treat




「済まん、啓太。そっちの書類持って来てくれ」
「・・・っと。はい、これで良いですか?」
「おう、それから・・・その棚の中に、確か昨日会計部から回って
来た報告書があるはずなんだが」
「昨日、帰り際に仕上げた分ですよね。はい、王様」
 今日の授業が終わって、学生会室にお手伝いに来てから、もう
かれこれ2時間ぐらい、ずっとこんな調子で。
 ちょうど部の予算やら色々と纏めなければいけない書類が一気に
押し寄せてきた、ってカンジに。それら全部に、目を通さなければ
ならない王様も、そのサポートをする中嶋さんも、ほんと大変だと
思う。俺は、たいして役には立てていないかもしれないけれど、
ほんの少しでも良いから。俺に出来ることがあるなら、何でも言い
付けて欲しくて。
 机にかじり付いたままの王様に指示されるままに、色んな種類の
書類を手に、学生会室を走り回っていた。
 その間、中嶋さんは殆ど無言でパソコンの画面に向かい続けていて。
 今日は、まだ会話らしい会話もしていない。
 まだ。
 名前すら、呼んで貰ってない。

「啓太、・・・おい、どうした」
「あ、・・・っ済みません、次はどの・・・・・、っ」
 少しの間、ぼんやりしてしまっていた。
 王様の呼ぶ声に、慌てて目の前に積まれていた紙の束を持ち上げ
ようと、して。
「い、・・・・・た」
 勢い余って、しまったんだろう。
 薄い、けれどもピンと張った紙の断面が、指の表皮を裂く、イヤな
感触。
 ピリ、と。
 小さな痛みが走った。
「切ったのか!?」
 咄嗟に指を反対側の手で押し包むようにした俺の様子に、王様が
驚いたように椅子を蹴るようにして立ち上がる。
「だ、大丈夫、で・・・・・」
 仕事の手を止めさせてしまったことを申し訳なく思いつつ、たいした
傷ではないのをアピールするように、笑った顔を向けようと顔を上げた、
その。
 視界、に。
「な、・・・・・」
「見せてみろ」
 立っていた、のは。
「中嶋、さ・・・ん」
「聞こえなかったのか、啓太」
 いつの間に。
 席を立ったことさえ、気付かなかった。
「啓太」
「あ、・・・・・っ済みません、あの」
 すぐ目の前に中嶋さんが立っていたことへの驚きで、つい反応が遅れ
てしまった。
 俺を見下ろす視線が、酷く冷ややかで。
 しまった、と思ったけれど中嶋さんの瞳に射抜かれてしまったように、
身体が動かなくて。指1本、動かせないまま。
 立ち尽くす俺に、中嶋さんが小さく溜息をつく。
 それに、つい肩を揺らしてしまえば。
「見せろ、と言っただろう」
「あ、っ・・・・・」
 再度、告げられて。
 反射的に持ち上げた手を、中嶋さんが掴み上げるように捕らえる。ぐ、
と強い力で引き寄せられた手は、指先の小さな傷を確認するためにか、
中嶋さんの顔のすぐ近くまで引き上げられていて。
「かすり傷だな」
 指先に。
 吐息が、触れる。
「っ、・・・・・」
「少し、血が出ている・・・か」
 中嶋さんの呟きに、不意に背後から声が上がる。
「ちょっと待ってろ、この辺に絆創膏が・・・・・」
 ガサガサと書類で埋まった机を探る音が聞こえる。
 それを、どこか遠いところからのもののように耳で捕らえながら、
俺の意識は。
 掴まれたままの、手に。
 息が掛かりそうな、指先に。
「お、あったあった。おい、ヒ・・・・・」
 絆創膏が見つかったのか、明るい声と共に歩み寄ろうとする王様の足音、
それが。
 次の瞬間、耳から消えた。
「あ、・・・・・っ」
 熱、が。
 指を、包み込む。
 熱、が。
 指先に、集中する。
「な、かじまさ・・・・・」
 小さな傷を負った、俺の中指は。
 中嶋さんの、口の中。
 包まれて。
「・・・っ、あ・・・ァっ・・・ん」
 チュ、と。
 軽く吸われた後、柔らかな舌が。
 ゆるりと円を描くように、含んだ指全体を舐め上げるのに。
 くすぐったいような、むず痒いような。その生々しい感覚に、思わず声
を上げてしまえば。
 喉の奥が、微かに笑ったように震えて。
「・・・・・悪ィ ! 」
「え、・・・・・っ」
 不意に。
 焦ったような声。そしてドタドタと慌ただしい足音が、ドアの向こうへ
と遠ざかっていく。
「な、・・・王様・・・っ!?」
 肩越し振り返れば、王様が開け放したドアがゆっくりと、やがてバタン
とその音を響かせて閉まった。
 どうして。
 急に、出ていってしまうなんて。
「ふ、・・・・・堪え性のない奴だ」
 咥えていた俺の指を離し、ゆるりと舌で舐め上げながら中嶋さんが、笑い
を含んだ声で呟く。
「・・・っ王様、は・・・どうして・・・・・」
「トイレにでも駆け込んだんだろう」
 手、は。
 まだ、掴んだまま。
「あ、・・・トイレ・・・ですか」
 その言葉に、俺は成る程…と頷く。
 ずっと、ここで籠りっきりだったから。我慢出来なくなって、飛び出して
行ったんだと、そう思って。
 けれど。
「今頃、個室に閉じこもって必死に扱いているんじゃないか」
「・・・・・っ!?」
 中嶋さんが、さらりと口にした言葉に。
 俺は。
「お前のいやらしい声は、童貞には刺激が強過ぎたな」
 くくっ、と。
 唇を歪めて笑う、その貌を。
 信じられない思いで、見つめていた。
「そ、んなわけ・・・どうして、そんなこと・・・・・っ」
「少なくとも、お前は感じたんだろう・・・啓太」
「な、・・・・・」
 耳元、寄せられた唇が紡ぎ出す声に。言葉に、戦慄する。
 中嶋さんが、指を咥えた時。
 舌で、舐め上げられた時、俺は。
 何を、考えていた?
「だから、こんなにここを固くしているんだろう」
「あ、・・・・・っ」
 そこ、に。
 触れられた訳でもない、のに。
 応えるように、ヒクリと震えたそれは、確かに熱を持って。
 中嶋さんの言葉どおりに。
「ウ、ソ・・・っ」
 固く。
 勃ち上がりかけていた。
「ウソだと思うなら、自分の手で確かめてみればいい。どうせなら今ここで
抜いておいたらどうだ・・・まさか、こんな風に勃たせたままでいるという
わけにはいくまい」
「っ、・・・・・」
 命令、ではなく。
 だけど。
 逆らい難い、それは。
「む、無理・・・です、そんな・・・っ」
「いつもしていることだろう・・・俺の前で、脚を開いて。俺が見ていて
やったら、ものの5分ともたずにイくじゃないか」
 それは、時折ベッドの上で強要される、こと。
 …強要?
 本当に、無理矢理やらされている?
 中嶋さんの見ている前で、大きく脚を開いて。
 剥き出しのそこに、手を添えて。
 恥ずかしくて、恥ずかしくて。
 でも。
 本当に、それだけ?
「見ていてやる」
 告げて。
 椅子を引くと、中嶋さんは立ち尽くす俺の前に、まさにこれからの俺の
行為を観察するように、ゆっくりと腰を下ろした。
「啓太」
 コクリ、と喉が鳴る。
 さっき出て行った王様が、戻ってくる頃かもしれない。
 こんな場所で、しちゃいけないって。
 そう、思う。
 のに。
「見せてみろ、俺に」
 崩れ落ちるように、その場に膝をつく。
 俺の、手は。
 微かに震えながら、ベルトの金具を外していた。



 落ちかけた陽が、部屋の床に長い影を作っている。
 時折、遠くから聞こえてくる声は、グラウンドで練習をしているクラブ
活動の人たちのもので。
 いつもと変わりない、放課後の学生会室。
 なのに。
「ふ、・・・っん、・・・・・っ」
 乱れた俺の息遣いと、そして下肢から響く粘着質な水音。
 目を閉じていれば、それは耳からだけでなく、トクトクと脈打つ早い鼓動
と共に、身体の奥から聞こえてくるようで。
 小さな箱の中、閉じ込められてしまっているような錯覚。
 目を開けてしまえば、視界を広げてしまえば。
 けれど。
 目を瞑っていても、肌をジリジリと焼くように感じる、視線。
 中嶋さんが、俺を見ている。
 あの怜悧な貌が、こちらに向けられている。
 そう思うと、顔を上げられない。
 目を、きつく閉じて。
 なのに、見られている感覚は酷くリアル。
 見ている。
 見られて、いる。
「・・・っ、ん・・・あ、ァ・・・・・」
 始めは、ぎごちなかった俺の手の動きは、先端から漏れる先走りの滑りに
促されるように、段々と早く激しくなって。
 王様が。もしかしたら他の誰かが。今にでも、そのドアを開けて入って来る
かも知れないと、それに怯え、そちらに集中させていたはずの意識も、もう。
 もう、どうだっていい。
 その緊張すら、ゾクゾクするような快楽に摺り替えられる。
 自分の手で煽る快感と、そして何よりも。
 中嶋さんの視線に曝されているということが、どうしようもないくらいに、
俺を興奮させてしまっていた。
「も、・・・・・」
「もう我慢出来ないのか」
 中嶋さんの言葉に、コクコクと何度も頷く。
 俺の手の中で、はち切れんばかりに膨らんだものが、吐精を直前にして、
もどかしげに震えていた。
「そのまま床の上にぶち撒けるか、それとも・・・俺にかけてみるか」
「ひ、ァ・・・・・、っ」
 目を閉じていたから、だけではなかった。
 その視線と、声と。快楽を追うのに夢中で、気付かなかったんだ。
 中嶋さんが、いつの間にか椅子から立ち上がって、俺のすぐ目の前に歩み
寄っていたことに。
 そして。
 耳朶に囁くように吹き込まれた言葉に、俺は。
「あ、・・・ああ・・・、っ・・・・・」
 それだけで、俺は一気に昇り詰め。ピクピクと何度も痙攣するように跳ね
ながら、先端から撒き散らされた白い体液が、床に。そして、目の前に立つ
中嶋さんの革靴に落ちるのを、呆然と見つめてしまって。
「す、・・・っ済みません、俺・・・靴・・・・・っ」
 汚してしまった。
 俺が吐き出した、いやらしいもので中嶋さんの靴を。
 自分がしでかしてしまったことに、激しい罪悪感と共に、どうしてだか
奇妙な胸の昂りを感じてしまっていたことが、更に俺を自己嫌悪に陥らせた。
「すぐ、・・・っきれいにします、から・・・・・」
 俺の粗相に、だけど中嶋さんは何も言わずに。
 軽く腕組みしたまま、静かに俺を見下ろしていた。
 俺が、どうするのか。
 見て、いる。
 視線が絡まって、トクリと。鼓動がまた跳ね上がった。
「・・・許して下さい」
 頭を垂れながら、ゆっくりと四つんばいの姿勢で中嶋さんの足元へと歩み
寄る。
 そうして、白濁に濡れた革靴に、そろりと。
 顔を近付けようとすれば。
「何をしている」
 冷ややかに投げ掛けられた声に、顔を上げて。
 見て分かりませんか、と。
 視線で訴えれば。
「お前は、俺のペットになりたいのか」
「え、・・・・・」
 言葉と同じように冷たい瞳が、蔑むように俺を見下ろしていて。
 思わず、俺は首を左右にゆるゆると振った。
「そういう扱いをして欲しいのなら、それでも構わん。這い蹲って俺の靴を
舐めていればいい」
 本当に。
 それで良いの、なら。
「ち、が・・・っ俺は、・・・・・」
「俺に、飼われたいと望むのなら、な」
 中嶋さんに飼われる。
 その言葉に、目眩のようなものを感じる。
 それを、俺は望んでいるのだろうか。
 中嶋さんの足元に跪いて、中嶋さんに命令されるままに動いて。
 中嶋さんに。
「・・・・・俺、は・・・」
 俯きかけていた顔を、そろりと持ち上げる。
 俺に射抜くような視線を向ける中嶋さんのそれに、真直ぐに目を向けて。
「ペットじゃない、です・・・中嶋さんに飼われたいわけじゃ、ない」
 告げる。
 中嶋さんの目を、見て。
 ペットにして欲しいわけじゃない。
 飼われたいとは思わない。
 俺は。
 中嶋さん、の。
「ならば、どうして欲しいんだ」
「っ、・・・・・」
 それを。
 口にしても良いのだろうか。
 躊躇して言葉を失う俺に、中嶋さんは唇の端を僅かにつり上げて。
「立て、啓太」
「え、っ・・・・・」
 促されて。
 一瞬、ぼんやりと中嶋さんの顔を見つめてしまったけれど、すぐに言わ
れるままに立ち上がる。
「あ、の・・・、っ」
 まだ、靴が汚れたままなのに。
 どうすれば良いんだろう、と視線を足元に落とせば、それを引き戻すよう
に伸びた手が俺の顎を掴む。
「よそ見をするな」
「あ、・・・・・」
 極至近距離。
 覗き込んでくる瞳が、スッと細められる。

「そういう扱い、をしてやるよ」

 それは。
 どんな?
 見抜かれて、見透かされていたとして。
 中嶋さんは、俺を。
 どんな風に、扱うというんだろう。

 どう尋ねていいのか分からなくて惑う唇を、やがてゆっくりと。
 愉しそうに笑んだ唇が、塞いでいった。







・・・・・本番ナシですか!?←第一声
・・・・・・・た、たまにはこんなのも!!
啓太の考えてるコトなんて、お見通しvな中嶋に
コンチクショウと悶えつつ!!
・・・・・御誕生日おめでとう、中嶋!!