『黄昏』
人は、様々な面(おもて)を持つ。
男も女も。大人も子供も。
自分とて、おそらくそうであるように。
彼の人もまた、幾つもの面(おもて)を持っている。
丁度使えそうな空き家が在るからと、この家を作業場兼
住居として与えられて。
「任務」として召集がかかった時以外は、ここで何時も
面を打つ。
毎日。
飽きることなど、あるはずもない。
面を打つということは、自分の生の殆ど全てであると
言っても決して過言などではなく。
それに。
同じ面は、彫らない。
否、彫れることはない。
人が表情を変えるように、面もまたその貌を変える。
それが。
作業に一段落をつけ。姿勢を崩し、ふと扉の方を見遣れば。
近付いてくる、氣。
締め切った扉の前で、それは立ち止まったようで、やや躊躇い
がちに、叩く音が響く。
「・・・・・開いている」
告げれば、立て付けのあまり良くないその木の扉を、不思議と
殆ど音もたてることなく、引いて。
「こんにちは」
気を遣ってか、そろりと入ってくる、彼。
その様子を見ているとは思わなかったのだろう。目が合うと、
少し驚いたように。
ただでさえ、大きな瞳を見開き、瞬きを繰り返して。
「・・・・・今、良いのか?」
「ああ・・・・少し、休憩をするつもりだった」
そう告げれば、安心したように笑みを零して。
そう、彼は。
こんな顔も。
「じゃあ、俺が・・・お茶煎れて良い?」
「・・・・・いや、自分で・・・」
「今度は、大丈夫。奈涸に色々教えて貰ったんだ」
つい最近、鬼道衆に加わった、忍びのことかと。少しの思案の
後、思い至って。
そう先日、手が離せなかった自分に代わって、龍斗が茶を煎れて
くれたのは、良いのだが。
恐ろしく、それは濃く出ていて。
口にして、思わず顔を顰めてしまったから。
「この間のは、茶葉が多過ぎたんだよね。渋い顔しながら、でも
我慢して飲んでくれて嬉しかったけど・・・・」
既に勝手に湯飲みの用意などしながら、クルリと振り返って。
「やっぱり、弥勒の喜ぶ顔・・・見たいし」
やや、照れたように。
はにかんだ、その顔はおそらく初めて見せるもので。
トクリと。
鼓動が、高鳴るのを感じる。
「・・・・・またひとつ・・・」
「え、何?」
「・・・・・いや」
ふと漏らした呟きに。小首を傾げながら、それでもこちらが
作り掛けの面を片付け始めると、慌てて自分の「仕事」に戻って。
木の面は過度の湿気を嫌う為、いわゆる炊事関連の作業は、
全て屋外でするようにしているから、パタパタと外に駆け出して
行く後ろ姿を、見送りながら。
「・・・・・幾つ在るのだろうな・・・・・君の面は」
きっと全ては、知ることは叶わぬのだろうけれども。
ひとつでも、多く。
見ることが出来るのなら。
「お待たせー」
小さな盆に、湯飲みを2つ、載せて。
傍らに、そっと膝を付くと、湯気の立ち上る湯飲みを差し出す。
「・・・・・済まない」
熱い器を、慎重に持ち上げて。
作法も何も持ち合わせていないから、そのまま一気にあおれば。
なるほど、いつぞやとは比べ物にならぬほど、清々しい茶の香が
染み渡るようで。
「・・・・・旨い、な」
そのまま、率直に感じたことを伝えれば、やや不安げに様子を
見守っていた顔は、すぐに明るさを取り戻して。
華が。
開く、ように。
見愡れる程に、それは鮮やかに。
「・・・・嬉しい」
笑んだ唇の、彼特有の朱が。
目に、焼きつけられるようで。
「えへへ、俺も・・・ーーーーーーーーーッ! 」
同じように。
熱い、茶を。
「・・・・ッ待て・・・・ !」
一息に飲もうとなど、するから。
「・・・・ひゃ・・・熱、・・・・ッ」
どうにか湯飲みは取り落とさずに済ませたものの、ケホケホと
咳き込みながら、涙を滲ませた目で。
咄嗟に肩を掴んで顔を覗き込んだ、自分を。
見上げてくる、から。
「・・・・み、ろく・・・?」
濡れた睫毛に縁取られた瞳が、驚きの形に見開かれていくのを
目の端で捕らえながら。
朱を濃くした唇に。
「・・・・・ん」
自分のそれで、触れれば。
微かに震えるのを感じたけれども、やがてゆっくりと。
綻んで。
そのまま。
翳りゆく、部屋の中。
ひとつずつ、曝していく。
まだ、見たことのない彼の。
見せたことのない、彼の貌を。
ここ、に。
刻み付けるために。
弥勒×龍斗(悦)。プラトニックにするつもりが
ナニやら・・・・・(目線逸らし)。
そーゆーのは、詳しくは(何)裏にて、いつか。
や、だってさ。この2人だとやっぱり龍斗が、
乗っからないと上手く出来(待て)。