『restrain』




 悩みごとは、大なり小なり常に抱えてはいるものだけれど。
 だけど、今現在。
 最大の悩み事、というか。
 考え事は。


「おや、随分と難しい顔をしていますねぇ」
 やや苦笑混じりの声に、ふと顔を上げれば。
 湯気の立ち上るティーカップを手にした七条が、柔らかい
笑みを浮かべつつ、立っていて。
「あ、・・・済みません」
「いいえ」
 ぼんやりしてしまっている内に、せっかく煎れてもらって
いた紅茶が冷めてしまっていたのだろう。注ぎ直して貰った
熱いお茶をコクリと飲みつつ、啓太は徐に席へと戻った七条
へと向き直った。
「あの、・・・七条さん」
「はい、何でしょう」
 啓太が問い掛けると、七条はいつもキーを叩く手を休めて、
こちらの話を聞こうとしてくれる。仕事を中断させてしまう
のを申し訳なく思いつつも、その心配りが嬉しくて。
 啓太は、意を決して目下の悩みごとの種である質問を投げ
かけた。
「西園寺さんの、・・・欲しいものって、何でしょう」
「これは、また・・・難しい質問ですね」
 質問の内容に、特に驚いた風もなく。
 ただ、困ったように僅かに肩を竦めてみせて。
「そういえば、もうすぐ郁の誕生日ですからね。伊藤くんは
何か贈り物をしたいと思っているのでしょう?」
「・・・・・はい」
 そう。
 それは、もう明日。
 一体何をプレゼントすれば良いのだろうかと。
 このところ、ずっと頭を占めているのはそのことばかりで。
「西園寺さんと、ずっと一緒にいる七条さんなら・・・って、
好みとか、色々詳しいかな・・・って思ったんですけど」
「まあ、郁の好みなら、ある程度は把握してはいますが」
 だが。
 問題は。
「だけど、・・・・・欲しいものは、人から与えられるんじゃ
なくて、自分の力で手に入れる・・・って」
「そういう性格ですからねぇ、郁は」
 そうなのだ。
 例え、何か好みのものが…欲しいと思うものがあって、それ
が分かったとしても、西園寺は自分の手で得る事を望むだろう
から。
「・・・・・どうしたら良いんでしょう・・・」
 どうしようも、ないのだ。
 結局のところは。
「済みません、何のアドバイスも出来ませんでしたね」
「い、いいえっ。もうちょっと、自分で考えてみます。有難う
ございました」
 済まなさそうな表情の七条に、慌てて礼を述べつつペコリと
頭を下げれば。
「でも、・・・形あるものである必要はないかもしれませんよ」
「は、・・・・・」
「伊藤くんが一生懸命に郁のことを考えている、その気持ちは
伝わりますから」
「そう、・・・だと嬉しいです」
 伝われば良いな、といつも思う。
 好きです、と何度も言葉にしているけれども。
 もっと、もっと。
 ちゃんと、全部。
 伝えられたら良いな、と。
「良い子ですね、・・・伊藤くんは」
「し、七条さんっ」
 ニッコリと笑って、そんなことを言われて。
 思わず、赤面してしまえば。
「ふふ、・・・・・それに、とても可愛いです」
「・・・・・うう」
 更に畳み掛けるように言うのに。
 益々顔を赤くして、困ったように七条を見つめ返せば。
「ねぇ、郁」
「え、・・・・・っ」
 その言葉に。
 慌てて振り返れば、そこには。
「・・・・・ドアは、きちんと閉めておけ」
 僅かに開いていたらしいドアの隙間から、白い手が覗いて。
 やがて、憮然とした表情で入って来るなり、西園寺は真直ぐに
七条の席へと歩み寄り、何でしょう…と首を傾げる様を見下ろし
つつ。
「あれは私のものだ」
「分かっていますよ」
「・・・・・隙あらば、というやつか」
「ふふ、・・・どうでしょう。ねぇ、伊藤くん」
「は、・・・・・え、っ」
 急に話を振られて、啓太がオロオロと2人の顔を見比べれば。
「・・・・・隙だらけだな」
 柳眉を顰めつつ、西園寺が。
 深々と溜息をつくのに。
「あ、あの・・・・・」
 何か、妙なことをしでかしてしまったのだろうかと、内心かなり
焦りつつ、ここは謝るべきなんだろうか、それとも…と。あれこれ
頭を悩ませてしまうのに。
「啓太」
「は、はいっ」
「行くぞ」
「え、ええ・・・・・っ」
 何処に、と。
 尋ねる間もなく、西園寺は会計室を出て行ってしまって。
 これはやはり、付いて来いということなんだろうかと、急いで
椅子から立ち上がって、ふと。
 七条を返り見れば。
「頑張って下さい」
 穏やかに微笑む七条の、その背後に。
 何やら黒いものがユラユラとして見えたのは、気のせいという
ことにして。
「済みませんっ、失礼します」
 律儀にペコリと頭を下げ、啓太は踵を返すと駆け足で西園寺の
後を追う。
 きっちりと閉じられたドアの向こう、駆けていく足音が遠ざかる
のを聞きながら。
 七条は、大仰に肩を竦めると、ポツリと誰にともなしに呟いた。

「誕生日、ですから・・・・・ね」




 一度見失ってしまった西園寺の姿を探して、あちこち彷徨いつつ。
ちょうど出会った滝や海野らに尋ねてみても、この辺りでは見掛け
なかったという返事に。もしかしたら…という思いで、啓太は寮の
西園寺の部屋へと向かった。
「・・・・・さ、西園寺・・・さん」
 走り詰めで、乱れた息をどうにか整えながら。
 ドアノブに手を掛ければ、それはすぐに開いて。
「いらっしゃるん・・・ですか?」
 返事はなかったけれども、やや遠慮がちにドアを開けて、中を覗き
込む。
 そこに、西園寺の姿はなく。
 それでも、きっとここで待っていれば…と。
 思いきって、室内に足を踏み込めば。
「ノックもせずに、勝手に入って来るとはな」
「・・・・・、っ」
 不意に、掛けられる声。
 開いたドア、その影の。
 パタン、と閉じてしまえば、そこには。
 壁に凭れ掛かるようにして腕を組んで立っている、西園寺が。
「い、いらしたん・・・ですね」
「いると思ったから、啓太はここに来たのだろう」
 ゆっくりと、壁から背が離れて。
 閉じられたドア、そのノブを後ろ手で掴んだまま立ち尽くす啓太を
その間に挟み込むようにして。
「ちゃんと私を追って来れたことは褒めてやるが・・・無断で部屋に
入るのは、感心しないな」
 耳元、囁くように。
「っ、済みません・・・・・俺、ここにいれば西園寺さんに会えると
思って、・・・だけど勝手にドアを開けて中に入ってしまったのは
いけないことでした。ごめんなさい・・・西園寺さん」
「本当に悪いと思っているのか」
「・・・はい」
「ふッ、・・・・・そうだな、啓太は・・・良い子だ」
 笑う吐息に。
 思わず、身を震わせてしまって。
「どうした。私が怖いか」
「ち、ちが・・・・・」
「ああ、そうか・・・啓太は、とても感じやすいから・・・」
 クスリ、と。
 また微笑う、その声の響きにも。
 どうしようも、なく。
「・・・・・可愛い、な」
 言われるままに。
 感じて、しまうから。
 力を失って、ドアノブから離れてしまった啓太の手と入れ替わる
ように、伸ばされた西園寺の手が。
 カチリ、と。
 施錠する音が、静かな部屋にやけに大きく響いて。
「欲しいものは、自分の力で手に入れる・・・でなければ、意味が
ない」
 やがて、白い手が。
 濃緑のネクタイを、スルリと解いて。
「お前も例外ではない・・・啓太」
「俺は、・・・・・俺は、西園寺さんのもの、です・・・っ」
「そうだ」
 そして、シャツのボタンが。
 1つ、また1つと。
 ゆっくりと、外される。
「私の、啓太」
 そう。
 宣言されて。
「何も、特別な日など・・・ない」
 歓びに。
 どうしようもなく、身体が震える。
「私を楽しませろ。ずっと、・・・・・だ」
「っ、・・・・・西園寺、さ・・・ん」
 まだ、直接触れられてもいないのに。
 熱が。
 止められない。
「可愛い、・・・・・啓太」
 フワリと。
 口付けられれば、それだけで。
 もう、立っていられないくらいに。
「西園寺、さん・・・」
 それでも、何とか踏み止まって。
「それでも、・・・・・俺、西園寺さん・・・に」
 何か。
 贈りたいと、そう思った事は。
「何も、・・・俺からは・・・・・」
「お前が私のものだということだけで、私には十分なのだがな」
 しょうがない奴だ、とでも言うように。
 そろりと、頭を撫でられて。
「ならば、・・・・・そうだな。もしかしたら、これは私の我が侭
なのかもしれないが」
「何、でも・・・・・っ言って、下さ・・・・・っ」
 寛げられた、襟足。
 首筋を、そっと舐め上げられて。
「誕生日が過ぎるまで、・・・・・ここから出るな」
「っ、・・・・・」
「というより、・・・・・出さない。一歩も・・・良いな」
「は、い・・・・・」
 それは。
 もしかしたら、西園寺の。
 ささやかな独占欲の徴しだったのかもしれない。

「私だけを、・・・見ていろ」

 命令ではなく、本当は。
 祈りのような。
 願い。





可愛がってーーーーーーッ(何)vvv
ナチュラルに、監禁宣言v
そうですよね、可愛い啓太は誕生日と言わず
ずっとベッドの中で撫で撫でサワサワして
いたいですよね・・・ッ(握り拳)vvv
・・・・・臣、隙あらば!?