『mischievous boy』



 こんなこと、めったにないのに。

 傍らで眠る端正な貌を見下ろしながら、そっと心の中で呟く。
 いつも、なら。
 そういうコトに至った場合、先に眠ってしまう(意識を飛ばしてしまう
のも含めて)のは啓太で、そのまま朝までぐっすり眠りこけてしまうから
こんな風に夜中にふと目が覚めて、寝入っている篠宮を眺めることなど
そうそうあることではない。
 というか。

 ・・・・・初めて、だよな

 起こさないように、心の中でうんうんと頷く。
 こんな風に、篠宮の寝顔をまじまじと見つめられる機会があるなんて
思ってもみなくて。
 嬉しい、ような。
 気恥ずかしい、ような。
 どこかくすぐったい思いで、微かな月明かりの中、眠る顔を見つめる。
「・・・・・良く寝てる・・・・・、っ」
 ふと、声に出して呟いてしまってから、慌てて口元を抑えて挙動不審
に辺りを眺める。
 誰が聞いているわけでも誰に聞かれて困るわけでもなく、否、唯1人
目の前で眠っている人に聞こえて起こしてしまうわけにはいかない。
 でも。
「・・・・・起きない、な」
 殆ど吐息だけで、ぽつりと呟く。
 起きたら困ると思うのに、こんなに穴が開くほど見つめていて一向に
起きないというのも、何だか悔しいような気もする。
 敢えて起こす気はないくせに、恋人の気配に起きてくれないという
のも切ないなあ、なんて。
 我が侭だという自覚はあるのだけれど。
「・・・・・篠宮、さん」
 声には、出さない。
 吐息だけで、囁く。
 それでも、その寝顔は穏やかなままで。
「・・・・・篠宮さん」
 少し、だけ。
 顔を近付けて囁いてみても、やはり反応はなくて。
「・・・・・紘司さん」
 これならどうだとばかりに、いつもは恥ずかしくてそれこそ情事の
最中に半ば無意識のように紡ぐ、その名前を囁いてみたものの。
「・・・・・・・・・・」
 やはり。
 眠ったままの篠宮に、啓太の方はといえばもう何だか意地のように
なってしまっていて。
「・・・好きです、紘司さん」
「愛してます、・・・紘司さん」
 内心、いちいち気恥ずかしさにギャーギャー叫びつつも、それこそ
このままキスだってしてしまいそうな至近距離で。
 なのに。
「・・・・・あ」
 そうか、と。
 やはり胸のうちでポンと手を打つ。
「・・・・・そっか、そうだよな」
 うんうん、と。
 ひとり納得したように頷きつつ、口元を緩める。
「・・・・・紘司さん」
 起きて、と。
 起こすつもりはなかったんじゃないのかという自身へのツッコミすら
どこへやら、名前を囁いた唇をそのまま。
 ほぼ引き結んだままの篠宮の唇へと、そっと。
 近付けて。
 ゆっくりと。
 触れる。
「・・・・・」
 本当に、触れるだけのキスを、して。
 さあ、眠り姫(?)起きるがいいとばかりに、その顔を覗き込めば。
「・・・・・・・どうして」
 だが、しかし。
 絶対の自信があった(らしい)お目覚めのキスにすら、反応はなくて。
 それだけ深く寝入っているのだと思えば良いものの、けれど愛の囁き
にもキスにすら覚醒する気配を見せない恋人に対して、フツフツと沸き
起こる何かは、どうしたらいいのか。
 もはや、それが憤りなのかも測りかねて。
「・・・・・キス、以上のこと・・・すれば・・・?」
 ともすれば落ち込んでしまいそうな思考に、ふと浮かんだ案をぽつり
と口にすれば。
「・・・・・あ、れ?」
 瞼が開くか開かないかというのと、触れた唇にしか意識がいって
いなかったのだが、闇の中よくよく目を凝らして見れば。
 うっすらと、赤く染まった。
 耳。
「・・・・・って、頬も赤くなって・・・お、起きてるんじゃないです
か、篠宮さん・・・!?」
 今度こそ起こす意思をもって大声を出してしまえば、やがて。
 小さな溜息がひとつ、そして困ったように眉を僅かに寄せながら、
ゆっくりと篠宮の瞳が開く。
「・・・・・済まん」
 バツが悪そうに。
 呟いた篠宮の頬も耳も、確かに朱に染まっていて。
「ど、・・・っどこから気がついていたんですか・・・!?」
「・・・・・『紘司さん』、と呼ばれた辺り・・・だ」
 殆ど最初からじゃないですか、と。
 今度は啓太の方が真っ赤になる番で。
「ひ・・・ひどいです、そんな・・・っ知ってて、どうして!!」
 気付いた時点で目を開けてくれていたなら、こんな。
 やたらめったら恥ずかしい思いはしなくて済んだというのに。
「・・・・・可愛いな、と思って・・・そうしているうちに・・・
その・・・目を開けるタイミングが・・・・・」
  済まない、と。
 身を起こし、呆然とベッドの上に座り込む啓太の前に正座までしつつ
篠宮が頭を下げる。
「な、・・・そんな、そこまでしなくても・・・っ篠宮さん」
「しかし・・・啓太に恥ずかしい思いをさせてしま・・・」
「ああああもう、もういいです!!俺もちょっと悪戯しちゃおうかなって
そんなこと考えたりしてたから、だから・・・!!」
「だが・・・」
「お、おあいこにしましょう!!ね!!」
「・・・・・お前が、それでいいのなら・・・」
 ようやく納得したように篠宮が微笑むのに、啓太もつられて微笑う。
「・・・・・ということで、えっと・・・・・おやすみなさい?」
「・・・・・あ、ああ・・・おやすみ・・・?」
 一件落着解決したところで。
 このまま寝てしまうには、もうすっかり2人とも目が冴えてしまって
いるのに。
「・・・・・と、取り敢えず、横に・・・なりましょうか」
「そ、そうだな」
 どこか、ぎこちないままに。
 先に横たわった篠宮の隣、ほんの少しの気恥ずかしさからか、幾分
離れ気味に横になろうとすれば。
「・・・・・あ、・・・」
 す、と。
 差し出された腕に絡めとられるように、すっぽりと。
 胸に顔を埋めるようにして、抱きかかえられてしまっているのに。
「あ、あの・・・」
「おやすみ、・・・啓太」
 どうしたものかとモゾモゾしてみたものの、つむじの辺りから静かに
落とされた声に、ひたりとその動きを止めて。
「・・・・・おやすみなさい・・・・・紘司さん」
 胸元、鼻先を擦り寄せるようにして告げれば、髪に口付けられるのを
感じた。

 ・・・・・気持ち良い

 暖かな腕の中、包まれていればやがて少しずつ瞼が重くなってくる。
 このまま明日の朝まで絶対に目が覚めないだろうことを確信しつつ、
啓太は訪れた眠りに身を委ねていった。

 そして、篠宮は。
 自分に抱かれながらすやすやと眠る啓太の髪にもう1度そっとキスを
して。
 そう深くはならないであろう眠りに、ゆっくりと落ちていった。






下半身は反応していたに違いないのですが!!←えー