『恋は』




 風の強過ぎる日は、好んで外に出掛ける人も、そういない
だろうけれど。しかし、一応学生の身であったから、寮から
校舎までの往復の短い道のりのは、外出とは言わないまでも、
やはり吹きっさらしであることには変わり無く。
 それでも。
 こうして、穏やかな気持ちでいられる、のは。

「うわ・・・っ。すごい風ですね」
「そうですね。前線が近付いているようですから、夜には雨
になるかもしれません」
「嵐、みたいになるんでしょうか・・・」
 そう、不安げに呟くから。
「心細くなったら、僕を呼んで下さい」
「・・・・・、っ」
「すぐに駆け付けて・・・抱き締めてあげますから」
 それは。
 本当に、本気。
「も、・・・七条さんってば、・・・・・っ」
 なのに、君は。
 冗談とでも取ったのか、それでも。
 やや、目元を赤くして。
 少なからず意識してくれていることに、喜びを感じてみたり
して。
 寮までの、あまり長くはない道のり。
 時間、それでも。
 こうして並んで歩けることが。
 そんな、些細かもしれないことでも、今の僕には。
 幸せな、ひとときであって。
「あああ・・・飛ばされそう・・・・・っ」
 一際強い風が、落ち葉を舞い上げて吹き抜けていく。
 鞄を抱えるようにして、思わず足を止めてしまった彼に寄り
添うように、僕も立ち止まり。
 大丈夫ですか、と覗き込みながら。
「伊藤くんが飛ばされてしまっては困りますから、・・・もし
宜しければ僕に掴まって歩いて下さい」
「は、・・・・・」
「エスコート、致しますよ」
 そう述べて、そっと手を差し伸べれば。
 途端、顔を真っ赤にして。やや遠慮がちに、フルフルと首を
振って。
「そ、・・・そんなことをして、七条さんまで飛ばされたら、
・・・・・っ」
 なんて。
 余程動揺させてしまったのだろうか、そんな。
 可愛らしい、ことを。
「君とならば、何処まででも御一緒しますよ」
 言うものだから。
 どうしたって、溢れてくる愛おしさを抑え切れずに、ゆるり
と顔の筋肉を綻ばせながら、そう告げれば。
「っ、・・・も・・・からかわないで、下さい・・・」
 益々赤くなる、頬。
 からかうつもりなんて、毛頭なく。
 僕の本気は、やはり。
 しっかりとは、伝わっていない様子で。
 まあ、それでも。
 いつかは、と。
 そんな下心や、あらゆる想いを潜ませつつ。
「っ、ひゃ・・・・・」
 と、不意に。
 2人の間を、さっきよりも強い突風が駆け抜けて。
 思わず、ふたりして目を瞑って、きつく。
 やがて、それが収まってしまって、ホッとしたように。
 そろりと、目を開ければ。
「・・・・・っ、伊藤くん?」
 目を瞑ったままの彼が、困ったように顔を微かに歪ませながら
こちらを仰いで。
「七条さん・・・」
 呟くように、名を呼んで。
 そして、おずおずと開かれた目、から。
 ポロリ、と。
 零れ落ちる、透明の雫。
「ゴミが入ったんですね」
「は、はい・・・」
 尚も、ポロポロと。
 涙を零す、彼の右目。
 赤く充血したそれを、覗き込めば。
 塵のようなものが、僅かに見て取れて。
「・・・・・動かないで」
 至近距離。
 見つめ合う形で。
 やや強張ってしまった滑らかな頬を、そっと両手で包み込む
ようにすれば、戸惑ったような視線が見上げてくるのに。
「じっとしていて下さい、・・・・・ね」
 痛いのだろうか。
 声も無く、小さくコクリと頷く様に、それでも僕は不謹慎にも、
可愛い…などと。
 呟きそうになるのを、押し留めつつ。
「すぐ、・・・・・終わりますから」
 宥めるように、囁いて。
 そのまま。
 唇を、近付ければ。
 驚いたように、大きく見開かれた瞳。
 濡れた、震える睫毛。
 それが、怯えたように閉じてしまう、寸前。
 舌先で、涙ごと。
 拭えば。
 やや塩辛いはずの、それは。
 酷く。
 甘く。
「あ、・・・・・」
 キュッと、固く。
 瞑ってしまっていた瞳を、そろそろと開いて。
 困惑した視線が、僕を捕らえた途端。
 また、今度は。
 耳まで、赤く染めて。
「しししししし七条、さんっ・・・」
「ゴミ、取れましたか?」
「え、・・・・・っあ・・・は、はい・・・」
 それに気付かない振りをして、そう尋ねれば。
 何度か、パチパチと瞬きをして確かめた後。
 やや呆然としたように、頷いて。
「あ、・・・・・有難う、ございます」
「いいえ、どういたしまして」
 ぎごちなく、それでも。
 きちんと礼を述べてくれるのが、とても。
 やはり、とても愛おしく。
 もしかしたら、もう。
 かなり、限界すれすれかもしれない、僕の。
 理性を、何とか保ちながら。
「では、行きましょうか。伊藤くん」
 だけど、素っ気無くはならないように。
 しっかりと微笑みつつ、声を掛けて。
 手を差し出せば。
「・・・・・う」
 戸惑った瞳が、上目遣いに僕を見て。
 迷って、迷ったのだろう、挙げ句に。
 そろりと、彼の手が。
 僕の上着の袖口を、ほんの少し。
 掴んで。
「い、・・・・・行きますっ」
「・・・・・はい」
 思いきったように、告げた彼の。
 頬は、やはり赤くて。
 そこに口付けたい欲求を、また理性を総動員して堪えつつ。
 ゆっくりと、歩き出す。

 風の強い日。
 出来ることなら、外には出たくはないけれども。
 だけど。
 彼と、ならば。
 だから、こうして歩くのも、楽しい。

 寮まで、あと少し。
 その距離が、時間が。
 惜しくて、彼の歩調に合わせる振りをしながら、ゆっくり。
 足を踏み出す。

「あ、あの・・・」
「はい?」
「七条さん、晩御飯・・・その、・・・・・」
 そして。
「あの、もし・・・御都合良かったら、一緒に・・・」
 そんな、嬉しい言葉を。
 君は。
「僕の都合は、君次第ですよ」
「え、・・・」
「・・・・・喜んで。御一緒させて下さい、伊藤くん」
 僕に、くれたりするから。
「・・・はいっ」
 そして、嬉しそうに。
 笑い返してくれる、から。

 ねぇ、僕は。
 いつか、必ず。
 君を。
 攫ってしまいます、から。

 どうか。
 逃げないで下さい、ね。

 というか。
 逃がしませんから。
 ね。





目ン玉は感じるらしいですよ(知るか)v
もしかしたら、啓太に負けず劣らず幸運男子かも
しれないです、臣(だって、ねぇ)v
「恋」は下心です。ええ、そうなんです(爽笑)v
姑息に逃がしませんv要注意(もう遅いけどね)v