『ウソツキ』


 その時が来るのが、避けられないってことぐらい分かっていた。
 なるべく考えないようにはしていたけれども、けれど覚悟だって
していた。
 だけど、こうして。
「・・・・・伊藤」
 目の前、で。
「っ、・・・・・」
 大方の荷物は昨日の内に送ってしまっていたから、やや小振りの
ボストンが1つ。
 それを、右手に。
 少し、困ったように微笑む。
 大好きな、人。
「・・・・・泣くな」
「な、いてなんか・・・っ」
 ウソだ。
 だってもう目の前がぼやけてしまっていて、大好きなこの人の…
好きで好きで堪らない、篠宮さんの顔がはっきり見えない。
「泣かれると、・・・・・辛い」
 本当に、辛そうな表情をしているんだろう。声だって苦しそうに
掠れ気味で。
 だけど、でも。
 俺だって。
 そう、俺だって。
「・・・・・篠宮さん、だけじゃ・・・っ」
「・・・・・啓太」
 辛い。
 悲しい。
 寂しい。
 どうか。
「・・・・・な、いで・・・っ」
 行かないで、と。
 そう、はっきりと言葉にすることが出来たなら。
 でも、そうすればこの優しい人は、もっとずっと辛い顔になって
しまうんだろうな。
 そんな顔、させたりしたら。
 その分、俺だって。
「・・・・・少しだけ、離れてしまうが・・・」
 ウソだ。
 少しなんて、距離じゃない。
 篠宮さんが進学を決めた大学は、この学園のある場所からバスや
電車を乗り継いで、早くても3時間以上かかる。
 日帰りで行けない距離ではないのかもしれないけれど、それでも
俺がこの学園に来てから、それこそ毎日のように顔を合わせていて、
MVP戦の後には、毎日のように。
 誰よりも、何よりも近くにいた。
 あんなに。
 近かった、のに。
「・・・・・会いに、来る・・・」
 無理、だ。
 大学の1年目は、とても忙しいんだって聞いたことがある。
 それに篠宮さんが進むのは医学部で、沢山勉強しなければならない
ことがあるのは、俺にだって想像がつく。
 その貴重な時間を割いて、こんなところまで来てちゃいけない。
「毎晩・・・電話も、するから」
 そんな、時間。
「・・・・・、っもういい、です・・・っ」
「啓太・・・?」
 あるわけ。
 ないんだ。
「そんな、無理・・・しなくても・・・っ、離れたくないのは、俺の
我が侭で・・・こんな風に泣いて、困らせてしまう俺がいけないのは
分かってるんです・・・っ、本当は・・・ちゃんと笑って、行って
らっしゃいって・・・見送る・・・つもり、だっ・・・・・」
 あと、を。
 濁してしまったのは、俺で。
「俺のために、・・・っそんな」
「・・・・・お前のため、か・・・・・」
 ふ、と。
 微かに、溜息と共にポツリと呟くのに。
 ごしごしと目元を拭って、篠宮さんを見上げれば。
「それだけだと、思っているのか?」
「え、・・・・・」
 少し、だけ。
 怒ったような、そんな。
「・・・俺、なんだ」
 それでも、やっぱり瞳は。
 優しくて、そして少し。
「会いたいのも、電話したいのも・・・そうしたいのは、俺なんだ」
 熱っぽい。
 声と。
「頻繁には、会いに来れないかもしれない・・・だが、休みの日に、
例えば何処かお互い出て来れやすい場所で待ち合わせて、そこで一緒に
過ごしたりは出来るんじゃないかと思っていた。電話も・・・長時間は
やはり無理だろうが、せめて・・・おやすみ、の一言ぐらいはお前に
伝えて、眠りにつければ良い・・・と思っていた、それは・・・・・」

 俺の
 我が侭、だろうか

「そんなこと、・・・ないです・・・、っ」
 そう、出来れば良い。
 そう、したい。
 きっと、何とかなる。
 出来る。
「俺、も・・・いつか篠宮さんのところに、遊びに行きたいし・・・
電話も、俺からかけたりもしたいし・・・」
「そうだな・・・」
「・・・・・篠宮さん、も・・・」
 やっぱり。
 もしかしなくても。
 俺と同じくらい、それともそれ以上に。
 辛くて。
 悲しくて。
 寂しい、と。
 そう思って、いたのかもしれない。
 俺だけが、そんな思いで苦しんでいた訳じゃない。
「・・・・・少し、だけ・・・だ」

 離れる、けれど。
 離れてしまう、けど。
 離してしまう、けれど。

「手放す訳じゃない・・・覚悟しておけよ」
 なんて。
 言った後で、少し照れたように微笑んで。
 ああ、俺は。
 この人のことが、好きだ。
 本当に。
 好き、なんだ。

「俺も、手放しませんから」

 ああ、やっと。
 笑って、この人に向き合える。
 行ってらっしゃい、って伝えて。

 そして。

「また、な・・・啓太」
「はい、また・・・篠宮さん」

 約束、よりも。
 ずっと、確かなものを。
 ちゃんと、感じているから。

「・・・・・ずっと」

 感じている、から。






そこはかとなく、しんみりですが。
遠距離恋愛の後は、晴れて同棲生活スタートというコトで
よろしくですv密着型で(何)v