『繋』



 きっと、選ぶことなんて出来ないと。
 分かっていて。
 分かっているのに。


「もしも、だけどね」
 まだ、少し掠れている声。
 つい、先程まで。
 散々、酷使した。させられた、咽がまだ癒えなくて。
 そして。
 こんなことを、こんな時に聞くなんて。
 莫迦みたいだと、自分でも分かっているのだ。
「・・・・・何だい?」
 腕を枕にしていた頭を、胸の上に。
 抱えるように、肩を抱いて引き寄せて。
 そうされれば、トクトクと。
 まだ、早い鼓動。
 お互いに、余韻を残したままで。
「・・・例えば、そこに河があって。とても急な流れで。
そして、そこに・・・・・」

 俺と。
 そして、お前の妹が。
 お前の目の前で、溺れていたら。

「・・・・・あれは、泳法に長けているからな」
「・・・・・奈涸」
 何だか、そのままはぐらかされてしまいそうで。
 胸の上に、のしかかるようにして。
 そのまま、馬乗りの状態で。
 躱されないように、頬を両手で捕らえれば。
 そこには、ただ穏やかな顔。
 迷いなど、微塵もないのだと。
「君は」
 そして、きっと。
「どんな答えが、欲しいんだい」
 その言葉で。
 聞き返されることだって、予測はしていたから。
「・・・・・奈涸、の」
 そして、この男の。
 答えだって、本当は。
「奈涸の、答えが・・・・・聞きたい」
 予測出来るはず。
 なのに、でも。
 その口で、その声で、その言葉で。
 告げられる、までは。
「・・・・・俺は」
 少しなら、考える時間をあげるつもりで。
 それは多分、自分の心の準備のためでもあり。
 でも、殆ど間を置かずに、答えは。
「妹を、助けるよ」
 やはり。
 そういう男だと。
 分かって、いるのに。
 分かって、いるから。
「・・・・・うん」
 それで、いい。
 彼は、それでいい。
 血を分けた妹を大切に思う、彼だからこそ。
 とても、優しい人だから。
 だからこそ、こんなにも。
「・・・・・そこまでは、君の予想範囲内かな」
「・・・え・・・」
 ゆるりと弧を描く、唇。
 自嘲気味に、軽く溜息を漏らして。
「妹を、無事に岸に引き上げたら・・・君を助けに飛び込む」
「・・・・ッな・・・・・」
 それは。
 そんな答えは。
「・・・・・無理だ、よ」
「・・・・・探すよ、君を」
「もう、とっくに流されてしまってる、よ・・・」
「それでも、探す」
 真直ぐに。
 もう既に。躱せないのは、自分の方で。
「・・・・・そんなことしたら、奈涸が・・・・」
「例え、力尽きても」
 続きを。
 聞くのが、怖くて。
 それでも、聞かずにはいられない。
 彼の、言の葉を。
「・・・・・きっと、君を見つける。そして捕まえるから
・・・・・・・掴んだ手は、絶対に・・・・・」
 離さない、から。
 だから。
「君も、この手を・・・・・離すことは許さない」
 いつの間にか。
 彼の頬を捕らえていたはずの手は、自分の口元を覆って。
 溢れだしそうな何かを。
 堪えるように。
「・・・・・ッそ、んな・・・こと・・・」
 出来るはずは、ないのに。
 それでも。
 その、言葉を。
 きっと、その答えを。
 待って、いたような。
 気が、するのは。
「大丈夫・・・・俺も、泳ぐのは得意なんだ」
 そういう問題じゃないのに。
 張り詰めた何かを溶かすように、笑うから。
 つられて、自分も笑い返してしまうから。
「流されることは、ないさ・・・・・ふたりとも」
 きっと。
 大丈夫なんだと。
 そう、思えるから。
「・・・ふふ。奈涸にしては、前向きな意見だね」
 からかう、言葉にも。
「ふむ・・・こういうのは本来、君の専売なんだが」
 やはり、もう。
 隠し切れない、嬉しさと。
 愛しさと。
「・・・・・もっと、伝染(うつ)してあげようか」
 それを、乗せて。
 触れあう寸前の、唇に。
「君がくれるものなら、何でも・・・・・」
 そこから伝わる、熱も。想いも、全部。
 迷うことなく、ここに。

「返品不可だからね」
「承知しているよ」

 ここに、ある。
 ここに、いる。

 繋いだ手を、離さないから。




奈涸さん、表デビュー(笑)。でも、使用後(待て)。
妹思いのお兄さんは、大好きです。
龍斗も、そうなのです。
そして、元より比較の対象ではないのです。