『tender moon』




 夜なのに随分と明るく感じるのは、街灯のせいばかりでは
なく。
 見上げれば、真ん丸な月。
 ふんわりと、優しく降り注ぐ月明かり。
 そして、石畳の路に落ちる、2つの影。

「遅くまで付き合わせてしまって、本当に申し訳ありません
でした、伊藤くん」
 済まなさそうに、そっと落とされた言葉に、啓太は隣を歩く
長身を、きょとりと見上げてブンブンと首を振った。
「いえっ、俺がお手伝いしますって言ったんですから。
それに、今日中に仕上げられて良かったです」
 相当疲れているだろうに、そんな素振りも見せず。
 向けられる笑顔に、七条の口元にも極自然と笑みが浮かぶ。
「そうですね、・・・有難うございます。本当に助かりました」
「っ、・・・お役に立てて良かったですっ」
 おそらく何ら含みもないであろう笑みを受けとめて、啓太の
頬が、ほんのりと朱に染まる。
 その様が、本当に可愛らしくて。
 今すぐ、抱きしめてしまいそうになるのに。
「あ、の・・・っ月、本当に真ん丸ですね ! 」
 ほんの少しの沈黙にさえ息が詰まってしまいそうなほどに、
気恥ずかしさなど感じていたのか。
 ふと思い出したかのように、空を見上げて言うのに。
「ああ、本当に・・・見事な満月ですねぇ」
 厳密には、正円ではないのだろうけれど。
 そんなことは、この際どうでも良いことで。
「俺、小さい頃・・・本当に月にはウサギが住んでいるんだって、
思ってました」
「ふふ、・・・伊藤くんらしいですね」
 そっと微笑って、並んで一緒に月を見上げれば。本当にウサギ
が餅つきをしている様子が、そこに見えそうな気がする。
 気持ちの在り方次第なのだな、と思う。
 傍らにいるのが、彼だからこそ。
 そんなお伽話にだって、優しく笑える。
「綺麗だなぁ・・・」
「・・・綺麗、ですね」
 柔らかい月の光の下。
 瞳を輝かせて月に見入る様子だって、本当に。
「ああでも、・・・満月の夜は気を付けなければいけませんよ」
「え?」
 純粋で。
「男は、狼に変身してしまいますから」
「は、・・・・・っ!?」
 満月を見て変身するのは狼男なのだろうけれど。
 月の光は、魔性。
 こんな優しい光を注ぎながらも、狡い男の本性を照らし出して
しまうから。
「だから、要注意です」
「は、・・・はい」
 恐らく、七条の言わんとしていることの半分も理解していない
であろう、なのに。コクリと、頷いたりするから。
「僕も、男ですから」
「え、っあ・・・・・」
 笑顔とともに、サラリと告げて。
 そっと髪に触れれば、反射的に身を引いてしまうのを少し悲しく
思いながらも、怯えさせてしまうのは本意ではなく。
「ふふ、・・・まだ大丈夫です」
 そう、まだ。
 だから。
「寮に帰り着くまでは、何もしませんから」
「な、何も・・・?」
 困らせてしまいたい訳ではないけれど。
 困った顔も、とても可愛いと思うのだから。
「ええ、何も。君が、『良い』といって許してくれるまでは」
「そ、・・・・・」
 告げる、それは。
 多分、罠。
「僕は、これ以上・・・君には触れません」
 狡いという自覚は、しっかりとあるけれども。
 本当に望まれていない、のなら。
 希望の欠片もないのなら、こんなことは言わない。
「・・・・・七条さん」
「はい」
 月明かりの下、向き合って。
 やや落し気味だった啓太の視線が、そろりと上に。
 七条へと向けられて。
「あ、あの・・・」
「はい」
 耳まで赤く染まっているのを、月の光が隠すことなく照らし出し
て。おずおずと、それでもはっきりと。
 啓太は、七条へと告げた。

「手、・・・・・繋いでも良いですか」

 多分、きっと。
 それが啓太の精一杯。
 分かるから、だから。
「・・・・・はい。手を繋いで帰りましょう」
 それだって、きっと啓太には気恥ずかしいことなのだとは思う。
 それでも、どうにかして告げてくれた言葉。
「ふふ、・・・嬉しいです」
「・・・・・嬉しい、ですか?」
「ええ、とても」
「・・・・・俺も、嬉しい・・・です」
 手を繋いで。
 満月の下、2人歩く。
 寮までは、あと少し。

 覚えて、いますか。
 寮に着くまでは。

 寮に着いたら。






・・・送り狼に(真顔悦)v
ちゃっかりしっかり両想いなので、臣がガバリと
ヤってしまっても差し支えなさそうではあるの
ですが、やはり啓太の方からv言って貰いたい
男心なのです、ええ。多分(いい加減な)v