『闇哭』



 その全てを。
 我が手、に。



「最近、村正もおとなしいよね」
 夕焼けに染まる、山。
 日が完全に落ちてしまわぬ内にと、やや足早に山道を
下りていく。
 その隣を遅れる事なく、ピタリと添うように歩く龍斗の
言葉に、足を止めれば。
 立ち止まった霜葉の、数歩先。
 同じように、歩を止めて。
 振り向く顔は、怪訝そうに。
「霜葉?」
 ゆっくりと歩み寄り、小首を傾げながら覗き込んで来るのに。
「・・・・・おとなしい、か」
 そう、言われてみれば。
 以前は、龍斗の氣を近くに感じると。
 辟易する程に、耳障りな音で。
 無論、それは霜葉にしか聞こえないものであるのだけれど。
 龍斗、を。
 おそらく、その氣を欲して。
 哭く、のを。
 霜葉は、かなりの精神を消耗しつつも。
 押さえ込んでいたものだったのだが。
 ここ、最近は。
 かえって、無気味な程に。
 沈黙を、続けるのに。
「・・・・・」
「霜葉の、脅しが効いたのかな」
 どういう心境の変化なのかと。
 難しい顔で、考え込む。
 その、懸念を拭い去るように、明るい声で。
「・・・・・そう、だと良いが」
「ふふ、だって・・・・・村正に宣言した時の霜葉って・・・」
 以前。
 龍斗に、ちょっかいを掛けようとした、妖刀に。
 ビリビリと、空気が震える程の、凄まじい氣と。
 言の葉でもって。

 これ、は。
 俺のものだ。
 貴様には。
 やらぬ。

「怖いくらいに、・・・・・カッコ良かったよ」
 微かに頬を朱に染めて。
 見上げてくる、龍斗に。
 どうしたって。
 沸き上がって来る、愛おしさは。
 抑えられるものでは、ないから。
「・・・・・龍」
 ゆっくりと。
 瞳が、閉じられるのを合図に。
 唇を。
 寄せようと。
「・・・・・ッ」
「な、ッ・・・・・」
 バキリ、と。
 不意に、何かか折れるような大きな音に。
 振り返れば。
「ッ龍、・・・・・・・」
 視界を覆うように。
 倒れて来る、大木。
 咄嗟に。
 龍斗、だけはと。
「霜葉、ッ・・・・・」
 突き飛ばせば。
 驚いた、ような。
 泣きそうな、貌が揺れて。
 瞬間。
 後頭部に、強い衝撃を感じ。
 そして、自分を呼ぶ声を。
 何処か、遠くに。
「た、つ・・・・・」
 感じながら。
 意識は。
 闇、に。



「霜葉、霜葉・・・・・ッ」
 声、が。
 聞こえる。
 その、名を。
 悲鳴のように。
 何度も。
 ゆっくりと。
 浮上させる、もの。
「・・・・・う」
「霜葉!?」
 目を開けて、最初に飛び込んで来たのは。
 真っ赤に泣き腫らした目をした、龍斗の顔で。
「大丈夫!?・・・・・じゃないよね、血が出てる・・・
ごめんなさい、俺・・・・・ッ」
 また、ポロポロと大きな瞳から零れ落ちる、涙に。
 誘われる、ように。
「・・・・・ッ」
 そろりと、上体を起こし。
 傍らに座り込む、龍斗の腕を。
 引いて。
 倒れ込んでくる、しなやかな肢体を受け止め。
 顎を捕らえ、その滴を。
 舌で、拭えば。
「そう、は・・・・・?」
 戸惑ったように。
 それでも。
 拒まぬ、身体。
 まだ。
 気付かぬ。
「あ、・・・・・急に動くのは、良くないから・・・・・
すぐに、誰か呼んで来・・・・・」
 霜葉の、前では。
 いっそ、愚かな程に無防備なままに。
 立ち上がろうと浮かした腰を。
「・・・・・、ッ」
 強い力で。
 抱き寄せれば。
 何か、抗議をしようと顔を上げ。
 開きかけた、口が。
 表情、が。
 その、まま。
 強張る。
「・・・・・だ、れ・・・・・」
「・・・・・ふッ」
 怯えたような、貌。
 捕らえられた腕から、逃れようと身を捩るのを。
 押さえ込む、ように。
 地面に、縫い止めて。
「違、う・・・・・ッ誰!?」
 ここ、に。
 いる、のは。
 霜葉、では。
「霜葉、じゃない・・・ッ」
「く、くくくくく・・・・・ッ」
 そんな、こと。
 今頃、気付いたのかと。
 嘲るような、声と笑いは。
 龍斗の、知っている霜葉のものとは。
 同じ、ものなのに。
 その、本質は。
 明らかに、異なる。
「身体は、『壬生霜葉』だ・・・そなたの、愛しい者。
この身体に抱かれるのは、そなたにとって悦びであろう」
「な、ッ・・・・・」
 言葉と。
 身体を辿り始めた、手の動きに。
 ゾクリと。
 恐怖、と。
 理解し難い、何かに。
 身を震わせて。
「い、や・・・・・だッ」
「嫌ではなかろう・・・この手を、そなたの身体は、よう
覚えておるぞ・・・・・そら、こんなに」
「あ、ああ・・・ッ」
 下肢を辿り。
 内股を撫でていた、手が。
 知らず、熱を持ち始めていた龍斗自身を捕らえ。
「良い声じゃ・・・さあ、もっと我に聞かせよ」
 ククッと。
 喉の奥で、嘲笑う。
 この、男は。
「や、いや・・・・・霜葉、・・・・・ッ」
 霜葉では、ない。
 その。
 内に居るもの、は。
「どうせなら、我が名を呼ばせたいものだのう・・・」
 それ、は。
「『村正』、と」
「・・・・・ッあ、ああああァ・・・ッ」
 その、正体を。
 知らしめると、同時。
 慣らされぬ、まま。
 密やかに息づく、蕾に。
 霜葉、の。
 肉の太刀を。
 突き立てて、そのまま。
 奥まで、一息に貫けば。
 衝撃に。
 傷付いて、赤い涙を流すのに。
 むしろ。
 芳しい血の香に。
 満足げに、喉を鳴らして。
「堪らぬな、・・・・・ここ、も・・・・・そんなに、
この男のものが恋しいか」
 引き裂かれながらも。
 強引に、収められた肉塊を。
 それでも、内壁は嬉しげに反応して。
 欲に震えながら、かき抱くように。
 雄に、愉楽をもたらすのに。
「や、・・・・・ッ違う、こんな・・・・・ッあ、ァッ」
「下の口は、正直だぞ・・・・・ふ、ッ喰い切らん程に、
締め付けてくるわ」
 激しい突き上げに。
 肌を弄る、手に。
 否定の言葉を吐きながらも、混ざる嬌声が。
 応える、身体が。
 それを裏切って。
「いつも、見ていたぞ・・・・・そなたが、この男と
交わる様を・・・乱れ喘ぎ、快楽に溺れる姿をな・・・
そう、我は只見ていることしか出来なかった・・・・・」
 その、声も。
 吐息も。
 肌も。
 血も。
 そして、氣も。
 どんなにか、甘かろうと。
 その、味を。
 確かめたいと。
 そんな思いを、嘲笑うかのように。
 夜毎、目の前で。
 見せつける、ように。
 繰り広げられる。
 睦事を。
「・・・・・本当に、甘いな・・・そなた、は」
 何処もかしこも。
 蕩けそうに。
 全て、が。
 全て、で。
 虜に。
 される。
「・・・・・霜葉」
「ッ・・・・・」
 吐息を乱し。
 戦慄く、唇が。
 それでも。
 紡ぐ、のは。
「そう、は・・・・・ッ霜葉、霜葉・・・・・ッ」
「その名を、呼ぶな・・・・・ッ」
 快楽に。
 狂わされながらも。
 ただ、ひとり。
「堕ちよ・・・・・そして我が物となれ、緋勇龍斗 ! 」
 壊れんばかりに。
 突き込まれ、揺さぶられながらも。
 求める、のは。
「・・・・・霜葉ァ・・・ッ ! 」
 ひとり、だけ。
 欲しい、のは。
 壬生霜葉。
 その、人だけが。
「ーーーーーーーーーーッ」
「ん、ッ・・・・・」
 龍斗を蹂躙していた、激しい動きが。
 唐突に、止み。
 それでも、深く抉ったままの。
 肉剣がもたらす、圧迫感に身を震わせつつ。
 涙で霞む、視界の中。
 その目に映る。
 征服者、は。
「・・・・・そう、は・・・?」
 そっと。
 呼び掛ければ。
 先程までの、狂暴な雄の貌が幻であったかのように。
 虚ろな、瞳が。
 龍斗を、映し。
 刹那。
「お、れは・・・・・」
 その。
 状況に。
 龍斗を組み敷き。
 その身を貫く行為、には。
 優しさも。
 慈しみも。
 愛情の、欠片さえ。
 ない、のに。
 霜葉の表情が。
 苦悶に。
 歪む。
「俺は、・・・・・ッ俺は・・・」
「霜葉、違う・・・・・ッ霜葉じゃ、ない」
 肩を。
 唇を震わせながら。
「お前を、こんな・・・・・ッ」
「ッ霜葉 ! 」
 離れようと、起こしかけた身体を。
 龍斗の。
 両の腕が。
 捕らえ。
「霜葉、違うから・・・・・だから」
 抱き寄せて。
 宥めるように、背を撫でる。
 暖かい、手。
 癒される、のに。
 傷つけたのは。
 傷つけられたのは。
 龍斗の方、であるのに。
「済まぬ、龍・・・・・見えていたのに・・・村正が
お前を陵辱する様を、俺は・・・・・」
「でも、俺が呼んだから・・・・・戻って来てくれたん
だよ、ね・・・・・霜葉、霜葉・・・・・ッ」
「ああ、つッ・・・・・」
 不意に。
 顔を顰め、頭を押さえて俯くのに。
 もしや、また村正にと。
 一瞬、不安が過る。
 が。
「・・・・・霜葉?」
「・・・・・村正、が・・・お前に問うて、いる・・・」

 それ程に。
 この男が、愛おしいのか。
 それ程までに、この男に。

「・・・・・た、つ」
 村正が霜葉を通して問うたことを、伝え終わらぬ内に。
 背に回されていた腕の力が。
 強く。
「ごめん、ね・・・・・」
 ジャラリと。
 指先に触れた、鎖が鳴る。
「霜葉、だけなんだ・・・・・俺を、あげたいと思うのも
俺が、・・・・・欲しいと思うのも」
 だから。
 他、には。
 あげない。
 他、に。
 誰も欲しくはない。
「・・・・・龍、・・・」
「分かって、くれた・・・・・?」
 触れる鎖は冷たくて。
 村正の、声は。
 龍斗には、聞こえないけれど。
「・・・・・渋々、といったところか・・・油断は出来ぬ
が、それにしても・・・・・」
 一応、納得はしてくれたらしい旨を伝えつつ。
 何処か、そわそわと。
 落ち着きのない様子の霜葉の。
 目元が、微かに赤くなっているのを見て取って。
「ねぇ、村正・・・他にも、何か・・・・・」
「・・・・・後、は・・・」
「え、・・・」
「『お主が可愛がってやれ』、と・・・・・」
「ッ、・・・・・」
 その言葉に。
 ようやく、自分達の今の状態に。
 まだ。
 繋がったままの。
「そう、は・・・・・」
 困ったように、見上げて来る龍斗の髪を、優しい手付き
で、梳き。
 そこに唇を寄せて。
「そんな無体は、せぬ」
 無理な挿入に傷付いた身体を、これ以上壊す事のないよう。
 ゆっくりと。
 抜き出し、身を離そうとするのに。
「い、や・・・・・」
「ッ龍・・・・・」
 抱き寄せる、腕で。
 絡み付く、内壁で。
 繋ぎ、留めれば。
 困惑の面持ちで。
 視線を、落とすのに。
「ここ、で・・・・・」
 その内の存在を、意識してしまえば。
 もう。
 このまま、では。
「し、て・・・・・俺を、抱いて」
 燻る、熱を。
 散らすことなど、出来ないから。
「霜葉、が・・・・・欲しいよ」
「龍・・・・・」
 それ、は。
 霜葉も、同じで。
 自らの意志でなく煽られた快楽を。
 続ける、のではなく。
 新たに。
 龍斗、と。
 共に。
「溺れる、か」
 ようやく。
 柔らかな笑みを敷いた、唇が。
 ゆっくりと、下りて来て。
 触れ。
 重なり。
 この日、初めての口付けに。
 互いに。
 酔いしれて。
「・・・・・霜葉」
 甘い吐息が。
 耳朶をくすぐり。
 ゆるりと、引きかけた腰を押し進めれば。
「あ、ッ・・・ああ・・・・・」
 溜息のような。
 喘ぎが、零れる。
「霜葉、・・・霜葉」
 呼ぶ、声に。
 溢れる、愛おしさに。
 身体が、震える程に。
「・・・・・龍」
 呼べば。
 快楽に流されながらも。
 濡れた睫毛を、上げ。
 嬉しげに、微笑むから。

 そういう。
 こと、か。

「・・・・・そういうこと、だ」
「・・・・・ッな、に・・・・・」
「何も、ない・・・何も、考えなくて良い」
 今、は。
 俺の事、以外は。
 俺の事、だけを。
 感じていれば、良い。
「ん、んん・・・ッあァ・・・霜葉、だけ・・・・・」
 告げれば。
 フワリと、笑んで。
 揺れる脚を、霜葉の腰に絡め。
 より深い、繋がりを強請るから。
「そう、だ・・・・・俺の、・・・・・龍」
 求められるままに。
 求めるままに、霜葉もまた。
 緩やかな動きを、段々と。
 激しいものに、変えて。
「霜葉、霜葉・・・・霜葉ッ」
 それしか、知らぬように。
 唯ひとつの名を紡ぐ唇を、奪って。
 余す所無く。
 重ねて。
 繋げて。
「龍、ッ・・・・・」
 互い、だけを。
 呼ぶ、声を。
 夜の空に。
 溶かして。


 一筋。
 鞘を伝って。
 闇に。
 静かに零れた、冷たい滴を。

 知っているのは。
 冴えた月、だけ。
 



・・・・・村正・・・(遠い目)。
さすがに、刀を突っ込む訳にはいかないので(怯)
霜葉の身体を借りちゃいましたッ(謎テンション)♪
純粋に、「欲しい」と思うだけの、村正。
奪うだけでは、だめなのです。