『wish or desire』




 世間一般、というか世の多くの男性は、「ソレ」に「萌え」
なるものを感じる、らしい。だがしかし、やはり例外というか
そうでない男だって、いるもので。

「・・・・・な、ッ・・・」
 ソレ、を。
 目の当たりにして、絶句する男がここに。

「っ、・・・あの、コレは・・・・・」
 困惑を滲ませつつ、涙目で見つめられれば。その相手が、自分
の恋人であるならば、あらゆる意味でグッとキたりするものなの
だろうけれど。
 だが、その可愛い恋人には何やらとんでもないオプションが、
くっついていた。
「王様、俺・・・・・俺、っ・・・・・」
「け、いた・・・っ」
 おずおずと自分の方に向かって足を踏み出そうとする啓太に、
丹羽は思わず一歩。
 後ずさってしまって。
「王様・・・・・、っどうして・・・・・」
 その反応に、啓太の表情が悲痛に歪む。
「どうして・・・どうして、逃げるんですか・・・っ」
「・・・っいや、違う・・・・・そういうわけじゃ・・・」
「じゃあ、ここに来て下さい・・・ ! いつもみたいに、俺の頭を
ガシガシッてして、そして・・・・・」
 そうして、ぎゅっと抱きしめてやりたい。
 心細げな瞳に、丹羽の心は揺れる、けれど。
 手触りの良い、啓太の髪。
 その跳ねた毛の中から、ひょこりと突き出た、そこにあるはず
のない、もの。時折、ピクピクと震えるそれは、おもちゃの類い
とは、到底思えず。
 そして、視界の先に揺れる、もうひとつの不可解なもの。
 啓太の腰の下。尻の辺りから生えているような、それ。
「な、なぁ・・・啓太、お前・・・・・それ、一体・・・・・」
 どう見たって、それは。
「知りませんっ、朝起きたら・・・こんな・・・・・っ」
 耳と、尻尾。
「・・・・・何でいきなり、そんなもんが生えちまうんだよ」
「だから、知りませんってば ! 」
 フルフルと首を振るのに合わせて、尻尾もユラユラと。
 その様は、結構可愛いとさえ思えるのに。
 たけど。
「何で、せめて犬とかじゃないんだ・・・」
 その、耳と尻尾の形状は、紛れもなく。
「・・・・・やっぱり、さっきから俺に近付かないのって・・・
この耳と尻尾が・・・・・っ猫、だから・・・なんだ・・・・・」
 そう、啓太の頭と耳に生えた、不自然なもの。
 どう見ても、猫の耳と尻尾。
「け、啓太・・・・・」
「俺が、もしこのまま猫になっちゃったら・・・・・王様は、もう
2度と俺に触ってくれないんですね・・・嫌いに、なってしまうん
ですね・・・俺のこと」
「っ、・・・・・そんなこと、あるか ! 」
「そんなこと…って、俺が猫になっちゃうことですか、それとも
嫌いになるってことですか」
 丹羽が否定した、のは。
 それが、どっちを差してのことだったのか。
「ど、・・・・・どっちも、だ」
「・・・・・ずるい答え、です」
 ゆるりと目を伏せるようにして呟かれた言葉が、ツキリと胸に
刺さる。
「猫になっちゃうのは、嫌だけど・・・でも、それでも王様に
可愛がって貰えるなら、きっと俺・・・とても幸せだな、って
思えるのに」
「・・・啓太、俺は」
「もう、・・・・・王様に抱きしめては貰えない・・・」
「っ、啓太 ! 」
 思わず足を踏み出せば、今度は啓太の方がジリリと後ずさる。
「さよなら、王様・・・・・大好き、です」
「ま、待て・・・っ啓太!?」
 くるり、と。
 踵を返した啓太の、その猫の尻尾がフワリと跳ねて。
 次の瞬間。
「な、・・・・・」
 走り去っていく、その姿は。
 小さな、黒い子猫。
「何、・・・そんな、嘘だろ・・・・・っ啓太、啓太・・・っ」
 追おう、と。
 追い掛けようとする、のに。
 どうしてだか、足は前に進まなくて。
 遠ざかって行く、小さな影に懸命に手を伸ばして丹羽は叫ぶ。
「ちくしょう、っ何で動かねえんだよ・・・あいつが、行っちまう
ってのに・・・さよならだなんて、何で・・・そんな・・・っ」
 もし。
 本当に、このまま啓太が猫の姿になってしまったとして。
 自分は。
「行くな・・・っ、俺はお前が・・・・・・・・・・」




「・・・・・王様?」
 伸ばした、手。
 その指先が、暖かなものに触れる。
「・・・・・あ」
 目の前。
 きょとんとした、大きな瞳。
 啓太の。
「けい、た・・・・・啓太っ ! 」
「っ、・・・・・!?」
 それを認識した途端、もう何も考えられなくて。
 思考より先に、身体が動いていた。
 触れた腕を、捕まえて。
 引けば、とさりと胸の中に収まる身体。
 触れる。
 素肌。
「な、・・・に・・・・・ど、どうしたんですか、王様っ」
 身じろぎする身体を、ぎゅうぎゅうと抱き締めれば、くぐもった
声が胸元から聞こえる。
「啓太、・・・・・戻って来てくれたんだな・・・」
「・・・・・は?」
 怪訝そうに返ってきた返事に構わず、抱き寄せた啓太の髪に鼻先
を擦り寄せるようにして、顔を埋める。
「・・・・・ああ、耳・・・そっか、消えちまったんだな」
「・・・・・耳?」
 何を言ってるんだろう、と。
 少し不審げな響きを滲ませる声も、丹羽にはどうでも良いのか。
 きついくらいに背をかき抱いていた腕、その手を。
 背に添うように、ゆっくりと。
「ひ、ゃ・・・・・、っ」
 撫で下ろせば、途端。啓太の悲鳴が上がる。
「お、お、お・・・・・」
「尻尾、も・・・、良かった・・・人間に戻ったんだな」
「な、な、な・・・・・」
 腰から、尻にかけて。
 確かめるように、何度も撫でる手の動きに。
 啓太は、言葉を失って。
「なぁ・・・俺は、猫は確かに・・・その、苦手だけどな・・・
でも、お前は・・・お前なら、大丈夫だからな。お前、だから
・・・・・めいっぱい可愛がってやりてえと思うし、好きだと
言える・・・はっきりと」
「・・・・・」
「まあでも、やっぱり・・・・・人間のままの方が、俺としては
嬉しいんだけどよ、実際のところは」
「・・・・・王様」
 絶句したまま、おとなしく丹羽の言うことに耳を貸していた啓太
は、そろりと身体の力を抜いて。
 やがて小さな溜息をひとつお供に、ぽつりと呟いた。

「・・・・・いつまで寝惚けてるんですか」

「・・・・・は?」



 どうやら。
 啓太に猫の耳と尻尾が生えてしまったという、それは。
「・・・・・変な夢」
 事の次第を聞き終えた啓太は、捕らえられたままの丹羽の腕の中、
苦笑ともつかない吐息を漏らした。
「夢にしちゃ、やけにリアルだったんだがなぁ」
 まだ何やら疑惑でもあるのか、どうにも確認せずにはいられない
かのように腰の辺りを撫で回す手に、やや辟易しながら。
「俺が、猫になるわけないじゃないですか」
 やや呆れモードで呟く啓太の方が、案外丹羽よりもリアリスト
なのかもしれなくて。
「う、・・・・・ま、まあそりゃ、そうなんだけどよ・・・あの姿
を、夢とは言え目の当たりにした時は、かなり驚いたというか・・・
焦ったというか・・・だけど」
 猫、は苦手だ。
 でも、啓太は好きだ。
 猫の姿の啓太。
 その、猫の耳と尻尾だけをとって見れば、腰が退けてしまうのだ
けれど、だけど。
 猫耳&猫尻尾も、啓太に付いてしまえば。
「可愛かった、とも思う・・・し」
 それは。
 かなり、本音であって。
「まんま、猫なのは困っちまうけど、耳と尻尾が付いてるだけなら
俺としては、問題ないってこった」
 にっかりと笑う、その丹羽の顔を。
 啓太は、やや不審げに見守りつつ。

 それって、何だか…アヤシイです、王様

 とは。
 心の中で呟くに留まったけれど。
 相変わらず、しっかりと抱き締められた、まま。
 その腕の中から逃げ出そうとも思わずに、結局そのまま人肌の
心地良さに懐きながら、ゆっくり。
 じんわりと、身体の奥に燻る熱に、互いの素肌を濡らした。





王様、お誕生日おめでとーうv
ナニがナニやら、良く分からない話に!!←ヲイ
実は、願望だったりするんですか・・・王様!?
中嶋辺りから、誕生日の祝いに猫耳・猫尻尾セットを
貰って、啓太におずおずと差し出しつつ、付けさせたり
・・・ってのは、どうよ。←聞くな