『愛は止まらない』




 プチリ、と。
 それは、前触れもなく。


「ハニーーーーーーーーッ!!」
 突然、開け放たれた扉。
 その向こうから息せき切って飛び込んで来た長身は
よほど慌てて来たのだろう、ユニフォーム姿のままの肩
に、乱れる明るい色の巻き毛を揺らして。
 呆然とする教室内の生徒達には目もくれず、真直ぐに
唖然と自分を見つめる、啓太の。
 座る席の前へと歩み寄って跪き、頬に触れて。
「ああ、ハニー・・・大丈夫かい。何処か・・・怪我等
していないかい」
「あ、あの・・・成瀬、さん?」
「ん、・・・外傷はないみたいだね。じゃあ、気分が
優れないとか、そういうことは?」
「な、ないです、けど・・・・・あの、一体・・・」
 矢継ぎ早の質問に、何とか答えを返しつつ。
 その間にも、啓太の身体のありとあらゆる場所を確かめ
るように、成瀬が撫で擦るものだから。
 事情も自体も飲み込めず、啓太はただ戸惑うばかりで。
 気恥ずかしげに彷徨わせていた視線が、やがて前の席の
和希と合い、それは苦笑混じりの頷きで返された。
「成瀬さん、啓太が困っていますよ」
 ようやく出された助け舟に、啓太はホッと溜息を洩らす。
 このまま撫で続けられていたら、何だか妙なコトになり
そうで、落ち着かなかったから。
「そうなのかい、ハニー」
「え、や・・・・・その」
 困っている、と頷いてしまえば良いのだろうけれど。
 悲しげ、というか。寂しげな目を向けられてしまえば、
何だかそれも躊躇われて。
「僕は、啓太のことが心配で・・・・・啓太の身に、何か
起こったんじゃないかって、不安でたまらなくて、気が
ついたら、ここに来ていたよ」
「何か、って・・・・・俺、別に」
 そう。
 成瀬の危惧するような、ことは何もなく。
 擦り傷ひとつ負うような目にも遭っていないし、朝から
すこぶる体調も良い。
 こんなふうに、心配されるような覚えは。
 ない、のに。
「あなたが啓太を心配して来たのは分かりました。けれど
あまりにも突然過ぎやしませんか」
 半ば呆れつつ。
 和希が、そう告げるのに。
「突然、だからこそ・・・不安になったんだ」
「・・・・・えっと」
 話が。
 噛み合わない、というか。
 見えない。
「これを見てごらん、啓太」
「え、・・・・・これ、って」
 指し示された、成瀬の足元。
 促されて視線を落とせば、やや土にまみれた愛用のテニス
シューズの、その。
 紐が。
「・・・・・切れて、ます。紐・・・」
「そう、そういうことなんだよ」
「・・・・・あの、まさか・・・」
 シューズの紐が突然切れた。
 だから。
「何か良くないことが・・・啓太の身に、起こったんじゃ
ないかって、僕はもう気が気じゃなかったよ」
 そういうことなのだ、と。
 皆、瞬時に納得してしまって。
「だけど、ハニーが元気そうで良かった・・・本当に」
「な、成瀬さん・・・」
 嬉しそうに微笑む貌に、少し見とれてしまって。
 やがて、成瀬が恭しく啓太の手を取り、そこに口付けるに
至って、周囲からどよめきが上がるのに、啓太はようやく
我に返ったように。
「も、何ともないですから・・・っあの、練習の途中だった
んでしょう?早く、戻って・・・・・」
「ここにいちゃ、ダメかい・・・ハニー」
 そんな。
 甘い声で、囁かれたって。
「・・・・・っ、ダメ・・・ですっ」
 だって。
 今は。
「成瀬く〜ん。もう、用事が済んだら帰ってくれないと困る
よ〜っ」
「あれ、海野先生・・・いらしたんですか」
 そう、だって。
「・・・・・今は、授業中です・・・成瀬さん」
 啓太が盛大に溜息を零すのに。
 成瀬は一瞬、きょとんとして。
 それでも気にしない、とばかりに軽くウィンクなんてして
みせて。
「まあでも、啓太の勉強の邪魔をする気はないからね。また
放課後、練習を見に来てくれるよね、ハニー」
「あ、はい・・・・・絶対行きます、から」
「ああ、じゃあ名残惜しいけど・・・ハニー、またねっ」
 颯爽と立ち上がると、掠めるようなキスをひとつ。
 呆然とする啓太の頬に、残して。
 教室を出て行く間際にも、投げキッス。
 そして何事もなかったように、閉じられたドア。
「もう、成瀬くんてば〜」
 怒っているのか楽しがっているのか、よく分からない様子の
海野と。
 クラスメートの、奇妙な沈黙と。

「・・・・・ほんと、愛されてるな。啓太」
「・・・・・ううううう」
 苦笑混じりの和希の言葉に、啓太は机の上に突っ伏して。
 あからさま過ぎる『恋人』の行動を。
 ちょっとだけ、恨んだりした。

 そんな、ある日の出来事。





・・・・・一直線です(笑)。
まっしぐらです、ええvある意味、ワンコv
あからさま過ぎて恥ずかしくとも、啓太も
嬉しいのですよ、ほんとは(微笑)♪