『それは、甘く』



「う、わ・・・っどうしたんですか、これっ」
 放課後、いつものように手伝いをすべく、会計室を
訪れた啓太に、「ちょっと待って下さいね」と七条が
席を立って、衝立ての向こうに姿を消すのに。
 今日こそ俺がお茶をいれよう…と思いつつも、その
タイミングを見事に攫われてしまうのを、申し訳なく
思いながらも、やはり七条のいれてくれるお茶はとても
美味しくて、つい。甘えてしまっているなぁ、と反省等
している啓太であったのだけれど。
 そんな啓太の、ささやかな葛藤に気付いているのか
否か。
 やがて、衝立ての向こうから現れた七条の手には、
見慣れたティーポットとカップ&ソーサー。
 そして。
「ふふ、・・・・・美味しそうでしょう」
 やや大振りな箱。
 テーブルの上に置かれ、開けてみて下さいと促されて。
何だろう…と首を傾げつつ蓋を取ってみれば、そこには。
 色とりどりの、ケーキが。
「は、はい・・・・・っ」
 宝石のように、詰め込まれていて。
「少し出掛ける用がありまして、・・・評判の店だと
聞いていたので、通り掛かったついでに、つい」
 ついでに。
 つい。
「・・・・・こ、こんなに沢山・・・」
 ひぃ、ふぅ、みぃ…。
 …10個も買ってしまうものなのだろうか。
「どれもこれも、美味しそうだったので・・・それに、
伊藤くんのお好みもありますし」
「あ、・・・っ俺は、ケーキなら何でも好きで・・・っ」
「では、全部召し上がりますか?」
「・・・や、それはちょっと」
 いくら何でもそれは、と。ふるふると首を振れば。
 冗談ですよ、と微笑んで取り皿を啓太の前に置いて。
 というか、七条は常に正体の知れない笑みを絶やさない
男なのだけれど。
「取り敢えず、手前の方から頂きましょうか」
「あ、はいっ」
 そして、啓太の皿にはフルーツをふんだんに盛り付けた
タルトを。七条の皿には、苺のミルフィーユを、それぞれ
取り分けて。
「いただきます」
 互いに、微笑み合って。
 そして、一口。
「・・・・・美味しい」
「ええ、素材の味が生きていますね」
 そんな七条の述べた感想に、クスリと笑いを洩らしつつ。
 二口目を掬いかけて。
 ふと。
 視線、が。
「あの、・・・・・七条、さん」
「僕のも、とても美味しいんですけれど」
「あ、そう・・・みたいですね」
「伊藤くんのも、美味しいと仰ってましたよね」
 何やら。
 ニッコリと。
 微笑う、その瞳が。
 言わんとしている、ことが。
「・・・・・味見、しますか?」
「有難うございます。・・・では、僕の方もどうぞ」
 そうなのかも、と。
 おそるおそる口にしてみれば、どうやら当っていたようで。
 食べかけのになっちゃうけどな、と思いつつも七条の方へと
自分の皿を差し出そうとすれば。
「・・・・・え、っ」
 目の前に。
 ミルフィーユの乗った、フォークが。
 そして、笑みをたたえた七条の背後に。
 何やら黒い羽根と尻尾が揺らめいて見えた、のは。
「はい、どうぞ・・・・・伊藤くん」
「あ・・・・・あのっ、七条さん・・・」
「あーん、して下さらないと」
 落としてしまいそうなんですが、なんて。
 少し困ったように、言われたりしたら。
「・・・・・、っ」
 逆らいようも、なく。
 言われるままに、啓太は少し身を乗り出すようにして口を
開ける。
 そこに、七条はゆっくりとミルフィーユを乗せたフォーク
を差し出して。舌の上に固いフォークの背が触れた感覚に、
そろりと口を閉じれば、静かにフォークが引かれて。後には
苺の酸味とカスタードクリームの甘味とが、フワリと。
「・・・・・美味しい、でしょう?」
 七条の言葉に、啓太は素直にコクコクと頷く。
 本当に、こっちも美味しい。
 でも、先に食べたタルトも。
「・・・・・あ」
 そう。
 この、タルトも。
 チラリと、七条を伺い見れば。
 ……。
 やっぱり、自分だけという訳にはいかないんだろうなぁ…
と。
 啓太も、もう覚悟を決めてしまって。
「えと、じゃあ・・・俺の、も」
「はい」
 一口分、サクリと切り取って。
 そっとフォークに乗せて差し出せば、七条は嬉しそうに
目を細めて。
 …嬉しそう、なんだよな。
 そう思ってしまうと、どうにも気恥ずかしくて。
 それでも、喜んでくれてるなら良いかな、などと。
 そう納得してしまうことが、思うつぼだとか。
 啓太には、考えが及ぶはずもなく。
「あ、あーん・・・して、下さい」
 ゆるく弧を描いたままの唇が、開く気配を見せないもの
だから、つい。
 言ってしまってから、うひゃー…と耳まで赤く染めて。
 そんな啓太の様子を微笑ましげに見つめながら、七条は
ゆっくりと口を開けてみせて。
 啓太は緊張故か、微かに震える手で。
 それでも落としてしまうことなく、無事にケーキをその
口の中へと運び込んだ。
「ふふ、・・・・・美味しいです。本当に」
 相手の口へとケーキを運ぶ、言葉にしてしまえば、ただ
それだけの行為に。
 とんでもなく神経をすり減らしてしまった啓太ではあった
が、七条に嬉しげに微笑まれて、こちらもついヘラリと笑顔
で返せば。
「成る程、こうすれば2人で分けても全種類の味が楽しめる
ということですね」
「は、・・・・・」
「ね、・・・・・伊藤くん」
「・・・・・はは・・・」
 つまり。
 今の、赤面するような行為を。
 繰り返す、ということで。
「ふふ、・・・楽しみですねぇ」
「・・・・・そうですね」
 どうしようもなく、恥ずかしいのだけれど。
 やはり、しっかりそんなことも許容出来そうな自分がいて。
 ああ、もう。
 こんなところ、誰にも見られたくは。


「・・・・・胸やけがする」

 不意に。
 ガタリ、と椅子を引く音。
「・・・・・、っさ・・・・・西園寺、さん」
 そう。
 何やら、すっかりその存在を無視されてしまっていた形の。
 この会計室の長たる、西園寺その人が。
 柳眉を顰めて、こちらを見遣っていて。
「あ、あのっ・・・西園寺さんも、ケーキ・・・・・」
「それは、臣がお前の為に買って来たものだ」
「え、・・・」
「というより、・・・・・確信犯的に、な」
「・・・・・何のことでしょう」
 ねめつける視線にも、淀むことなく。
 いっそ爽やかとも言える笑みで、返してくるのに。
「退散してやる、・・・・・せいぜい謀略を巡らすが良いさ」
「西園寺さん、あのっ・・・・・」
「いいんですよ、伊藤くん」
 うんざりした様子で部屋を出て行こうとする西園寺に、
啓太が困惑しながらも、それを引き止めようとするのを、
七条はやんわりと押しとどめて。
「郁は、甘いものが苦手なんです」
「え、でも・・・だったら・・・・・」
「だから、僕と伊藤くんとで片付けてしまわないと、ね」
「・・・・・気をつけろよ、啓太」
 そして。
 オロオロと立ち尽くす啓太に、ドアを閉める間際。
 西園寺が、その傍らでさりげなく肩を抱く七条を見据え
つつ、ボソリと。
「見かけに寄らず甘党の狼は、メインディッシュをデザート
の後に頂く腹づもりかもしれんぞ」
「・・・・・は?」
「・・・・・さあ、どうでしょうね」
「七条さん、あの・・・」
 パタン、と。
 閉ざされた、ドア。
 その中で繰り広げられる、やりとりは。
 甘い、ものなのか。

 それとも。





・・・・・甘い・・・?←疑惑
ゲーム内でのデートシーンを見ていて思ったのですが、
もしかしてケーキバイキングなんかも、男ふたりで
行けたりするんでしょうか、彼らならば。
・・・・・見てみたい・・・(御相伴希望)v