啓太が熱を出した。
「 ん…だる…」
  鏡を見ずとも分かる頬の火照りに、啓太はベッドの上で気だるそうに呟いた。
  今日は朝から海野先生の生物の授業がある。遅れたりしたらあの可愛い顔でぶうと怒られるだろう。午後にある英語もまだ予習が十分ではないから早く教室に行って見直しをしなければ。あぁそういえば今日は体育もあるのだった。体操着、この間洗濯をしてどこへ仕舞ったのだったか…。
「 けどその前に…起きられない…」
  啓太はぐったりとしてハアと息を吐き出した。身体がひどく重いけれど、どれくらい熱があるのだろう。あまり考えたくはないが、これはかなりありそうだ。
「 体温計…あったかな…」
  いつもの数倍の時間を掛けて上体を起こした後、啓太は力なく周囲を見回した。けれど普段より風邪だの熱だのに縁のない啓太の部屋に体温計などという気の利いた物があるわけもなかった。誰かに借りに行こうにも、今はベッドから片足を出す事すらかったるい。
「 啓太? いるか?」
「 あ…」
  その時、部屋をノックする音が響いて啓太はハッと顔を上げた。
「 和希…?」
「 啓太、起きてるのか? そろそろ食堂に行かないと朝飯の時間がなくなるぞ」
「 和希…俺…」
  熱があるみたいなんだ。
「 ……う〜…」
  しかし啓太はその出しかけた言葉を喉の奥で消すと、そのまま前のめりになって布団に頭を擦り付けた。
「 だるい…」
  一旦意識してしまうともうダメだった。柔らかい掛け布団に顔を埋めたまま、啓太はゆっくりと目を閉じた。
「 んぅ〜…」
「 ……啓太? おい…おい啓太ッ!? 啓……どうかしたのかッ!?」
「 和…希ぃ…」
「 啓太! おい啓太ッ!」
  ドンドンドンとドアを激しく叩き叫ぶ親友の声を聞きながら、しかし啓太はくったりと倒れ伏し、そのまま意識を途絶えさせた。



  『 だいすき!』





  啓太が意識を取り戻した時、その額と瞼の上にはヒンヤリとよく冷えたハンドタオルがあった。
「 ………」
  声は出せず、ただ唇を半分だけ開いて啓太は「ハア」と息を1つ吐き出した。
  一体いつの間に眠り直してしまったのだろう。啓太は必死に自らの記憶の糸を手繰り寄せた。
  確か先刻まではひどくだるくて息苦しくて、熱があると思っていたのだ。それで体温を計ろうと思って一旦は起き上がったものの、あまりの気だるさにベッドから出られなくて、そうしたら和希がドアの向こうから呼んできて…。


「 だから、こんなに大勢でここにいても仕方がないだろうと言ってるんだ」


  その時、一本芯の通った威厳ある声が強く辺りに鳴り響いた。未だボンヤリ夢現状態の啓太はそれでかなり驚き身体を揺らした。
  額から目の上までも覆うタオルのせいで瞼を開く事は叶わなかったが。
「 篠宮、静かにしないか。啓太が起きる」
「 あ…ああ。すまん」
  最初に声を上げたのは篠宮で、その篠宮の声量に厳しい口調を発したのは西園寺だ。篠宮を責め立てるその声も十分大きいものと言えたが、学園の女王様こと西園寺はそんな事には一切構わず先を続けた。
「 だが確かに、この狭い部屋にごろごろと暑苦しい顔が並んでいるのは好ましくない。大体、丹羽」
「 な、何だよ郁ちゃん! 真っ先に俺の顔見る事ないだろうがっ!」
  次に聞こえてきた大きな張りのある声はBL学園の王様こと丹羽哲也だ。部屋中が揺れるかのような太いその声に啓太は荒い息を吐きながらただ驚いた。
  何故自分の部屋に王様や女王様…それに寮長の篠宮がいるのだろうか。
「 ……っ」
  しかし啓太が声を発しようとした矢先、今度は別方向から違う声がやってきた。
「 王様、静かにして下さい! 啓太が起きると言っているでしょうっ。啓太は熱があるんですよ! 凄く高い熱が!」
「 遠藤、キミこそ煩いよ! 僕のハニーが安静にしているのをそうやって邪魔するのはやめてくれないか?」
「 成瀬さん、そういう貴方こそ、どうして我が物顔で啓太の部屋にいるんです? さっさと学校へ行ったらどうですか。啓太の看病はこの俺がきっちりやりますから」
「 冗談じゃないよ、可愛い僕のハニーが高い熱を出して苦しんでいるっていうのに、どうして学校なんか行かなくちゃならないんだい? 僕は絶対にここを動かないよ。ハニーの面倒はこの僕が看る」
「 何を言っている、成瀬」
  すると今度はまた西園寺の声。凛とした声はこれまた意外に迫力があった。
「 遠藤にしてもそうだ。お前たちにはお前たちが選び定めた授業をきちんとこなす義務があるだろう。このBL学園は確かに生徒の自主自律を重んじてはいるが、だからといって身勝手な欠席まで認めているわけではない。もう朝のHRはとうに過ぎているぞ。さっさと登校しろ」
「 西園寺さん…っ。〜〜〜!」
  ぴしゃりと言われた和希はそう言った西園寺に対し何事か言いたそうな、けれど言えないというようなどこか悔しそうな雰囲気を漂わせていた。成瀬も同様だ。西園寺に責められ、「それならキミはどうなんだ」と問い詰めたものの、「私は今日授業がない」などとあっさり返されて二の句が告げずにいる。
  それにしても、今この部屋には一体何人いるのだろう。
  啓太が頭の回らないボーッとした状態でそう思った時だ、更に新たな声が聞こえた。
「 でも郁。伊藤君のことなら僕も看ていてあげられますよ」
「 臣」
  西園寺の嫌そうな声。いや、不機嫌な空気。
  それでも「臣」と呼ばれたその相手…七条は飄々として続けた。
「 確かに篠宮寮長の仰る通り、伊藤君の部屋にこんなに大勢で押しかけても仕方がないでしょう。ですから、僕が残りますよ」
「 あっ…あのなぁ、七条? どこをどーっやったら、そんなお前だけに都合いい結論に行き着くんだ!? 誰か一人が残るってんなら、俺が残ったっていいだろうがっ!?」
「 丹羽会長は生徒会のお仕事を現在もたくさん抱えているご身分なのですよ? 伊藤君の部屋で1日お仕事をサボるおつもりですか?」
「 うっ…それは…」
「 この男は最初から候補ですらない」
  西園寺がきっぱり言い、傍にいるだろう七条に面と向かう。
「 臣、答えろ。何故私ではなく、お前がここに残ると言う? 私が啓太を看ると言っているんだ。お前は残らなくてもいい」
「 それこそ何故です。僕が看ると言っているのですから、郁が残る必要はありません。大体郁に、冷えた氷水に何回も手を差し入れてタオルを替えたり、伊藤君の汗ばんだシャツを取り替えて身体を拭くなんて大変なお仕事をさせるわけにはいきませんから」
「 臣…貴様…」
「 うおっ…」
  絶対零度の空気を放つ西園寺と静かに火花を散らす七条。2人のそんな様子に、丹羽が明らかに引いたような声を漏らした。それで啓太もごくりと唾を飲み込んだ。
  ここまでくるといよいよ目を開けづらい。啓太は熱とは別の嫌な汗をだらだらと身体中から噴き出した。
  今ここで「俺は起きてます、喧嘩はやめて下さい」と言ったとして、その先の事態は目に見えている。皆して「お前は誰をこの部屋に残したいのか」と問い質してくるに決まっている。以前にも「誰が啓太に勉強を教えるか」という問題でかなりヒヤヒヤな一悶着があったのだけれど、何だか今日はそれ以上に気まずい空気がビリビリと辺りに充満しているような気がした。
  啓太は聞こえてくる彼らの声にただじっと耳を澄まし、最早身じろぐ事すらできずぎゅっと身体を硬くしていた。
「 皆…啓太が苦しそうだ…。もう少し静かに話さないか…?」
  するとそんな啓太の様子に気づいたような控え目な声が。
「 卓人…そうだな」
  篠宮のそれに同調するような声。なんと声の主は岩井だった。岩井までもが啓太の部屋にいるようだ。
  となると、現在啓太が認識しているだけでこの部屋には計7人の人間がひしめいているという事になる。
  王様、女王様。和希、七条、成瀬、篠宮、それに岩井。
  自分の部屋はそんなに広かっただろうかと、啓太は熱とは別にガンガンと痛み出す頭の中で、必死に自室の構図を思い描いた。
「 とにかくだな」
  再び、篠宮の声。
「 まず1限から授業がある遠藤と成瀬。お前たちは早く学校へ行け」
「 そんな、篠宮さん!」
「 嫌ですよ! 俺はっ! 絶ッ対、ハニーの傍を離れません!」
「 煩ェんだよお前らはッ! レギュラークラスの奴らに残る資格はねえっ!」
「 丹羽、お前もだ」
「 んなっ!?」
  さすが寮長、篠宮は相手が丹羽でもまるで容赦ない。きっぱりと切り捨て、淡々と続けた。
「 七条も言っていたが、お前はこの学園の生徒会長なのだから、伊藤1人の為にここに残る事などあってはならないだろう。伊藤を心配する気持ちも分かるが、お前がここに残って生徒会の仕事を滞らせるようでは、他の者にも示しがつかない」
「 ぐっ…。けどなあ…。俺は啓太の傍にいてやりてえんだよ! こいつが熱出したのは…俺のせいだからな」
「 な…」
  丹羽のその台詞に篠宮が絶句、他の一同も全員が凍りついたように一瞬しんと静まり返った。
  で、直後。 
「 何ですって、王様!!」
「 丹羽会長!」
「 おい丹羽。それは一体どういう意味だ」
「 会長。事と次第によってはただでは済ませませんよ?」
「 丹羽…」
「 だーっ! 全員いっぺんに詰め寄るんじゃねーっ!!」
  身体中から気を発するかのような勢いで自分に迫る6人を黙らせると、丹羽はゼエゼエと息を吐きながら途端ローテンションになって続けた。
「 だからよ…。例によってヒデの奴に大量の仕事を押し付けられたせいで、昨夜は随分遅くまで啓太にも手伝わせちまったんだよ。あー…その、メシ抜きで…」
「 ………郁、どうしますか」
  丹羽の言葉に真っ先にそう西園寺に振ったのは七条。
「 タダでは済ませられんな」
  それを冷静に返しつつ、けれど心内では心穏やかでない西園寺。
  またその後も次々と「啓太親衛隊」による糾弾が続く。
「 丹羽会長っ。啓太にそんなひどいことを!? 貴方って人は…!」
「 そうですよ王様っ。王様がそこまでひどい人だとは思いませんでした!」
「 丹羽。伊藤に食事を摂らせなかったというのはどういう事だ。伊藤は成長期なんだぞ、それを…」
「 丹羽…それはあまりにも酷いと…俺も思う」
「 い、岩井まで俺を責めるかよっ」
  丹羽がやや仰け反りながら殺気立つ和希たちから距離を取ろうとする…が、とどめは再び西園寺。
「 丹羽。大体、中嶋に仕事を押し付けられたと言うが、そもそもそれはお前が期日ギリギリの書類にいつまでも目を通さず、フラフラとくだらん遊びをしていたせいだろう。その自分のツケを啓太にも払わせるとは…」
「 だからっ。悪かったって言ってんだろがッ!」
「 悪いですみません!」
「 そうですよ! ハニーにもしもの事があったらどうするんですかっ!」
「 え、遠藤、成瀬…。お前ら、こういう時はやたら息があってんだよなあ…っ」

  もう限界だ。

「 ……ぅ」
  啓太は絶え間なく流れる汗を意識しつつ、また火照る顔をジンジンと感じながら心の中で思い切り叫んでいた。
  丹羽がこれ以上責められる事は耐えられない。確かに昨日は遅くまで生徒会の仕事を手伝ったけれど、それはあくまでも自分の意思でやった事だ。たとえそのせいで疲れて熱が出たのだとしても、そんなものは別に丹羽のせいではないし、結局は体調管理のできない自分自身が悪いのだ。そう、だからその事をきちんと言わなければ。そして、こんな自分の為にこうやって皆が心配してくれているのだから、ちゃんと起きてお礼を言おう。誰も看病などしてくれなくても平気だと、きちんと言うのだ。
  啓太は心の中でそこまで考え、意を決めた。
「 あ…」
  からからになった喉を意識しつつ、啓太は再び口を開いた。身体を動かそうと肩をぴくりと揺らし、額に当たったタオルを取ろうと指先を動かした。
  けれど、その時だ。
「 お前たち、声が階段の方まで丸聞こえだ。ドアを開けたまま一体何をしている」
  鋭い刃のようなその声が啓太の耳に響き渡った。
「 中嶋」
  西園寺の相手を呼ぶ声。たて続けに他の者たちの声も聞こえた。
「 おいヒデっ。お前、今まで何してたんだ!? 啓太が大変な時だってのに、悠々とやって来やがって」
「 啓太が…?」
「 中嶋さんが丹羽会長の溜めた仕事を啓太にも手伝わせたせいで、啓太が熱を出したんですよっ」
「 そうだぞ中嶋。伊藤に食事も摂らせないで生徒会の仕事を手伝わせたとはどういう事だ。伊藤にそこまでさせる事はないだろう」
「 そうだ。そんなものはここにいる無責任男にだけ背負わせてやればいい事だ。何故啓太まで犠牲にした」
「 所詮、冷血人間のやる事は僕たちの理解の範疇を超えているんですよ」
「 ハニーは優しいから文句も言わないで頑張っちゃうけど、生徒会の仕事なんか、もう絶対ハニーにさせないで下さいっ」
「 俺も…これはやり過ぎだと思う…」
「 何だ…? お前ら……」
  さすがの中嶋も一同に一斉に責め立てられて困惑したのか、それともただ単に血気盛んな彼らの様子に呆れたのか。
  半ば「ポカン」としたような毒気のない声で中嶋は暫し沈黙していた。
「 ………っ」
  啓太はその中でまたまた起き上がるタイミングを逸してしまったのだが、それでもそろそろと額にかかるタオルを片手で取ると、ようやく明るく開いた視界に目を細め、現在の状況を直視した。
  ドアの向こうの中嶋は見えない。けれどベッド横には西園寺や丹羽の姿があり、他の面子も皆啓太のいる場所からさほど離れていない位置で立ち尽くしていた。
  ただその皆が皆、新たにやってきた中嶋を見やっていたせいか、誰一人目を開いた啓太の事には気づいていなかった。
「 ……まるで俺のせいで啓太が熱を出したかのような言い草だな」
  中嶋の声が聞こえた。
  その後、「その通りだ」というような他の連中の糾弾の声も響いたが、中嶋はそれらを一蹴するとバカにしたような笑みを向けて続けた。
「 なら責任を取ろうじゃないか。俺がここに残ればいいだけの話だ」
「 んなっ…ヒデっ! てんめえ!」
「 ……中嶋」
「 恥ずかし気もなく、よくもそんな台詞を」
「 中嶋さんなんかと啓太を2人だけにできませんっ」
「 そうですよっ」
「 ……ふう。啓太」
「 ……は、はい」


「「「「「「「何!?」」」」」」」


  中嶋の呼びかけに返事をした啓太に、全員がぎょっとして振り返った。
「 あの…皆さん…」
  啓太はのろのろと上体を起こすと、頬を上気させたままの顔でへこりと頭を下げた。熱のせいか涙腺も緩んでいた為、その顔はひどく艶っぽかった。
  その場にいる全員が欲情したと言っても過言ではないだろう。
  そんな危険な野獣たちに囲まれているとは露知らず、啓太は恐縮しまくりながら必死に声を出した。
「 俺…どう言っていいのか分からないんですけど…あの…心配してくれて、ありがとうございます…」
「 啓太…」
「 啓太、何を…」
「 伊藤君は本当に殊勝な方ですね」
「 何言ってるんだよハニー!? 僕が愛するハニーの心配をするのは当たり前だよっ。ごめんね、この人たちが煩くしたせいで眠れなかったんだよね!? でももう大丈夫、僕がこの人たちを追い出して…」
「 成瀬っ、テメエ、1人で勝手に暴走すんじゃねー!」
「 丹羽っ。お前も室内で騒ぐな!」
「 煩い!」
  岩井→和希→七条→成瀬→丹羽→篠宮→西園寺…の順。
  次々と繰り出される言葉の洪水に啓太が目をチカチカさせながら次の言葉を探していると、今度はさっと部屋に入ってきた中嶋が啓太の前に立ち、実に偉そうに言った。
「 啓太。昨夜は悪かったな」
「 えっ…い、いいえっ」
「 お詫びの印に俺がお前の看病をしてやるよ。遠慮する事はない。何をして欲しい。お前の望む事を何だってしてやるぞ。お前が喜ぶことをな…」
「 あ、あの…中嶋さん…?」
「 中嶋! その怪しい言い方はよせ!」
「 まったくです、これだから自分中心俺様鬼畜攻めは始末に終えません」
「 何だと七条」
「七条さん、中嶋さんっ。こんな時にやめて下さい!」
「 そうだぞ、お前たち。だからここは寮長の俺が伊藤の面倒を…」
「 いや、それなら俺が…」
「 俺がやりますよ! 俺がハニーの傍に!」
「 だーっ! だから収まらねっての!!」
  丹羽が再度大声をあげて辺りを黙らせる。
  しん、と一瞬場が静まり返った。丹羽の迫力、というよりは、確かにこの場にいる全員がこのテンションに疲れたのかもしれない。
「 ……はぁっ」
  もっともこの中で一番疲弊しているのは病人の啓太なのだが…もはや啓太が熱があるという重大事を誰もが忘れているかのようなこの状況。
「 あの…」
「 啓太、選べ」
  啓太が口を開きかけると、西園寺が先に言った。
「 お前が選べばいい。誰も何も言ったりはしない。ここに1人残す。誰を残して欲しい。お前が言えば、私たちはその者が誰だろうと文句は言わない」
「 ああ、そうだな」
  篠宮がまとめるように一同を代表して頷いた。ため息交じりに付け加える。
「 伊藤、熱のあるお前に面倒をかけるなどどうかしているが…。誰も大人しく引き下がるような面子でもないだろう。ここはお前が決めてくれないか。誰を残す」
「 俺が…」
  ああ、結局予想通りの展開に…啓太は心の中だけで項垂れた。
「 啓太、俺だよな」
「 ハニー、僕だよね!?」
「 お前ら、そうやって啓太に迫るなっ」
「 王様こそ、身体が啓太に寄ってますよ!」
「 だから騒ぐなと言うのが分からないのか!」
  篠宮がウンザリしたように、しかし自分も声を荒げてはっとなり肩を落とす。
「 ………」
  啓太はそんな彼らをぐるりと見回した後、「あの…」とぼそりと声を出した。
「 誰も選ばないというのは…なしなんですか?」


「「「「「「「「なしだ!」」」」」」」」


  一斉に言われ、啓太はしゅんとして俯いた。誰を選んでも、誰を選ばなくても事態は悲惨な状況のような気がする。ああどうして熱なんて出してしまったのだろう。一体どうすればいいのだろう。
  誰を選んでも、誰を選ばなくても悲惨な状況…。
  大体にして、啓太はここにいる全員が好きだ。こんな事を言えば彼らは大層不満気に眉をひそめるだろうけれど、啓太にとってBL学園に残る手助けをしてくれたここにいる人たちは、皆同じくらいに大切で大好きなのだ。
  学園MVPの時に相棒になってくれた和希は、何にも代え難い親友だ(MVP戦の後、何故かほっぺにキスされてしまった出来事は親友の範疇と言って良い物か悩むが…)。
  学園を代表する「王様」こと丹羽は、啓太が落ち込んでいるといつもあの大きな掌でバンバンと背中を叩いて、頭をぐりぐりと撫でてくれる(時々、不意に赤面されながら抱き寄せられるのは何故だろうと思うけれど…)。
  それから丹羽と並んで学園の権力を握る「女王様」こと西園寺。彼は己に厳しく他人にも厳しいと一方で畏れられているが、少なくとも啓太は西園寺に手ひどい説教など1度として食らった事がない。いつも「傍にいろ」と当然のように言い、その後は決まって美味しいお菓子をくれる(不意に「これと啓太とどちらが甘いのだろうな」などと言われ「?」な時もあるが…)。
  お菓子をくれると言えば会計部の七条もそうだ。彼は啓太同様甘い物が好きという事もあってか、事あるごとに啓太を美味しいお茶会に呼ぶ(その度に「僕のスイーツは伊藤君がいいです」などと言われるのには困ってしまうが…)。
  寮長の篠宮は啓太にとって兄のような存在だ。何かというと転校してきたばかりの啓太を気に掛け、食事の事は勿論、時々は宿題の仕上がり具合なんかをチェックしたりもする(何故か最近では啓太の洗濯物を一緒に干したりも…)。
  同じく3年生の岩井は半ば騒がしい学園の生徒たちとは一線を画して物静かで、啓太は岩井と一緒にいるといつでもとても安心して気持ち良くなる事ができる(寝ている間その寝顔を大量にスケッチされていたのにはさすがに焦ったが…)。
  成瀬は………とにかくたくさんの愛に溢れている。
  そして中嶋副会長…。転校当初、啓太は彼に随分と「酷い目」「思い出したくない目」に遭ってしまったが、ああ見えて彼は律儀でしっかり者で、「本当に時々」は啓太が困っているところを助けたりもする。だから啓太はいつでも冷たい口調ばかりの中嶋でさえ、「根はとても良い人」だと思っているし、だから生徒会の仕事だって手伝っている(王様がいない時2人きりになるのはまだ怖いが…)。
  だから。
  だから、皆大切なのだ。啓太は皆大好きなのだ。
  だから、自分の為にこの大好きな人たちが喧嘩したりいがみあうのは本当に辛い。大体、どうしてこうまで皆がヒートアップするのか、啓太はその根本の理由をイマイチ理解していない。
「 啓太。決めたか」
「 え…」
  ぼうとしていると、痺れを切らしたように西園寺が言った。
「 啓太、お前も男だろっ。ズバーっと1人、決めちまえ!」
  すると丹羽も西園寺に乗じて勢いよくそう叫ぶ。
「 あ……」
  口を開かない他の皆からも見守られ、啓太は慌てて俯いたものの、こうなったら自棄だと気持ちを決めた。
  そう、自分には選べないのだ、所詮。けれど選ばなければならない。
  それならば。
「 あの…」
「 決めたのか!?」
  和希が目を見開いて声をあげた。他の連中も息を呑んで啓太の答えを待っているようだ。
  啓太はごくりと唾を飲み込むと頷いた。
「 あの…俺………」
「 おうっ、誰だ!?」
  丹羽のよく通る声。啓太はそれに促されるようにして続けた。


「 俺、皆にいて欲しいです…!」


「「「「「「「「………?」」」」」」」」
  全員が呆気に取られ半ばしら〜っとしている中、啓太はたちまちカーッと赤面した。
  しかしもう後には引き下がれない。今度は更に声を大きくして吐き出すように言った。
「 すみません、俺っ…! でも、俺、みんな…好きだから…っ」
「 ……なるほど」
  ややあって中嶋が冷笑気味に唇の端を上げた。
「 啓太は複数プレイが好みだったのか。これは意外だ」
「 え…」
「 なっ。何を言ってるんですか、中嶋さんっ」
  次に我に返った和希が慌てて声を出す。
  すると緊張の糸がぷつーんと切れたように、次々に他の連中も声を出し始めた。皆少なからず「全員にいて欲しい」などと言った啓太を責めもしたが、選ばれなかった可能性を考えていた分少しは救われたところもあったのか、とりあえずは誰も退出しないまま、その後も暫し「啓太を誰が看るか戦争」は粛々として続けられたのだった。



  それで、結局。



「 おい、そろそろ13時だぞ。遠藤、こうたーい」
「 えっ…。そんな、もう1時間!?」
「 おうっ。これからは俺が啓太を見張る時間だ! 啓太、何か食ったか!? 何か持ってきてやろうかっ」
「 あ…大丈夫です。今も和希にりんごむいてもらって…その前は篠宮さんがお粥を作ってくれました」
「 そうかそうかー。なら俺はお前にひばりちゃんズ子守唄でも歌ってやるか?」
「 そんなの、啓太が休めませんっ。ああ…14時からは中嶋さんだし、15時は成瀬さんか…不安な人が続くなあ」
「 何気に夕方の七条の時間も恐ろしいよなあ。あいつ、オカルトグッズとか持ちだして熱を冷ます呪術とか唱えそうじゃねえか」
「 あはは…」
  啓太はそんなことを話しながら苦々しく笑いあう丹羽と和希を交互に見やりつつ、ただ自分も小さく笑うしかなかった。
  結局、全員で狭い部屋にひしめくことが無理な丹羽たちは、1時間交代で啓太の看病をする事に決めたらしい。その順番をどう決めたのかは分からないけれど、とりあえず一番手だった10時当番の西園寺は大層不機嫌で、どうせならクライマックスの夕方が良かったと最後まで病人の啓太に当たっているだけだった。
  で、啓太の方としては。
  1時間交替でひっきりなしにやってくる皆に愛されながら、これじゃちっとも落ち着いて眠れないなあ…なんて、苦笑気味に思うのだった。





<完>


上総さんから頂いた、啓太総受けです!!た、楽し過ぎるー!!!!
もう、キャラの声が今にも聞こえて来そうです・・・むふv
愛され過ぎて大変ですなあ・・・啓太v
くくくvと元気になれるSSを有難うございましたv愛連打vvv