『一番、幸せな』




 明後日、12月12日は成瀬さんの誕生日だ。
 それを知ったのは、実はつい最近のコトで。
 MVP戦の後、俺と成瀬さんが…恋人同士…になってから
結構経つのに、なのに大好きな人の誕生日も知らなかった
なんて。
 ちょっと落ち込んだり、慌てたりしながら。
 俺は、成瀬さんにあげるプレゼントを考えて。
 考えて。
 考えたんだけど、これだ!!というものが浮かばなくて。

「ハニーがくれるものなら、何だって僕は嬉しいよ」

 成瀬さんは、そう言って優しく笑ってくれたけど。
 でも。
 やっぱり、成瀬さんが今一番欲しいものをあげたい。
 …あんまり、高価なものは…無理だけど。

「成瀬さんが、今一番欲しいな…って思ってるものは、
何ですか」

 プレゼントを渡す相手に直接聞くのもどうかって気も
するけれど、俺が何を贈ろうか随分悩んでいることを、
成瀬さんも気付いているみたいだったから。
 正攻法で、尋ねてみたら。

「そうだね・・・じゃあ、ハニーの一番幸せな笑顔を僕に
くれるかな」

 俺の。
 一番幸せな笑顔。

 それが、成瀬さんが一番欲しい、もの。




「・・・・・何やってるんだ、啓太」
「う、うわあああっ」
 放課後。
 人気のない場所を選んで、駆け込んだトイレ。
 その洗面所の鏡の前で、ああでもないこうでもないと
ほっぺたを引き攣らせていた俺の背後から掛けられた声に。
鏡に映る、呆れたような顔に、文字どおり飛び上がって。
「かかかか和希・・・っあああ、びっくりした・・・っ」
「・・・・・俺も驚いたよ」
 引き攣った笑顔のまま振り返れば、苦笑しながら肩を
竦められて。
「で、こんなところで何、百面相してんだ」
「百面相、じゃないんだけど・・・」
 恥ずかしいところを目撃されてしまった。
 適当にごまかしてしまってもいいんだろうけれども、でも
俺はかなり切羽詰まった状況で。
 もしかしたら、和希なら良いアドバイスをくれるかも…
との期待を込めて、その腕に縋り付く。
「和希・・・っ俺に、一番幸せな笑顔の作り方教えて!!」
「・・・・・はァ!?」
 俺の真剣な訴えに、和希は素頓狂な声を上げて。
 何だよ、人が真面目に聞いているってのに。
 ああもう、和希の反応はもう、どうでもいいから。
「明後日までに・・・俺、一番幸せな笑顔を作らないと
いけないんだ・・・」
「・・・・・明後日」
 そう、もうあんまり時間はないんだ。
 だから、頑張らないと。
 間に合わないから、だから。
「それって、成瀬さんの誕生日だよな」
「・・・・・っ」
 しっかり、見抜かれてしまったようで。
 思わず、言葉に詰まれば。
「で、一番幸せな笑顔…って」
「・・・・・成瀬さんが、今一番欲しいものだ・・・って」
 そう。
 だから、こうして練習しているんだ。
 一番幸せな笑顔をプレゼントして、そして成瀬さんに
喜んで貰いたくて。
「・・・・・でも、自分では・・・よく分からなくて、
何度練習しても・・・うまく出来なくて」
「・・・・・啓太」
 どうしたら良いんだろう。
 笑えば笑う程、強張った変な顔になってしまう。
 こんなんじゃ、成瀬さんには。
「・・・・・笑顔は、作るものじゃないだろう」
「え、・・・・・」
 静かな、声。
 そっと肩に置かれた手に、顔を上げれば。
 穏やかに微笑む和希が、俺を見つめていて。
「少なくとも、成瀬さんが欲しいと思っているものは…
そんな、作り物の笑顔じゃないと、俺は思うよ」
「和希・・・・・」
 作り物の笑顔。
 俺。
 俺、は。
「あ、・・・・・」
 何だろう、今。
 フワリと、頭の中に。
「・・・・・分かった?」
「うん、・・・・・うん、分かった・・・ような、気が
する」
「そっか」
 そう言って笑った和希の顔は。
 その笑顔は、作り物なんかじゃなくて。
 本当に。
 とっても、嬉しそうだったから。
 俺も、有難うという気持ちのままに、笑えば。
「そうそう、その調子」
 ウインクなんか、してみせるから。
 今度は、声を立てて俺は笑った。



 そして。
 成瀬さんの誕生日を明日に控えた、夜。
 時計の針とにらめっこしていた俺は、「よし」と小さく
呟いて、そっと自分の部屋を抜け出した。
 こんな遅い時間にうろうろしているのを、寮長でもある
篠宮さんにでも見つかったら大変だけれども、幸い誰にも
見咎められることは、なく。
 辿り着いた、部屋の前。
 もしかしたら、もう寝ちゃってるかもしれないな、と
思いつつ、軽く控えめにドアをノックする。
「はい、・・・・・啓太!」
「わわっ」
 すぐに開いたドアの向こう、成瀬さんが俺の姿を見るなり
嬉しそうに叫ぶものだから、俺はその口を慌てて両手で押さえ
るようにして、部屋の中へと押し入る。
 きっちりとドアを閉めたのを確認して、ようやくホッとして
溜息をつけば。すぐ目の前、成瀬さんが満面の笑顔で迎えて
くれていて。
「嬉しいな、ハニーが僕の部屋を訪ねてくれるなんて」
 そういえば。
 成瀬さんが俺の部屋に来てくれることはよくあったけれど、
俺が成瀬さんの部屋に、自分からこうしてやって来ることは
殆どなくて。
 …連れ込まれたことはあったけれど、それはともかく。
「で、どうしたのかな」
 エスコートするように、そっと腰に手を添えられて。
 促されるままに、2人並んでベッドに腰を下ろすと、突然の
訪問の理由を柔らかく問い掛けられる。
「えっと、・・・・・待って下さい、あと・・・少し」
 ちらりと、ベッドサイドに置かれた時計に視線を泳がせて。
 3、2、1・・・・・。
「・・・・・成瀬さん、御誕生日おめでとうございます!」
「・・・・・有難う、ハニー」
 日付けが、替わったその瞬間に。
 俺は、成瀬さんに御祝の言葉を捧げた。
 成瀬さんは、嬉しそうに微笑って。
 そっと、俺の肩を抱き寄せる。
 お風呂上がり、なのかな。
 微かな、ソープの香り。
「零時きっかりに、その言葉を言うために・・・僕の部屋に
来てくれたんだね」
「はい、それと・・・・・あの、成瀬さんへのプレゼントを
・・・・・俺の、一番幸せな・・・笑顔を」
 抱き寄せられた胸元から顔を上げて、そっと成瀬さんを
仰ぎ見れば。穏やかに微笑む瞳が俺を見つめていて。
「・・・・・俺、成瀬さんといる時が、すごく幸せです。
大好きな、・・・成瀬さんと一緒にいる俺が、一番幸せな
俺、なんです」
 だから。
「今、こうしている時の幸せな俺を、この笑顔を・・・・・
貰って、下さい」
「・・・・・啓太」
 成瀬さんの瞳に映る俺は、本当に。
 嬉しそうに。
 幸せそうに、微笑んでいるから。
 だから、この俺を。
「最高の、プレゼントだよ・・・ハニー」
 ぎゅっと。
 強く、抱き締めて。
「啓太、僕の愛しいハニー・・・ああ、どうしよう・・・
幸せ過ぎて、・・・どうしたらいいんだろう・・・」
 俺も、その背に腕を回して。
 抱き締め返して。
「俺も、大好きです・・・・・幸せ、です」
 大好きな人の腕の中で。
 優しく包み込まれている、幸せ。
「・・・・・だから、成瀬さん・・・」

 返品不可ですからね。

 そう、小さく呟けば。

 返さないよ、と耳元に。

「そう、帰さないよ・・・・・今夜は」

 甘ったるく、囁かれて。
 今夜、は。
 今夜も、きっと。

「はい」

 笑って応えた唇に、そっと口付けを落とされて。
 やがて、深く。
 甘く、それは。

 熱い吐息に変わって。


 大好きな、人と。
 過ごす、時間。

 幸せな。
 一番幸せな笑顔ごと、全部。

 受け止めて下さい、ね。





成瀬さん、御誕生日おめでとーうvvv
甘々ではございますが、比較的濃くはなく(笑)。
笑顔だけでなく、本体もしっかり頂いちゃったりして
こんちくしょうなのです(何)v