『save me…?』




 海辺の風は少し冷たい。
 それでも頬に当たる潮風の香りに、啓太は何となく
懐かしさにも似た心地よいものを感じたりしていた。
 大昔、一番最初の生き物は海から生まれたって。
 海は、みんなのお母さんなんだって、そう子供の
頃に本か何かで読んだような気がする。
 だからなのかな、と。
 妙な、くすぐったさを覚えて、ひとり。
 クスリと笑えば。

「伊藤くん」
「っ、・・・・・」
 不意に。
 背後から掛けられた、声に。
 思わず肩を揺らし、振り返るとそこには。
「・・・七条、さん?」
「はい」
 いつもなら、この時間は会計室で西園寺と共に仕事を
しているはずの、七条が。相変わらずの笑顔で、すぐ
後ろに立っていて。
「済みません、驚かせてしまいましたね」
「え、いえ・・・ちょっと、だけ」
 かなり、驚いたのだけど。
 七条の済まなさそうな表情に、啓太はフルフルと首を
振って。
「それよりも、どうしたんですか?」
 まさか、七条とこんなところで偶然出会うなんて思わ
なかったし。それに、仕事を放り出して散歩だとか称して
サボる、なんてこと。
 まさか、王様じゃあるまいし、と。
 実際、ついさっきまで此処で啓太はサボり中の丹羽を
見つけて、共にたわい無い話をしたりしていたのだが、
そこに突如現れたトノサマに顔を引き攣らせ、あっという
間に逃走するのを見送ったばかりで。
「ここに来れば、伊藤くんに会えると聞きましたので」
「あ、・・・王様に会ったんですか?」
「いいえ」
 ニッコリと笑って否定されて、首を傾げれば。
「トノサマですよ」
「は、え・・・っ?」
「トノサマが、僕にそっと耳打ちしてくれたんです」
 トノサマが。
 耳打ち!?
「・・・っ七条さん、トノサマと話せるんですか!?」
 そんな。
 妙な特技(?)は、海野だけかと思っていたのに。
「いいえ、いくら僕でもそんな特殊技能は持ち合わせて
いませんよ」
「で、でも・・・今・・・っ」
「・・・ふふ」
 そして。
 相変わらずの謎の笑みに、何だか上手く誤魔化されて
しまったような気がする啓太では、あったのだけれど。
「で、・・・・・七条さんは、どうしてここに」
「おや、言いませんでしたか・・・伊藤くん、君に会いに
来たんですよ」
「俺に、ですか・・・っ何か、・・・・・あ、会計部の
お手伝いなら、すぐに」
「・・・・・君は」
 ふと、苦笑めいたものが、寸分違わぬその笑顔の中、
過ったような気が、して。
「理由がなければ、・・・君に会いに来てはいけませんか」
「え、・・・・・」
「まあ、理由は・・・あるんですけどね、ちゃんと」
 微かに細められた、その瞳に。
 紫色の輝きに、目を奪われれば。
「僕は、憶病者なんですよ」
「な、・・・・・そんな、こと」
「君の姿が見えないと・・・傍に、居ないと・・・不安で
仕方がない、んです・・・」
 そんな。
 心細気な、言葉を。
「七条、さん・・・」
 言う、なんて。
 戸惑いに、どうにも落ち着かなくなってしまって。
 無意識の内に、足を。
 一歩、後退させてしまって。
「っ、わ・・・・・」
 そこ、は。
 海岸沿いに造られた遊歩道の縁、で。
 グラリと、バランスを崩した啓太の身体が後方に揺れた、
その瞬間。
「・・・・・、っ」
 落ちる、と思った。
 その次の瞬間、全身を襲ったのは。
 冷たい海水の感触ではなくて。
 強い。
 痛いくらいに抱き締める、腕の。
「し、ちじょ・・・さ、ん・・・・・」
「・・・・・驚かせないで、下さい・・・・・」
 咄嗟に引き寄せられ、抱き締められたのだと。
 ようやく理解して。
 耳朶に掛かる、吐息の安堵の響きに、強張らせていた
身体の力を、ゆっくりと抜きながら。
「あ、有難うございます・・・」
 啓太も、安堵の溜息を混ぜつつ、窮地を救ってくれた
礼を述べる。七条が腕を掴んで引き寄せてくれなければ、
啓太は確実に海中へと真っ逆さまに転落してしまっていた
だろう。仮に落ちてしまっていたとしても、泳ぎは苦手では
ないし、まさか溺れてしまうことはなかっただろうけれども。
 でも、この時期の寒中水泳は御免被りたい。
「あ、あの・・・・・」
 モゾリ、と。
 腕の中、身じろぎするけれども。
「七条、さん・・・?」
 啓太を抱き締める、七条の腕は緩むことは、なく。
 むしろ。
 ますます、胸に押し付けるように、強く。
 息苦しささえ、感じるほどに。
「七条さん、もう・・・あの、・・・・・」
「心臓が、止まるかと思いました」
 押し殺したような、声は。
「間に合わなかったら、僕は・・・」
 酷く。
「君を失うようなことがあったら、僕は・・・・・」
 切なく。
「・・・っ七条、さん・・・・・あの、俺・・・一応泳げ
ますし、そんな・・・・・」
「僕も、・・・・・生きてなんていられない」
「っ、・・・・・」
 震えて。
「な、・・・七条さん、何・・・」
「本当に、・・・もう僕は・・・そういうところまで、
きてしまっているんです」
「・・・・・あ、・・・」

 君が。
 好きです。
 君を。
 愛しています。

「言いましたよね、もう何度も・・・あの言葉に偽りなど
ないことを、君は・・・分かってくれていますか」
「七条さん、・・・・・っ俺、俺も・・・七条さんのこと」

 好きです。
 愛しています。
 何度も、そう告げて。
 告げられた。
 言葉は。
 甘さだけでは、なく。

「君が居なければ、僕は・・・・・生きていけません」

 甘いだけでは、なく。

「こんなところまで、もう僕は・・・君を・・・・・」
「七条さん、七条、さん・・・・・っ」

 痛いくらいに。
 抱き締められて。
 抱き締めて、その広い背をかき抱いて。

「だから、・・・・・責任取って・・・下さいね」
「え、・・・・・」
 首筋。
 軽く、吸うように口付けられて、思わず腕を突っ張れば。
 意外なほど簡単に、その抱擁は解けて。
 それでも、極至近距離。
 見つめう、その瞳には。
 やはり、傍目には変わらぬ笑み。
 だけど、その中には。
 揺らめく、熱い。

「僕を、こんなにまでしてしまった責任、取って頂けますか」
「は、え・・・っと、俺・・・・・ど、どうすれば・・・」
 からかわれているのか、本気なのか。
 言葉の意味する所を探して、おずおずと瞳を覗き込めば。

「捨てないで下さい」
「・・・・・は?」
「僕を、捨てないで下さい」
「・・・・・は、い・・・!?」

 あくまで。
 真面目な、口調で。

「ね、・・・・・伊藤くん」

 そして、微笑んで。
 請うように。
 確認するかのように、近付いてくる唇を。
 まだ困惑しながらも、啓太は。
 しっかりと、受け止めて。

「お、れにだって・・・七条さんはっ、もう絶対に必要な
大事な人、なんですから・・・」
「はい」
「だから、絶対に・・・離したり、しないんですから」
「・・・はい」

 だから、ね。
 覚悟、して。





・・・・・臣ったら(悶)!!
とにもかくにも、臣の中にアレコレ変革をもたらしたのは
他でもない啓太ですので、当然責任をば・・・(悦)くくくv
行く所まで行っちゃったらしい(何)臣は、花本紫磨子嬢の
生誕祝いに捧ぐvおめでとー、花ちゃん(愛)vvv