。
 その冷たい指先から逃れるように身を捩り、椅子から
立ち上がろうとするけれども、机との間に身体を挟まれて
しまっているから、それは叶わず。
 ク、と洩らされた愉しげな忍び笑いに、啓太は俯いて
唇を噛み締めた。
「いつも、そう呼んでいるのか」
「え、・・・・・あっ」
 反射的に振り返ってしまえば、秀麗な貌が冷ややかな
笑みをたたえたままに。
 そして、先程啓太の顎を撫でた指が、迷いもなく。
 濃いグリーンのネクタイを引き、そのまま慣れた手付き
でボタンを外してしまうと、胸元が覗く辺りまでが外気に
曝される。
「や、め・・・・・っ」
「ふ、ん」
 不埒な手を払い除けようとして、それも容易く掴み上げ
られ。空いた方の手が、指先が。
 首筋から鎖骨までのラインを、スルリと撫でる。
「っ、・・・・・」
「あの堅物にしては、やってくれるじゃないか」
 咄嗟に、ギュッと目を閉じてしまって。
 それでも、降りて来た言葉に。
 俯き加減のまま、自分の寛げられた胸元に目を遣って、
啓太は思わず息を飲んだ。
 あからさまに、それと分かる。
 紅い跡。
 それは幾つも、肌に散らされ。
 思いのほか激しかった、昨夜の情交を一気に蘇らせた。
「ここにも、・・・ここにも。この分だと、他の場所にも
沢山残っていそうだな」
「や、・・・・・っ」
 1つ1つ。肌に浮かび上がった跡を指先で確かめるように
中嶋の指が、滑り落ちていく。すっかり腹の半ば辺りまで
はだけられてしまったシャツから忍び込んだ手が、すっかり
怯えたように強張ってしまって抵抗を無くした啓太の身体を
思うままに這い回り。
「っひ、ャ・・・・・っ」
 意識的にではないような素振りで、胸の突起を指の腹で
転がすように撫で上げた途端、微かな悲鳴にも似た声が啓太
の口から洩れた。
「敏感になっているな・・・散々、あいつに弄って貰ったん
だろう。こんなに赤く熟れて・・・いやらしく勃ち上がって」
「い、や・・・・・だっ、止め、て・・・下さ、い・・・っ」
 さしたる抵抗も出来ずに、それでも弱々しく首を振って。
 そんな啓太の様子にも、中嶋は唇の端を緩く吊り上げ、その
笑みの形のまま顔を近付け、耳朶をねっとりと舐め上げた。
「や、ァ・・・・・」
 響く濡れた音に、舌の感触に。
 全身が総毛立つ。
 それは嫌悪と。
 そして。
 認めたくはなかったけれど、それは。
「啓太は、いやらしい子だからな・・・・・あいつではない
男の手でも、こうして気持ち良くなって、ここを固くする」
 胸元を嬲っていた手が、下ろされて。
 座ったままの啓太の下肢、その脚の間に。
 ゆるりと勃ち上がりかけていたものに、布越し形を確かめ
るように。
 あからさまに示すように、やんわりと包み込んで。
「や、・・・・・いやだァ、・・・・・っ」
「嫌じゃないだろう、俺が握ってやった途端に、また大きく
しておいて・・・本当に、いけない子だな、啓太は」
「っ、・・・う・・・・・」
「そういう子には、お仕置きが必要だと教えただろう。さあ
自分でズボンを下ろして、俺に啓太の恥ずかしいところを
全部曝して見せろ」
 ベルトだけを、スルリと引き抜いておいて。
 啓太が自ら脱ぐように、その耳元吐息ごと吹き込むように。
「嫌、・・・・・ですっ」
「俺に脱がして欲しいのか。あいつに可愛がって貰って赤く
腫れ上がった入り口を、ここで広げて欲しいんだな」
「そん、な・・・こと、っ言って・・・・・」
「ならば下の口に、聞いてみようか」
「いや、だァ・・・・・っ」
 微かに。
 ジッパーが下ろされる音に、啓太が絶望的な悲鳴を上げた。
 時。

「伊藤から離れろ」

 ノックなどなしに、いきなり開け放たれたドア。
 突然の荒々しい音に、啓太が弾かれたように。そして中嶋が
やや驚いたような視線を向けた先には。
 よもや。
 そこに、いるはずのない。
「・・・・・篠宮、さん・・・」
「来い、伊藤」
「あ、・・・・・」
 元々、それ程強くはなかった拘束を解き、のしかかる身体の
下から、転がるようにして。
 啓太は、やや覚束無い足取りで、それでも真直ぐに自分へと
差し伸べられた手に、腕に身を投げ出す。
「篠宮、さん・・・・・っ篠宮さん・・・・・」
「・・・・・もう大丈夫だ」
 そろりと包み込むように抱かれ、髪を撫でられて。
 堪え切れずに溢れだした涙が、篠宮の弓道着へと零れ落ちて
幾つも染みを作っていく。
 そう、弓道着のまま。
 篠宮は、ここに現れたのだ。
「どう、し・・・」
 部活は、と問い掛けようとして。
 そっと仰ぎ見た篠宮の、その視線は。
 真直ぐに、啓太が座っていた椅子の傍らに立つ中嶋へと向け
られていて。
 その、瞳の。
 射抜くような鋭さに、啓太は思わず縋り付いた弓道着の端を
握り締めた。
「どういうつもりだ」
「見て分からなかったか」
「伊藤に邪な行いをしていたのだろう。どういうつもりなのか
と聞いている」
「理由か。そんなものは、ないな」
 淡々と、それでも力強い口調の問いに、中嶋は口元に薄笑い
を浮かべたまま、サラリと答える。
「ああ・・・理由があるとすれば、そいつが俺を誘ったからだ」
「な、・・・・・っ」
 そんなことしていません、と。
 訴えるような眼差しを篠宮に向ければ、静かに微笑みながら。
 分かっている、と頷くように。
「伊藤は、そんな子ではない」
「どうだかな。お前が知らないだけだろう、篠宮。・・・啓太が
どんなに、いやらしい身体をしているのか、な」
「違、っ・・・・・」
 そんなんじゃない。
 そんなんじゃないんだ、と。
 言葉にならず、それでも何度も首を打ち振って。
 そんな啓太の背を、そっと抱き。
 篠宮の大きな手が、宥めるように優しくゆっくりと。
 撫でる、その感触に。
 啓太は、篠宮さん…、と。
 その名前だけを、何度も繰り替えした。
「そういう言葉で、伊藤を愚弄することは許さん」
「俺は、真実を述べたまでだ、・・・寮長殿」
「その言い方自体が、既にふざけているのだと言うんだ」
 淀みない口調に、中嶋はやや鼻白んだように片眉を上げ。
 そして、ふと怪訝そうに目を細めた。
「それは、どうした」
「話を逸らすな、中嶋」
「怪我人なら、ここではなく医務室にでも行っているべきでは
なかったのか」
「・・・・・っ、怪我!?」
 その言葉に、啓太が伏せていた篠宮の胸元から顔を上げて。
 そして、困ったように見下ろす篠宮の、その。
 啓太の髪や背を撫でていたのとは、反対の手に。
 そこに、まだ新しい切傷を見つけ、愕然とする。
「血、・・・っまだ、止まってないじゃないですかっ!!手当て
しないと・・・っ」
「・・・・・そう、深くはない」
「ダメですっ、・・・傷口からバイ菌でも入ったら大変なことに
なるんですから、早く医務室へ・・・っ」
 そろりと手を取り、傷口を確認して。確かに、見た目にはそう
深くはなさそうではあったが、それでも血はまだ完全に固まって
おらず。溢れる血に、啓太は堪らなくなって、衝動的に。
 その傷に、そっと唇をよせ、舌でもって血を拭い取った。
「伊、藤・・・っ」
「あ、・・・・・っ済みません、痛かったですか!?」
「・・・・・いや」
 慌てたように顔を上げる啓太の目に、やや驚いたような篠宮の
顔が映る。その、目元は微かに朱に染まっていて、困ったような
瞳が、啓太を見つめていて。
「・・・・・さっさと医務室で手当てしてやれ、啓太」
「な、かじま、さん・・・」
 そのふたりの背後から、掛けられた声は。
 何処か、呆れたような響きで。
「見せつけてくれるじゃないか、御堅い寮長殿」
「中嶋、これはそういう類いのものでは」
「篠宮さんっ、・・・・・行きましょう、ねっ」
 このままでは、また拉致の開かないやり取りの応酬となって
しまいそうで。啓太は、篠宮に縋り付いた手を強く引いて。
 とにかく、早く。
 この場から離れてしまいたかった。
「啓太」
 去り際。
 呼ばれて、啓太は振り返りこそしなかったものの、踏み出した
足を止めてしまえば。
「また来い。・・・・・遊んでやる」
 揶揄するような声に、だが返したのは。
「伊藤は、お前の玩具じゃない」
「お前が所有を主張するのか、篠宮」
「伊藤は、ものではないと言っている」
「篠宮さんっ」
 反論してくれるのは嬉しかったけれども、早く傷の手当てを
したかったし、このままここに留まっているのは、どうしても。
「・・・・・だが、そいつはお前のもの、なんだろうさ」
 耐えられなくて、半ば強引に篠宮の腕を引いて外に出て、ドア
を閉めてしまう、間際。
 残された、言葉。
 やがて、閉じたドアの向こうに、答えるでもなく。
 啓太は、小さな声で。
 でも、はっきりと呟いた。
「俺は、篠宮さんのもの・・・です」
「伊藤、それは・・・・・」
 その声を拾って、篠宮が困ったように肩に手を添えてくるのに。
 啓太は、ニッコリと微笑んでみせて。
「所有だとか、そういうのじゃなくて・・・えっと、うまく説明
出来ないんですけど、・・・・・篠宮さんだけ、なんです」
「・・・・・ああ」
 言いたいことは、全部伝わったのかどうか分からないけれど。
 それでも、篠宮は柔らかく微笑んで頷いた、から。
「あ、・・・・・そう、早く手当てっ!!」
 嬉しくて、でも少し気恥ずかしくなって。
 赤く染まってしまった頬を誤魔化すように、啓太は篠宮の腕を
引いて、医務室へと足を向けて。
「でも、どうしてそんな怪我・・・・・それに、どうして・・・」
 篠宮は。
 来てくれたのだろう。
 弓道場は、ここからはかなり離れているし、生徒会室に何か用が
あったようでもなかった。
「・・・・・弓弦が切れた」
「え、ええ・・・・・っ」
「それで、手を少し傷つけてしまった」
「だ、・・・大丈夫なんですか・・・っ」
 あのしなやかな弦が切れてしまったのだ、その衝撃はかなりの
ものであっただろう。もっと、大怪我をしていた可能性だってある
のだ。
「・・・・・こんなことは、初めてだ」
「めったに切れるものじゃないんですよね」
「いや、そういうことじゃないんだ、・・・・・俺は」
 不意に。
 立ち止まってしまった篠宮につられて、啓太も足を止める。
 どうしたのだろう、と見上げれば。
 真摯な眼差しに射抜かれ、微かに鼓動が高鳴る。
「し、・・・・・篠宮、さん・・・?」
「弓弦が切れて・・・・・お前のことが、頭を過った」
「え、・・・・・」
「お前の身に、何か良くないことが起きたのではないかと、酷く
不安になって、・・・・・気が付いたら、弓を置いて走り出して
しまっていた」
 放課後、王様に頼まれて学生会のちょっとした仕事を手伝う
ことになったのだと、前もって告げられていたから。
 だから、居場所は分かっていた。
 何もなければ、それで良い。
 だけど。
「・・・・・間に合って、良かった・・・・・」
 そう。
 心から、思った。
 大切な弓を放り出して来てしまったことも、もう。
 気掛かりにもならない、くらいに。
「篠宮さん・・・っ」
「啓太」
 大切で。
 大切で、こんなにも。
 こんな感情に振り回されることすら、もう。
「護れて、良かった・・・」
「篠宮さん、篠宮さん・・・っ」
 互いに伸ばした、手を。
 互いを、強く抱き締めて。
 そして、どちらともなく触れ合わせた唇。
 それを見咎めるものも、なく。
 人影のない廊下、重なったふたつの影だけが長く伸びて。

 医務室で、傷の手当てをした後、一旦弓道場に戻った篠宮は
負傷を理由に練習を取り止めて、副主将に部員達への細かい指示
を告げる。
 そして制服へと着替えると、校門で待つ啓太の元へと急いだ。
 やや小走り歩いてくる篠宮の姿をいち早く見つけ、啓太は夕日の
中、はにかんで見せて。

 そして、ふたり。
 そっと手を繋いで。
 寮、まで。
 そして。
 篠宮の部屋へ。
 一緒に、いたいと。
 どちらともなく。

 繋いで。
 離して。
 そっと。
 絡めた。
 手。





・・・・・篠宮×啓太・・・です(おそるおそる)。
ナニやら、大活躍ですが・・・某鬼畜な言葉攻めが。
それ以上に、篠宮もヒーロー(え)!!食われそうな
お姫さまを助けに颯爽とvくはーv
やはり、手は繋いで頂きます・・・ええv
そしてコソリと「紘司さん」呼び萌え(悦)v