『休日の過ごし方』



 ベルリバティ学園に転校してきてから、休日はといえば学園内を
散策したり、授業で出された課題を必死に片付けたり、という日々
を過ごしていたから、学園島の外に出ることは、そう多くはなく。
 だけど、俺の退学騒動から始まったアレコレをきっかけに、休日
を独りで過ごすことは、なくなった。

「おはようございます、伊藤くん」
「お、おはようございます・・・っ七条さん」

 包まれた温もりの中、フワリと覚醒すれば。
 目の前に、柔らかな微笑みがあって。
 そう、休みの日の前の夜は必ずといって良い程、俺か七条さんの
どちらかの部屋で、過ごして…一緒に朝を迎えるようになっていた。
 ベッドの中、2人ともすぐには起き上がったりせずに、何となく
くすぐったい気持ちになりながら、素肌を寄り添わせたり、時に
じゃれあうようにキスをしたり、甘ったるい時間に浸って。
 ようやくベッドから出るのは、たいていお昼前。
 シャワーを浴びて、身支度して。
 そして、この後の時間の過ごし方を相談したりして。

 この日は、久し振りに街の方へ出ようということになった。

 お気に入りのカフェで、ブランチを楽しんで。
 おやつにはパフェを食べましょうね、と微笑って言うのに頷く。
 そして、2人でブラブラとウィンドウショッピングをしながら、
大通りを歩いていると。
「あ、・・・・・今日まで、だったんだ」
 ふと、目に付いた看板に、ポツリと俺が呟いたのを、七条さんは
すぐに拾って。
「伊藤くんは、映画が好きですか?」
 そう、尋ねて来るのに。
「え、あ・・・はい。マニアって程じゃないですけど、面白そうだ
なぁ、って思ったのがあれば、よく観に行きました。大画面で観る
と、迫力があって・・・ワクワクするんですっ」
 この映画も、ずっと気になっていた作品で。でも、結局観に行き
そびれてしまっていた。今日で、もう終わってしまうんだ。
 ちょっと残念だったな…、と。
 そう思ったのが、もしかしたら顔に出てしまっていたのかもしれ
ない。
「では、これから観に行きましょうか」
「え、ええっ!?」
 そう言って。
 俺の返事を待たずに、七条さんは俺の手を極自然に取って、そして
映画館の方へと走り出す。
 …何だか。
 …すごく嬉しそう?
 そんな七条さんに、ちょっと気恥ずかしさを感じながらも、でも
やっぱり俺も、嬉しくなって。
 窓口でチケットを買って、ちょうど前の回の上映が終わったところ
だったらしく、ぞろぞろと出て来る人の波を縫うようにして、館内
へと辿り着く。
 その間も、七条さんは俺の手をしっかりと握っていて、そのお陰で
人波に流されてはぐれたり、ということにはならなかったけれど。
 でも、座席についても、まだ。
 手…握った、まま。
 嬉しい、けど。
 でも、やっぱり、少し。
 恥ずかしい、かもしれない。
「あ、あの・・・七条さん」
 だけど、「手を離して下さい」だなんて、言うのは躊躇われて。
 俺の言わんとしていることを分かって貰おうと、振り解くとまでは
いかないものの、モゾモゾと手を動かせば。
「ああ、済みません・・・僕も映画館は本当に久し振りなので、つい
うっかりしていました」
 苦笑混じりに、ゆっくりと手を離して。
 そして、おもむろに立ち上がって。
「パンフレットと、そして定番になりますが、ポップコーンと・・・
飲み物は、何が良いですか?」
「え、いや・・・あのっ・・・・・コーラ・・・」
「分かりました、すぐに買って戻って来ますから・・・」
 ここで待ってて下さいね、と。
 わざわざ、耳元に口を寄せて囁かれて。
 真っ赤になってしまった俺に、にっこりと微笑むと、やや足早に売店
の方へと向かう長身を、見送りつつ。照れ隠しのように、おもむろに
館内を見回せば、ロングランの最終日だからなのか、人の入りはそう多く
はなかった。でも、まばらな客はカップルが多い。
 …俺と七条さん、も。
 …傍目からは、そうは見えないかもしれないけど。
 とはいえ、見るからにカップルと思われるのも、何だか落ち着かない
だろうなぁ、とは思うんだけど。
「お待たせしました、伊藤くん」
 ちょうど席に座り直したところで、七条さんが戻って来た。
 両手に、コーラとポップコーン。映画鑑賞の定番スタイルなカンジで。
「はい、どうぞ」
「有難うございます、七条さん」
 後で、ちゃんとチケット代と一緒に払おう。今ここでその話をすると、
多分「いいえ、結構ですよ」「そんな、ダメです払いますからっ」という
やりとりになってしまうのは、何度か経験済みだったから。
 とはいえ、お金を受け取って貰えたコトはなかったのだけれど。
 …お金より伊藤くんからのキスが欲しいです、とか言われたりして。
 …はうう。
「伊藤くん、・・・どうかしましたか?」
「あ、っいえ・・・もうすぐ始まりますね」
 怪訝そうに声を掛けてきた七条さんに、何でもないんです…というよう
に、笑い返して。それと、ほぼ同時。上映開始のベルが鳴り響いた。
「楽しみですねぇ」
「はいっ」
 そっと呟かれた言葉に、俺も小さな声で応える。
 そうか…七条さんも、この映画観たかったんだ。

 館内が少しずつ暗くなって、幕が上がったスクリーンに来期の上映作の
予告編が映し出される。これも面白そうだから、またこうして七条さんと
観に来れると良いなぁ…って思ったりしながら、ちらりと隣の七条さんを
伺い見れば。
「っ、・・・・・」
 目が。
 合った。
 途端、にっこりと微笑む七条さんに、俺も慌てて笑い返して。そして、
ゆっくりと不自然にならないように、スクリーンに視線を戻す。
 …びっくりした。
 また一緒に観に来たいな…って思ったのが、分かっちゃったみたいに。
 それとも、もしかしたら七条さんも一緒に観に来たいって…俺と同じ
ことを考えてくれていたんだろうか。
 そうだったら、嬉しいな。

 思い掛けずドキドキと鼓動を速めてしまいながら、じっと見つめていた
スクリーンには、やがて物語の序章を告げるナレーションと共に、広大な
景色が映し出される。
 洋画って、何となく…とても奥行きっていうか、空間の広さを感じさせ
るなぁ、って思ったりもする。実際に、とんでもなく広い場所を使って、
ロケとかしているんだろうけど、そういうことだけじゃなくて。言葉では
上手く言い表せないけれど、でも俺はそういう広がりを感じさせてくれる
作品が、とても好きだった。
 物語が始まり、そして俺はその中に引き込まれていく。主人公と一緒に
なって、ハラハラしたりドキドキしたり。きっと膝の上に置いていた手は
ギュッと握りしめられていただろう。ピンチに陥った主人公の必死な様子
を、固唾を飲んで見守っていて…あわや、というところで颯爽と仲間達が
助けに来る。
 …よ、良かった。
 主人公が倒れるなんてことは、ないだろうとは分かってはいても、その
緊張感のある演出には、本気で動揺してしまうから。危機を脱した主人公
の安堵の表情に、俺もつられてホッと肩の緊張を抜けば。
 微かに、くすり…と。
 笑う気配がして。
 まさかね、と。
 おそるおそる、視線を横に向ければ。
「・・・・・、っ」
 また。
 しっかりと、視線がかち合う。
 暗い、館内。
 スクリーンから反射する光に浮かび上がる、七条さんの綺麗な貌。
 その紫色の瞳は、真直ぐに俺を見つめて。
 柔らかく、微笑んでいた。
「な、何・・・してるんですか」
 思わず、ポツリと小声で問えば。
 肘掛けに頬杖をついて、目を細めて微笑む七条さん、は。
 もしかしたら。
「君を、見ていました」
 …ずっと?
「え、映画を観に来た、んじゃ・・・ないんですか」
「僕は、映画を観ている君を、見に来たんです」
「な、・・・・・っ」
 そんな。
 嘘なんだか本気なんだか、分からないようなことを。
 …いや、多分。
 これは。
 …本気、だ。
「怒ったり、笑ったり…泣きそうになったかと思えば、安心したように
ふんわり微笑ったり。どの表情も、見ていて飽きません」
 映画の邪魔にならないよう、小さな声で。
 だけど、しっかりと俺の耳に届くように。
「全部、とても愛おしい・・・好きですよ、伊藤くん」
 耳元。
 吐息が、くすぐったいくらいに。
 思わず、ギュッと目を瞑ってしまえば、唇に。
 微かに触れた、それは。
「し、ちじょ・・・さ、ん・・・・・」
「映画鑑賞の邪魔をしてしまって済みません・・・後はおとなしく見て
いますから、僕のことは気にしないで下さい」
 掠めるような、キス。
 それだけで、七条さんは言葉通り身を離したけれども。
 だけど、視線をスクリーンに戻しても、まだ。
 きっと、俺の横顔を見ている。
 感じる視線に、一度跳ね上がった鼓動は落ち着いてくれなくて。
 もう映画の内容なんて、ちっとも頭に入ってこなかった。
 画面を見つめながら、俺の意識はずっと。
 七条さんに、奪われていた。


 2時間程の映画を見終えて、人の流れに乗るようにして、建物の外に
出る。パンフレットを胸に抱えたまま、俺は。ずっと、無言で。
「パフェ、食べに行きましょうか」
 少し困惑を滲ませたように、それでも微笑んで七条さんが、カフェへ
と誘うのに、俺は。
 ゆるゆると、首を左右に振った。
「・・・伊藤くん」
「帰りたい、です」
 ボソリと、そう告げれば。
 微かに、息を飲む気配がして。
「どこか、具合でも・・・悪いんですか」
 俺はまた、それを否定して首を振る。
 俺の反応に、七条さんは息苦しそうに言葉を紡いだ。
「先程の、ことが・・・・・気に、触ったのでしたら・・・謝ります。
・・・・・済みませんでした」
 ずっと。
 俺を、見つめ続けていた、こと。
 見られて、ずっと。
 俺は。
「早く、・・・・・帰りたいです」
 俺の肩に触れようか、どうしようかと伸ばしかけて、迷う手を。
 その袖、二の腕の辺りを、俺は。
 キュッ、と掴んで。
「部屋、に・・・・・帰りましょう」
 そう言って。
 ようやく、俺を心配そうに覗き込んでいた七条さんと視線を合わせる。
 途端、七条さんの不安げな瞳が、驚いたように見開かれて。
 頬を朱に染めて、縋るように見上げる俺を、映す。
 そして。
 ゆっくりと細められたそれは、口元にも甘ったるい笑みを連れて。
「ええ、すぐに・・・・・」
 帰りましょう、と。
 俺の手を、今度は躊躇うことなく、掴んで。
 何かに急かされたように、駆け出しはしなかったものの、歩調は早く。
 早く。
 すぐに。
「君と、ふたりだけになれるところに」
 じんわりと、熱を帯びてしまった身体を。
 早く。
 どうにか、なっちゃいそうな俺を。
「抱きしめたい、です・・・・・早く」
 どうにでも。
 して欲しくて。

 結局。
 久しぶりの外出は、数時間で切り上げられて。
 良い天気。
 まだ、陽も高いのに。
 服を脱ぐのさえ、もどかしく。
 シーツの波に、また。
 七条さん、と。






いちゃいちゃーーーーーーーッ(地団駄←悔しい・笑)!!!!
上映中に訴えられてたら、間違いなくトイレで(何)!!
帰るまで我慢したのネ・・・v
実はマンガで描くつもりで、ストックしていたお話でしたv