『tiny whisper』





 バスルームに立ち尽し、西園寺は僅かに柳眉を顰めた。
 こういった事態には、かの有能な「友人」に声を掛ければ、
おそらく何らかの対処をしてくれるだろうという気はする。
 だがしかし、ふと浮かんだ企みにも似た考えに。
 引き結んでいた唇をそっと笑みの形に弛め、手早く着衣を
身に纏うと、軽やかな足取りで部屋を後にした。



「じょ、・・・・・っ西園寺、さん?」
 真直ぐに向かった先。
 軽く2回、ドアをノックすれば、「はいっ」という返事の
後、すぐに開け放たれた、その向こう。
 西園寺の姿を見とめた大きな瞳が、きょとんとしたように
見開かれて。
「ど、どうなさったんですか?」
 啓太の部屋に、こうして西園寺が訪れることは珍しい。
 大抵は、啓太が西園寺の自室に遊びに行ったり招かれたり
で、しかも消灯時間は少し前にだが、過ぎてしまっていた。
「用がなければ、お前の部屋に来てはいけないのか」
「そんな、・・・っこと、ありません ! あ・・・えっと、あの
ともかく中に入って下さい」
 いくら西園寺とはいえ、寮長の篠宮が見咎めたら、何かと
困ることもあるかもしれない。慌てて啓太が促せば、桜色の
唇が、ゆるりと弧を描いて。
「では、邪魔をする」
 啓太の脇をすり抜け、部屋へと足を踏み入れる。
 誰にも見咎められなかったのを確認しつつ、ドアを閉めて。
啓太は、やや小走りに西園寺の背を追った。
 そう何度も訪れた訳でもないのに、勝手知ったるという風に
啓太のベッドへと腰を下ろす西園寺の前に立ち、おずおずと。
「あ、あの・・・で、西園寺さんは・・・・・」
 突然の訪問の理由を、問い掛けようとすれば。
「風呂を借りに来た」
 サラリと。
 その応えは返ってきて。
「は、・・・・・?」
 即答されて、思わず呆気に取られてしまうのに。
「私の部屋のシャワーの湯が、出なくなってしまったのでな。
だから、啓太の部屋のを借りに来た」
「そ、・・・そうだったんですか」
 シャワーが壊れてしまったのなら、仕方がないだろう。
 この寮には、部屋に備え付けの風呂以外にも、大浴場という
ものもあったりするけれど、でも。
 …西園寺さんが、大浴場っていうのも
 イメージが、というか想像がつかないや、と啓太は西園寺の
言葉に頷きつつ納得し。
「じゃあ、どうぞ。あ、タオルなんかも好きに使って下さい」
 パタパタとバスルームへ駆け込み、好きに使えと言いながらも、
棚から新しいバスタオルを取り出して脱衣カゴに用意していたり
する、その甲斐甲斐しい姿を眺め、こっそりと笑みを洩らしつつ。
「啓太は、もう入浴は済ませたのか」
 ゆっくりと立ち上がり、バスルームを覗き込めば。シャンプー
の容器を手に取り、残りをチェックしている啓太が、くるりと顔
だけこちらを向いて。
「いえ、まだですけど。でも、どうぞ先に使って下さい」
 そう言って無邪気に笑う啓太に、西園寺もフワリと微笑みかけ
ながら。
 後ろ手に、カチリと。
 ドアを、閉めて。
「ならば、啓太」
 しゃがみこむ啓太の前、歩み寄って。
 スッと身を屈め、相変わらず寝癖スレスレに元気良く跳ねた髪を、
指先で梳けぱ。驚いたように、僅かに見開かれた目を覗き込むよう
にして。
「私と一緒に入るか」
 囁けば。
 途端、滑らかな頬がサッと朱に染まる。
「あ、・・・いえ、西園寺さんひとりで、どうぞゆっくり・・・」
 そんな反応も、予測済みで。
「啓太は、私と風呂に入るのは嫌か」
「い、・・・・・そんな、こと・・・っ」
 そう告げれば。
 否定して、フルフルと首を振るだろう、そんなことさえ。
 反応は、容易に知れるから。
「ならば、私の言葉に従え」
 逆らわないと。
 逆らえないことは、分っているから。
 見上げてくる瞳は、困ったように。それでも薄らと潤んで。
「脱げ、啓太」
 静かに告げれば、躊躇いがちに。
 それでも、抗うことなく啓太は、ゆっくりとその肌を西園寺の
前に曝した。



 嫌だ、という気持ちはなかった。
 ただ、やはり一緒に風呂に入るというのは、啓太にはどうにも
気恥ずかしく感じて。
 互いに素肌を曝したことが、ない訳ではない。
 曝すどころか、重ねあって。それは、幾度となく。
 そうした行為を繰り返してはいても、慣れない…とでもいうの
だろうか。西園寺の一糸纏わぬ姿にもドキドキするし、自分が肌
を見せるのにも、心臓が壊れそうになるくらいに。
 だから。
「あ、・・・・・っ」
「どうした、啓太」
 洗ってやる、と泡を纏ったスポンジを手に取り、西園寺は啓太の
素肌の背中に手を添えた。
 ただ、それだけのことなのに。
 ピクリと、身体が跳ねて震えてしまう。
 どうした、と尋ねる西園寺の声は、微かに笑いを含んでいて。
 今の啓太の状態など、とっくに知られてしまっているのだろう。
「ああ、やはり可愛いな・・・啓太は」
 クスリと微笑んで。
 滑らかなスポンジの感触が、ゆるゆると首筋を撫で上げる。
「・・・・・っさ、西園寺さん・・・」
 自分で洗うのとは、訳が違う。
 他人の手。
 その動きは、予想なんて出来なくて、それに。
 その手は、西園寺の。
 好きな人の、手であるから。
「まだ、ここには触れていないぞ」
 そこ、でなくても。
 直接触れられてはいなくても、もう。
 見なくても分かるくらいに。
「感じているのか、・・・・・私に」
 熱く。
 震えて、勃ち上がっている。
「西園寺さん、・・・・・っ」
「欲しいのか、・・・・・私が」
 手が。
 刺激が。
 欲しいのは。
「ここ、に」
「・・・・・、っ」
 双丘の窄みに、スルリと長い指が忍び込む。
 そこ、ではない。
 今、一番強い刺激が欲しいのは、そこじゃない、とは。
「あ、・・・ああ・・・・・っ」
 言えなかった、のは。
 西園寺の指先が、入り口の襞に触れた途端、自分でも驚く程に。
 物欲しげに、腰を揺らして。
 強請るような、声が。
 知らず、洩れてしまったから。
「・・・・・ボディソープは、確かに滑りは良くなるが・・・」
 耳元で囁く吐息が、熱いのは。
 絶えまなく降り注ぐ、霧雨のようなシャワーのせいだけでなく。
「余計な刺激で、お前の中を傷つけたくはないからな」
 浴槽の縁に顔を埋めるようにしていた、啓太の視界の隅に。
 西園寺のしなかやな手が、リンスの容器を引き寄せたのが見えた。
「西園寺、さん・・・・・」
 声が震えてしまっているのは。
 これから受け入れるものにたいしての怯えから、ではなくて。
「・・・・・そんな、可愛い声で呼ばれると・・・自制が効かなく
なるな」
 僅かに掠れた声は、優しく甘く。確かに、男の艶を感じさせる。
 そして。
「っ、・・・・・は・・・」
「・・・・・啓太」
 入り口を探っていた指とは違う、もっと熱く。
 固く、そそり立ったものが、ゆっくりと。
 埋め込まれる、埋めていく、感触。
 その圧倒的な存在は、震えが走る程に西園寺の中の雄の部分を
強く感じさせた。
「は、あ、・・・ああァ・・・・・っ」
 奥まで挿入され、安堵にも似た溜息を洩らしたと、同時。
 ズルリとそれは退かれ、そしてまた。
 押し込むように穿たれる。
「あ、ァ・・・・・っ、ん・・・西園寺、さ・・・ァ、ん」
「っ、啓太・・・」
 荒く、熱い吐息。
 欲を滲ませた、声色。
 普段の西園寺からは、想像すら出来ないかもしれない、それは
あからさまな雄の匂いを醸し出していて。
 自分だけが、知っている。
 自分だけに、与えられているという優越感にも似た高揚感が、
啓太を更に昂らせる。
「や、ァ・・・ああ、んッ・・・西園寺、さん・・・もっと、あ
・・・・・は、ァ・・・っ」
 四つん這いになり、腰を高く掲げて。
 背後から貫かれる快感を貪るように、啓太は甘い啼き声を上げ
続けた。
「私の、・・・・・啓太」
 自分が与える快楽に身を委ね、もっとと更に強請る。
 普段の啓太からは、予想も付かない淫らに乱れる姿に。
 西園寺も、優越感と。
 そして、甘やかに激しい独占欲とを。
 熱情と共に、啓太の内へと迸るように注ぎ込んだ。




「・・・・・疲れたな」
 ポツリと呟いた声に、啓太はぬるめの湯が貼った浴槽の中、まだ
フワフワと頼り無い意識の中、聞きとめて。抱きかかえられた腕の
中、ゆるりと顔を上げる。
 呟かれた言葉は、情事後のセリフにしては、甘い余韻も何もあった
ものではない気もするけれど。体力に余裕がなかったりする西園寺に
結局、散々強請ってしまったのだ。そして、西園寺の方もきっちりと
それに応えてくれたのだが。
 身体を清め、ゆったりと湯舟に浸かって-----それが本来の目的で
あったはずなのだが-----額に張り付いた前髪をけだるげに掻き上げ
る仕草に、こっそりと見蕩れつつ。啓太は、西園寺の肩に、そっと
頭を預けた。
「ここでは寝るなよ。私では、お前をベッドまでは運べない」
「・・・・・はい」
 本当に、このまま眠ってしまいそうなくらいに、啓太も疲れ果てて
いて。
 そして、それ以上に西園寺の腕の中が心地良くて。
 このまま眠ってしまえたら良いなぁ、と思ってみたりもしたけれど。
「・・・・・上がります、か」
「そうだな」
 共にゆっくりと湯舟から出れば、用意していたバスタオルを啓太の
手から、スルリと奪って。頭から包むようにして、西園寺が身体を
拭こうとするのに、啓太はくすぐったそうに身を捩りながらも、結局
おとなしく、されるがままにしていた。
 啓太を拭き終わると、西園寺も丁寧に自分の濡れた身体を拭う。
「あ、あの・・・西園寺さん、着替え・・・は」
 身ひとつでやってきたのは知っていたが、着て来たものをまた身に
着けて、そのまますぐ自分の部屋に帰るのだろうかと。
 少し。
 寂しいな、と感じたのを隠して、問えば。
「ああ、畳んでそこに置いておいてくれ。明日、着るものだから」
「・・・・・え」
 西園寺のシャツを手に。
 呆然と佇む啓太に、バスタオルを被った西園寺は、目を細め。
 まだ半乾きの啓太の髪を、指先で弄びながら。
「泊まっていく。良いな」
「・・・・・、っ」
 咄嗟に返事は出来なかったけど。
 慌ててコクコクと頷けば、そっと頭を抱き込まれて。
「啓太の可愛い寝顔を見るのは、好きだ」
 耳元に囁き込まれれば、またトクトクと鼓動が高鳴るけれど。

 ふたりで。
 抱き合って。
 温めあって、眠る。
 それだけ。
 それだけ、でも。
 身体を繋げるのと、同じくらいに。
 幸せで、嬉しいことだって。
 知っている、から。

「俺も、・・・・・好きです」
「私の寝顔を見るのがか」
「そ、・・・っ全部、ですっ」

 答えて、顔を赤く染めてしまえば。
 本当に啓太は可愛いな、と頬にキスをされて。

「では、眠ろうか・・・・・おやすみ、啓太」
 良い夢を、と。
 今度は、額にキス。

「おやすみなさい・・・」
 ベッドの中、寄り添うように横たわって。
 一緒に、目を閉じる。
 大好きです、と吐息で呟けば。
 髪にそっと、口付けられた。






お疲れさまです(笑)!!
女王様では、2回でもキツかろうとは思うのですが
啓太の御強請りで頑張って頂きましたv
・・・・・男らしい・・・(悦)v
シャワー直ったら、今度は女王様のバスルームでv
・・・・・バラの花びらは浮いてないです、多分(ヲイ)。