『欲深き、者』



 誰に、だって。
 そういう『欲』は、存在するのだ。



「・・・・・有るには、有るが」
 珍しく言い淀む秀麗な貌に、龍斗はそれとはまた質の
異なる、眩しいばかりの美しさをたたえた笑みでもって。
 誘いかける。
「お前にしか、頼めない」
 首に腕を回し。
 互いの唇が触れる、寸前。
 そんな、距離で囁きかければ。
「・・・・・高く、つくぞ」
「ふふッ、・・・・・好きだよ、奈涸」
 こんなにも、簡単に。
 男は、堕ちる。
 なのに。
「こんな手を使わずとも、『彼』は・・・・・」
「知ってるよ、・・・でも俺は」
 もう。
 待てない。
「・・・・・憎らしい、な」
「あの人に何かしたら、許さないよ」
「君の、ことだよ」
 彼の人に思いを馳せる龍斗に、やや目を細めて奈涸が
呟くのに。
 極至近距離。
 睨み付けてやれば。
「・・・・・俺?」
「そう、・・・・・この俺に、あんなことを頼むなんてね
・・・本当に、憎らしくて・・・」
 ゆっくりと近付く唇を、龍斗は拒まない。
 逆に誘い掛けるように、回した腕に力を込めて。
「それでも、愛してるんだろ」
 見透かしたように微笑う、薄紅をしいたような唇に。
 半ば噛み付くように、口付けて。
「そんな言葉では、・・・・・足りない」
 熱い吐息を互いに貪りながら。
 奈涸の胸の内には、この魅惑的な少年を求める情欲とは
別の、熱が。
 激しく、渦を巻いて。
「・・・・・それでも」
 彼が、望む事なら。
 自分がそれを叶えられると言うのなら。
「俺は、・・・君から逃れられない」
「逃げる気なんて、・・・ないくせに」
 そう、彼の言う通りなのだ。
 自嘲気味に、口の端を吊り上げたまま。
 紅く染まった唇に、また自分のそれを押し当てた。



 鬼哭村へ帰り着いた頃には、もう既に日は落ちてしまって
いて。門を開け、頭を下げる見張りの者たちに、愛想良く
笑いかけると、龍斗は屋敷の己に宛てがわれた部屋には足を
踏み入れることなく、そのまま屋敷の主人の元へと真直ぐに
向かった。
「天戒、良い?」
 部屋の前、襖越しに声をかければ。
 ややあって、内から低い声がする。
「龍か・・・・・入れ」
 言葉に、ゆるりと口元に笑みを浮かべると、龍斗は襖を
引いて、その内へと身を滑り込ませる。
 背で閉ざし、顔を上げると。既に湯浴みも済ませたのか、
着流しの楽な格好で。窓辺に寄り掛かるようにして、既に手酌
で酒をあおる姿に。龍斗は、やや苦笑して。
「何だ・・・せっかく、良いお土産があるのに」
 ゆっくりと、その傍らに歩み寄り、ずっと腕に抱えて来た
包みを掲げて見せる。
「琉球の、お酒だって・・・珍しいだろ?」
 風呂敷包みを解けば、口の細い壷のような容器が現れる。
栓を抜けば、古酒の濃厚な香がゆるりと立ち上った。
「龍」
「ん、何?」
「何処へ、出かけていた」
「王子」
 サラリと答え。天戒の手から半ば強引に盃を奪い取ると、
そこに持って来た古酒を、なみなみと注ぐ。
「奈涸の店で、買ったものか」
「そうだよ」
 差し出された盃を、片手で受け取り。天戒は、一息にそれ
をあおった。
「・・・・・美味しい?」
「旨いな、・・・・・お前も付き合え」
「勿論」
 にっこりと笑顔で応え、龍斗は盃を受け取る。天戒がそこ
に溢れる程に酒を注いでやると、倣うように龍斗も一気に喉に
流し込む。
「ふぁ・・・本当だ、美味しいね」
「・・・・・随分、高価な品であったのだろう」
「ふふ、まぁね・・・でも、天戒に味わって欲しくて」
 盃を返すと、龍斗はまた酒を勧める。次々と注がれる強い酒
を、天戒は顔色ひとつ変えずに、飲み続けた。
「・・・・・ッ」
 と。
 不意に、盃は天戒の手から落ち、畳の上に音を立てて転がる。
零れた酒が、畳の上に広がり染み入っていくのを、龍斗はその
貌に、うっすらと笑みを浮かべながら見つめていた。
「ッ龍・・・・・?」
「『鬼ごろし』、って訳じゃないけど・・・・・少しだけ、ね
混ぜ物をさせて貰ったよ」
 膝で躙り寄り、半ば呆然とする天戒の胸の辺りを、トンと
軽く突くようにすれば。意外なほど簡単に、その逞しい身体は
畳の上に崩れるように倒れて。
 ゆっくりと。
 龍斗は、その身体に跨がるようにして。
 身を起こす事の叶わぬ天戒を、満足げに見下ろした。
「痺れてるのは不快だろうけど・・・我慢して・・・すぐに、
気持ち良くしてあげる、から・・・」
 ゆるりと上体を傾けると、龍斗は唖然として薄く開いたままの
天戒の唇に、己のそれを重ねる。互いの吐息からは、酒精の香が
漂って。それにも煽られるかのように、深く口付けねっとりと
舌を絡める。応えようとしない天戒の様子に、特に気分を害した
風もなく、濡れた音を響かせながら、龍斗は思うままに濃厚な
口付けに酔いしれた。
「何故、だ・・・」
 細い銀糸を引いて、名残惜しげに唇を離せば。溜め息と共に
低い声が漏れて。
 瞳は、強い輝きを失う事なく、まっすぐに。
 龍斗を見据えてくるのに。
「それは、俺が聞きたかったこと・・・・・何故、天戒は俺を
抱いてくれないのか・・・」
 何処か、哀しげに微笑う唇を。
 前合わせを押し広げ、あらわにした胸元に圧し当てて。張りの
ある肌を、きつく吸えば。色濃い花弁が、ひとつまたひとつと
鮮やかに咲き散らされる。
「毎日のように、口付けを交わして・・・毎夜、ひとつの布団で
共に過ごしても・・・俺に、触れようとしない・・・」
 帯を解き、すっかり着物を寛げ。現れた引き締まった男の体躯
に、龍斗は目を細め、恍惚としたように更に唇を徐々に下方へと
這わせ。既に固く充実した雄に指を絡めると、何の躊躇いもなく
口へ含んだ。
「く、ッ・・・・・」
 上がる呻くような声に、龍斗は吐息で笑って。しっとりと熱を
帯びた幹を指で扱きながら、先端を唇で丹念に愛撫しては、滲む
先走りを窪みに塗り付けるようにして、舐め取っていく。
 次第に固く、熱く。大きさを増していく、それが。
 どうしようもなく愛おしくて、執拗に舌を絡め。
 時折漏れる、天戒の掠れた吐息に。
 自身の熱も、煽られて。
「天戒、・・・・・欲しいんだ」
 切なげに囁きながら、ゆっくりと上体を起こし。天戒の腰の上
に、身体を浮かし気味に跨がって。
「・・・天戒」
 微笑う貌は、何処か無邪気に。そして、恐ろしく艶めいて。
 しとどに濡らした天戒の肉塊に、手を添えるようにしながら。
 微かに震える蕾を割り開き、圧し当てた先端を。
 じわり、と。
 飲み込ませていく。
「あ、ッ・・・・・あ、ぁ・・・ッ」
 ろくに慣らされていない、そこは狭く。それでも強引に腰を
落とせば、龍斗の口腔で散々奉仕された滑りも手伝って、奥迄
一気に飲み込んでしまったものの。
 内股を伝う、鮮やかな朱線が。
 嗅ぎ慣れた匂いが、天戒の表情を曇らせる。
「龍、・・・ッ無理を・・・するな」
「天戒、天戒・・・・・ね、気持ち良い?俺の内、・・・ねぇ」
 傷付いた痛みに、微かに眉を寄せながらも。天戒の胸に手を
付いて、更に快楽を与えんがために、腰を揺らめかせようとする
のに。
「ッ龍・・・・・ ! 」
「な、ッ・・・・・」
 不意に。
 上体を起こした天戒が、それを戒めるように。
 きつく。
 龍斗を、抱き締めた。
「・・・・・もう良い、・・・龍」
「なん、で・・・動けるの・・・?」
 酒に盛った、痺れ薬は効果が長く。1刻以上は、天戒は身動き
出来ないはずで。
 なのに、どうして。
 今、自分を抱き締めている、のか。
「・・・・・お前を、疑った・・・許せ」
「な・・・に?」
「あの忍びに・・・肌を許したのだと、思っていた・・・」
「ッ・・・・・」
 奈涸だ、と瞬時に悟った。
 あの酒を飲んでも大丈夫なよう、龍斗が前もって口にしていた
薬を、おそらく。奈涸は、天戒にも渡していたのだ。
「・・・・・俺の、しようとしていたこと・・・」
「知って、いた・・・・・済まぬ、それでも俺は、・・・俺は
確かめたかったのだ・・・」
 龍斗が。
 自分を、求めているという。
 それを。
 確かめたくて。
「・・・・・天戒、だけだって・・・言ってる、のに・・・」
「お前の唇は甘いのだと、・・・あの男がしたり顔で言うのに
・・・・・酷く、心乱された・・・それを知っているのは、俺
だけだと・・・・・なのに」
「・・・・・身体まで、許したりはしない」
 確かに、唇は。
 それぐらいの代償は、仕方ないと思ったから。
「唇も・・・全て、俺のものだ・・・龍、他には・・・俺以外の
誰にも、触れる事は許さぬ」
「・・・・・そう言えば、・・・言ってくれれば、良かったんだ」
 肩に、額を押し付けるようにして。
 ポツリと、呟く。
「そう言って、・・・・・抱き締めてくれれば良かったんだ・・・
抱いて、天戒だけのものだって・・・そうしたら・・・俺もお前も
分かった、のに・・・」
 ずっと。
 求めていた。
 いつか、天戒がこの身も。
 なのに。
 だから、待てなかった。
「・・・・・お前が思ってる以上に、俺は欲深いぞ」
 抱き締める、腕が。
 熱い。
「抱けば・・・・・貪欲に、求めてしまう・・・一日中、抱いて
己をお前の中に埋め込んで・・・身も心も、時間さえ・・・・・
縛ってしまうぞ、俺は・・・」
 熱い、身体。
 これが。
「それを、・・・・・望んでいたんだよ、天戒」
 欲しかった、もの。
 その、全てで。
 抱いて、奪って。
 縛って、このまま。
「龍・・・・・」
 抱き締めたまま、ゆっくりと。
 龍斗を畳の上に横たえるようにして、天戒はそろりと突き立てた
ままの自身を抜き出す。その感触に身を震わせる龍斗の濡れた目元
に、口付けを落として。
「・・・・・抑えは、利かぬぞ」
「ん・・・」
 龍斗を、抱き上げると。
 奥の間に敷かれた、褥へと。
「・・・・・龍」
 下ろしはだけていた着物を取り去ってしまうと。横たえた龍斗の
上に、ゆっくりと身を重ねる。
 触れる、素肌が。
 互いを、求めるから。
「天戒」
 龍斗自ら開いた、脚の間に。
 下肢を、滑り込ませて。
「龍、・・・・・ッ」
「あ、ッ・・・天戒、そう・・・もっ、と・・・」
 互いの体液に濡れる、蕾を。
 灼熱の剣が貫き、支配する。
「・・・龍、ッ龍・・・・・」
 額に、瞼に、頬に。
 そして唇に。
 幾つも幾つも、降り注ぐ口付け。
 突き上げる振動が、泣きたいくらいに心地よくて。
 うかされたような熱と、突き抜ける快感に。
 ただ、縋り付いて。
「ああ、ッ・・・・・ん」
 激しい動きに翻弄されるまま、内に外に。欲を放って。
「まだ、だ・・・」
 それでも、果てしなく。
 続く、抱擁。
 縛り付ける、その腕で身体で言葉で。
「愛している、・・・・・龍」
「ん、ッ・・・俺、も・・・・・あ、ッ・・・あァ・・・ん」
 縛られる、ことを。
 望んで、強く。

 『欲』の深さなら、きっと。
 負けない。
 だからこそ、互いに。
 飽く事無き、想いを。





掲示板カウンターのキリ番・6000を踏んで下さった、
綾月魁夜様リクエストの『鬼畜攻め・天戒×襲い(誘い)受け龍斗』
なのです・・・が(汗)。天戒、鬼畜じゃない・・・(ぐは)。
や、この後それこそ鬼神のごとくヤりまくったのは確実だったり
するのですケド・・・(頬染め)vvvリクエストの半分くらいしか
達成出来ていないような気もしつつ(ヲイ)、でも溢れんばかりの
愛は、バッチリなのです・・・ッ!!!!さりげに某抜け忍が暗躍して
いたりしますが・・・(目線逸らし)。
綾月さん、こんなブツになりましたが、御笑納頂ければ幸いですv