『tasty love』





「・・・・・よくもまあ・・・」
 心底呆れた、というふうに溜息と共に洩らして、西園寺は
会計室から姿を消した。
 残されたのは、七条と啓太。

 そして。
 保冷BOXに詰め込まれた、アイスクリームたち。

「あ、あの・・・七条さん・・・」
 ついさっき、会計室にやって来たばかりの啓太には、まだ
事情が全ては飲み込めていなかったけれども。
 でも、目の前にある、沢山のアイスクリームと。
 七条の、笑顔に。
 何となく、にではあるが。
 この先の展開が。
「しょうがありませんねぇ・・・郁は、こんな美味しいものが
嫌いだなんて、本当に損をしていると思います」
「は、はぁ・・・」
「伊藤くんは、どうですか?」
 読めてくる。
「あ、・・・アイスクリームは、好き・・・ですっ」
「そうですか、それは良かったです」
 読めているのに、しっかりと頷いてしまって。
「では、2人で頑張って片付けてしまいましょうか」
 …やっぱり。
 この沢山のアイスクリームを、七条は。
 啓太と2人、平らげようと言うのだ。

 取り敢えず、それぞれ1個ずつ選んで。
 室温で少し柔らかくなって、スプーンで掬いやすくなった
アイスクリームを食べ始めていく。
「・・・やっぱり、ついでに買って来たんでしょうか・・・」
 つい先日も、ついでと言ってケーキを山程買い込んで来た
七条である。そう、あの時も西園寺が逃げるように席を外して、
全部2人で平らげようということになったのだ。
 結局、ケーキは幾つか残ってしまったのだけど。
 それは、七条の部屋へと持ち帰られて。
 啓太自身も、一緒に。
「そうですね、ついでというか・・・つい、というか」
 アイスクリームを口にしながら、七条はにっこりと微笑んで
応える。
「それに、前から一度やってみたかったんですよ」
「え・・・」
「ショーケースの端から端を、こう指差して・・・『ここから
ここまで、全部下さい』とね。もしかしたら、店員に笑われる
のではと思っていたんですが、何だかぼんやりした方で・・・
考え事でもしていたのかもしれませんね」
 それは。
 あまりの事に呆然としていたか、もしくは。
 七条さんに見蕩れていただけじゃないのだろうか、とは。
 口に出しては、言わなかったけれど。
「・・・・・これ、幾つあるんでしょうか・・・」
 箱一杯のアイスクリームを見つめ、ポツリと呟けば。
「常時、31種類置いているそうですよ」
 お店の名前どおりなんですねぇ、と微笑うのに。
 啓太も、やや引き攣りながら笑い返して。
 31種類。
 31個のアイスクリーム。
 まさか、1日で食べ切ろうとは言わないだろうとは思うのだ
が、本当に七条は思いきったことをするなぁ、というか。
 単に、甘いものが好きなだけなのかもしれないけれど。
 ぼんやりと、そんなことを思いながら、啓太はバナナの味の
アイスクリームを、ゆっくりと口に運んでいく。
 もうあと数口で食べ終わろうかという、時。
「そちらは、どんな味がするんですか」
 …来た、と。
 何となく予想を、というか覚悟はしていたものの、いざ声を
掛けられると、何やらドキドキとしてしまって。
「あ、・・・・・バナナの味、が」
 バナナのアイスクリームなのだから、それは当然のことで。
 もうちょっと何か上手い言い方があるだろうとは思うのだが、
目の前の七条の笑顔に。
 思考を奪われてしまいそうで。
「美味しそうですね」
「・・・・・美味しい、です」
 七条の言わんとしていることは、分かるのだ。
 だってそれは、先日のケーキの時にも経験済みで。
 つまり。
「・・・・・味見、しますか?」
「ふふ、何だか催促してしまったみたいで、申し訳ないですね」
 ああやはり、そのつもりだったのだと。
 半ば呆れつつも、奇妙な安堵のようなものさえ感じてしまう。
 そう誘い掛けられるのを、待っていたかのような。
「えっと、・・・また・・・・・この間みたい、に・・・?」
 そう考えて、啓太は顔に血が昇るのを感じた。
 まるで、自分が期待していたようで。
 とっくに赤くなってしまっているかもしれない顔を、七条に
見られたくはなかったけれど、ここで俯いてしまうのも何だか
照れているのが、あからさまな気がして。
 何とか、七条から視線を逸らさない、ままに。
 そう、尋ねてみれば。
「そうですねぇ・・・」
 楽しそうに、微笑みながら。
 何かを、考えているというか。
 企んでいる、ような。
「っ、・・・・・」
 一瞬、七条の背後に揺らめいた、黒いもの。
 羽と尻尾。
 やはり、何か。
「・・・遠慮するのも何ですからね。では、御言葉に甘えて味見
させて頂きましょうか」
 企んでいるのかもしれないと。
 思いながらも、それが何なのか見当すら付かなくて。
 取り敢えず、もう慣れてしまった例の「あーん」を実行すべく
スプーンにアイスクリームを掬おうと。
 して。
「え、・・・・・」
 七条の器用な長い指が、啓太の顎をそっと持ち上げる。
 何をするんだろう…と、ぼんやりと促されるまま顔を上げれば。
 ゆっくりと近付く、七条の。
 顔、そして。
 触れる。
 唇。
「ん、っ・・・・・」
 触れた瞬間、少し冷たいと感じたのは、アイスクリームを食べて
いたせいなんだろうな、なんて考えつつ。
 そんなことをぼんやりと思っている内に、うっすらと開き加減
だった唇の隙間から、七条の舌がスルリと忍び込んできて。
 ねっとりと口腔内を舐め上げ、突然の事に呆然とする啓太の舌を
巧みに捕らえ、絡めては吸い上げるのに。
 翻弄される、ままに。

「っ、・・・・・ふ」
 啓太が息苦しさを感じ始める頃、ようやく離れていく唇。
 ホッ…と溜息を洩らせば、微かに笑った吐息が濡れた唇を掠め、
仕上げとばかりに、ペロリと舐め上げられる。
「ごちそうさまでした」
 まだ、鼻がぶつかってしまいそうなくらいに、近くで。
 にっこりと笑って、言われてしまって。
「・・・・・っ、はぁ・・・どうも」
 我ながら、間の抜けた応えだとは思いつつ、まだキスの余韻が。
 冷めやらずに。
 ぼんやりと、淡い紫の瞳を見つめ返せば。
「とても、美味しかったのですが・・・ちょっと、迂闊だったと
言うか・・・失策だったかもしれません」
「は、ァ・・・?」
 何か不都合でもあったのだろうかと、首を傾げれば。
 まだ顎を捕らえたままの手、親指がスルリと。
 下唇を拭うように辿る、その刺激もくすぐったくて。
 ピクリと肩を揺らしてしまえば、七条の笑みがやや濃くなる。
「僕の企みには、気付いていたのでしょう?」
「え、・・・・・あ・・・、っ」
 ああ、やはり。
 そうなのかと納得しながらも、すぐには頷けずに惑えば。
「伊藤くんと、アイスクリーム・・・どちらも堪能出来て、これは
妙案だと思っていたのですが。欲張りは、いけませんね・・・味が
混ざってしまいますから」
「あ、味・・・・・っ」
 にこにこと笑いながら。
 そんなことを。
「やはり、それぞれ単独で味わいたい・・・ですね」
 サラリと。
 言われたりしたら。
「特に、伊藤くん・・・君は、ね」
「・・・・・、っな・・・」
 どうして良いのか、分からなくなるし。
 身体だって。
「君だけを、じっくりと味わいたいです、・・・僕としては」
 動かない。
 動けない。
「ねぇ、・・・・・伊藤くん?」
 否、なんて。
 言える訳が。
「・・・・・あ、あのっ・・・アイス・・・溶けちゃいますよ !?」
「僕は、君が良いです」
 ない、のだけれど。
 だけど。
「れ、冷蔵庫に・・・入れて下さい、でないと・・・っ」
「ああ、そうですね・・・終わる頃には溶けて大変なことになって
しまいますねぇ・・・」
 終わる、頃。
 何が、とは。
 とても聞けなくて。
「では、これは冷凍室に入れておいて・・・後で頂きましょうか」
 ようやく、啓太から身を離して。
 アイスクリームの大きな箱を手に、七条が衝立ての奥へと消える
のを、何やらホッとしつつ見送ってしまって。
 緊張を解いたのも束の間、すぐに戻って来た七条は歩みを止めぬ
まま、真直ぐに啓太の傍らに。
 そっと、膝をついて。
「・・・・・良いですか?」
 膝の上に置かれた啓太の手に、ゆっくりと。
 自分の手を重ねつつ、囁くのに。
「し、七条さん・・・」
「はい」
 ああまた、ここで。
 会計室で、そうなっちゃうんだと思うと。
 今更ながら、恥ずかしいという気持ちが、急上昇してくるから。
「こ、こんなところで食べたら、西園寺さんに叱られます・・・っ」
 咄嗟に、言うのに。
 自分は食べられる立場なのだと、しっかり認識してしまっている
辺り。やはり可愛い人ですね、と胸の奥で悦に浸りながら。
「残さずに頂きますから、大丈夫ですよ」
「の、残さずに・・・って」
「ふふ、・・・・・言葉通りです」
 その、言葉を。
 どう取れば、良いのか。
「・・・・・ねぇ、伊藤くん」
「っ、はい」
「これ以上焦らされたら、僕はどうなってしまうか分かりませんよ?」
 微笑みながら。
 あくまで、柔らかい口調で。
 だけど、その台詞は。
 脅し、というよりは。
「・・・・・じ、焦らしてなんかいません・・・っ」
「おや、そうなんですか?」
「そうですっ、・・・・・ですから、もう」
「・・・・・もう?」
 甘く。
 搦手、のような。
「・・・・・苛めないで下さい・・・」
 やや不貞腐れたように、呟けば。
 膝の上に重ねられていた七条の手が、そろりと啓太の頬に触れる。
「僕は君を、沢山可愛がりたいなぁって、いつも思っていますよ」
「・・・・・う」
 近付く。
 唇。
「・・・・・愛おしくて、どうしようもないくらい・・・いつも、
君のことばかり・・・なんですよ」
 囁きながら、掠めるように触れる。
 キスが、何だか。
 じれったいと思う、なんて。
「いと、・・・・・」
 少しだけ、顔を傾けて。
 啓太から仕掛けられた、口付けに。
 七条は、一瞬驚いたように目を見開いたけれども。
「・・・・・俺だって、七条さん・・・ばかり、ですっ」
 しっかり耳まで真っ赤に染め上げての告白に。
「・・・・・はい」
 本当に、嬉しそうに。
 頷いて、今度は。

 味わいたい、の言葉のままに。
 深く。
 腕を回して。
 強く。

「僕も、・・・ちゃんと味わってくださいね」
 耳朶を噛まれながら、吐息で囁かれて。
 広い背に、ギュッとしがみつきながら。
 啓太は、何度も頷いてみせた。





ケーキ大作戦(何)の次は、アイスクリームの罠(謎)v
こういう手を使わなくても、どうにでもなりそうな気も
するのですが、まあ臣の思惑も色々と・・・(遠い目)。
残さず、しっかと頂く臣でございますv
「出されたものは、残さず頂くのが礼儀というものでしょう」
・・・・・出されたモノ・・・vvvvv←ナニ考えて!?