天長地久
冬の那智滝は、いつもにまして空気が澄み渡っている。元々結界の要として常に清浄な気を保っているが、冬はそれがいっそう美しくなる。冷えた空気が、そうさせるのだろう。
「さすがに寒いなぁ、水辺は」
「大丈夫か?…すまないな、つきあわせてしまって」
凍えた手に吐息を吹きかけ、さらにすりあわせる龍斗。その横で、天戒も白い息をもらしている。
「別に謝るコトじゃないよ。俺がつきあうって言ったんだし」
はねる飛沫が氷のように冷たい。顔に当たるそれに眉間にしわを寄せ、龍斗が明るく言う。あきらかに唇が血の気を失っているのに、そういう龍斗にいらだって。天戒は深く溜息をついた。
「龍。少し離れていろ。水の側にいると、なお寒い」
「はーい」
子供のような返事を返し、龍斗は素直に離れる。滝壺の水が流れ出て、小さな小川になっているあたりで立ち止まった。
龍斗のいる位置を横目で確かめると、天戒は緩く口端を持ち上げる。しかし何も言わずに、落ちてくる水を見据えた。そして抜刀すると、地面に突き立てる。
「――、――」
しばし、天戒の低い声だけが響いた。そしてそれが止むと、どこかピンとした空気が張りつめる。見かけ上は、別段どこも変わっていないが、確かに気の質が変わった。
「成功だね。空気が綺麗だ」
「ああ」
今日は結界の補強日。ほころびを埋め、弱まった場所を強化する、その日。
「ん…やっぱり気持ちいいな、この空気」
冴え渡る空気はとても心地よい。思い切り新鮮な空気を吸い込み、天戒の方へ歩き出そうとした、時。
「ぅわっ!」
ズルリ、と足が滑り、落ちる、と思ったと同時に氷のような水に倒れ込む。気づいた天戒が慌てて駆け寄り、水中でもがく龍斗を抱き上げた。
「龍斗!無事か!?」
「……ん、なんとか…生きてる」
寒さに身を震わせながら、それでも龍斗は微笑んだ。天戒に心配かけまいと、気丈に答える。そんな龍斗に顔をしかめると、無言で龍斗の衣服を脱がせにかかった。
「てん、かいっ!?」
焦る龍斗にはお構いなしで、上半身だけすべて衣服をはぎ取る。触れれば、いつもの暖かさは欠片もなく。ぬくもりを失った肌にきつく唇をかみしめ、己の上着を手早く羽織らせた。そのままぎゅっと抱きしめると、無言で肩口に顔を埋める。
「…天戒、濡れるから…」
おそるおそる口を開き、そして嫌々するように身体をよじる。そんな龍斗を無理矢理腕に抱き込み、唇を塞いだ。何か言いたそうに開いた隙間から舌を差し込み、絡ませて、黙らせる。甘い吐息と、ぴちゃりと言う濡れた音が響き、龍斗がこらえきれないようにしがみつく。龍斗を腕に抱きしめたまま、天戒はようやく唇を離した。
「…風邪をひく。屋敷に、戻るぞ」
とろんとした眼差しで天戒を見つめ、上気した頬のままくたりともたれ掛かる龍斗。天戒はゆるりと笑みを浮かべると、ひょいと龍斗を抱き上げた。
屋敷につくや否や、桔梗が飛び出してくる。そして飛び上がらんばかりに驚くと、天戒と龍斗を風呂場に放り込んだ。
「いいですか、二人とも。良く暖まるまで、絶対にでてきてはいけませんからね」
まるで母親のようだと苦笑し、それでも言われたとおりにする二人。熱い湯に身体を沈めれば、芯から暖まる。
「…天戒、ごめんね、迷惑かけて」
湯船につかりながら、ぽつりと龍斗が謝った。いったい何のことだと目を瞬かせる天戒に苦笑し、言葉を紡ぐ。
「さっき。…俺がドジやって落っこちなければ、別に怒られることもなかったのに…」
「ああ、そのことか。…お前が、泳げないということを知りながら水辺に寄せた俺が悪い」
「違う!天戒は全然悪くないよ!」
頭を振って否定し、龍斗がにらむように天戒を見つめた。その瞳を真っ正面から受け止め、天戒は不意に笑う。
「なら、二人が悪いと言うことにしておこう。このまま言い争っても、きりがつかん」
「……わかった」
不承不承と言った体でうなずく龍斗に苦笑を漏らし、いい加減湯あたりを起こすと天戒があがる。その背を見つめながら、もう少し暖まると背中に告げた。
天戒の気配が近くから消えると、龍斗はほっと息をつく。唇ぎりぎりまで湯に顔を沈め、反響しないくらい小さな声でつぶやいた。
「…もっと、しっかりしなきゃなぁ。これじゃ、天戒の足手まといになる」
暖かくなったら、絶対に泳法を覚えようと決心するのだった。
夕餉を綺麗に平らげた後、龍斗はこっそりと天戒の部屋に向かう。絞られた明かりの下で熱心に書を読む天戒に、知らず微笑みが漏れた。
「天戒、一つお願いがあるんだけど」
「何だ、急に」
今まで頼み事などしてこなかった龍斗が、急に言うとは。一体何事だと目を瞬かせると、龍斗は真剣な間差しで天戒を見つめる。
「…天戒の、足手まといになりたくないんだ。だから…俺の弱いところ、みんな直して」
一瞬何を言っているのかわからなかったが、すぐに先ほどのことだと思い当たった。そして心底嬉しそうな笑みを浮かべ、龍斗を緩く抱きしめる。
「…完璧など、あり得ない。俺にも、弱いところはある。だから…二人で補えばいいだろう?足りないところを」
無理して、完璧を目指さなくてもいい。欠点は、誰にでもあるのだから。無理をすれば、必ずほころびると。視線で、告げる。
「天戒…」
「独りで全部出来ないのなら、二人でやればいい。強いところは、幾らあっても問題ない。弱いところは二人で補えばいい。…俺の、隣にいてくれるか?」
今までと同じように。
そしてこれから先、ずっと。
「天戒…。もちろん、喜んで」
ふわりと笑みを浮かべると、龍斗は安心したように天戒に身を任せた。
独りですべてを負うには、重すぎる。
宿命も、生命も。
だから。
二人で分かち合う。
独りでは無理でも、二人なら出来るから。
貴方と、共に――
霞月さん、5万hit、おめでとうございますーvv遅ればせながらの御祝いで御座います♪
とりあえずあっさりとした天主で(笑)お納めくだされば幸いで御座いますv
返品・苦情も、いつでも受け付けますので(汗)
うにゃーvvv5萬打の言祝ぎと共に、ステキSSを
有り難うございます・・・ッ(嬉)vvv
完全無欠の人なんて有り得ませんから、やはり
こうして互いに足りない部分を補い合う・・・
まさに、理想の夫婦・・・ッ(待て)vvv
や、もうとても幸せな気持ちにさせて頂いたの
です・・・ッ(悦)v
綾月さん、感謝ですーvvv