『ストレートな屈折』





 彼、には。
 どちらかというと、ストレートに。
 ぶつけなければと、分かっているのに。
 ねぇ。




 カチャカチャと、控えめに食器が奏でる音が、衝立ての
向こうから聞こえてくる。時折混じる、「よし」だとか、
「えっと・・・」だとかいう呟きに、パソコンのモニタを
見つめていた2人の瞳が、ふと楽しげに細められる。
「悪戦苦闘、だな」
「ふふ・・・でも、手際は良くなって来ていますよ」
 そうして、互いの視線をゆるりと後方に向ければ。
 タイミング宜しく、ポットとカップを盆に乗せた啓太が
やや緊張の面持ちで、その姿を現した。
「お待たせしましたっ」
 それぞれの仕事に没頭していたはずの2人が、こちらを
振り返っていたことに気付き、啓太は怪訝そうに小首を傾げ
ながらも、すぐににっこりと笑顔を見せ、いそいそと傍らの
テーブルに盆を置き、改めてカップに紅茶を注ぎ入れると、
まずは西園寺の元へと運んだ。
「どうぞ、西園寺さん」
「ああ、済まないな・・・啓太」
 微笑んでソーサーごと受け取り、フワリと立ち上る湯気を
揺らしながら、その香りを楽しむと、西園寺はゆっくりと
カップを口元に運んだ。
「ふ、・・・・・上手くなったな、啓太。良い香りだ」
「あ、有難うございますっ」
 優美な笑みで褒められて、啓太は恥ずかしげに、それでも
とても嬉しそうに満面の笑顔で応えて。
 そして、その光景を一見微笑ましそうに眺めている七条の
元へも、いそいそと紅茶を運んでくる。
「どうぞ、七条さん」
「有り難うございます、伊藤くん」
 丁寧にソーサーを受け取り、西園寺と同じように立ち上る
香りを楽しみつつ、ゆったりとした所作でカップに口元を
近付ける。
 一口、二口。
 舌の上で転がすようにして、味わって。
 ふと、視線を上げれば。
 その様子を、じっと見つめていたのであろう啓太の視線と、
しっかりとぶつかって。
「あ、っあの・・・・・」
「ふふ、・・・・・とても美味しいですよ」
 七条の感想を待っていたのだろう、その不安げな貌が途端
眩しい程の笑みを布いて。
「有難うございます・・・っまだまだ、七条さんのようには
上手に出来ないんですけど・・・」
「そんなことはありませんよ、本当に・・・美味しいです」
「・・・・・っ」
 その言葉には、偽りなく。
 茶葉に熱湯を注ぎ、蒸らしている時間、きっと。
 美味しいって言ってもらえますように、との祈りのような
気持ちが、込められているような。
 そんな、まろやかな風味さえ感じられるから。
「そうだ、もっと自信を持て」
「は、はいっ」
 西園寺と七条の顔を見比べながら、照れたように頬を微かに
朱に染める、その様も。
 本当に。
「・・・・・伊藤くん」
「はい、何ですか・・・七条さん」
 褒めて貰えた事にホッとしたのか、自分の---啓太がここに
頻繁に出入りするようになって与えられた席に、ちょこんと
腰を下ろすと、自分のカップに紅茶を注ごうとした、手を。
 止めて、振り仰いだ大きな瞳が。
 声を掛けた七条を、真直ぐに見つめて微笑んで。
 言葉を、促すから。
「君の煎れてくれるお茶は、本当に美味しいです」
「え、・・・はい」
 だから。
「毎日、君の紅茶で朝を迎えられたら・・・どんなに嬉しい
でしょうね」
 にっこりと。
 微笑って、告げれば。
 視線の端、カップを下ろそうとしていた西園寺の手が、やや
不自然な動きで止まって。
 鋭い視線が睨み付けて来るのを、意に介さず。
「ねえ、伊藤くん?」
「あ、えっと・・・・・それって・・・」
 七条のセリフに、戸惑ったように。
 手元のカップと七条の顔とを、交互に見比べるように彷徨わ
せていた視線を、やがて。
 真直ぐに、七条へと向けて。
「俺、・・・・・頑張りますっ!!」
「・・・・・はい?」
 すっくと立ち上がり、きっぱりと。
「毎朝、七条さんの御部屋へ紅茶を煎れて届けに・・・あ、でも
冷めてしまうといけないから、七条さんの御部屋で煎れさせて
貰った方が良いんでしょうか」
 そんな、風に。
 言う、ものだから。
「・・・・・く、っ・・・・・くくく・・・」
「・・・・・郁」
 どうにも堪えきれなくなったのか、西園寺が。
 俯き加減に、肩を震わせて。
「えっ、俺・・・何か可笑しなこと言いました・・・?」
「いや、・・・・・臣の、・・・・・くくっ・・・」
「郁のことは気にしないで良いんです、伊藤くん」
「で、でも・・・・・」
 珍しく笑いの止まらない様子の西園寺に、啓太はオロオロと。
そして、七条は浮かべた笑みは傍目には寸分たりとも変わらない
ものであったけれども、内心は微妙に落ち着きを無くしつつ。
「それよりも、・・・・・本当ですか」
「え、っ・・・」
「毎朝、僕の部屋に・・・・・来て、頂けるんですよね」
「あ、ああ・・・・・っえ、ええ・・・七条さんが、それで
良いと仰ってくれるんなら」
 笑みの形に細められた目は、それでも。
 恐ろしく、真摯な輝きでもって。
 啓太を、捕らえてくるから。
 思わず、コクコクと何度も頷いてしまえば。
「・・・・・歓迎しますよ、心から」
 フワリ、と。
 優しい笑顔に、知らず。
 啓太の頬が、朱に染めあげられて。
「え、えっと・・・頑張ります、早起きして七条さんの御部屋に」
「何でしたら、僕の部屋で一緒に朝を迎えてみませんか」
「は、え・・・えええええっ」
「・・・・・ふふ」
 そんな、やりとりを。
 ようやく込み上げる笑いから解放された西園寺が、やや肩を竦め
つつ、眺め。
 苦笑混じりに。

「・・・・・本当に、素直過ぎるのも困ったものだな・・・」

 さっきの、セリフは。
 求愛、というか。
 プロポーズにしか、聞こえなかったというのに。

「臣も、当然そのつもりだったのだろうが」

 だが、相手は。
 伊藤啓太、である。
 だからして。

「や、でも・・・・・その・・・・・」

 だけど、でも。
 もしかしたら、少しは。

「おや、耳まで赤くなってますよ・・・可愛いですね、伊藤くん」
「ち、違いますっ・・・これは、・・・・・っ」

 伝わっている、のかも。
 それは。
 これから、また。

 ゆっくりと。
 じっくりと。
 ねぇ。





・・・・・恥ずかしい人(遠い目)。
臣は、サラリと爆弾発言をカマしてくれるので
ドキドキしつつも楽しいのです・・・くくくv
果たして、ふたり仲良く朝のティータイム(?)を
過ごせるのか。
・・・・・女王様が、このまま黙って見守って
くれるのか、微妙です・・・ええ。