『傍らの幸福』




「・・・あ」
 ふと、視線を上げた先。
 ベッドサイドに置かれた目覚まし時計の短針が、間もなく
11時を指そうとしていた。
 声を上げてしまった啓太の傍ら、彼の数学の課題を見て
やっていた篠宮の視線が、啓太のそれを追い、そこにある
ものを目に留めて、彼もまた困ったように瞳を揺らした。
「もう、・・・消灯時間だな」
 めくっていた参考書を閉じ、持ち主である啓太に差し出す。
 それを受け取り、手に持ったまま。
 机の上に広げられたプリントを、てきぱきと片付けていく
篠宮の手を、啓太はぼんやりと見つめる。
 その様子に、篠宮は手を止め。
 怪訝そうに、半ば放心してしまったかのような啓太の、その
滑らかな頬に。
 やや、躊躇いがちに。
 指先が、触れた。
「っ、・・・・・」
「どうした、・・・伊藤」
 暖かい、手。
 大きくて、力強くて。
 そして優しい、この手が。
 啓太は、とても好きだった。
 こうして頬に触れられれば、それだけで。
 一気に跳ね上がる、鼓動。
「・・・・・あ、の・・・っ」
「続きは、また明日にしよう・・・月曜の授業に提出すれば
良いんだろう?」
 微笑みながら、告げられて。
 でも、それは。
 明日また会える、という嬉しさと同時に。
 今日は、もう。
「・・・・・伊藤?」
「篠宮さん、・・・・・あのっ、我侭だって分かってます、
俺・・・っそれでも、・・・・・」
 キュッ、と。
 綺麗にアイロン掛けされた、篠宮のシャツの袖を掴んで。
 皺になっちゃった、と頭の片隅で思ったけれども。
 そんなこと、より。
「こ、・・・ここに・・・っ泊まっちゃ、ダメ・・・ですか?」
 時計の針を気にしながら、ずっと。
 思っていた、こと。
 あと少し、もう少し。
 ここ、に。
 この人の側に、いたい。
 もっと、ずっと。
 そんな、我侭。
「・・・・・伊藤」
 微かな溜め息と共に、名を呼ばれて。
 それでも。
 呆れられたかもしれないけれど、でも。
「篠宮さんと、・・・・・一緒にいたい、です」
 俯いていた顔を上げて。
 ちゃんと言わなくちゃ、と。
 腕に縋り付いたまま、篠宮をそっと見上げれば。
「・・・・・」
 そこには、やはり少し困ったような。
 でも。
 その、目元。
 微かに布かれた、朱。
「・・・・・しょうのない、奴だ」
「す、・・・っ済みませ・・・・・」
「いや、お前のことじゃない・・・・・俺が、だ」
「は、え・・・・・っ?」
 目元を朱に染めたまま、微苦笑する篠宮に。
 啓太は、呆気にとられて見開いた大きな瞳を向ける。
「寮長としては、すぐにお前を自室に帰さなければならないん
だろうが、・・・・・そのつもりだったんだが・・・どうにも、
己の自制心とやらを疑ってしまう」
「し、篠宮さ、ん・・・・・」
 そろりと持ち上げられた、手が。
 頬に触れ、滑るように親指が啓太の唇を辿る。
 くすぐったさと同時、微かに煽られる快感の兆しに。
 啓太は、思わずコクリと喉を鳴らした。
「・・・・・消灯時間だから・・・電気は、消すぞ」
「は、はいっ」
 触れていた手が、スと離れて。
 温もりの余韻を追うように、自分の頬にそっと指先を這わせ
れば。
「っ、・・・・・」
 パチリとスイッチを切る音がして、途端部屋は闇に包まれる。
 カーテン越しの僅かな月明りにも、まだ目は馴れず。
 心細げに、身を縮込ませれば。
「伊藤」
「あ、っ・・・・・」
 背中から。
 抱き締めて来る、暖かく力強い腕。
 耳元で囁く声に、微かな驚きと安堵の溜め息を漏らす。
 首筋に押し当てられた唇の熱さに、それはゆっくりと甘やかな
彩を滲ませて。やがて、はだけられたシャツの隙間から忍び込んで
きた手の平の動きに呼応するように、乱れ。
 乱されて、いく。
 いつしか、すっかり衣服は取り払われて。
 その薄明かりの中。一糸纏わぬ素肌を全て篠宮の目に晒す自分に、
どうしても羞恥を覚えながら、立ち尽くしてしまえば。
「・・・・・伊藤」
 衣擦れの、音。
 闇に馴れつつある目を向ければ、そこには。
 弓を引く者の、鍛えられた上体が。
 逞しい、腕が。
「・・・・・おいで」
 差し伸べられ、促されるままに身を預け。
 ベッドの上、横たえられて。
「篠宮、さん・・・・・」
 覆い被さる、身体。
 触れ合う素肌は、既に互いに熱情を孕んでいて。
 もう、幾度となく身を繋げた間柄であっても、そこにはまだ。
 行為に対する、微かな怯えにも似た緊張と。
 そして、きっと。
 隠し切れない、期待とが。
 啓太を、困惑させてしまうのだけれど。
「ん、っ・・・・・」
 下りて来た唇を受け止めて。
 自ら唇を解き、篠宮の舌を招き入れ、自分のそれをぎごちなく
絡める。ゆるゆると探り合うように、やがて次第に深く、互いを
貪るように、求めて。
「っふ、ぅ・・・・・ん」
 うまく呼吸が接げなくて、啓太が鼻に掛かるような甘い声を
漏らせば。やや名残惜しげに、銀糸を引きながら唇が離れ。
濡れた舌が、そっと目元から耳朶にかけて拭うように辿っていく
のに。どうやら、自分が涙を溢れさせていたらしいということを、
知って。
「あ、の・・・っこれは・・・・・」
 哀しいとか、苦しいとかいうのではなくて。
 それだけ、今のキスに。
 感じてしまった、ということで。
 気付かれているだろうけれども、でも。
 半分は、きっと照れ隠しに。
 言い訳のような言葉を探せば。
「分かっている・・・・・啓太」
 名を。
 呼ばれて。
「・・・・・っ篠宮さん・・・」
 耳元、熱い吐息。
 もう、それだけで。
 身体中が、とろけてしまいそうに。
 どうしようもなく、なってしまうのに。
「啓太・・・好きだ、・・・・・啓太」
 何度も。
 名を紡ぎながら、唇が、大きな手の平が。
 啓太の肌を探り、快楽の火を灯していく。
「好き、です・・・っ俺も、篠宮さん・・・・・っ」
 声に、愛撫に。
 熱くなっていく身体を震わせながら、啓太もその想いを篠宮に
届ける。
「篠宮さ、・・・あァ・・・・・ん、っ」
 下肢の昂りを捕らえた手が、既にトロトロに溢れさせていたもの
を、先端に塗り込めるように動きながら、指先に滑りを絡めつつ、
啓太自身無意識の内に開いていた脚の間、その奥に。
 密やかに息づく蕾を解すように、長い指が入り口を撫でる。
「篠宮さんっ、・・・篠宮さ、ん・・・・・っ」
 やがて、ゆっくりと捩じ込まれる指に、粘膜が引き攣れたように
一瞬、その浸食を拒んで。
「・・・啓太・・・・・」
 宥めるような、声。
 だけど、抑え切れない欲に、それは掠れていて。
 時折下肢に触れる、篠宮自身も既に固く張り詰めて。
 その意味を、啓太も知ってしまっている、から。
「・・・・・大丈夫、です・・・俺も・・・早く、篠宮さん、が」
 欲しいです、と。
 微笑って。
 告げれば、すぐに。
「・・・・・済まない」
 やや苦しげに、謝る声色と。
 内部で蠢いていた指が引き抜かれた、その代わりに。
 濡れた蕾に押し当てられた、熱い塊。
「し、のみやさ・・・っ、あ・・・っああァ・・・っ」
 肉襞を拓きながら入り込んでくる、その圧倒的な熱と質量に。
 その苦痛は、どうしても否めないけれども。
「啓太・・・・・っ啓太・・・」
 自身の先走りに促されるままに、奥まで全て収めてしまって。
 張り詰めさせていた息を、そろりと吐き出しながら。
 衝撃に小刻みに震える華奢な身体を、篠宮の腕が包み込むように
抱き締める。
「・・・っ大好き、です・・・よ・・・・・篠宮、さん・・・」
 そのしっとりと汗ばんだ広い背に、啓太もゆっくりと腕を回し
ながら。
 途切れ途切れ、愛おしげに。
 囁く。
「・・・・・ああ」
 ホッとしたような吐息が、首筋をくすぐって。
 やがて、気遣うように、そろりと。
 収めていたものを引き、また内部を擦り上げるように突き入れて。
「っ、あ、ああァ、っ・・・ん、・・・し、のみや、さ・・・っ」
 快楽のポイントを確実に探り当てながら、互いの腹の間で揺れて
震える啓太自身にも手を添わせ、導いてやる。
「や、ァ・・・っ、だめ・・・ですっ・・・で、ちゃ・・・」
「構わない、と・・・いつも言っているだろう・・・」
「ひ、ャ・・・・・ん、っ・・・あああァ・・・っ・・・・・」
 微かに笑いを含んだ声で、囁いて。
 促すように、耳朶を噛んでやれば。
 堪え切れず、高い嬌声を上げて啓太は昇り詰めた。
「く、・・・・・」
 途端、強い締め付けに射精感を刺激されつつも、寸で留め。
 ヒクヒクと痙攣を繰り返す内壁を堪能しながら、敏感な粘膜を
再びゆるりと擦り上げて。
「ん、あ・・・・・篠宮さ、ん・・・っ・・・ああ、っ・・・」
 快楽に濡れた目を向ける啓太に、愛おしげに微笑み掛けながら。
 自身の極みと、啓太の快楽をもまた、煽っていく。
「・・・・・い、っ・・・いい・・・も、っ・・・あああっ、
おかし、く・・・なり、そ・・・・・」
「俺、も・・・だ」
 愛おしくて。
 大切で。
 彼の為なら、何でも与えてやりたい。
 そればかりで、いつも。
「あ、あァっ、・・・篠宮さ、ん・・・・・っあ、・・・・・っ」
「っ、く・・・・・ぅ」
 やがて。
 激しくなる動きの中、啓太は2度目の絶頂を迎え。
 ほぼ同時、篠宮もまたその内へと最初の精を放った。
「・・・・・は、ァ・・・・・っん・・・・・」
 続けざまに昇り詰めた高揚感に、やや虚ろな目を彷徨わせて。
 ふと、荒い息を整えながら自分を見下ろしている篠宮の、まだ
燻る情欲の揺らめく瞳と、かち合って。
「・・・・・篠宮さん」
 フワリ、と。
 嬉しそうに微笑む。
「俺、すっごく・・・・・幸せ、です・・・・・」
「っけ、いた・・・・・」
「こんなに近くに、篠宮さんがいて・・・篠宮さんを感じられて
・・・・・幸せ、だから・・・・・えっと、・・・・・」
「・・・・・そうだな」
 汗で額に張り付いた前髪を掻き分けながら、額に口付けて。
 極至近距離、笑い合って。
「もっと、・・・お前を感じたいし、俺を感じて欲しいと思うよ」
 良いだろうか、と。
 吐息で尋ねれば、頬を赤く染め上げながらも、笑って頷いて。
 シーツの上に落ちていた腕が、また背に回れば。
 余韻を手繰り寄せるように。
 新たな悦楽を追うように。
 揺れて重なる、2つの影。


 

 翌朝。
 啓太が目を覚ますと、そこに篠宮の姿はなかった。
「・・・・・」
 時計は、9時を回っている。
 今日が平日なら、完全に遅刻だった。
「・・・・・篠宮さん、何処行ったんだろう・・・」
 目が覚めて、そこに篠宮の姿があったら、どんなに嬉しかった
だろう。でも、やっぱり昨夜のことを思い出すと、気恥ずかしく
なって、どうしたらいいのか分からなくなりそうではあるけれど。
「あ、れ・・・・・?」
 ふと。
 啓太は、自分が眠りに落ちた時の情欲の名残りを纏った素肌の
ままではなく、着心地の良い新しいパジャマに身を包まれていた
ことに気付く。
「・・・・・これ、って・・・」
 やや、啓太には大きめのパジャマ。
 もしかしなくても、これは。
「篠宮さん、の・・・・・」
 そう思い至ると、途端に頬が熱くなる。
 篠宮のベッドで、篠宮のパジャマに包まれて。
 ここに本人もいてくれれば言う事はないけれど、それでも充分
過ぎるぐらいに、この状況は。
「・・・・・幸せ、だよー・・・」
 シーツは新しいものに替えられていたけれど。それでも、顔を
埋めれば、微かに篠宮の香りがする。
 安心、する。
 優しい、香り。
「・・・・・啓太、起きたのか」
 不意に。
 ドアが開いて、既にきっちりと身支度を整えた篠宮が姿を現す。
「は、はい・・・っおはようございます、篠宮さん・・・っあの、
俺・・・寝坊して・・・・・」
「・・・・・よく眠っていたから、起こすのは忍びなかった・・・
まあ、休日でもあるし・・・それに、・・・・・」
「え、・・・・・あっ」
 やや、言葉を濁して。
 目元を微かに朱に染めて微苦笑するものだから、それは。
「・・・・・す、済みません・・・・・」
 昨夜の激しかったアレコレを指しているのは、啓太にも分かって
しまって。
 互いに顔を赤くしながら、視線をあちこち彷徨わせてみたりして。
「いや、俺の方こそ・・・・・いや、それはともかく・・・適当に
見繕って作って来たんだが・・・」
 照れを残しながらも、ベッドの脇まで歩み寄った篠宮が差し出した
のは。
「サンドイッチ・・・っ美味しそう・・・これ、篠宮さんが作ったん
ですか?」
 ハムと卵焼きとチーズにレタスを、軽くトーストしたパンに挟んだ
サンドイッチが皿に綺麗に盛り付けられていて。
 見た目にも、食欲をそそる、
「ああ、口に合えば良いが・・・」
「そんな、篠宮さんが作ったのなら、絶対に美味しいに決まってます!」
「・・・・・期待通りだと嬉しいんだが」
「前に分けて貰ったお粥も、すごく美味しかったし・・・えっと、これ
俺が食べても良いんですか?」
「・・・・・ああ、勿論・・・お前の為に作ってきたんだから」
「・・・・・っ有難うございます」
 取りあえず、布団から這い出してベッドに腰掛けて。
 篠宮から皿を受け取り、膝にのせるや待切れない、といった勢いで
サンドイッチを手に取って口に運ぶ。
 かぶりついた途端、啓太の表情が更に喜びに紅潮した。
「うわ・・・っ美味しいです、本当に・・・」
「・・・・・まあ、材料も新鮮なものだし」
「何言ってるんですか、材料が良くても作った人が、例えば俺みたいに
下手くそだったら、こんな美味しくはならないですよ」
「・・・・・材料を挟むだけなんだが・・・」
「篠宮さんが作ったから、美味しいんですっ」
「・・・・・そう、か」
 口にものを入れたままで喋るのは、行儀が悪いだとか。
 そんなこと、いちいち注意するのも馬鹿馬鹿しくなる程に、啓太は
美味しそうに篠宮の手製のサンドイッチを頬張る、ものだから。
「・・・・・そうだな」
「そうですよ」
 本当に。
 どうしようもなく。
「・・・幸せ・・・・・」
「・・・・・そう、だな」
 嬉しくて。
 幸せで。
「これを食べて着替えたら、課題の続きを片付けてしまおう。俺は
・・・午後から、弓道部の練習に出るが・・・・・」
「はい、あ・・・・・俺、また見学させて貰っても良いですか?」
「それは構わないが、・・・・・まだ入部する気にはならないのか」
「え、あ・・・・・っあの、弓道も楽しそうだし、篠宮さんもいるし
・・・・・でも、あの・・・・・」
 篠宮さんの弓を引く姿に見とれてたら練習にならないですよね、と。
 俯き加減に、ボソリと呟けば。
「・・・・・伊藤」
「あ、あああ・・・っ御免なさい、忘れて下さいっ・・・今のは」
「・・・・・お前は、本当に・・・・・」
「っ、あ・・・・・」
 不意に伸びてきた腕に、しっかりと抱き竦められてしまって。
 驚いて、咄嗟に暴れてしまったけれども、すぐに
 おとなしく、その暖かい抱擁に身を任せて。

 そのまま、暫く無言で抱き締められて。
 言葉はなかったけれど、暖かなものが確かに流れ込んで来るのが
感じられて。

「篠宮さん、・・・・・大好き、です・・・」


 そして。
 課題の続きは、部活後にすることになった。





初めての、『学園ヘヴン』SSは、篠宮×啓太でvvv
・・・・・この長さは、愛故なのか・・・(遠い目)。
っつーか、えっち入れる予定では無かったのに
気がつけば素で入ってました(ヲイ)vてへ★
ラブED後の世話焼きな篠宮も好きなんですが、あの
お手手繋ぐシーン・・・メロメロです・・・ッvvv