『吐息、声、熱』




 明日、ヒアリングの小テストがあるんです、と。
 そんなことを、何気なく口にしていた会計室での午後、
仕事が一段落したお茶のひととき。
 そうすると、お茶のおかわりを西園寺のカップへと注い
でいた七条が、顔を上げ。
 啓太を見つめて、にっこりと。

「では、僕が勉強を見てあげましょうか」

 なんて。
 言われて。
 何となく、断り辛くて。
 チラリと西園寺を伺い見れば、揺れる湯気の向こう。唇
の端を軽く吊り上げた、どこか含みの有る微笑み。
「臣の発音は、とても美しいからな」
 その言葉に後押しされる形で、啓太は。
「あ、・・・・・じゃあ、お願いしても良い、ですか」
 聞かなくても。
 答えなんて。
「勿論です。では、夕食後に僕が伊藤くんの部屋へ伺っても
宜しいですか」
「は、はいっ」
「ああでも、それならば一緒に寮に戻って、夕食も2人で
取って、そのまま部屋に伺う方が時間的にも無駄がないかと
思うのですが」
「え、っ・・・・・あ、そうですね」
 そうして。
 あっという間に、七条のペースに巧みに乗せられてしまう
啓太の様子に、西園寺は軽く肩を竦め。
「・・・・・勉強、になると良いがな」
 呟いた言葉に、七条は相変わらず得体の知れない笑みで
返してみせた。



 そして、共に寮に戻り、夕食も仲良く2人で取って。
 そのまま招き入れられた、啓太の部屋。
 ヒアリングの教本を片手に、七条は西園寺も言っていた通り
に、見事なクィーンズイングリッシュを披露してみせた。
 勿論、七条はフランス語だって流暢に話せる、所謂トライ
リンガルだというのを、啓太は知っていたけれども、それでも
こうして七条が他国語を話すのを聞くのは、初めてのことで。
 本当に流れるような、美しい旋律のような言葉に。
 つい、聞き惚れてしまって。
「・・・・・、伊藤くん?」
「あ、・・・・・っはい」
「ふふ、・・・・・聞き取りにくいようでしたら、もう少し
ゆっくりと読みましょうか」
 読む速度に付いていけずに、ぼんやりしているのかと思われ
てしまったのだろうか、そう気遣う言葉に啓太はブンブンと
首を振って。
「あ、済みません・・・違うんです、えっと・・・七条さんの
英語、すごく綺麗で・・・その、つい・・・・・」
「聞き惚れてしまいましたか」
「っ、・・・・・」
「伊藤くんに聞き惚れて頂けたのでしたら、光栄ですね。では
愛を囁く時は、英語かフランス語にしてみますか」
「な、・・・・・っ」
「・・・ふふ。まあ、それはまたの機会ということで、続きを
読みますから、聴いていて下さいね」
 思わず頬を朱に染めてしまった啓太に微笑みかけ。七条は、
教本をまた、パラリと捲っていった。

 …愛の囁き。
 ……きっと、言ってる意味なんて半分どころか全然分からない
んだろうけれど、その響きだけで腰砕けちゃいそう…

 そうして、まだこっそりと顔を赤くしてしまっている啓太を
知ってか知らずか。
 七条は教本を読み上げ、そしてその後で啓太に幾つか質問を
しては、また繰り返し。
 やがて、そろそろ消灯時間になろうかという、頃。
「今日は、本当に有難うございました、七条さん」
 教本とノートを机の上に揃え、啓太はペコリと頭を下げる。
 耳に馴染む、綺麗な発音。
 この分だと、明日の小テストも悲惨な結果にはならずに済み
そうで。もっとも、せっかく七条に付き合って貰ったというのに
散々な点など取ってしまっては、申し訳が立たない。
「・・・・・寒いですね」
「は、・・・・・っ!?」
 不意に。
 変わらぬ微笑みを浮かべたまま、七条がポツリと呟くのに。
「だ、暖房・・・もう少し、温度上げた方が良かったですか?」
 部屋は、元々全館空調システムで適温が保たれ、個々でも温度
設定は可能であるし、啓太としては上着を脱いでも問題ない位に
暖かくしていたつもりであったけれど。
 もしかしたら、七条には少し肌寒く感じていたのかもしれない。
「済みません、気が付かなくて」
「いえ、そういうことではなくて」
 啓太が謝罪の言葉を述べるのに、七条はやや申し訳なさそうに
目を細めて。
「もう、伊藤くんはお休みになるのでしょう?」
「あ、はい・・・・・」
「消灯時間が過ぎると、此処のシステムでは部屋の温度は、今
よりも、やや低めに調整されるんです」
「あ、そうなんですね」
 さすが、詳しいなぁ…と。
 ただ、感心するばかりの啓太に、七条は微苦笑のようなものを
浮かべつつ。
「伊藤くん」
「はい?」
「僕は、君の湯たんぽに立候補したいと思っているんですが」
「・・・・・は、い!?」
 サラリと。
 それこそ、さっきの流暢な英語のように、淀みなく告げられ。
 啓太の方が、反応に詰まってしまって。
 というか、湯たんぽという単語を、七条が使うなんて。
 よもや、まさか。
 呆然とする啓太に、七条はやや困ったような笑みを、そのまま
貌に敷いて。
「君を、暖めさせてくれませんか」
「あ、暖め・・・・・って」
「言葉通りですが」
「こ、言葉通り・・・って・・・・・」
「もっと、具体的に言って欲しいのでしたら」
「・・・・・っ、そ・・・れは・・・」
 啓太の思い違いでなければ。
 それは、つまり。
 そういうこと、なのだ。
「・・・・・本気、なんですか」
 一応、そろりとお伺いを立ててみれば。
「本当に本当に本当に本気ですよ」
 そう、いつしか告げられたセリフを。
 あの時と同じ、微笑みでもって。
「・・・・・うう」
 告げられれば、もうどうしたって。
 疑いようも、なく。
 そうなのだと、分かってしまえば。
「・・・・・えっと、あの・・・」
「はい」
「・・・・・お願い、します」
 そう、答えるしかないのだ。
 だって、啓太の中にも確かに。
 七条の温もりを、その腕を。
 求める気持ちは、あって。
 とても。
 好きで。
「ええ、喜んで」
 そっと抱き寄せられ、腕の中包み込まれれば。
 心臓は、早鐘のようにドキドキとせわしないのに。
 酷く。
 安心、してしまうから。
「断られてしまったら、どうしようかと・・・実のところ、少し
だけ不安、だったんです」
 優しく抱き上げられ、ベッドへと運ばれて。
 そんな風に扱われるのも、やはり気恥ずかしさは拭えないのだ
けれど。
 シーツの上へと横たえ、額に口付けを落としながら。
 そんな気弱なことを、七条が洩らすのに。
「・・・そうなんですか?」
「そうですよ。ドキドキしていました、本当に」
 微笑う表情からは、その真意は読み取れなかったけれど。
 七条が、そう言うのなら、そうだったのかもしれない。
「あの、・・・・・もしも、俺が断る・・・なんてこと、ないん
ですけど、もし・・・そうしたら、七条さんは・・・」
 その時は、どうしていたのだろう。
 あっさりと引き下がって、何事もなかったように部屋を出て
行ったのだろうか。
「・・・・・僕は、非常に寒がりなんです」
「え、っ」
「だから、僕を暖めて下さいませんか」
 そう言って心細げに君を見つめていたかもしれませんね、と。
 悪戯っぽく笑う瞳が、間近にあって。
「こう見えて、僕は諦めが悪いんです。でも、君も御存じのように
とっても恥ずかしがり屋さんですから、言いたくても言えなかった
かもしれませんけれど」
 いや。
 言うだろう、と。
 口にこそ出さなかったものの、啓太は曖昧な笑顔で応えつつ。
「あの、七条さん・・・・」
「はい」
「・・・・・あったかく、なりましょう・・・?」
 そっと告げれば。
 前髪を優しく梳いては、額にキスを落としていた七条の。
 その、表情が。
 やや、驚いたように。
「あ、・・・っその、俺・・・・・」
 僅かに見開かれた瞳に、自分が呟いた言葉に。
 とてつもなく恥ずかしいセリフを口にしてしまったのだと、今更
ながらに自覚して。
 真直ぐに見下ろしてくる紫色の瞳から、慌てて視線を逸らして
しまえば。
「伊藤くん」
「っ、・・・・・」
 そっと。
 耳元に、囁く声。
「I need you,I want you,I love you …so much」
 流れ込む。
 優しい旋律。
「君を、愛しています・・・・・とても」
 耳朶をくすぐる吐息に、微かに身を震わせれば。
 そろりと、首筋に押し当てられる唇。
「暖かくなりましょうね、・・・・・ふたりで」
 のしかかる、身体の重み。
 重なる、暖かな身体。
 きっと、もっと。
 熱く、なる。

 ベッドサイドに伸ばされた手が、カチリと部屋の灯りを落として。
 月明かりの元、今度は。
 唇、そして。

 白く、闇に融ける。
 吐息。






・・・・・テストは大丈夫ですか(真顔問い)!?
あからさまに、下心アリアリの臣です・・・くくくv
テストの最中にも、きっと臣の声を思い出して照れて
しまうのでしょう、啓太v愛い奴・・・ッvvvvv
人肌湯たんぽ、良いなぁ・・・vvv