『tie』



 考えれば考える程、頭の中が逆に真っ白になってしまう。
 心のこもったものなら、と皆言うけれども。
 でも、それが相手に伝わるかなんて、渡すまで分からないし
…それでも、あの人なら分かってくれるって、そう信じたりも
したりするのだ。

 恋は。
 どうにも、不定形で不確定で不安定にも思えて。
 でも、本当は。
 ちゃんと、しっかりとソコにあるもので。


「・・・・・うーん」
 恋する男・伊藤啓太も今、やっぱり考えに考え抜いて、でも
考え過ぎて頭の中が真っ白と化してしまっていた。
 明日。
 そう、とうとう明日になってしまったのだ。
 歩く街は、いつもよりずっと華やかな空気を纏っているよう
に見える。擦れ違う女の子たちの笑顔だって、どこか甘ったる
さを感じてしまう。
 手に持つ、可愛らしい紙袋の中身は、きっと誰にだって想像
が、つくもので。そして、間違いなくそれは。
「チョコ、かあ・・・」
 溜息混じりの言葉は、自分がそれを貰えるかどうか、なんて
世間一般の男の子たちの思惑とは、どこか違っていた。
 というか、別にどうでもいいや…なんて、思える。
 明日はバレンタインだけれど、それ以上に啓太にとっては、
とてもとっても大事な日であって。
 大事な、大切な…人の。
「どうしよう・・・・・西園寺さん、どんなものをプレゼント
したら、喜んでくれるんだろう・・・」
 そう。
 明日は、西園寺郁の誕生日であり。
 啓太は、甘いものが好きではないという恋人へのチョコより
誕生日のプレゼントに何を贈るか…ということに、頭を悩ませ
ていたのだ。

「伊藤くんがくれるものなら、何だって郁は嬉しいと思いますよ」
と、それとなく相談してみた七条には、にっこり笑顔付きで告げ
られていた。和希も、やはり同じようなことを言っていた。
 多分、それはそうなのだと思う。
 でも、だからといって本当に何でもイイ…というものでもない
ような気がして、そう考え始めるとキリがなく。
 そして、とうとう当日を明日に控えて。
 プレゼントに、と思えるものを求めて、啓太は1人フラフラと
街に彷徨い出た。
「取り敢えず、デパート・・・かな」
 これ、と決まったものがないのだから、とにかく色々と品揃え
が豊富そうな場所へ、と足を向ける。
 バレンタインの贈り物を買いに来た女の子も多いだろうけど、
チョコ売り場に突撃することを思えば、他のフロアはまだきっと
マシなんじゃないかと思いつつ。
 駅前にある大きなデパートを見上げ、良いものがみつかります
ように…と祈るように、一歩踏み出そうと。
「・・・・・あ」
 視線を下ろした、その先。
 道路を挟んだ向いにある、ブティック。
 男性向けのファッション雑誌にも、よく載っている服や雑貨を
取り扱っているその店に、何故だか引き寄せられるように。
 気がつけば、そのやや重いドアを押して店内に入り、迷うこと
なく真直ぐに向かった、その棚の前。
「・・・・・これ、だ」
 吸い寄せられるように、手を伸ばして。
 取ったそれは、シルクの滑らかな手触り。
 それよりも、この色合いに啓太は目の前にいない恋人の微笑み
を思い浮かべて、ふと口元を弛ませた。
「あの、済みません・・・これ、お願いします」
「有難うございます。贈り物、ですか?それとも・・・・・」
 少し離れたところに控えていた店員が、啓太の手からそれを
受け取り、そっと尋ねる。
「あ、はい。誕生日の、プレゼントなので・・・」
 やや照れたように告げる啓太に、店員は柔らかく微笑んで。
「かしこまりました。では、そのようにお包みさせて頂きますね。
少し御時間頂戴致しますので、こちらに掛けてお待ち下さい」
 促されるまま、啓太は奥にあるソファに腰を下ろす。
 そして、ホッと一息ついたところで。
「・・・・・あ」
 しまった。
 付いていたであろう値札を見ずに、選んでしまった。
 この店で買い物をするのは初めてであったけれど、でも雑誌等
で見た記憶では、かなり高級な感じがした。
「おそれいります、お客様」
 包装を別の者に任せて、先程の店員が電卓らしきものを手に、
啓太の傍らにそっと膝を付く。
「消費税が入りまして、・・・・・こちらになります」
「あ、・・・・・はいっ」
 並んだ数字を目にし、啓太は気付かれないように安堵の溜息を
吐いた。
 お手頃価格とは言い難かったけれども、それでも財布の中身を
オーバーすることは、辛うじて避けられた。

 そうして。
 あれほど悩みまくっていたにも関わらず、いざとなると至極
簡単に買い物を済ませてしまった啓太は、他所に立ち寄ることも
なく、学園島行きのバス乗り場へと、半ば駆け出すようにして
向かった。
 その顔は、さっき自分が甘ったるいと感じたどの女の子たち
にも負けないくらい、フワリと幸せそうな笑みをしいていたの
だけれど。



 その日の寮の夕食には、デザートにチョコケーキがついたり
して、甘いもの好きな一部の学生を喜ばせていた。
 啓太も、しっかりそれを堪能しつつ。
 後で御部屋に伺っても良いですか、と。
 少しやることが残っているから先に戻って良いと促す西園寺に
そろりと尋ねれば、「私がお前の部屋に行く。待っていろ」と、
告げられるまま、おとなしく自室で。
 何やら、そわそわと落ち着かなくて、今更髪の跳ねているのを
気にして指先でもてあそんだりしていれば。
「私だ」
 軽くノックがして。
「は、はいっ、・・・どうぞ」
 慌てて立ち上がれば、半ば勝手知ったるといった様子で、啓太
がドアノブに触れるより先に、ドアが開いた。
 待人来る。
「済まないな、少し遅くなったか」
「いえっ、お疲れ様です・・・なのに、わざわざ来てもらって」
「私が来たいと思ったから来た」
 気にするな、と言うように。
 西園寺の白い指先が啓太の頬を掠めるようにして、髪に触れる。
「ああ、だが・・・お前は何か、私に用があったのだったな」
 指先に髪を絡めながら、ふと思い出したように問うてくるのに。
「っ、あ・・・はい。あの、ちょっと待ってて下さいっ」
 髪に触れる指が心地良くて、このままでいたいと思ったけれど、
でもちゃんと用件を…目的を果たさなくてはと、昨日買ってきた
ものが入った袋を探り、それを差し出す。
「御誕生日おめでとうございます・・・西園寺さん。これ・・・
あの、もし・・・良かったら・・・・・」
「私の、誕生日・・・」
 言われるまで気付かなかった、ように。
 目の前に差し出された包みに、一瞬虚をつかれた表情で。
「・・・・・ああ、そうか。そうだったな・・・有難う、啓太」
 だけどそれは、やがてフワリと暖かな微笑みに変わって。
 さっきまで啓太の髪を楽しげにもてあそんでいた手が、包みを
そっと受け取る。
「開けるぞ」
 開けても良いか、ではなくて。
 その言い方がやはり西園寺らしくて、それだけで何だか嬉しく
なって、啓太も微笑いながら頷く。
「気に入って頂けると、良いんですけど・・・・・」
「・・・・・ほう」
 包装紙を丁寧に外して、現れたパッケージ。
 その中に収められていた、のは。
「・・・・・良い色だ」
 淡いグリーンの地に細やかな折り柄のある、ネクタイ。
 これだ、と思って。
 気が付いたら、手に取ってしまっていた。
「良かった・・・・・」
 見た瞬間、細められた西園寺の瞳に浮かんだ喜色に、啓太は
心から安堵して、知らず緊張していた身体の力を抜けば。
「私がこれを身に着けたところを、見たくはないか?」
 くすり、と。
 やや悪戯っぽく笑う声に、思わずコクリと頷けば、パッケージ
から出されたネクタイが、啓太の手に委ねられる。
「ああ、このままでは妙だな」
 呟きながら、西園寺が白い制服のジャケットを脱いで、傍らの
ミニソファの上に放り投げる。
「どうした、啓太」
「あ、っ・・・はい」
 下に身に着けていた、白いカッターシャツ。
 まだ少し戸惑いを隠せずに、それでもどうにか近くまで歩み
寄って。
「し、失礼します」
 そう一言告げて、タイを持った手を首の後ろに回す。
 その瞬間、微かに笑った吐息が耳元をくすぐる。
「・・・・・、っ」
 頬が、赤くなってしまっていないだろうか。
 タイを結ぼうとする指先が、どうしたんだろうか、小さく震え
てしまって、なかなか上手くいかない。
 そうして、焦れば焦るほど手の感覚がおかしなことになって
しまうのに。
「たまたま、なのだがな」
 タイを結ぶのに、悪戦苦闘している啓太のつむじを眺めながら
ふと西園寺が口を開く。
「先日、面白いことを聞いた・・・男性にネクタイを贈る、と
いうのは『貴方に首ったけ』という意味合いが込められている
のだ、とな」
「え、っ・・・・・」
「成る程、な」
 そんなこと。
 考えてなかった。
 思ってもみなかった、けれど。
 でも、それは。
「そ、そういうつもり・・・で、選んだんじゃないんです、が
・・・でも、やっぱり・・・・・そうなんだと思います」
「何が、だ」
 意地悪だ。
 そう思うけれど、でも言ってしまう。
「俺は、西園寺さんに首ったけ・・・なんです」
「・・・・・そうか」
 俯いているけれど、多分耳まで赤くなってしまっているだろう
から、バレているんだろう。
 と、ふと。
 西園寺の指先が、俯き加減だった啓太の顎を掬って。
「私の目を見て、言えるな」
「っ、・・・・・」
 恥ずかしい。
 恥ずかしくて、だけど。
「う、・・・・・西園寺さんに、首ったけ・・・です」
 もう、どうにでもなっちゃえ、とばかりに。
 言ってしまえば。
「可愛いな、私の啓太は」
 嬉しそうな笑みをしいた唇が、啓太のそれにそっと触れる。
「せっかく頑張って結んでくれているのに悪いとは思うのだが、
解いてくれるか・・・これを」
 まだ結び掛けの、ネクタイ。
 どうしてそんなことを言うんだろう、とやや不安げな瞳を向け
てしまえば。
「そんな顔をするな・・・もっと可愛がってやりたくなる」
 どんな、と聞こうとした唇は、それを止められるように軽く、
西園寺のそれで塞がれて。
「せっかくの啓太からの贈り物だ・・・すぐに汚してしまうのは、
忍びないだろう・・・?」
 解け、と言いながら、それを待たずに。
 西園寺は、片手で器用にタイを外してしまうと、愛おしげに
それに口付け、その仕草にまた顔を真っ赤にしてしまっている
啓太の腰を引き寄せながら、愉しげに耳元で囁いた。
「手加減は、しないぞ」
 手加減なんて。
 いつもしてくれないじゃないですか…、とは。
 言えるはずも、なく。
「さ、いおんじさん、の・・・好き、に・・・・・っ」
「・・・良い子だな、啓太」
 その吐息だけで。
 もう。

「して、下さ・・・・・っ」

 囚われて。
 捕らえられたい。
 愛しい、ヒト。





手首、縛ったりしないのね・・・。←そんな使い方!?
とにもかくにも、可愛いやつなのです!!啓太!!!!
女王様の気持ちにシンクロしまくりつつ(笑)!!
御誕生日おめでとうなのですーvvv