『 夕方、ロビーで恋をしよう 』



  篠宮がいつものように自主練習を終えて寮に戻ってきた時には、もう大分日も落ちかけていた。この季節になると暗くなるのも早い。まだ赤みがかった光がガラス張りの窓から射しているとはいえ、辺りは大分冷え込んできていた。
「 ん……」
  けれど、そんな冷え冷えとしたロビーの片隅に啓太はいた。そこに設置されている長椅子に腰を下ろし、何やらひどく物憂げな顔をしている。篠宮は思わずそんな啓太の姿を凝視した。
「 伊藤」
  もうすぐ夕食の時間だ。いつもなら同級の遠藤とはしゃいで食堂に向かっていてもいい頃なのに、一体どうしたというのだろう。篠宮は迷わず啓太の傍に歩み寄った。
「 伊藤、どうした」
「 あ…篠宮さん」
  啓太はそんな篠宮にはっとして顔をあげると、どことなく無理をしたような笑みを向けた。やはりおかしい。いつもはもっと明るく元気で、傍にいればこちらも自然と肩の力が抜けて安心した気持ちになれるというのに。
「 何かあったのか?」
  ストレートにそう訊くと、啓太は「え…」と途惑ったような声を小さく漏らした。それからまた無理に笑おうとして再度見事に失敗していた。
「 な…んでもないんです……」
「 とてもそうは見えないが」
  啓太の前に立ち尽くし、篠宮は更に伺い見るような視線を真っ直ぐに向けた。
「 何もないならこんな所にいつまでもいるのはよせ。風邪を引くぞ」
「 は…はい……」
「 ……伊藤?」
「 すみません…っ。もう、行きますから」
「 お、おい……」
  篠宮はただ心配して言っただけなのだが、どうやら当の啓太にはそうは取られなかったようだ。首を竦め、完全に萎縮してしまったかのように俯いてしまっている。
  篠宮は困惑した。
  時として自分のこういったはっきりとした言動が、多くの下級生や…もしかすると同級の連中にさえ「威嚇」と取られる事があるのを自覚だけはしていた。していた、つもりなのだが。

  『 お前はいつだって硬すぎるンだよ 』

  そう言って豪快に笑ったのは生徒会長の丹羽だった。篠宮に言わせればあいつこそ柔らか過ぎるのだと一言でも二言でも言ってやりたい。……が、それでもこの時はさすがに元気のなさそうな啓太の様子に、篠宮はらしくもなく躊躇した。
  厳しい言い様だっただろうか。
  篠宮は一旦息を吐き出した後、手にしていた荷物を床に置いて啓太の隣に腰かけた。これなら、少なくとも目線は同じになる。啓太を怯えさせずに済む。
「 伊藤。何か困った事でも起きたのか」
「 え……」
「 俺で良ければ遠慮なく言ってみろ」
「 あの…いえ……」
  啓太はひどく言い辛そうにしながら、困ったように篠宮の顔をちらちらと見やった。視線を寄越しては、すぐにまた他へと逸らす。
  篠宮にはそれが焦れったかった。
「 ………伊藤」
  それでも、とにかく啓太を怯えさせたくはなかった。篠宮は努めて静かな口調で相手の名前を呼んだ。
「 お前はいつも明るく笑って周囲を和ませてくれるな。お前がこの学園に転校してきてくれたお陰で、寮の中の雰囲気も以前よりずっと良くなった」
「 篠宮さん…?」
  篠宮の言葉に啓太は驚いたようになって顔を上げた。篠宮はそんな啓太を見つめながら続けた。
「 俺だってそうだ。お前には色々と世話になっている」
「 よ、よして下さい…! 俺は別に…何もしてないですから…」
「 そんな事はない、お前は―」
「 してないんです!」
「 伊藤…?」
「 ほ……本当に…何も、してないですから……」
  そう言ったきり黙りこむ啓太に、篠宮はただ怪訝な思いで眉を潜めた。
  本当に一体どうしたというのだろうか。
  自分の先刻の台詞に嘘はない。本当に啓太がこの学園に転校してきてから、明らかに周囲の空気は変わった。
  そして、篠宮自身も。
  最初こそ啓太の退学問題が起こったり、自分も弟の手術の事などで色々と思い煩う事もあったが、その度に強く温かい励ましの言葉を掛けてくれたのは、他でもないこの啓太だった。MVP戦では共に闘って互いの願いを叶える事が出来、それによって以前よりも親密な関係になったと少なくとも自分の方は思っている。啓太はただの可愛い後輩というよりは、自分にとって本当に大切な人間の1人だと思えているから。
  そういう想いを直接啓太自身に打ち明けた事はないが。
「 篠宮さん」
  不意に啓太が口を開いた。
「 ん……」
  篠宮がはっとして我に返ると、目の前には今にも泣き出しそうな啓太の顔があった。
「 い、伊藤…?」
  さすがに面食らって声が途切れると、啓太はふいと顔を逸らして「何でもないんです…」と掠れた声で言った。
  瞬間、篠宮の胸はひどく痛んだ。
  一体何が彼をこんな風に悲しい気持ちにさせているのか。その見えない対象に篠宮は腹立たしい思いがした。
「 一体どうしたんだ…」
「 俺……」
  口ごもる啓太に、篠宮は自然話しかける声に熱を込めてしまっていた。
「 言ってみろ。俺で出来る事があるなら言えばいい。俺はお前の……そういう顔は見たくない」
「 …………」
  精一杯真摯に言ったつもりだった。啓太は黙りこくったままだった。
  けれど啓太は不意に篠宮に身体ごと視線を向けて。
「 お、俺……」
「 ん…? 何だ?」
「 俺…俺は……」
  啓太は唇を震わせながら、そっと言った。
「 俺……俺、篠宮さんにキスして欲しい……」


  一瞬何を言われたのか分からなかった。


「 …………な」
「 ………俺、篠宮さんの事が、好きです」
  けれど混乱している最中、更に追い討ちをかけるように放たれたその台詞。
  篠宮は目を見開き、隣にいてこちらをじっと見つめる啓太を見やった。
  あまりにも突然に思えた。けれど間違えようのない告白。篠宮はただ啓太から目を離せなかった。
「 伊藤……」
「 迷惑だって分かっていたから、言えませんでした」
「 迷惑…?」
「 驚きましたよね」
  啓太は自嘲するようにそう言って、足元を見たままぽつりと言った。篠宮はすぐにその言葉に声を返す事ができなかった。答えはもう既に持っていたのに。
「 ………俺は」
  絶句してなかなか啓太に応えてやれない自分が篠宮は歯がゆかった。それでも焦る心の中で、啓太のその想い自体は決して驚く事ではなかったとはっきり言えた。
  本当は分かっていたから。
  あのMVP戦で一緒にいる事が多くなった時から、本当はお互いがお互いの気持ちに既にもう気づいていたのではなかったか。
  それを見て見ぬフリをしようとしていたのは、そしてそのままやり過ごしてしまったのは、多分自分の方だ。
「 伊藤……」
  つぶやくように名前を呼んだ篠宮に、けれど啓太ははっと息を吐き出した後、何かを振り払うように首を横に振った。それからようやく少しだけ笑って見せる。潤んだ目元がひどく可愛らしいと思った。
「 ごめんなさい、篠宮さん」
「 …何を謝る?」
「 俺、もう言わずにはおれなかった」
  一生懸命声を吐き出しているような啓太は、しかしここまで言うとようやく今度は本当に大きく笑ってみせた。
  そして啓太は無理に明るい口調で続けた。
「 さっきまで、実は弓道場にいました」
「 何?」
  篠宮が驚いた顔をすると、啓太はまたすまなそうな顔をした。
「 篠宮さんが弓を射るとこ見てました」
「 ……いつからだ」
「 ずっと」
  啓太はそう言ってから、ふいと視線を前方へ向けた。その目は何も捕らえていないようだったけれど。
「 篠宮さんは凄い。何でも持っていて…それでもいつも努力して。凄い人なんです」
「 何を言っているんだ?」
「 なのに俺…俺、何も持ってないから」
「 伊藤、そういう言い方は……」
  咎めようとする篠宮の言葉を、けれど啓太は強引に振り切って声を出し続けた。
「 だから俺、ずっと言えなくて…でもこのまま黙っているのが猛烈に辛くなって…」
「 ……………」

  ズルイんです、俺。

  啓太はそう言って、またハアッと大きく息を吐き出した。緊張しているのだろうと思った。大胆に告白しているくせに、椅子に置いている両手はがくがくと震えていたし、必死に俯いているその横顔はいつもより数倍赤かった。
  愛しい、と思った。
「 ずるいのは…俺だ……」
  そんな啓太の姿はもう堪らなかった。篠宮は今まで押し止めて堪えて抑えていたものが全部一気に噴出してきたような感覚に捕らわれた。
「 お前を抱きしめたい」
「 え……?」
  だからもう止められなかった。
「 今……伊藤。ただお前を抱きしめたい」
「 篠宮さ……」
  だから、もう。
  驚き目を見開く啓太には構わず、篠宮は啓太の肩を引き寄せると、力任せにめいっぱい自分よりも小さなその身体を抱きしめた。突然のその所作に啓太が小さく咳をしたのが聞こえたけれど、構わないと思った。
「 俺は…この気持ちをお前に知られて…お前との関係が壊れるのが怖かったんだ」
  啓太の顔を胸にかき抱いて、その柔らかい髪の毛に唇を落とし、篠宮は囁くように言った。
「 そのせいで俺はお前に辛い思いをさせてしまった」
「 そんな…こと……」
「 俺は……伊藤」
「 え……?」
  そして篠宮は両肩を掴んで啓太の顔を覗きこむようにしてから、自分こそ情けなく震えてはいないだろうかと気になった。けれどきっぱりとした声だけは出した。
「 お前が好きだ」
「 篠宮さん……」
「 伊藤……」
  そして篠宮が啓太に唇を寄せた、その時ー。

「 あー腹減った! 飯や飯〜!!」
「 滝く〜ん、そんな走らないでよ〜。僕も食堂行くんだから〜」
「 先生こそ、ロビーを走るのはやめて下さい」

  がやがやとざわつく声がして、外から自転車小僧の滝や生物教師の海野、それに西園寺や七条などがぞろぞろと中へ入ってきた。夕食時である。まだ学園に残っていた連中もこぞって寮に戻ってくる時間だ。
「 あ……!」
  それによって啓太は一瞬にしてびくりと肩を揺らし、慌てて篠宮の拘束から逃れようとした。篠宮自身、突然の第三者の介入で思い切り動揺してしまった。
  けれどもう止まらないという事に…やはり、変わりはなかった。
「 伊藤」
「 え…篠宮さ…!?」

「 あれ〜、あそこにいるの、篠宮君たちじゃない〜?」

  海野の素っ頓狂な声とほぼ同時だった。
「 ん……ッ」
  啓太が思い切り意表をつかれたように、目を見開いたまま篠宮からのキスを受け入れる。
「 ……ふ…ぅん…ッ」
  啓太の息苦しそうな顔、じたばたする身体。それらを全部強引な口付けと片手からなる拘束で抑えつけながら、篠宮自身はもう周りの事などどうでも良く、実際まるで目に入らなかった。
「 ……ふ…ん」
  やがてゆっくりと閉じられる啓太の瞳。それで篠宮は更に深くそんな啓太に自らの唇を重ね合わせた。
「 篠宮さ……」
「 ………ああ」
  やがて終わった口づけの後、啓太が恥ずかしそうに篠宮を呼んだ。照れたような真っ赤な顔。
「 いいんだ。気にするな」
  その顔に篠宮は自然と浮かぶ笑顔のまま、優しく言った。
「 周りなどどうでもいいだろう。お前は、何も気にしなくていい」
  篠宮はそう言って、けれど自分はちらとだけ背後の入口付近に視線をやった。

  そこにはぽかんとしてこちらを見る目、呆れたような目、面白そうな目など、本当に様々な顔があった。
  あったけれど、本当にどうという事もないのだなと、篠宮はひどく冷静にそんな事を思った。


  ただ、今手にしたこの喜びだけが自分には大切。




<完>








■後記…こういうパターンがあるかは知らないのですが、友情EDの後の2人…みたいな感じで。何というか、好きなんです篠宮さん。最初は結構積極的な他のメンバーに比べて押しが弱いというか紳士過ぎるというか(つーかゲームでのHシーンが物足りなかった)篠宮さんはカッコいいけど夢中になるほどハマる!!という感じではなかったのです。でもよく考えたらあの堅物な人がですよ。周りを気にせず啓太をまっしぐらに愛するシチュエーションって…ものすっごく萌え〜!!という事に気づきまして…。素敵過ぎます。2人きりの時はめちゃくちゃ狼になって下さい(無茶な希望?)。この作品は、こんな素敵なカプリングの存在を私に気づかせてくれた浅生様に奉げます。読んでもらえたら嬉しいです〜。

ああああああああ上総さんーーーーッ(愛連打)vvvvvvvv
上総さんの、篠宮×啓太が拝めるなんて・・・ッvvv
啓太・・・可愛いよぅvvv篠宮が目覚める(笑)のも納得!!
そして、篠宮も・・・あああああもう、皆の目の前で!!
ステキーーーーーーvvvvvv←かなり嬉しかった模様v
とことん開き直って頂きたいですね、彼には♪
や、ナニもなかった友情EDの後・・・なパターンも
大いに有りなのですよvvvそして、ラヴEDなのに(?)
えっちが淡白過ぎて暴れ狂った(待て)アレですが、まあ
その分は我々に補完しとけvってコトなのだと思って!!
篠宮は、やはり真面目堅物なヤツが・・・というところに
激しく萌えですよね!!勿論、ふたりきりの時には
狼っつーか、もう野獣でもイイ・・・vvv←メロメロ
ともあれ、萌え萌えなSSを、本当に有難うございました!!