「夕立」
昼間の暑さが和らぎつつある夕暮れ時の空に、蝉の声が響く。
去り行く夏を惜しむかのようだと、龍斗は思う。
今回の不在はいつになく長引いている。
彼を見送ったのは桜の蕾が綻び始めた頃だったのに。
―――今はもう夏の終わり。
(明日こそ―――)
(明日こそはきっと)
(きっと帰ってくる―――)
そう信じて、街道を見下ろすこの丘で彼を待つようになって何日経ったことか。
無事を疑うわけではない。彼が易々と命を落とすはずがない。
でも、会えない寂しさと不安は募るばかりで。
(奈涸・・・)
街道を行き交う人の中に、懐かしい彼の姿を探す。
「雨・・・」
ふいに降り出した大粒の雨。
夏とはいえ雨は冷たく、龍斗は大きな木の陰に小走りで移動した。
太い木の幹に背を預けて見上げれば、枝葉の間から落ちてくる雫。
雫―――雨―――水―――。
その中に微かに感じる―――遠く海の向こうにいる筈の彼の気配。
(奈涸―――)
頬を伝う雨の雫を指で拭い、そっと瞼を閉じる。
途端に龍斗を包む水の気配―――それはそのまま彼の気配。
龍斗は指を滑らせて頬を撫でる。
彼がいつもそうするように、優しく、丁寧に。
(―――ッ)
唇から、小さな吐息が漏れた。
ゆっくりと指が移動を始める―――頬から鼻筋、唇を辿り―――顎、首筋へ。
雨の匂い―――彼がいつも纏っている水の匂い。
奈涸に抱かれているようだと、うっとりと思う。
細い指は首筋を滑り、襟元から着物の中へと消えていった。
膨らみのない胸を探る指が、敏感な胸の突起に躊躇いがちに触れる。
二本の指で挟んで摩擦を加えると、そこから甘く痺れるような感覚が湧く。
「―――んッ」
濡れたような艶を帯びた唇から、小さく漏れる声。
「もう・・・やっ・・・」
しつこく探る指から逃げるように身を捩る。
自分の指なのに止めることができない。
眼を閉じた闇の中で、それはもはや自分の指ではなく、彼のものだ。
目尻にうっすらと滲むのは、喜悦の涙。
彼は、そんな龍斗を見るのを好み、ときにはわざと意地悪をした。
そんなことを思い出しては、また身体が熱くなる。
雨の道は通る人もなく、木の陰にいる龍斗の姿を見る者はいない。
しかし、いつ誰が通りかかるとも限らない。
そんな状況での不埒な行為に羞恥心を煽られ、龍斗はより敏感に反応する。
指の動きは止まらず、ますます大胆になっていった。
指は龍斗の下半身に辿りつき、茂みを探る。
熱を帯びて頭を擡げ始めた欲望に指を絡めると、快感が全身を走る。
「んん・・・やっ・・・」
優しく―――強く。
緩やかに、抑揚をつけて加わる刺激に、龍斗は身を震わせる。
「―――はっ・・・」
空を仰ぎ、頬に雨の雫を受けてそっと瞳を閉じる。
雨の中に感じる、そこにいるはずのない彼の視線。
まとわりつくような熱い視線の中、龍斗は次第にのぼり詰めていく。
「な・・・がれっ・・・!」
眩暈のような甘い感覚。
小さな押し殺した声で名前を呼びながら龍斗は達した。
自分の手を汚す白濁を呆然と眺め、乱れた息を浅くつく。
「奈涸・・・」
小さく、名前を呟いたそのとき。
「―――龍君?」
「―――!!」
ふいに聞こえてきた声に、龍斗の動きが止まる。
心臓が跳ね上がり、ものすごい勢いで脈を打つ。
「そこにいるのは龍君だろう?」
自分の乱れた着物を慌てて直し、振り向くと―――そこには。
いつの間にか雨は止み、再び夕陽が辺りを照らしている。
その中に黒い影を落として立つ姿。
艶やかな長い黒髪。
闇よりも深く黒い切れ長の眼。
優しく微笑む口元。
「な・・・がれ・・・?」
「どうしたんだい、こんなところで」
「―――奈涸!」
龍斗は夢中で駆け寄り、奈涸に飛びついた。
首に腕を回し、ぎゅっとしがみつく。
「嵐で船が沈んだために予定より大幅に帰るのが遅くなってしまったんだ」
奈涸は龍斗を優しく抱きしめ、愛しそうに髪を梳きながら言葉を続けた。
「心配かけたようだね。すまなかった」
龍斗は言葉のないまましきりに首を振る。
夕陽も傾き、辺りに宵闇と虫の声が満ちてきた頃。
「落ち着いたかい」
「―――うん」
激昂した気恥ずかしさに俯く龍斗。
そんな様子に奈涸は優しい笑みを投げる。
「さあ、帰ろう」
続いて奈涸の口から出た言葉に、龍斗は沈む直前の夕陽よりも真っ赤になった。
「続きは、一緒に―――それとも、もう一度一人でして見せてくれるのかな?」
−END−
*****ここから下はおまけです。*****
「夕立のその後」
「さあ、入ってくれ」
骨董品店の勝手口の戸を開け、奈涸は龍斗を促す。
「あ―――うん」
「どうしたんだい」
入り口で店の中を見まわし、中へ入ろうとしない龍斗に問いかける。
龍斗は視線を戻して笑った。
「―――ここ、久しぶりだな、と思って」
「店は涼浬がやっていただろう?」
「ん―――でも、来たら思い出しちゃうから」
会いたくなるから―――だから店には来なかったのだと。
照れたような言葉に、奈涸の頬が自然と緩む。
「龍君―――君は・・・」
「や、やだな。早く中へ入ろう」
一歩中へ入ると、途端に広がる懐かしい香り。
「本当に久しぶり―――わっ!?」
「龍君」
「な・・・奈涸?」
戸が閉まりきらないうちに、背後から抱きしめられ龍斗は慌てる。
「会いたかった―――」
「・・・・・・俺も」
ぎゅ、と抱きしめてくる腕にそっと自分の手を重ねて呟く。
自分を包む体温に覚える安心感。
ふと、不埒な動きで移動を始めた手に龍斗は慌てて制止の声をあげる。
「え・・・ちょっと、奈涸っ」
「ダメかい」
「だって、こんなところで・・・」
「―――もう、我慢できない」
首筋に感じる熱い吐息。
「さっきの続きを見せてもらおうとも思ったんだが・・・今は君が欲しい」
耳元で囁かれる言葉に、龍斗の奥深くの欲望が煽られる。
「声・・・抑える自信ないよ」
「構わないさ」
「ん・・・」
首筋にそっと押し当てられた唇に、龍斗は目を閉じた。
「―――ふッ・・・ああ・・・」
「龍君・・・」
「なっ・・・がれ・・・んんっ」
「もっと―――いろいろな君を見せてくれ」
「やっ・・・だ」
立ったまま壁に押しつけられ、背後から弱みを責められて龍斗の目尻に涙が滲む。
顔が見えない不安に感覚は研ぎ澄まされ、身体が敏感な反応を返す。
「―――んッ!」
背後から打ち込まれる熱い楔に、思わず背中が反る。
「久しぶりだから・・・きつい、な。辛いかい?」
「はっ・・・大、丈夫。そ、れより・・・」
「何だい?」
「ん・・・っ。あ・・・もっと、深く・・・!」
「龍君・・・君は―――」
「え―――。奈涸ッ・・・ああっ!」
さらに深く、激しくなる動きに、龍斗は貪欲に溺れた。
「疲れただろう。大丈夫かい」
「ううん。平気」
事後の気だるさの中、龍斗は布団に横たわって奈涸を見上げ、微笑む。
優しく交わされる接吻。
名残惜しそうに唇を離して、奈涸は口を開いた。
「あまりゆっくりできないのが残念だよ」
「また―――行くの?」
龍斗の瞳が揺れる。
「ああ、今度も長くなるだろう」
「・・・必ず帰って来いよ」
「勿論―――君が待っているからね」
互いに見つめ合い、深く唇を重ねる。
「ね―――もう一回」
甘えた笑顔で強請る龍斗に、奈涸は黙って頷く。
二人の影は一つに重なり、再び暗闇の中に沈んでいった。
−END−
かづゅみん様へv
だいぶ遅くなってしまいましたがお約束の奈涸主を捧げさせて頂きたくvv
「蔦」のお礼と、そしておまけ部分は夏の天戒主のご本のお礼ということでお受け取り下さい。
こそっと裏へでも沈めて頂けましたら光栄です。もしくは放置してみるのも楽しいかとv
何だか素面で読み返すのが恥ずかしいイチャつきっぷりのくせに裏の描写がぬるくてすみません。
今後ともよろしくおつきあい下さいませ。m(__)m