『Sweet Voice Sweet』




 西園寺さんは、俺の声が好み…なんだそうだ。

 だから。

「あ、・・・っあァ、ん・・・西園寺、さ・・・んっ」
「いいぞ・・・啓太、もっと聞かせろ・・・・・」
「っや、あ・・・んっ・・・・・ふ・・・」

 いじめたくなる、と嬉しそうに。
 昨夜も、散々焦らされて。
 焦らされて。
 焦らされまくって。
 声を抑えることも出来ずに、喘がされたものだから。



「おはよ・・・和希」
「ああ、おはよ・・・・・って、啓太・・・っその声」
「・・・・・変?」
「変、っていうか・・・痛々しいぞ、その掠れ具合は」
 心底、心配しているという面持ちで覗き込んでくる和希に
俺は喉の辺りを撫でながら、苦笑で返した。
 実際、ヒリヒリと痛みを訴えている、喉。
 イガイガ感に咳き込んでしまえば、和希の暖かい手が労る
ように優しく背をさすってくれた。ほんと、良い奴だよな。
「あ、りがと・・・も、平気」
「風邪なら、今日は寝ていた方が良いんじゃないか?」
 そう言って額に伸ばされた手に、思わずギクリとして肩を
揺らしてしまう。これは風邪、なんかじゃなくて。
 ああでも、そんなこと和希には…。
「・・・・・夜に、熱出てくるかもしれないし、な」
 不自然に強張った俺の表情を、どう思ったのか。
 でも、和希は何を追求するでもなく、俺の前髪をフワリと
かきあげる仕種で額に軽く触れて。そのまま手を肩にそっと
置くと、言い聞かせるように顔を覗き込んでくる、けれども。
「今日は、授業は午前中で終わり、だし・・・頑張る」
「・・・そっか、無理すんなよ」
「うん、サンキュ・・・和希」
 ごめん、和希。
 こんなに俺のこと心配してくれてる、のに。
 ほんとのコト、言えなくて。
 予鈴が鳴って、自分の席に戻って行く背に、俺は心の中で
何度も謝った。

 授業中、幸いにも俺は教師に一度も当てられることはなく。
 これも、運の良さなんだろうかと、ちょっと嬉しかった。



 そして、放課後。
 和希は、すぐに寮の部屋に帰って休むようにと言ってくれた
けれど。その前に、一度会計室に……西園寺さんに、会って
いこうと、俺はコンコンと2回、いつものようにノックして、
ドアを開けた。
「こんにちは、七条さん」
 すぐ目に入って来たのは、テーブルのティーカップを片付け
ている七条さんの長身で。そこには、西園寺さんの姿は、なく。
「こんにちは、伊藤くん。郁は、ついさっき散歩に出てしまった
ところなんですよ」
 済まなさそうに言われて。ここに西園寺さんが居なかったこと
に、俺はそんなにがっかりした顔をしていたのかと、思わず首を
フルフルと横に振ってしまえば。
「ふふ・・・そんなところに立っていないで、どうぞ座って楽に
して下さい。今、お茶をいれますから・・・郁なら、小1時間で
戻ると思いますよ」
「・・・・・済みません」
 せっかく来たんだし、何かお手伝い出来る仕事があれば…と
思ったけれど、西園寺さんが散歩に出掛けたということは、今は
特に忙しいということもないようで。
 七条さんに促されるまま、俺はソファへと…すっかり定位置に
なってしまった場所へと、腰を下ろした。
 部屋の奥の衝立ての向こうから、カチャカチャとお茶をを用意
する音が聞こえてくる。既に耳に馴染んでしまった音に、何だか
ホッとしたような気分になって、ソファの背凭れにコトリと頭を
預けた。
「お待たせしましたね、どうぞ・・・伊藤くん」
「あ、有難うございますっ」
 暫く、そうしてぼんやりとしてしまっていたみたいで。
 微かに笑いを含んだ声に呼ばれ、俺は慌てて居住まいを正した。
「・・・・・あれ?」
 目の前に置かれたカップを手に取ろうとして、ふと注がれた
紅茶の色がいつもと違っていることに気付く。
「ミルクティー、ですか?」
 いつもここで出されるのは、西園寺さんの好きな何とかって所の
アップルティーで、ミルクも何も入れずに飲んでいるから、その
柔らかいクリームがかった色に思わず首を傾げてしまえば。
「ええ、セイロンに暖めたミルクを加えて、ハチミツを少々落とし
てみました・・・キャンブリックティー、というらしいんですが、
喉に良いかと思ったので」
「あ、・・・・・」
 気付いていたんだ、七条さん。
 確かに、かなり掠れた声になっちゃってるし、でも。
 俺のことを気遣ってくれたのが、やはりとても嬉しくて。
「有難うございます・・・っ七条さん」
「いいえ、お疲れ様でした」
「・・・・・は?」
「・・・ふふ」
 何だ。
 何なんだ、その笑顔は。
 いや、七条さんはいつもと全く変わらない笑顔を向けているんだ
けれども、でも。
 その裏にあるものは、俺なんかでは到底計り知れなくて。
 不快、なんかじゃないんだけど。
 …い、今のセリフと笑いって。
 ………気になるけど、聞いちゃいけないような気もする。
「郁も、珍しく目の下にうっすらとクマのようなものが出来ていた
んですよ…それで、仮眠を取りに東屋へ」
「………七条さん」
 それって。
 それって、もしかしなくても、やっぱり。
「どうしたんですか、伊藤くん」
「………いえ、何でもないです」
 分かっちゃっているに違いない。
 昨夜の、コト。
 ………ああああああああ。

「ああ、啓太か」
 不意に。
 前触れもなくドアが開いて、颯爽とも優雅ともとれる足取りで
入って来たのは。
「西園寺さん・・・っ」
「おや、随分と早かったんですね、郁」
 相変わらずニッコリと微笑みながら、七条さんは西園寺さんを
出迎える。そういえば、さっき出て行ったばかりだと聞いていたし
仮眠を取って戻って来るには、ちょっと早過ぎるような。
「煩い男に出くわしたのでな。だが、戻って来て正解だった・・・
啓太、寮に帰るぞ」
「え、ええええっ!?」
 西園寺さんの表情と口ぶりから、どうやら王様とニアミスでも
したらしい、というのは分かってしまったけれども。だけど、でも
どうして寮に帰らなきゃいけないんだろう。
 ティーカップを持ったまま、俺が困惑していると。
「遠藤にも声を掛けられた・・・・・啓太が、風邪をひいている
かもしれないと」
「あ、・・・・・」
「確かに、酷い声だな・・・臣、喉の風邪に効く薬はあったな」
「ええ、ひととおり揃えてますよ」
「さ、西園寺さん・・・っこれは風邪なんかじゃ・・・ケホッ」
「ああもう、喋るな」
 その言葉に。
 煩わしげに眉間に皺を刻ませた貌で一瞥されて。
 何だろう、酷く。
 苦しい、よ。
「・・・・・どうした、やはり具合が悪いのだろう。ならば、すぐ
自分の部屋に戻って、おとなしく寝ていろ」
「・・・・・さ、っ・・・ん、は・・・・・」
「ん?」
「お、れが・・・っこんな、声・・・だか、ら・・・・・」
「・・・・・何を言っている」
 やはり、不機嫌さを滲ませた声が問うてくるのに。
 胸の奥に、つっかえたような息苦しさが。
 たまらなくて。
 俺は。
「西園寺さんが好きなのは、俺の・・・っ声、だけ・・・・・っ」
 酷く掠れた、きっと西園寺さんには耳障りでしかない、声で。
 俺は、そんなことを。
 叫んで、しまって。
「こ、んな・・・ケホ、・・・っ声、じゃ・・・西、・・・ケホッ
西園寺、さん・・・俺の、こと・・・・・っ」
 情けない。
 何で、こんな。
 みっともないって、分かってるのに。
 でも、俺は。
「・・・・・莫迦か、お前は」
「う、・・・・・っうぅ・・・・・っ」
「郁、これ以上泣かせてどうするんですか」
 泣いちゃいけないって、分かってるのに。
 涙で歪んだ視界に映るのは、困惑したような七条さんの顔と。
 そして。
 やはり、不機嫌、な。
 西園寺さんの、顔。
「私は啓太の声が好きだとは言ったが、その声だけがあれば良い
とは言った覚えはない。声を含めて、啓太の存在自体が私には
とても好ましい・・・・・そんなことを、こうして口にしなければ
理解出来ないのか」
「・・・・・っ、・・・」
「風邪ならば、しょうがあるまい・・・喉のことだけでなく、体調
管理には留意すべきだな」
 分かって、るんだ。
 冷たそうに聞こえる、その言葉も。
 その中には、西園寺さんの優しさが、ちゃんと存在していること。
 気遣って、くれてることも。
 だから、よけいに。
 情けなくて。
「・・・・・風邪ではありませんよ、郁」
「何だと」
 やれやれ、と溜息をつきつつ。
 …七条さん、まさか。
「郁の寝不足の原因と、照らし合わせてみて下さい」
「・・・・・貴様」
 ジロリ、と七条さんの型通りな笑顔を睨み付けて。
 そして、呆然としている俺に向けられた視線が。
 数瞬の後、極まり悪げに伏せられた。
「・・・・・そういう、ことか」
 …ああ。
 ……気付いてしまったんだ、西園寺さん。
 ………ううう。
「あんまり、可愛い声で啼くものだからな・・・つい、苛め過ぎた」
 ひ、ひィ…っ。
 そ、そんなコト…っ、七条さんの前で…っ。
「そうですか、僕も是非聴いてみたいものですね」
「生憎だが、あれは私だけのものだ」
「おや、意地悪ですね・・・郁は」
 …七条さん…。
 …西園寺さんも、もう…。
「つまらん冗談はいい、臣。喉飴があっただろう・・・啓太に1袋
くれてやれ」
「ええ、すぐに用意しますよ」
 冗談ではなかったんですけどねえ、と。
 相変わらずの笑顔のまま、サラリと付け加えて。
 喉飴を取りに、衝立ての奥へと姿を消した七条さんを、俺は冷や汗
タラタラで。そして、西園寺さんは、綺麗な顔を微かに顰めながら
見遣って。
「全く、いい度胸だな」
「え、・・・・・っ」
「いや、お前が気にすることではない」
 低く呟いた言葉に首を傾げれば、振り返った貌は今しがたまでの
不機嫌な色を消して。
 柔らかく、とても綺麗な微笑みを浮かべていて。
 思わず、見愡れてしまえば。
「そうだ、・・・そうやって、私だけを見ていろ」
 軽く口の端を釣り上げる、強気な笑みにも。
 ドキドキと、鼓動が高鳴ってしまうのに。
 こんなにも。
 俺、西園寺さんのことが。
「お待たせしました、はい・・・伊藤くん」
 やがて、喉飴の袋を持って衝立ての向こうから現れた七条さんが、
それを俺に微笑んで手渡してくれた。
「あ、有り難うございます・・・っ」
「いえいえ、早く良くなって下さいね」
 本当に気遣ってくれているらしいというのが、俺にだってしっかり
分かったから。感謝の気持ちを、俺もニッコリ笑って伝えれば。
「取りあえず、今日は帰って休んで下さい・・・ね、伊藤くん」
「え、っ・・・でも」
「いいから、帰って寝ていろ・・・・・臣と、じっくり話し合って
から、私も様子を見に行ってやる」
「そ、そんな・・・・・えっ、話し合いって」
「ふ、・・・色々と、な。さあ、分かったら私の言う通りにしろ」
「は、はいっ・・・・・済みません、有り難うございます・・・・・
俺、早く治しますからっ」
 西園寺さんに肩を抱かれ、促されるままドアのノブに手を掛けて。
「お大事に、伊藤くん」
 七条さんの言葉に、振り返って頭を下げようと。
 して。
「そうだ、・・・早く治して、また私のためにイイ声で啼いてくれ」
 ふ、と吐息と共に。
 耳朶に、甘く。
 囁きかけられて。
「・・・・・っ、西園寺、さんっ・・・・・」
「ではな」
 きっと耳まで真っ赤になってしまっている俺に、優美に笑いかけて
西園寺さんは静かにドアを閉めた。
 その後方に佇む七条さんの笑顔が、一瞬違う色合いを帯びたような
気がする、のは。
 ………気のせい、にしておこう。


 寮の部屋に帰って、貰った喉飴を舐めながら言われた通りに部屋着
に着替えて、ベッドにコロリと横になる。
 甘くて、ちょっとミントの香りのする飴が口の中で小さく溶けて
しまう頃、フワリと眠気が襲って来て。そのまま、俺はゆっくりと
目を閉じて、眠りの淵へと落ちていった。

 目が覚めたら、もしかしたら西園寺さんが来てくれているかも、と。

 そんな、くすぐったい期待を抱きながら。





すっかり味を占めてしまったらしい、女王様×啓太←臣(悦)v
やはり、会計室メンバー×啓太は、こういうカンジのが
しっくりキてしまうので、七条×啓太なSSでは間違いなく
女王様が、しっかと絡んでくる予感(というか、確定事項・笑)v
とにかく、啓太の声がお気に入りの御様子の西園寺v
あの時の声も含め、ナニもかも独り占めなんですよ、ええ!!
・・・・・羨ましいです(真顔)。