『SWEET EMOTION』



「今度の日曜、デートにお誘いしても良いですか?」
 そんな七条の言葉に、啓太は耳まで真っ赤にしながらも
頷いて。傍らの西園寺は、自分は何も聞かなかったとでも
言うように、モニターに視線を留めたまま、こっそりと肩
を竦めた。
 そういう誘いは2人きりの時にすれば良いものを、分っ
ていて、こうして西園寺の目の前で。
 だとしたら、やはり奴は相当の策略家だな…とは。
 敢えて口には出さなかったけれど。
「ふふ。では、日曜の朝10時に、いつものように伊藤くん
を部屋まで迎えに行きますから」
「あ、はいっ・・・支度して待ってます」
 ロビーで待ち合わせれば、七条に余計な手間を掛けずに
済むのだとは思うのだけれど、実は前回うっかり寝坊して
遅刻してしまったことがあったから。そんな失敗をする位
なら、と素直に頷く啓太に。
「何でしたら、僕を目覚まし代わりに置いて頂けますか?」
「は、・・・い、いえっ・・・そこまで七条さんに御手数を
掛けるわけには」
「そうですか、残念ですねぇ」 
「・・・・・え?」
 にこにこと笑いながら、そんなことを言ってのけるのに。
 今度こそ西園寺は、今度こそ盛大に溜息を洩らした。
「どうしました、郁」
「何でもない。せいぜい、楽しんでくると良い」
「ええ、勿論です。ねぇ、伊藤くん」
「あ・・・は、はいっ」
 七条の企みは、ともかく。
 啓太は、そこはかとなく上手く誘導されてしまっている
ようであっても、それでも。
 とても、嬉しそうであったから。
「取り敢えずは、傍観していてやるさ」
「ふふ、有難うございます」
「・・・・・?」
 それならば。
 啓太が、そうして笑っていられるのなら構わないだろうと、
一応は。うっすらと笑みを浮かべ、見守る宣言をする西園寺
と。礼を述べつつ、腹の底の見えないいつもの笑顔で返す、
七条を見比べて、啓太は怪訝そうに瞳を瞬かせ。
 相変わらず仲が良いなぁ、なんて。
 こっそり羨ましく思ったりしていたなんて、ことは。
 当の2人は、知る由もなかったのだけれど。


 そして、七条の言うところの「デート」当日。
 言葉通り、啓太を部屋まで迎えに来た七条が、上機嫌---で
あるように啓太には見えたらしい---で向かった先は、とある
シティホテルの最上階レストラン。昼食を取るには、まだ少し
早いであろう、こんな中途半端な時間に。頭の中に?を乱舞
させながらも、七条に促されるままに足を踏み入れ、ボーイの
案内に従って窓際の席へと向かおうと、して。
「あ、・・・・・」
 中央の大きなテーブルに、並べられているのは。
 色とりどりの。
 ケーキ。
 チラリと見ただけでも十数種類がズラリと並ぶその光景は、
啓太を呆然とさせるに十分で。
「ここのケーキは、とても評判が良いんですよ」
「は、はぁ・・・」
 だからといって。
 男2人で。
 ケーキバイキング。
 コソリと周りに視線を走らせれば、フロアいっぱいの客の、
その殆どは若い女性で。七条と啓太の2人連れは、言うまでも
なく、しっかりと目立ってしまっていて。啓太は思わず項垂れて
しまったのだけれど。
「どんなに美味しいケーキでも、1人で食べるというのはやはり
つまらないものだというのに最近気付きまして。それに美味しい
ものなら伊藤くんにも是非味わって頂きたいですからね」
 やや俯き加減の啓太に、そう語りかけつつ。
「なんて、そんな・・・・・僕の我が侭に付き合わせてしまって、
済みません」
 なんて。
 言うものだから。
「い、いいえ・・・俺も、一度こういうの体験してみたかった
んですけど、やっぱり思い切れなくて・・・だから、七条さんに
こうして誘って貰えて、良かったって思います・・・っそれに、
七条さんと・・・だから、嬉しい・・・です」
「・・・・・伊藤くん」
 半分は、気を遣って。
 でも、もう半分は本当に。
 一度、こうして思う存分美味しいケーキを堪能してみたい、と
そういう気持ちもあったから、申し訳なさそうな七条に、しっかり
笑顔で告げれば。
 困ったような微笑みが、ゆっくりと嬉しそうなそれに変わる。
「僕と一緒、だから?」
「え、・・・・・は、はい」
「そう言って頂けると、どうしたって自惚れてしまいたくなるん
ですが」
「・・・・・え、っと」
 ふふ、と吐息で笑って。
 極自然に、差し伸べられる、手。
「さ、・・・まずは席に着きましょうか。飲み物を注文したら、
ケーキを選びに行きましょうね」
「はいっ」
 促されるまま、案内された席に一旦着いて。傍らに控えていた
ボーイに、それぞれ飲み物を告げる。
 かしこまりました、と恭しく頭を下げて踵を返したボーイの、
その胸の内の動揺は、取り敢えず啓太の知るところではなく。
 さりげなく見せつける形となっていた七条の笑顔の裏にあるもの
にも、やはり啓太は気付くはずもなく。
 慣れた様子の七条の後について取り皿を両手で持って、ケーキが
並べられたテーブルを順に回る。
「うわ、・・・あっちのも美味しそう・・・」
 既に、取り皿にはケーキが5つ。
 やや小振りではあるけれど、それでも啓太には取り過ぎたかな、
という気がしていて。
「そうですね、あとでまた取りに来ましょうか」
「あ、あとで?」
「皿に乗り切りませんから、先に取ったのを食べてからにしないと」
「・・・・・・・」
 つまり。
 …おかわり。
「え、・・・で、でも」
 そんなには食べ切れない、と引き攣った笑いを浮かべてしまえば。
「ああ、大丈夫・・・そんなに、すぐになくなったりしませんよ」
 手元のケーキを食べている内に他の人にとられてしまうのでは、
と心配しているとでも思われたのか、安心させるように優しく、そう
告げられてしまって。
「あ、はは・・・そう、ですね」
「ええ、人気のケーキですから、まだ奥にホールで幾つか用意して
いるはずですし」
「そう、なんですか・・・」
 良く知ってるなぁ、と感心しつつ。
 揃って席に戻ると、そのタイミングを見計らっていたように、先に
頼んでいた紅茶がカップに注がれる。
 さすがに、七条がいつも用意するような香り高いものではなかった
が、フワリと漂う湯気に何だかホッとしてしまう。
「では、いただきましょうか」
「っはい、いただきます」
 皿に盛られた色みも鮮やかなフルーツをふんだんに使ったタルト、
そして薄くパリパリに焼かれた生地とカスタードクリームに真っ赤な
イチゴの薄切りが幾層にも重ねられたミルフィーユ。表面の焦げ色が
ちょっとオトナの雰囲気なシブースト。甘ったるそうだけど、やはり
1つは食べなきゃと思うチョコケーキ。それから数種類のベリージャム
が掛けられたフロマージュブラン。
 どれもこれも、何だかキラキラと輝いて見える。
 少し迷って、啓太は手前のシブーストからフォークをつけた。
「・・・・・っ」 
 ドキドキしながら口に運んだケーキは。
「美味しい・・・・・」
 思ったより甘さ控えめで、それでいて風味がしっかりと口の中に
残る。これなら。
「幾つでも食べられそうでしょう?」
「あ、はい・・・っ」
 思ったことを、すぐさま七条の言葉で告げられて。
 まさか、そういうのも顔に出てしまってたんだろうかと焦りつつ
コクコクと頷く。
「僕も、ここのケーキなら20個くらい軽いんです」
「に、・・・っ20個!?」
「ふふ」
 七条が、にっこりと笑いながら告げた数字に。
 それは、冗談なのか本気なのかは計りしれなくて、パチパチと何度も
瞬きをしつつ、ケーキを口に運ぶ様子を見つめてしまえば。
「元を取らねば、なんていう考えは全くないのですが、せっかく美味
しいケーキを好きなだけ食べられる機会なんですから、ね」
 遠慮なんてしなくて良いんですよ、なんて。
 遠慮なんて、これっぽちもしなくても、それでも七条の挙げた数を
平らげるのは、啓太には到底無理のように思えて。
「が、頑張ります・・・っ」
「ええ、でも無理せず美味しく頂きましょうね」
「はいっ」
 20個は、きっと無理。だけど、美味しくお腹一杯が目標だから。
 でも。
 甘い甘い、ケーキ。
 ふと考えてしまうのは。
「・・・・・カロリー計算したら卒倒しそうです」
「おや、気になるのですか?」
 いちいち気にしながら食べるのは、申し訳ないとは思いつつ。それでも
やはり、採ったカロリー分はちゃんと消費しなければ、しっかり体重や
体型に影響しそうで。
「心配御無用だとは思いますが、そんなに気になるのなら・・・・・」
 そんな。
 啓太のささやかな葛藤を見抜いたのか、七条はあくまで爽やかに笑んで。
「食後の運動も兼ねて・・・というと、何だかついでのようだと誤解され
てしまいそうで、その辺りは誤解のないようにお願いしたいのですが」
「・・・・・え」
 ティーカップに添えていた手に、そっと。
 七条の手が重なる。
「部屋を取ってありますから」
「え、・・・・・」
 弾かれたように。
 見つめた瞳の中に、その意味を悟ってしまえば。
「な、あ・・・の・・・、っ・・・・・」
「じっくり味わって頂きたいですね、・・・甘くて可愛い、伊藤くん」
 ポンッ、と。
 いっそ音が聞こえそうなくらい、一気に啓太の頬が赤くなるのに。
「お、俺っ・・・それじゃまるで、ケーキ・・・」
「ケーキよりも、君は甘く舌の上でとろけるようですよ」
「・・・・・う」
 これ以上、聞いたら。
 恥ずかしくて、本当に溶けてしまいそう。
「そ、そういうのは・・・こ、んなところでは・・・」
「そうですね。僕も、君に負けず劣らず照れ屋さんですから」
 照れたところなんて。
 見たこと、あっただろうか。
「後ほど、ゆっくりと・・・ね」
 にっこりと。
 そんな、極上の笑顔なんて見せられたりしたら、思わず。
 こくりと頷いてしまったって、しょうがないんじゃないかと思う。
「取り敢えず。ケーキ、沢山お腹一杯食べましょうね」
「っ、はい」
 ケーキで。
 お腹一杯になったら、もしかしたら。
 もう何も入らなくなるとかって。
 だけど、この人に限ってそんなことは有り得ないだろう、なんて。
 妙な確信。
 それでも、休日にこうして。
 一緒に出掛けて、ケーキを食べて。
 その後の時間も、ずっと2人で過ごす、のは。
「・・・・・嬉しい、し」
「はい?」
「あ、っ・・・いえ、ケーキ美味しいな・・・って」
「ええ、とても」
 喜んで頂けて光栄です、って。
 笑う顔も。
 どうしたって。

 好き。





ケーキは前菜ですか(えー)。
メインの方が、もっとずっと甘そうです!!じゅるり・・・。