『風邪の日のお約束』




 枕元の目覚ましが、けたたましく起床時間を告げる。
 頭まで被った布団の隙間から、のっそりと手を伸ばし、
何度かそのスイッチの形状を確かめるようにペタペタと
触れると、ようやく沈黙した目覚ましが、カタリと音を
立てて仰向けるように倒れた。
 それを、直す気も起きなかった。
 否。
 腕を伸ばして目覚ましを止めるという、その何てことの
ない一連の動作にさえ、酷く疲労を感じた。
「・・・・・っ」
 酷く。
 だるい。
「・・・・・あ、つ・・・」
 布団の内に隠る熱に、もしかして…と額に手の平を押し
当てる。手の平も熱かったから、その程度までは明確には
分からないけれども、どうやら。
「・・・・・熱、ある・・・かも」
 全身のだるさと、熱さ。
 喉も、少し痛みを訴えているような気がする。

 風邪。

 ぼんやりと、その単語が頭に浮かぶ。
 どうにも、思考が覚束無い。

「・・・・・でも」
 起きなきゃ、と啓太はモゾリと布団の中、身じろぎする。
 だが、身体を起こそうとすると途端クラリと視界が揺れ
そのままシーツに沈み込んでしまう。
「どう、しよう・・・・・」
 今日は。
 朝から、約束があった。
 次の休日、2人で出掛けようと。
 そう言って微かに笑んだ瞳は、優しかった。

 だけど。
「風邪、の・・・原因って・・・・・」
 思い当たる節に、啓太は誰が見ている訳でもないのに
気恥ずかしげに布団の中に顔を隠した。
 上気した頬は、熱のせいばかりではなく。
「・・・・・やっぱり、・・・・・だよ、な・・・」
 ボソボソと独り呟きながら、その心当たりに増々熱が
上がっていきそうな気さえした。


 昨夜。
 生徒会室での資料整理を手伝っていて、帰りが随分遅く
なってしまった。
「済まなかったな」
「いいえ、今日中に終わって良かったですっ」
 寮への帰り道、ふたり並んで歩いて。
 夜風が少し冷たく感じたけれど、間に流れる穏やかな空気
が嬉しくて。
 啓太は、少し浮かれた気持ちでフワリと夜空を仰ぐ。
「うわ、お月様・・・綺麗ですね」
 弾んだ声に。
 だが、隣を歩く男からの応えは、なく。
「・・・・・中嶋、さん・・・?」
 立ち止まり。
 傍らの秀麗な貌を仰ぎ見ようと。
 して。
「な、っ・・・・・」
 突然。
 強い力で腕を引かれ、そのまま。
 近くの茂みへ半ば引き摺るようにして連れ込まれる。
「な、中嶋さん・・・・・っ」
 まだ覆う落ち葉も少ない、土がむき出しの地面へと身体を
押し付けられて。呆然と見上げれば、煌々と輝く月を背にし
怜悧な男の顔が、不敵に微笑んだ。
「・・・・・あの時も、こんな月夜だったな」
「え、っあ・・・・・」
 あの、夜。
 やはり、月を背にして。
「思い出して、・・・・・欲しくなったか?」
「っな、・・・・・違い、ますっ」
 佇んでいた、あの姿は。
 忘れたりなんか、しない。
「そうか・・・?それにしては、随分と・・・」
「ひ、ゃ・・・・・っ」
 股間を撫で上げられ。
 途端、背を駆け上がる快感に。
 身体に染み付いた感覚に、啓太はブルリと身を震わせる。
「固くなっているな、・・・そんな、いやらしい顔で否定
したところで、啓太のここは早く俺に直に触って欲しくて、
こんなにズボンを押し上げているぞ」
「・・・・・っや、・・・」
「素直に強請ってみせれば良い・・・・・この口で、俺に」
「・・・・・う、・・・」
 のしかかる、重みと。
 男の微かな香りと。
 そして、耳朶に響く声が。
 じわじわと、啓太の内から呼び起こしていく。
 官能という、逆らい難い。
「・・・・・さ、わって・・・下さい」
「ふん、・・・何処をだ」
「あ、・・・・・っ俺の、・・・ここを・・・・・中嶋さんの
手で・・・直接、触って・・・・・」
 自ら下肢に手を伸ばし。
 震える指がベルトを外して、ファスナーまでも下げていく。
「触って、・・・・・どうするんだ?」
 寛げられたズボンの中に、中嶋はゆっくりと手を忍び込ませ。
 啓太の言葉通りに、その中でヒクヒクと震えて半ば勃ち上がり
かけた欲望を、やんわりと包み込む。
「い、つもみたい・・・に・・・・・」
「それだけでは分からんな。ん?」
 それ以上の刺激を与えぬまま、悠然と見下ろす冷たい瞳に。
 だけど、その奥に潜む狂暴な劣情に。
 抗えない、から。
「擦って・・・・・扱いて、イかせて・・・下さい・・・っ」
「・・・・・それで良い」

 そして。
 促されるまま、散々恥ずかしい台詞と体位を要求されて。
 半ば気を失うまで。
 行為の最中こそ、熱さに気が狂わんばかりであったけれども。
 熱が引いてしまえば、汗ばんだ身体に夜風は冷たく。
 風呂で暖めたつもりであったが、結局は。


「・・・・・困った、な・・・」
 そして、今日はその原因を作ったとも言える相手との約束。
 だがしかし、その責任を全て押し付けることなど、出来よう
はずもなく。
 色々と思い出してしまったせいか、更に体温が上昇したようで
布団に隠った熱を逃がそうと、掛け布団をそろりと持ち上げれば。

 コンコン、と。
 部屋の扉を叩く、音。

「っ、はい・・・・・」
「何だ、その声は・・・まだ寝ていたのか?」
 慌てて飛び起きようとして、だがそれは叶わず。
 力の入り切らない身体をベッド横たえたまま、迎えたのは。
「中嶋、さん・・・・・」
 啓太の思考を占めていた、その人で。
「・・・・・」
 眼鏡越し、鋭い瞳でベッドの上の啓太を見据えたまま。
 後ろ手でドアを締めた手が、カチリと。
 鍵まで掛けてしまったことに、啓太は気付いていなかった。
「す、済みません・・・・・今、起きます・・・」
 本当は、すぐに起きられるような状態ではなかったけれども。
 寝たままでの応対もやはり失礼な気がして、ベッドについた手
を踏ん張るようにして身体を起こそうとすれば。
「良い眺めだな」
 いつしか、すぐ近くまで歩み寄っていた中嶋の言葉に、ふと
己の姿を顧みれば。
 寝乱れたパジャマのボタンが、殆ど外れてしまっていて。
 あらわになった胸元、昨夜散らされたばかりの紅い跡が幾つも
目に飛び込んで来る。
「あっ、・・・・・」
 咄嗟に前を掻き合わそうとして、ついた手を離してしまえば。
「・・・・・・う、・・・」
 支えを失って、身体はベッドへと倒れ込んでしまう。
「・・・・・誘っているのか?」
 そんな訳はないだろう。
 だが、違うとも言えずにベッド脇に腕組みしたまま立つ中嶋を
恨めしげに見上げれば。
 薄い唇が、ゆるりと弧を描いた。
 次の瞬間。
「っ、・・・・・」
 肩を押し付けるようにして、のしかかる男の重みで、ベッドが
ギシリと軋んだ音を立てる。
「期待して待っていたのなら・・・もっと、ちゃんと脚を開いて
誘ってみせろ」
「ちが、・・・違いますっ・・・・・俺、風邪・・・熱、が」
「・・・・・熱だと?」
 一瞬、怪訝そうに眉を顰め。
 その表情のまま、肩を掴んでいた手を離し、手の平越しに感じて
いた熱を確かめるように、軽く握って。
「・・・・・嘘ではなさそうだな・・・」
「っ嘘、なんかつきません・・・っ」
「そうか?啓太は・・・・・時に、とても嘘つきな子になるからな」
 含みのある笑いを浮かべ、中嶋はチラリと倒れたままの目覚まし
に目を留めた。
「今日の予定は変更だ」
「え、・・・」
「熱があるのなら、外出は無理だろう。俺も、1人ではつまらん
・・・・・ここで、お前の看病でもしてやろう」
「え、ええええええっ」
 その言葉に、啓太があからさまに驚愕の声をあげれば。
「何だ、不服か・・・・・啓太」
「い、いえ・・・っう、嬉しい・・・です、っでも・・・何だか
申し訳なくて・・・・・」
 驚きをあらわにしてしまったことに、中嶋の声色が不機嫌さを
滲ませるのを、どうにか押しとどめようと、あたふたしつつ。
 看病を申し出てくれたことは、有り難くもあり、同時に申し訳
なさもあるのは確かで。
「気にするな・・・それなりに、愉しむつもりだからな」
「・・・・・は?」
 ス、と。
 眼鏡の奥の瞳が、意味ありげに細められたのは。
「熱があるのは分かったが・・・体温計は何度あった」
「あ、まだ計ってません・・・体温計は、・・・ペン立てに」
「筆記用具扱いか」
「・・・・・済みません」
 机の上に置かれたプラスチックのペン立てには、シャープペン等
に紛れて、今では珍しい水銀の体温計が刺さっていた。
 それを中嶋は抜き取り、長い指で弄ぶように目の前に翳す。
「計ってやろう」
「え、自分で・・・・・」
「自分で挿れてみせるか?それでも構わんがな、俺は」
「い、・・・・・っ?」
 バサリ、と。
 掛け布団が勢い良く、捲り上げられる。
 咄嗟に、怯えたように身を縮み込ませた啓太の身体を、難無く
シーツの上に縫い付け、そのまま抗う間もなくパジャマのズボンを
下着ごと引き抜いてしまえば。
 しなやかな下肢が、差し込む朝日の元、あらわとなる。
「中嶋さん、な・・・にを・・・・・っ」
「体温を計るのだろう?啓太・・・一番正確に計れる場所を知って
いるな」
「・・・っし、知り・・・ません」
 愉しげなその貌に、腋の下などではないことを、察してしまう。
 容器から出した体温計の銀色の先端を自分の口元に運ぶと、中嶋は
その舌でねっとりと舐め上げた。
「よく覚えておけ・・・・・ここ、だ」
「な、っ・・・・・い、た・・・・・っ」
 力の入らない脚は、容易く左右に開かれ。
 慌てて閉じようとするのを阻むように、その間に中嶋は身体を
割り込ませて。
 太股に手を掛け、腰を持ち上げるようにして晒した、双丘の奥の
蕾に。
 手にした体温計の、銀色に輝く先端を躊躇いもなく。
 抉るように、突き込んだ。
「い、いや・・・・・だっ、やめて下さい・・・・・っ」
 突然の異物感に、啓太が泣き叫びながら身を捩れば。
「暴れるな・・・・・中で割れたら、大変なことになるぞ」
 恐ろしいことを口にしながら、その声色は愉しげで。
 途端、おとなしくなってしまった啓太の顔を覗き込み、その表情
を伺うように、見つめながら。
 突き入れたものを、ゆっくりと抜き差しする。
「や、・・・い、痛い・・・・・ぬ、抜いて下さ、い・・・っ」
「痛い?こんな細いのに・・・啓太のここは、いつももっと太い
ものも、簡単に銜え込んでいるだろう」
「そ、ん・・・・・っん・・・・・」
「それとも、『イイ』の間違いか?・・・・・感じているんだろう
・・・いやらしい汁を、こんなに垂れ流して・・・」
「っや、ァ・・・・・っ」
 心細げに勃ち上がったものを、指先で弾かれる。
 ダイレクトな快感に、啓太は隠し切れない甘さを含んだ悲鳴を
上げた。
「・・・・・そろそろ、いいか」
 呟いて、脚の間で動かしていたものを、一気に引き抜く。
 途端、啓太が息を飲んで身体を震わせるのを、冷ややかに一瞥し
粘液に濡れた体温計に、視線を移した。
「39度1分・・・・・確かに、高いな」
 計測した数値を淡々と読み上げ、体温計を何度か軽く振ると、
用は済んだとばかりに、それを無造作に机の上に転がした。
「・・・・・どうした、啓太」
 転がって、机の端で止まった体温計から目を逸らして。
 ベッドの上へと視線を戻せば、半ば呆然としたように、泣き震え
ながら見上げてくる、物言いたげな瞳とぶつかって。
「もっとアレで、熱を計って欲しかったのか・・・?」
 揶揄するように問えば、ゆるゆると首を振ってそれを否定する。
「ならば、何だ」
「な、かじま・・・さん」
 口元に、薄らと笑みを敷いたまま。
 冷ややかに、問うのに。
「・・・・・お、願い・・・です」
 啓太の震える手が、ゆっくりと持ち上げられて。
 それは、やや躊躇う仕種を見せながらも、真直ぐに。
 そこ、に。
 殆ど乱れの見せない中嶋の衣服越し、その下腹部を辿って。
 触れた、その熱を。
 固さを確かめるように、やんわりと握り込んで。
「これで、・・・・・っして下さい」
「あんな細いものでも、随分と気持ち良さそうに腰を揺らしていた
じゃないか」
「・・・・・あんな、のは・・・いや、です・・・」
 布越し握り込んだものを、震える熱い手がその形をなぞるように、
ゆるゆると扱いていく。
 徐々に固さと体積を増してくる塊を手の平に感じ、啓太はコクリ
と喉を鳴らした。
「中嶋さんの、で・・・この、太くて固いので・・・して、下さい」
 告げて。
 潤んだ瞳で中嶋を見つめる。
 熱のせいか、思考がフワフワと覚束無い。
 それでも、自分の言っていることの意味は、分かっている。
 今欲しいのは。
 欲しくて堪らないものは、この手の中にあって。
 ちゃんと、言葉にして伝えなければ、与えてくれない。
 強請れば、それはきっと。
「・・・・・いやらしい子だな、啓太は」
 口元の笑みを、濃くして。
 そして。
「ん、っ・・・・・」
 啓太の顎を捕らえ、噛み付くような口付けを与える。
 自ら積極的に舌を絡めてくる様に、中嶋は喉の奥で忍び笑いを
漏らし。空いた方の手でズボンの前を寛げると、既に固く張り詰め
そそり立つ自身を取り出し、先走りを啓太の後孔に押し当て、軽く
縁をなぞるようにすれば。
「や、・・・早くっ・・・・・早く挿れて、下さい・・・・・っ」
 淫らに強請り、腰を擦り付けてくるのに。
「・・・・・ふッ」
 満足げに、笑んで。
 焦らすように、周囲を掠めていただけの先端を、その中心に。
 宛てがって、ゆっくりと。
「ひ、ァ・・・・・っああああァ・・・っ」
 捩じ込むように飲み込ませれば、苦痛だけではない色を滲ませた
啓太の悲鳴が、高く響く。
 激しく収縮する内壁に、彼が絶頂を迎えたことを知る。
「挿れられただけで、イったのか」
「あ、・・・・・っあァ・・・」
 達した余韻に震えながら見上げてくる潤んだ瞳には、微かに怯え
のようなものが見え隠れしていて。先に、あっけなく昇りつめて
しまったことに、何らかの咎めがあるのでは、と。不安げに揺れ、
見つめてくるのに。
「そんなに気持ち良かったのか」
 腹に飛び散った白濁を、指先で拭って。
 口元に差し出せば、おずおずと舌先がそれを舐め取る。
「気持ち、良いです・・・っ中嶋さんの、だから・・・・・」
「だが、お前だけ気持ち良くなって・・・先にイくとは、な・・・
いけない子だ、そうだな・・・啓太」
「は、い・・・済みません、でも・・・頑張ります、から・・・
中嶋さんが、気持ち良くなる、ように・・・俺・・・・・っ」
「いい心がけだな・・・・・愉しませろ、もっと」
「っは、・・・・・ああン、っ・・・・・」
 グ、と奥まで突き上げてやれば、いつもより熱を帯びた粘膜が
とろかすように絡み付いてくる。
「中嶋さん、っ・・・あ・・・ああァ、っん・・・」
 揺さぶる動きに合わせて、啓太も淫らに腰を揺らめかせる。
 包み込む内壁も、縋り付く腕も。
 全身が、酷く熱い。
 相手は病人だ、というのを忘れた訳ではなかったが。
「お前が、・・・欲しいと強請ったんだ」
 言い訳のように、囁いて。
 幾度も、その中に。
 激しく打ち付け、注ぎ込んだ。



 西日が、カーテン越しに差し込み始めて。
 先程までの狂乱が嘘のように、部屋は静寂に包まれていて。
 ただ、微かな寝息だけが。
 ベッドの縁に腰掛ける男の耳に、心地よく聞こえていた。
「・・・・・汗をかくと熱が下がるというのは、どうやら本当の
ことらしいな」
 やや苦笑混じりに呟いて。
 無心に眠る、やや幼げな貌を見つめる瞳が。
 酷く穏やかで優しげであったことを。
 知る者は、いなかった。






・・・・・お疲れ様でした(全くだ)。
SSでは初めての、中嶋×啓太v
・・・ナチュラルに、鬼畜です(爽笑)v
アレな度合いが、愛情のバロメーターなのか(怯)。