『タンポポ』




 その日は、朝からポカポカ陽気で。
 だから、たまには。
「御散歩、しませんか?」
 どうやら、また美術室に籠ろうとしていたらしい岩井さんの
腕を引いて。学園島の敷地内にある遊歩道脇の小さな公園へと
半ば強引に連れ出す。
 お日様を浴びて、外の空気もいっぱい吸わなくちゃ。
 振り返って言えば、岩井さんは「・・・そうだな」と静かに
微笑んだ。
 いきなり引っ張り出したのに、スケッチブックはしっかりと
持って来ていたりして。でも、やっぱり岩井さんはスケッチ
ブックを持っている姿が、しっくりくるなぁ…なんて、思って
俺はこっそりと笑いながら。
 降り注ぐ柔らかい陽射しの中、並んでゆっくりと歩けば。
 ふと。
 置かれたベンチの手前で、岩井さんが立ち止まるのに。
「あ、・・・疲れちゃいました?」
 普段、あまり出歩かない人だし。
 ブラブラ歩くのも良いけど、ベンチに座ってゆったり時間を
過ごすのも悪くないかも…って。
 そう思って、声を掛ければ。
「いや、・・・・・」
 ゆるりと首を振って、岩井さんがそっと視線を落としている、
その場所。ベンチの、足元に。
「・・・・・うわぁ」
 ポツリと咲いている。
 タンポポ。
 花を咲かせるには、まだ少し早い季節。
 それでも、暖かな陽射しに誘われたんだろうか。
 黄色い花が、風に微かに揺れて。
「可愛いですね」
「・・・・・そうだな」
 タンポポに向けていた優しい微笑みが、そのまま。
 俺の上にも注がれる。
 何だか、くすぐったくて微笑い返せば。
「描きたい・・・な」
 ポツリと。
「・・・・・描いても、良いだろうか・・・」
 呟くのに。
「え、ああ・・・勿論、ですっ」
 タンポポだって、岩井さんに描いて貰ったらきっと嬉しい。
 代弁するように、頷けば。
「・・・・・普段通りで、良いから・・・」
「は、え・・・・・っ?」
 ベンチに腰掛け、スケッチブックを開いて。
 岩井さんが見つめているのは、足元のタンポポじゃ、なくて。
「・・・・・俺っ!?」
「・・・・・」
 てっきり、タンポポを描きたいと言ったんだと思っていた俺が
素頓狂な声を上げるのに、岩井さんは微かに首を傾げて。
「ああ・・・啓太を、描きたくなった、から・・・・・」
 そう、告げるのに。
「あ、済みません・・・タンポポを見ていたから、てっきり」
 照れ隠しに頭を掻きつつ、苦笑混じりに言い訳すれば。
「見ていたら・・・啓太を描きたくなった」
 柔らかい。
 微笑み。
「何処か・・・似ている」
 それって。
 タンポポが、俺に。
 俺が、タンポポに。
 似てるって、コトなんだろうか。
「そ、・・・そうですか?」
 華やかなものではないにしろ、花と似ているって言われたら。
 やっぱり、ちょっと気恥ずかしくて。
「見ていると・・・心が暖かくなる」
「は、・・・・・」
 う、わぁ…。
 恥ずかしい、よぉ…。
 絶対、今。
 俺の顔、赤くなってる。
 岩井さんは、冗談を言うような人じゃないから、今のは本当に
思っていること、な訳で。
 …はうぅ。
「ああ、でも・・・啓太がタンポポでなくて・・・良かった」
「え、・・・・・?」
 ふと。
 そう呟いた貌に、微かに。
 寂しげな…切なげな影が、過るのに。
 どうしたんだろうと、小走りに駆け寄れば。
 ベンチに座った岩井さんが、そろりと。
 腕を伸ばして、やや遠慮がちに。
 目の前に立つ、俺を。
 腰を、抱き締めるようにするのに。
「岩井、さん・・・・・?」
 戸惑いながら、そっと。
 頭を抱くように、腕を回せば。
「タンポポのように、・・・風に吹かれて飛んで行ってしまったら
・・・・・俺には、追い掛ける術はないから・・・」
 そんな、ことを。
 言う、なんて。
「・・・・・大丈夫、ですから」
「啓太・・・」
 そんな、心配。
 しなくたって。
「俺、ここに居ますから・・・」
 俺は、俺で。
 風に吹かれて、飛んで行くことは、ない。
 ちゃんと、俺は俺の意思のままに。
 ここに、居るから。
「でも、・・・出来たら、しっかり俺のこと、・・・捕まえてて
欲しい、です」
 それでも。
 ちゃんと、その手で。
「離さないで、欲しい・・・です」
「・・・・・啓、太」
 腕で、そう。
 今、ギュッと。
 抱き締めるのに、力を込めたみたいに。
 飛んで行っても、追い掛けて探して見付けて捕まえて欲しいけど。
 離れたくないのは、俺も。
 だから。
「俺も、・・・・・離しません、から」
 告げれば。
 ハッとしたように、顔を上げる岩井さんに。
 微笑んで、俺は。
「岩井さんが、・・・・・好きなんです、から」
 言うから。
 何度でも。
 不安になんて、ならないように。
 だから。
「ああ、・・・・・そうだ、な」
 少しだけ、緩やかになった抱擁。
 安心したように、目を細める岩井さんに。
 目線を合わせるように、俺は腰を落として。
「そうですよ」
 額を押し付けるようにすれば、軽く肩を抱かれて。
 そっと。
 触れる、唇。
「・・・・・啓太を、描きたい・・・」
「はい、喜んで」
 互いに、微かに頬を朱に染めて。
 微笑い合って。

 少し冷たい風が、2人の間を吹き抜けていったけれど。
 大丈夫。
 離れないように。
 離さないように。
 ちゃんと。
 繋がってるから。

 一緒に。





初の、岩井×啓太vvv
啓太は彼の天使なので(真顔)vっつーか、癒し系v
・・・・・癒されたい・・・(ボソ)。
ともあれ、岩井さん御誕生日おめでとーうvvv