『欲求』



 余裕なんて。
 本当は、少しも。



「・・・・ッ冷た・・・」
「随分と、ひどい降りだな・・・」
 急ぎ戻って駆け込んだ、店先。
 並べられた品物を濡らさないようにと、気を遣いながらも
足早に上がり込んで。
「奈涸なのに、何とか出来なかったの?」
「・・・どういう理屈なんだ」
 それは。
 以前、雨を呼んだその『力』を指して言っているのだとは
推測出来たけれども。
「降らせるより止ませる方が、ずっと難しいんだ・・・氣を
集中させている間に、とっくにずぶ濡れになってしまう」
「・・・ふぅん」
 納得したのか否か。
 曖昧に頷くのに、苦笑しながら。
「ともかく、身体が冷えきってしまう前に、風呂を使うと
良い。出かける前に、湧かしておいたから」
 そう、促せば。
「・・・・・用意周到だね」
 小首を傾げながら。
 意味ありげに、見上げてくるのに。
「言っておくが、通り雨に遭ったのは偶然だ」
「・・・・ま、良いけど」
 どうにも。
 疑われているようで、心外だなとは思いつつ。
 それでも、風邪を引かせてしまう前にと、風呂場へと
龍斗を案内して。
「着替えを持って来るから、良く暖まっておくんだよ」
「も、子供じゃないんだから」
 クスクスと笑う声を背に、脱衣所を出て。
 浴衣の類いをしまってある箪笥を物色し、2人分を適当に
選びだして。
「本当に、ここまで濡れてしまうとは・・・」
 予定外だ、と。
 独り、呟いて。
 じわりと冷たい着物の感触に、身を震わせながら、早急に
風呂場へと足を向ける。
 脱衣所の篭に、浴衣を入れ。
 そして、濡れた着物を手早く脱ぎ捨てて。
 ガラリと。
 戸を開ければ。
「・・・・・ッ」
 まだ、掛け湯をしている途中であったのか。
 白い背を無防備に曝した龍斗が、あからさまに驚いたように
振り返って。
「な、がれ・・・・も、入るの・・・?」
「当然だ。俺も雨に打たれて、随分身体が冷えてしまったからな」
 告げれば。
 何やら、そわそわと。
 視線を、合わさないようにして。
 並々と張った、湯舟へと入ろうとするのに。
「・・・・・それとも・・・」
 その。
 腕を、捕らえ。
 引けば。
 困惑したような表情で、振り返るのに。
 薄く、笑いを浮かべながら。
「俺が一緒では・・・何か、不都合なのか?」
 問えば。
 気まずそうに。
 視線を泳がせて。
「そ、ういう訳じゃ・・・ないけど」
「そうかな。まるで、俺が君に何かするんじゃないか、とか・・・
そういう心配をしているようにも見えるんだが」
 わざと。
 揶揄するように、言えば。
 弾かれたように、振り仰いで。
 やはり、極まり悪げな貌で。
「だ、って・・・・」
「心外だな。俺が、そういつもいつも、君に対して不埒な行いばかり
する男だと、思われていたとは・・・」
 わざとらしい程の溜息と共に、肩を竦めて見せれば。
 フルフルと首を振って。
「ご、ごめん・・・そんなつもりじゃ・・・」
 その様も。
 本当に。
 可愛らしい、ものだから。
「・・・そう思われていたのなら」
 掴んだままの腕を。
 更に。
 強く、引いて。
「・・・・ッな・・・」
 触れあう、素肌。
 まだ、冷たいままのそれも。
「君の、期待に応えなければ・・・な」
 すぐに。
 熱く。
 してしまう、から。
「奈涸・・・ッ」
 咄嗟に逃げようと、もがく身体を、両の腕でしっかりと捕らえて。
 抗議の言葉を紡ごうとして、開いた唇を。
 自分のそれで。
 塞いで。
 くぐもった声も。
 吐息も。
 全て、奪い尽くすように。
 深く合わせ、舌を差し込み。
 強引に、絡めれば。
 怯えたように竦んでいた、それも。
 おずおずと、応えてくるから。
 濡れた音を立てて。
 存分に味わって。
「・・・ッふ・・・」
 息苦しさに、縋り付く腕に軽く爪を立てるのを見計らって、
唇を解放すれば。
 恨めしげに。
 睨み上げてくる。
 そんな、濡れた上目遣いにも。
 酷く、そそられるから。
「あ、ッ・・・・・奈涸・・・ッ」
 既に。
 欲の証は。
 受け入れる肉を求めて、天を仰いで。
 密着している分、余計に。
 あからさまに。
 それは、伝わるから。
「こ、んな・・・ところで・・・ッ」
 身を離そうと捩る身体を。
 繋ぎ留める、ように。
「・・・・や、ッ・・・」
 双丘を、そろりと撫でてやれば。
 刺激に。
 素直に反応して、しがみついてくるのに。
 忍び笑いを漏らしながら、尚も。
 その谷間に沿うように、手を滑らせて。
 辿り着いた、まだ固い蕾を。
 指先で、押すようにすれば。
 ビクビクと。
 それだけで、身を震わせて。
「・・・・・ふ、ッ・・・」
 じわりと。
 熱を帯びてくるのが。
 直に、分かるから。
 ゆるりと、円を描くように撫でて。
 徐々に、その強張りを。
 解かす、ように。
 一方で、やおら身を擡げている、龍斗のそれにも。
 指を絡めて。
 先走りに濡れる先端を、くすぐるように。
 その快楽を、引き出してやれば。
「ん、・・・・ッ・・・・あァ・・・」
 声に。
 混ざり始めた、艶めいたものを。
 確信、して。
「・・・・・ここ、に・・・」
 まだ頑な、入り口を。
 伺う、ように軽く突いて。
 熱を帯びた、吐息とともに。
 耳元に。
「・・・・・君の中に、入りたい」
 囁けば。
 ヒクリと。
 全身を震わせて。
「あ、・・・・ッ」
 その、弾みで。
 探っていた中指が、スルリと。
 内へと、飲み込まれて。
「・・・・・君、も・・・欲しいんだろう・・・・?」
「・・・・や、ッ・・・・」
 すぐに締め付けてくる、貪欲さに。
 誘う、その動きに。
 隙をついて、もう1本指を増やせば。
 息を乱れさせながら、首をゆるゆると振るけれども。
 その場所で。
 得る、快楽を知っている身体は。
 しだいに。
 溶けて。 
「・・・奈、涸・・・ッ」
 掠れて、呼ぶ。
 その声に。
 不意に、身体を離して。
 喪失感に、不安げに揺れる瞳に。
「・・・・・すぐ、に」
 微笑みかけて。
 蒸気に湿る壁に、龍斗の胸を押し付けるようにして。
 背後から、そろりと。
 しなやかな背を辿り、双丘を。
 圧し開くように。
 頼り無げな腰を、引き寄せて。
 奥に。
 密やかに息づく、そこに。
「俺、を・・・・・あげよう」
 猛る肉塊を。
 半ば、強引に。
「あ、あァァ・・・・ッ」
 捩じ込むようにして。
 先端を飲み込ませれば。
 異物を押し返す、その反動で。
 自ら、じわじわと。
 奥へと。
 取り込むように、蠢く内壁が。
 熱く。
 絡み付くから。
「・・・ッ・・・凄い、な」
 目眩のするような、強烈な快感に。
 感嘆の、溜息を漏らせば。
「・・・・こ、んな・・・の・・・ッや・・・・」
 立ったまま、後ろからの挿入に。
 縋り付けるものを、求めてか。
 水滴に滑る壁に、何度も手を這わせて。
 もどかしげに、爪さえ立てようとするのを。
 そっと、手を重ね合わせて。
 指を、絡めれば。
「・・・・・あ、ッ・・・・」
 それが。
 安心、するのか。
 背を、しならせて。
 溜息を漏らすのに。
「・・・龍斗」
 こうして、睦み合う時は。
 名を、呼ぶ。
 それは。
 ふたりだけの、秘密めいた約束のような。
「な、がれ・・・・ッ」
 いつしか、奈涸自身の殆どを、その内に収めてしまって。
 圧倒的なその質量に。
 熱さに。
 震えながら。
 肩ごし、返り見る瞳の中に浮かぶ、切なげな色に。
 煽られて。
「・・・ふ」
 そろりと引いた腰を。
 また、打ち付けて。
「あ、あァッ・・んッ・・・あ・・・ッん・・・」
 嬌声を。
 思うまま、上げさせる。
 何度も、抱いて。
 知り尽くしたはずの、身体なのに。
 抱く度に。
 もっと。
 曝けて。
 暴いて。
 尽きる事のない、欲に。
 突き動かされるままに。
 求める、から。
「奈涸・・・ッ奈涸・・・・・ッ」
 呼ばれるままに。
 肩ごし。
 性急に、唇を重ねて。
「・・・・・・・ッ」
 最奥に。
 熱く迸れば。
 衝撃に、上げた嬌声さえ。
 全部。
 奪い尽くして。
 束縛を緩めれば。
 壁伝いに、沈む身体。
 ほぼ同時に放った白濁が、その脇をゆっくりと伝い落ちていく
のに、知らず目を奪われて。
「・・・・・本当に、欲深いものだな・・・」
 すぐにでも。
 また、この場で組み敷いてしまいたいのを、堪えながら。
 手桶に汲んだ湯で、溢れ出した体液に汚れた下半身から順に、
龍斗の身体を洗い浄めて。
 抱き起こせば、ぼんやりと虚ろな目をしながら見上げてくるのに。
 ふ、と。笑いかけながら。
「このままでは、湯あたりをおこしてしまうからな」
 湯舟に浸かる前に。
 すっかり、暖まってしまった身体を。
 抱き上げて。
「・・・・・続きは、俺の部屋で」
 囁けば。
 困ったように。
 それでも、微かな溜息と共に。
 笑みを、返して。
「誘うの・・・上手過ぎ」
 その照れを隠すように。
 縋り付いてくるのを、しっかりと抱きかかえながら。
 濡れた髪に。
 口付けを落として。
「・・・・・君には適わないさ」
 本当に。
 その一挙一動に。
 振り回されている、ことを。
 知ってか、知らずか。
「俺は、・・・・・・・・・ッ」
 ガラリと。
 戸を開けようと、龍斗を抱え直した奈涸の、その。
 目の前で。
 不意に、開け放たれた。
 そこには。
「随分と暖められた御様子ですね」
 浴衣を手に。
 微笑む。
「・・・ッ凉浬!?」
「こんにちは、龍斗さん」
 奈涸の、妹・凉浬が。
 悠然と立っていて。
「床の準備は済ませてありますので」
 ごゆっくり、と。
 龍斗には、柔らかい笑みを。
 兄には。
 口元は笑んだ形を作りつつも。
 その目は。
 少しも。
 笑ってなど、おらずに。
 浴衣をそれぞれに着せかけ、軽く一礼すると、そのまま脱衣所から
出て行ってしまうのを。
 ふたり。
 放心したように、見送って。
「・・・・・我が妹ながら」
 侮れん、と。
 唸るように呟けば。
 腕の中の龍斗はといえば、殆ど泣き出しそうな顔で。
「・・・ッも、帰る・・・ッ」
 降り立とうとするのを、抱く腕の力を強くして。
 制して。
「帰さないよ、まだ・・・まだね」
 ニヤリと。
 含みのある笑いを浮かべれば。
 一瞬、言葉に詰まりながらも身を捩って。
「・・・ッいつも、どうしてそんなに余裕綽々なんだよ・・ッ」
 悔しさを滲ませながら、呟くのに。
「・・・・・まさか」
 苦い。
 笑みを。
 顔を埋めた濡れた黒髪に、忍ばせて。
「君相手に、そんなもの・・・あるはずもない」
 いつだって。
 龍斗に対しては。
 そんな、余裕なんて。
 どこにも。
「・・・・・必死、なんだよ」
 いつだって。
 龍斗には。
 本当に、自分の。
 全てで。
 それでもまだ
 足りないと、感じるのに。
「・・・・・」
「まぁ、それはこれから俺がとくと、君の身体に教え込んであげる
としよう」
 それが。
 伝わるまで。
 彼が。
 理解、するまで。
 何度でも。
 そして。
 理解、してくれたなら。
 また、何度でも。
 だから。
「覚悟、するんだな」
「・・・・・ッ」
 そのまま。
 部屋に。
 整えられた褥に、龍斗を降ろし横たえて。
 背後で、スッと襖が閉められるのを確認して。
 掛けられた浴衣を取り去り、またゆっくりと覆い被さるように。
 素肌を、重ねれば。
 ゆるりと持ち上げられた腕が、首に。
 絡み付いて。
「・・・・・余裕、ないんだ?」
 引き寄せられて。
 鼻先が、掠める距離。
「・・・・・ないよ、君に対しては・・・全く」
「・・・・・ふふッ」
 答えに。
 何だか。
 とても、嬉しそうに。
 息を飲む程に。
 綺麗に、微笑うから。
「飢えた獣のような俺が、良いのか?」
 苦笑混じりに問えば。
「飢えてるんだ?」
 尚も。
 聞き返すのに。
「飢えを感じるな・・・君に対しては、恐ろしく」
 答えながら。
 白い喉元に。
 やんわりと、歯をたてれば。
 くすぐったそうに身を捩りながらも。
 クスクスと。
 笑いさざめいて。
「・・・じゃあ、どうぞ」
 召し上がれ、と。
 楽しげな。
 笑い混じりの言葉に。
「では、遠慮なく頂くとしよう」
 誘われる、ままに。
 求める、心のままに。

 これからも。
 尽きる事のない欲で。
 飽く事なく。





ガッつく攻めは、大好きです(悦)。
以前、オフラインの如主本でも、お風呂えっちを
描いた事があったりするのですが(笑)、やはり
血筋なのでしょうか(怯)。飛水の技(何)。
そして、またしても最強の妹・凉浬ちゃん(悦)。