『Catch ! 』



 身長差の分だけでなく、ほんとに脚が長かったりするから、
それだけ歩幅もかなり違うはずなんだけれど。
 極、自然に。
 置いて行かれることもなく、肩を並べて歩いていたりする。
 俺の歩調に合わせてくれているのは明白で。
 申し訳ないなぁ、と思いながらも。
 やっぱり、嬉しい。
「済みません、伊藤くん・・・せっかくのお休みに、僕の
用事に付き合わせてしまったりして」
「いえっ、七条さんが誘ってくれて嬉しかったです」
 それは、ほんと。
 日曜だったけど、いつもどおりに目が覚めてしまって。
 さて、休日をどう過ごすかなぁって考えながら、寮の裏手を
ぼんやりと1人散歩していたら、丁度外出するところらしい
七条さんと出会って。ちょっとしたものを買い出しに行くん
ですけど宜しかったら伊藤くんもお出かけしませんか…って
誘ってくれた、から。
 すぐに、コクコクと頷いて。
 何も予定がなかったってだけじゃ、なく。
 七条さんと一緒にこうして街を歩けるのは、嬉しい。
 だから、そのままに告げれば。
 七条さんは、ちょっと驚いたような顔をして。
「君は、本当に・・・・・」
 でもすぐに、にっこりと笑い返してくれたから。
 吃驚したような表情の訳は、聞き損ねてしまった。


 七条さんの用事は、結構すぐに済んでしまった。あらかじめ
必要なものを頭の中にメモしているんだって言いながら、でも
お店の中をスイスイと歩いては、テキパキと手際良く品物をカゴ
へと入れていく姿には、ちょっと感動すらしてしまう。
 勿論、俺が置いてかれないように、さりげなく気を配ってくれ
ているのも、分かるから。
 すごいなぁ、って思う。
「さて、買い出しは完了してしまいましたし。何処かでランチ
でも取りましょうか」
 会計を済ませ、紙袋をふたつ抱えて。俺が1つ持ちますよ、
って手に取ろうとしたのに、七条さんは。ダメです…なんて、
微笑みながら首を振って。
 荷物持ちをさせるために御付き合い頂いた訳ではないですから
…って、言われても。
 じゃあ、どうして俺を誘ったんだろう。
 問い掛ける前に、ランチを…って声を掛けられた途端、俺の
お腹が小さくキュルルって。
「・・・・・、っ」
 …うううううう。
 …は、恥ずかしい。
 顔を真っ赤にしてしまっているだろう俺に、七条さんは何だか
楽しそうに笑いかけながら、そっと肩に手を添えて。
「すぐ近くに、美味しいお蕎麦屋さんがあるんですよ」
 そのまま。
 促すように歩き出すから。
 肩を抱かれたまま、なんて。
 恥ずかしい、けど。
 だけど、手を外して下さいなんて、言えるはずもなく。
 だって、その手が暖かくて優しくて。
 ドキドキが、止まらなかったから。
 それにしても、七条さんとお蕎麦。
 何となく、不思議な取り合わせだなぁ…って思うのは、俺だけ
なんだろうか。


 七条さんお薦めのお店のお蕎麦は、本当に美味しかった。
 天麩羅蕎麦を啜りながら、こっそりと向いに座る七条さんの
様子を伺えば、何だか意外に思えた蕎麦と七条さんの組み合わせ
が、驚くほど違和感なかったって言うか。
 お蕎麦食べてる七条さんも、やっぱりカッコイイなぁ…って。
 またドキドキしてしまった俺って、おかしいのかもしれない。
「気に入って頂けて良かったです」
 美味しかったです、と結局奢って貰ったりした御礼と共に伝え
れば、七条さんはニッコリと笑って。
「以前1人で食べに来たんですが、やはり伊藤くんと一緒に食べた
方が、格段に美味しいですね」
 なんて、嬉しそうに。
 確かに、ひとりで食べる御飯より誰かと一緒に楽しく食べる方が
美味しいものだと思うから、そういうものなんだよな…って俺も
納得したりして。
「えっと、・・・また誘って下さい」
 1人より、2人が良い。
 だから、そう告げたら。
「ええ、・・・喜んで」
 満面の笑みで答えられて、ちょっと吃驚した。
 1人の御飯、やっぱり七条さんも物足りなかったりしたんだなぁ
って思いながら、俺も笑い返して。
 そして、また並んでふたり歩き始める。
「お散歩がてら、ゆっくり帰りましょうね」
 元来たのとは、違う道。
 お店が立ち並ぶ通りを抜けた先に、小さな河原が見える。
 のんびり川沿いを歩くのも、気持ち良さそう。
「・・・・・あ」
 ふと。
 横切った、店先。
 視線の端に引っ掛かったものに、思わず足を止めてしまえば。
「どうしました?」
 七条さんが、怪訝そうに声を掛けてくるのに、俺はその店の---
ゲームセンターのショーケースの中に鎮座した景品に、目を奪われ
てしまっていた。
「・・・・・ぬいぐるみ、ですか」
 そう。
 俺が足を止めたゲーム機のショーケースの中にいたのは、大きな
クマのぬいぐるみ。それは、俺がまだ幼かった頃、祖父にねだって
買って貰った大好きなクマのぬいぐるみに、そっくりだった。肌身
離さず何処にでも抱えて歩いていて。寝る時だって、一緒だった。
 あれは、どこにしまったのだろう。
 ボロボロになって、捨てられてしまったのかもしれない。
「これが、欲しいんですか」
「え、・・・いえ、違うんです。子供の頃持っていたのに、とても
良く似ていたから・・・びっくりして」
 七条さんにクルリと向き直り、慌てて首を振る。
 大好きだったクマのぬいぐるみに、そっくりな。
 欲しいなって、ちょっと思ったのは、でもナイショで。
 だって、高校生にもなって、しかも男なのに。
 誰だって、呆れてしまうと思うから。
 七条さん、だって。
「・・・・・そうですか」
 七条さんは、微笑んで。
 だけど、それ以上は何も聞かずに。
「では、行きましょうか」
「あ、・・・はいっ」
 俺の背に、そっと手を添えて促すようにして歩き出したから、
促されるままに俺も、ゆっくりと。
 その店先を、後にした。
 心の中で、バイバイって。
 こっそりと、呟きながら。


 少し歩けば、川沿いの小さな遊歩道に出る。
 小さな子供を連れた若いお母さんが、何組かのんびり日向ぼっこ
しに来ていたりして、何だか微笑ましい光景がそこにあった。
 暖かな陽射しと、川面を揺らす風が心地良くて。
 俺も、芝生の上に寝転がってみたい衝動に駆られたりしながら。
「・・・・・伊藤くん」
「はい?」
 不意に。
 隣を歩いていた七条さんが、足を止めるのに。
 つられて俺も立ち止まり、半歩後ろの七条さんを返り見れば。
「済みません、ちょっとここで待っていて下さいませんか」
「え、あ・・・はい」
「すぐに戻ります。どうか、ここを動かないで下さいね」
 迷子になんかなったりしないのに、念を押すように言い含めて。
 俺をベンチに座らせ、その脇に荷物を置いて。七条さんは踵を返す
と、足早に遊歩道を横切って来た道を戻っていった。
 何か、買い忘れたものでも思い出したりしたのだろうか。
 うっかりしちゃうこと、七条さんでもあるんだなぁ、と何だか
安心したような、そんな気分になったりしつつ。ベンチに腰掛けて、
キラキラと光る川面を眺めていれば。
「お待たせしました」
「・・・・・、っ」
 ほんの、数分。
 お待たせも何もないくらいに、素早く。
 戻って来たらしい七条さんの声が頭上から聞こえるのに、本当に
驚いて振り返れば、その視界を。
 覆うように、目の前に。
 差し出された、もの。
「・・・・・クマ」
「・・・・・はい」
 クマの、ぬいぐるみ。
 さっきお別れを言ったばかりの、そのぬいぐるみが。
 呆然とする俺の腕に、そっと預けられた。
「・・・・・これ、七条さんが・・・?」
「ええ。取って来ました」
「・・・・・ど、どうやって・・・」
「ちゃんとお金を入れて、アームを操作して景品として頂いて来ま
した。勿論、不正な行いなどしていませんよ」
 別に、七条さんが機械をどうこうしたとか疑って言った訳では
ないけれど。こんな大きなぬいぐるみ、そんな簡単に取れるもの
ではないはずなのに。
「・・・・・上手、なんですね」
 俺なんて、手の平サイズのものでも、何度も挑戦してもなかなか
取れないのに。七条さんは、もしかしたら1度か2度で。
「要領さえ掴めば、そう難しいものではありませんよ」
 それにしたって、すごいと思う。
 こんな大きな、クマのぬいぐるみを七条さんは。
 七条さんは。
「・・・・・どうして・・・」
 そうだ。
 どうして、これを。
 わざわざ戻ったりしてまで、これを取って来たのだろう。
「君に、貰って頂こうと思いまして」
「っ、俺・・・・・」
 俺の、ために。
 俺は、欲しいなんて言わなかった、のに。
 なのに。
 どうして。
「子供の頃の思い出の品に良く似ているんだと、そう話して下さった
時の伊藤くんの顔が、とても懐かしそうで・・・嬉しそうでしたので
・・・その顔が、もう1度みたいなぁ・・・って、思ったんです」
「・・・・・俺の、顔・・・」
 どんな顔をして。
 思い出に、心を巡らせていたんだろう。
「勝手なことをして済みませんでした・・・君の笑顔が見れるかなぁ
って思って、・・・つい」
「・・・・・そんな」
 七条さんが謝ることなんてない。
 驚いたけれど、戸惑ったけれど。
 だけど。
「・・・・・嬉しい、です・・・っ」
 高校生なのに、とか。
 男なのに、とか。
 恥ずかしいだろう、とか。
 そんなこと、もうどうでも良くて。
 七条さんから貰ったクマのぬいぐるみを、俺は両手で抱きしめて。
「有難うございます・・・七条さん」
 嬉しい気持ちのまま、笑えば。
 七条さんも、嬉しそうに微笑んでくれた。


 七条さんは、買い出しの荷物を。
 俺は、クマのぬいぐるみを抱えて寮に戻って。
 部屋に帰って、早速ベッドの壁際にぬいぐるみを置いて、その傍ら
に転がりつつ、何度か突ついたりして遊んでいれば。
 軽くノックの音が、2回。
 七条さんだ、と確信にも似た思いでドアを開ければ、やはりそこに
立っていたのは七条さんで。
「少しだけ、お邪魔しても良いですか」
「あ、はい。どうぞ」
 頷いて部屋に招き入れれば、七条さんはすぐにベッドの上に鎮座する
クマのぬいぐるみに目をとめた。
「羨ましいくらいに、最高の席に座っていますねぇ」
「え、・・・そうですか?」
 床の上には、何となく置き辛くて。
 ここだ、と思って置いたんだけれど。
 良い位置、なのかな。
「もしかして、寝る時もあのままですか」
「は、・・・・・はい」
 ニッコリと笑って七条さんが問い掛けてくる。
 笑って、いる。
 …はずなんだけど。
 ……何だか。
「・・・・・そうですか」
 俺の答えを聞いた途端、ぬいぐるみをジッと見つめたまま。
 何やら、考え込むような顔。
 俺、何かマズイこと言った…んだろうか。
 もしかして、この年になってぬいぐるみと一緒に寝るなんて。
 恥ずかしい奴だって、思われたんだろうか。
「・・・・・このぬいぐるみが、お好きですか」
「え、・・・は、はい。好き・・・です」
「・・・・・そう、ですか」
 好き、だと思う。
 懐かしい、あのぬいぐるみに似ているということもあるし。
 それに。
「し、・・・・・」
「伊藤くん、御願いがあります」
 振り返った顔は、その表情は固く。
 薄らと笑みは浮かべてはいるものの、何だか。
 …怖い。
「は、はい・・・っあの、何でしょうか・・・」
 七条さんの、御願い。
 こんな、真面目な顔で。
 一体。
「このぬいぐるみ、僕に譲って下さい」
「・・・・・え」
 どうして、と思う前に。
 七条さんは、ゆるりと首を振って再び口を開く。
「いえ、それよりも・・・このぬいぐるみの居場所を、僕に譲って
下さい」
「・・・・・は、い?」
 何、だろう。
 言っていることの意味が、把握し切れなくて。
「七条さんは、・・・このぬいぐるみが欲しいんですか?」
「いいえ。僕が欲しいのは、今このぬいぐるみが座っている場所
です」
「・・・・・ベッド、ですか」
 俺のベッドなんて、どうするんだろう。
 俺が困惑して首を傾げれば。
「君の、隣に」
 ス、と。
 一歩、詰めた距離。
 体温さえ、感じられそうに近くに。
 ああ、また。
 ドキドキ、してしまうのに。
「隣・・・」
「そうです。君の隣に、・・・いつも僕を置いて下さい」
 七条さんを、隣に置くなんて。
 ぬいぐるみのような訳には、いかないのに。
 隣に、七条さん。
 ………え?
「ぬいぐるみではなく、・・・・・僕を。寝る時にも、どうか君の
傍らに置いて下さい」
「・・・・・あ、あのっ ! 」
 寝る時も、って。
 それって。
 そういうのって。
 何だか。
「そ、それって、何ていうか・・・その、こ・・・っ恋人同士みたい
じゃないですかっ」
 言ってしまってから。
 一気に、顔が熱く火照ってくる。
 恋人同士。
 そんなの、って。
「みたい、じゃなくて。僕は、そうなりたいと思っています」
「・・・・・っ!?」
 そんな、のって。
「僕は、君と恋人同士になりたい。そういう御付き合いをしたいと
思っています」
「・・・・・七条、さん」
 これって。
「君が好きです・・・伊藤くん。僕は、君を愛しています」
 愛、の。
「僕と、恋人として御付き合いして頂けませんか・・・伊藤くん」
 告白。
 七条さんが。
 俺を。
 俺に。
「・・・・・・・・・、っ」
「・・・・・伊藤くん」
 俺は。
「・・・・・この、ぬいぐるみ・・・大事にしようって、思ったん
です」
 だって。
「七条さんが、・・・俺に・・・くれたもの、だから」
「伊藤、くん」
 だって、俺は。
「七条さんが、・・・・・・・・・好き、だから」
 そう、だから。
 ドキドキが、いっぱいで。
 どうしようもなくて。
 ぬいぐるみを貰って。
 すごく。
 嬉しかったのは、七条さん。
 だから。
「好き、なんです・・・七条さんが、好き・・・です」
「・・・・・伊藤くん」
 両肩に、そっと手が添えられる。
 そして、そのまますっぽりと。
 七条さんの、腕の中。
 ギュッて、抱き締められて。
 ドキドキするけど。
 嬉しい。
「愛していますよ、伊藤くん」
 囁かれて。
 ゆっくりと近付いてくる吐息に、ああもしかしてキスされちゃう
んだろうかって、思わずしっかりと目を瞑ってしまえば。
 微かに笑った吐息が、唇に触れて。
 そして。
 そっと、掠めるようなキス。
「この続きも、しっかりとしたいのですが・・・」
 ちょっと待ってて下さいね、と。
 そっと肩を押され、ベッドに座らされた俺のすぐ後ろに伸ばされた
手が、掴んだもの。
「では、改めてここは僕の指定席ということで」
 クマのぬいぐるみ。
 七条さんは、テーブルの上に背を向けるようにして載せて。
 そして、ギシリと。
 2人分の体重に、軋むスプリング。

「ずっと僕を、・・・君の傍に置いて下さいね」

 甘ったるく囁かれた言葉に応えようとして、降りて来た唇に吐息ごと
飲み込まれて、奪われて。

 それからのことは、何もかもが初めての体験で。
 余裕なんて、欠片もなく。
 それでも、どうにかして七条さんに応えたくて、夢中で。
 だけど、何をどうしただとか何を口走ったかなんて、殆ど覚えては
いなくて。
 それでも、次の朝。
 目覚めた時、最初に目に飛び込んできたのは、七条さんの微笑む貌。
 そして、「おはようございます、伊藤くん」という少しだけ掠れた
声と、優しいキス。
 ああ、この人と恋人同士になったんだな…って。
 じんわりと、感じて。
「七条さん・・・・・大好き、です」
 まだ半分夢見心地に呟けば。
 七条さんは、ちょっと困ったように微笑んで。
「・・・・・病欠届けは、僕が出しておきますから」
 そう、言うのに。
 誰か、風邪でも引いたのかなぁ…なんて、思う間もなく。
「あ、・・・・・っん、ふ・・・・・」
 噛み付くように重ねられた唇。
 覆い被さる熱に翻弄されながら、ぼんやりと。
 その意味を悟った。


 その日は、七条さんの言う通りに「風邪でお休み」して。
 翌日、ようやく登校した俺が、放課後会計室を訪れれば。
「啓太、お前が責任を持って面倒を見てやれ」と告げた西園寺さん
の視線の先で、ティーポットを手に微笑む七条さんと。
 その後ろ、資料棚の上に鎮座する、あのクマのぬいぐるみに。
 きっと。
 これから、ずっと。
 …なんだろう、なぁ。






ガッツリとキャッチです!! 離しません!! 恐るべし、臣!!
クマのぬいぐるみっつーと、また別の人もアレですが、
まあ今回は臣っつーコトでvふふv