Tenderness





 夢でも見ていたのだろうか。
 誰かを呼んだ、そんな気がして。
 意識が浮上するままに、ゆっくりと目を開けば。
 薄暗い、部屋。
 夜明けには、まだかなり早い時間。
 空調を止めてしまっていたから、頬に触れる空気は少しだけ
冷たかったけれども、寒いと感じなかったのは。
 背に密着する、逞しい身体。
 こうして背中から抱き締められるようにして、ずっと眠って
いたから。
 だから、とても。
 暖かい。
「ん、・・・・・」
 目が覚めてしまえば、首筋に掛かる吐息がくすぐったくて。
 微かに身じろぎすれば、それは無意識にであるのか。
 身体に回された腕に、少し力が込められたような気がして。
 もしかしたら、起きているのだろうか。
 呼んでみれば、確かめられるのかもしれないけれど、何となく
それは躊躇われて。
 頭だけ巡らして表情を伺おうとするけれども、この姿勢では
ちょっと無理があるかもしれない。
 それでも。
 顔が、見たくて。
 抱き締めるように回された腕、その柔らかな束縛の中、啓太は
少しずつ上体をずらしながら、向い合せになるように身体全部を
どうにか回転させて。
 そろりと、その貌を覗き込めば。
「あ、・・・・・」
 窓越し、カーテンの僅かな隙間から差し込む、青白い月の光の
下。浮かび上がった、男の-----中嶋の怜悧な貌は、思わず息を
飲む程に。

 …綺麗、だな

 整った顔の作りは、やや冷たい印象を与える。
 よく、誰でも眠っている顔はあどけないものだ、ということも
聞くけれども、中嶋に関して言えば、必ずしもそれは当て嵌まる
ものではないことが、分かる。
 こうして目を閉じていれば、まるで作り物のようで。
 青白い月光の創る影が、その貌から生身の彩を隠して。何処か、
彫像めいて映る。
 それでも、触れる身体は暖かで。
 薄い唇から微かに洩れる吐息に、ああ眠っているのだと。
 こっそりと、安心しながら。
 そういえば、こうして中嶋の寝顔を間近でじっくりと見た事は
なかったな、と。今更、ぼんやりと思う。
 いつも、行為の後は半ば気を失うようにして眠ってしまって、
そのまま朝まで目覚める事も、なかったから。
 起きた時は、どちらも素肌のままが多く、今まさに啓太も中嶋も
何も身に着けぬまま、肌を寄り添わせているのだけれど。
 朝起きた時には色々と慌ただしかったりして気付かなかったこと
なのだが、おそらく中嶋は啓太が寝ている間に、シャワーを使って
いる。そして啓太の身体の残滓も、丁寧に洗い落としてくれている。
 あれだけ中で出されたのに…と、いつも奇妙に思いながらもつい
聞きそびれてしまっていたことで。
 とはいえ、面と向かって聞けるような内容でもないのだけれど。
 微かなソープの香りに、吐息だけで笑えば。
「…何が可笑しい」
「え、っ・・・・・な、中嶋さん」
 起きていたんですか、と驚きに見開いた目で問えば。
 唇が、ゆるりと弧を描いて。
「もぞもぞと、動き回っていたからな」
「す、済みません・・・」
 ということは、啓太が身体を回転させていた時に、目が覚めていた
ということだ。
 なのに。
「・・・寝た振り、していたんですね」
「目を開けていなかっただけで、しっかり起きていたさ。寝た振り
とは、・・・言ってくれるじゃないか」
 やや、潜めるような声で。
 やがて、中嶋の手が啓太の顎を捕らえ、親指が下唇をスルリと撫で
るのに、思わず身を震わせれば。
「感じているのか」
「・・・っ、そんな・・・・・」
 そんなことはない、とは言い切れずに。
 尚も唇を弄ぶ指の動きに、時折ピクリと肩を揺らしながら。
 しかし、それ以上は仕掛けてこないのに、怪訝な目を向ければ。
「どうした、・・・・・しゃぶりたそうな顔をしているな」
「違、・・・・・っ」
「いやらしい口だな、・・・・・啓太」
「っ、ふ・・・・・」
 否定し切れぬ、ままに。
 中嶋の長い指が、口の中に侵入してくるのに。
 追い出そうと反射的に突き出した舌は、だけどその意思とは逆に
ぬるりと。指に、絡み付く動きで。
「ん、っ・・・・・」
「そうだ、・・・教えたとおりに、出来るな」
 答える代わりに、啓太は中嶋の手をそろりと取って。
 更に、2本の指も口腔へと導く。
 舌を絡ませ、舐めて。
 吸う。
 それだけで、自分の下肢にも熱が集まってしまっているのを、多分
中嶋にも気付かれてしまっているのだろう。
 だが、啓太が指をしゃぶる様を、薄らと微笑いながら見ているだけ
で、中嶋からは触れて来ようとはしない。
「中嶋、さ・・・ん」
「もの欲しげな顔をして・・・俺にどうしろと言うんだ」
「っ、・・・・・」
 言えば。
 与えてくれるのだろうか。
「あ、・・・さ、触っ・・・て・・・下さい・・・っ」
「それくらいなら、自分で出来るだろう」
「な、・・・・・」
 自慰を。
 しろと、言うのだろうか。
 まさか、と不安な眼差しを向ければ、酷薄な笑みがそれを肯定する。
「したくなければ、そのままでも俺は構わない。それよりもお前が散々
しゃぶっていた、これはどうするんだ」
 言われて、手元を見れば。
 自分が舐めて、唾液に濡れた中嶋の指が。
 闇に、妖しく光って。
 空手の有段者であっても、殆ど足技だけで相手を倒すのを常として
いるからなのか、中嶋の手は武道を嗜む者にしては、比較的すらりと
して、綺麗な部類に入ると思う。
 そして、その爪は短く。ともすれば、深爪しそうな程に、短く切り
揃えられ、滑らかに整えられているのを、その理由を。啓太は、己の
身をもって知っていた。
 下手に傷を付けて面倒なことになると困るからだと、中嶋は無表情に
告げた。
 だけど、それは。
 彼の優しさなのだと、思った。
「何を考えている・・・どうしたいのか言ってみろ、啓太」
「あ、・・・・・」
 我に返りつつ、答えに惑えば。
「素直に、言えば良い・・・・・『下の口でも、しゃぶらせて下さい』
・・・と、な」
「俺は、・・・・・っ」
 そんな事は考えていない、と。
 言おうとしたのに、なのに中嶋の言葉を耳にした途端、啓太の双丘の
奥が、強請るように。
 ヒクヒクと、入り口を震わせるのに。
「っ、く・・・・・」
「どうした」
「あ、あァ・・・・・、っ」
 ス、と身を寄せられて。
 不意に、下肢の昂りに触れた、もの。
 既に勃ち上がって先走りに濡れた先端を掠めた、それは。
 同じ、もの。
 数時間前まで、自分の内に在った。
 中嶋の猛る熱塊が。
 啓太のそれと、ほんの僅か触れて。
 離れるのに。
 それだけで、身体の奥底で燻っていた小さな欲の炎が。
「中嶋さん・・・っ」
 煽られる、ままに。
「指、じゃ・・・足りな・・・っ、中嶋さんのを・・・・・っこれを、
これが・・・欲しい、ですっ」
 中嶋の下肢に手を這わせ、昂ったものを掴んで。
 その熱と大きさに目眩すら感じながら、それを。
「・・・欲しいのか」
「っ、下の口で・・・・・しゃぶらせて下さい、・・・っ」
 強請れば。
 フレーム越しでない、中嶋の瞳が。
 ス、と細められて。
「味わわせてやろう、・・・・・存分に、な」
 ちゃんと言えた御褒美、とばかりに性急に身を起こし、縋る身体を
組み敷くと、啓太自ら開いてみせた脚の間に、腰を押し進めて。
 先走りの滑りを馴染ませるように、縁を円を描いてなぞった後。
「ひ、ァ・・・・・ああァ、・・・っ」
 襞を押し開くように先端が潜り込み、張り出した部分が更に入り口
を広げ、奥へと侵入していく。数時間前まで在ったものを、狭い器官は
それでも苦痛すら快楽にすり替えて受け入れ、もっととせがむように
内壁が震えた。
「熱、い・・・です、中嶋さんの・・・奥、まで・・・っあ、ァ、ん」
 敏感な部分を突かれたのか、啓太の肢体がピクリと跳ね上がる。
「そ、こ・・・っもっと、ん・・・ァ・・・っあ、中嶋さ・・・んっ」
「さっきも、あれだけここに咥えさせてやったというのに・・・本当に
いやらしい子だな・・・啓太は」
 ゆっくりと啓太の悦ぶポイントを確実に攻め、突き上げてやりながら
熱を帯びた吐息で笑えば。
「中嶋さん、だから・・・っ」
「俺のが欲しくて、啓太はそんな、いやらしい顔をするのか」
「欲し、・・・・・中嶋さんの、だけ・・・もっと、・・・っ」
「・・・・・良い子だ」
 腕と脚を絡み付かせ強請る、その様に。
 中嶋は、薄らと微笑んで。
「俺を欲しがれ、・・・もっと、な」
 啓太の肢体を折り曲げるように、深く突き入れながら。
 喘ぐ唇に、自分のそれを重ねた。



 行為の後、啓太はいつも意識を失ったまま眠りに落ちる。
 ぐったりとベッドに横たわる身体を抱き上げて、部屋に備え付けの
ユニットバスへと連れていって、中嶋は自分もシャワーを浴びるついで
のように、啓太の身体も洗い流してやる。
 中に放ったものを掻き出す時に、ピクリと微かに反応は示すものの、
深く寝入ってしまった意識は、完全に浮上してしまうことは、なく。
 最初の頃は、独りでシャワーを浴びて、眠ってしまった啓太の身体は
絞ったタオルで拭き清めてやるだけで済ませていたというのに。

 あれは、どれくらい前のことだったか。

 いつものようにシャワーを浴びようと、身を起こせば。眠りに落ちて
しまっていると思っていた啓太が、ぼんやりと覚束無い瞳で自分を見て
いるのに気付いて。
「どうした」
 取り敢えず、問うてみれば。
「・・・・・おふろ、おれも」
 何処か、舌っ足らずな口調で。
 そして、フワリと。
 微笑って、手を差し伸べるのに。
「・・・・・な」
「なかじまさん、と・・・いっしょ、に・・・・・」
 思わず、言葉を失ってしまえば。
 その手は、パタリと。
 シーツの上に落ちて。
 やがて、穏やかな寝息が聞こえてくるのに。
 半ば、呆然としつつ。
 結局、寝惚けていただけなのであろう啓太に、それでも請われるまま
に、その身体を抱き上げてバスルームへと連れて行って、シャワーを
浴びさせてやって。
 身体を拭き、シーツを替えたベッドへと運んで。その横に、自分も
身を滑り込ませれば、もぞもぞと母犬を探す子犬のように擦り寄って
来て、中嶋の胸に耳を押し当てるようにして、安心したように眠りに
つくのに。
「・・・・・全く、飽きさせない・・・」
 苦笑しつつも、啓太の身体を抱き込むようにして、中嶋もまた眠りに
落ちていく。
 らしくないな、と思いながらも。
 不思議と、嫌な気はしなかったのだ。
 だから、それからいつもこうしている。
 ただの気紛れには終わらずに、ずっと。

 勿論、自分が寝惚けて言った言葉など。
 啓太は、知らないのだけれど。

「・・・俺だけが知っていれば良いさ」

 啓太の、ことならば。
 全て。
 啓太自身ですら、知らないことであっても。
 そう、全て。






・・・・・何ラウンドしたんですか(聞くな)?
微妙にヌルい・・・というか、ナニやら優しいような
中嶋のアレコレに、愕然としつつ(何)。
指を挿れたきゃ爪は切りましょう。基本です。←下世話