『唯』



 人、に触れられるのは。
 おぞましい、だけだった。

 欲に染め上げられた、獣のようなギラついた瞳。
 荒く、激しい息遣い。
 熱を帯び、汗ばんだ手も。
 全部。
 全部、気持ち悪い。

 肌を這い回る、手の平。
 唾液を垂れ流しながら、吸い付く唇に。
 その感触に。
 震え、身を捩れば。
 それが、快感故だと。
 増々、その行為は激しくなって。
 嫌だ。
 気持ち悪い。
 止めろ、と叫んでも。
 それにすら、興奮を覚えて。
 膝を割り、押し進められる男の身体。
 そこに、滑る先端を押し当てられて。
 寒気すら、感じて。
 目を、閉じれば。

 瞬間。
 辺りは、静寂だけが支配する。
 あの、飢えた獣のような吐息も。
 生々しい、濡れた音も。
 なく。
 覆い被さる、ものは。
 ただの。
 骸。

 ああ、また。
 ひとり。
 だから、言ったのに。
 忠告、したのに。

 俺を陵辱すれば。
 その代償は、命だと。



「・・・・・龍」
 呼ぶ声は。
 何処か、掠れていて。
 見つめて来る、瞳にも。
 そっと頬に触れた、手にも。
 隠し切れない、あからさまな欲が。
 確かに、存在するのに。
 なのに。
「良い、よ」
 頷いても。
 慎重に。
 ゆっくりと頬を辿った手は、唇に触れて。
 誘うように開いた其処を、スルリと撫で。
 やがて。
 降りて来る、熱い唇。
 優しく、啄むようなそれに。
 焦れたのは、こちらの方で。
 首に腕を回し、引き寄せて。
 深く。
 重ね、忍び込ませた舌を絡めれば。
 一瞬、驚いたように肩が揺れ。
 それでも。
 すぐに。
 互いに、貪り。
 濡れた音が、静かな部屋に響いて。
 そのまま。
 ふたり、褥の上に倒れ込むようにして。
 熱い肌を、重ねる。
 銀糸を引きながら離れた唇は、やんわりと耳朶を噛み。
 そのまま、首筋に押し当てられ。
 きつく吸われれば、根雪に落ちる梅の花弁を思わせる。
 紅い、印が。
 ひとつ。
 また、ひとつと。
 白い肌に、刻まれていく。
 それは。
 決して、性急なものでは、なく。
 穏やかに。
 だけど、確実に。
 龍斗の内に、快楽の火を灯す。

 我は鬼ぞ。
 そう、この男は告げた。
 鬼の、頭目。
 ならば。
 それならば。
 彼、ならば。
 この忌わしい呪縛に、押し潰されることなく。
 この、身を。

「・・・・・天戒」
 肌を辿る、手も唇も。
 かかる、吐息も。
 熱く。
 優しく。
 狂おしく。
 愛おしい。
 ずっと、見てきた。
 自ら鬼を名乗る、この男を。
 見ていた。
 そこに在ったのは。
 やはり、人で。
 人よりも。
 人、らしい。
 鬼。

「龍、龍・・・・・」
 声も。
 肌も。
 熱も。
 触れる、全てが。
 震えが走る程に。
 気持ち良い。
 知らなかった。
 知ることは、なかった。
 それ、を。
 教えてくれる。
 ただ、ひとりの。

「て、んか・・・い・・・ッあ・・・ァ」
 押し寄せる、未だ知り得なかった快楽の波に。
 攫われてしまいそうな龍斗を。
 繋ぎ止めるのは、それを与える天戒自身で。
 奥深く、埋め込み。
 揺さぶりながら、見下ろす貌は。
 優しさと狂暴さ。
 そのどれも、彼のもので。
 彼、自身で。
 奪う、だけでなく。
 与えあう。
 互いに。
 分かち合う、こと。
 それを。
 教えてくれた、ひと。

 彼、ならば。
 微かな期待は。
 彼、だから。
 確信に、変わる。
「天戒、天戒、・・・・・ッ」
 それしか知らぬ、幼子のように。
 呼び続ける。
 その、名を。
 抱き締める。
 腕を、脚を絡め。
 持ち得る、全てで。
 抱き締めたいと、思った。
 願った。
 ただひとりの、ひと。

 『人の子ではない』と。
 忌み、恐れられてきた、この身体を。
 その腕で。
 身体で。
 心で。
 包んでくれる。
 満たして、くれる。

「・・・・・龍」
 互いに昂ったものを解き放ち。
 それでも、すぐに身体を離すこと無く。
 抱きあったままで。
 また、唇をどちらともなく、触れあわせれば。
 そこから、また。
 始まる、もの。
 生まれる。もの。
「き、て・・・・・天戒」
 そして、また。
 抱き締められる。

 この、腕の中。
 胸に抱かれる。
 此処、では。
 此処で、だけは。
 全て、曝け出せる。
 ただの。
 『緋勇龍斗』でいられる。
 彼の腕に抱かれ。
 まさに、産声をあげたばかりの。
 赤子のように。
 何もかも。
 彼に。
 染め上げられて。

 そして、眠る。
 その胸に、耳を押し当てて。
 聞こえる。
 鼓動。
 生きている証を。
 温もりを。
 抱いて。
 抱かれて、眠る。

 きっと。
 忘れない。
 此処、が。
 還る、場所。




自分で書いておきながら、御屋形様に
激しくジェラシーです(メラリ)。
表のSS「徒花」と、ちょこりと関連した
お話の、龍斗視点っぽく。
ひーたんにとって、あらゆる意味で
「初めてのひと」(悦)の、天戒v
幸せにしてあげなきゃ、メーです(何)!!