『存在』



 腕に抱く度に、つのるもの。
 果てしない、安堵と。
 底なき、不安。
 こんなに。
 こんなに、側にいるのに。
 繋げて。
 身体も、心も。
 いっそ乱暴なくらいに、重ねても、尚。
 相反する、それが。
 膨らむのを、止められない。

 乱していた呼吸が、穏やかになる頃。
 彼は、褥から抜け出して自室に戻ろうとする。
 それ、を。
 しなやかな身体を引き寄せ、抱き締めて。
 すると、困ったような視線を向け、僅かに身じろぎする
のを。
 腕の力を強くし。
 離したくないと。
 その束縛でもって、伝えて。
「・・・・・ここに、居ろ」
 それだけでは、足りなくて。
 言葉でもって、重ねて。
 そうすれば、ゆるりと弛緩する身体。
 抱き寄せる、ままに。
 身を委ねて来るから。
 彼を。
 閉じ込める。
 この、腕の中に。
 閉じ込めて、眠る。

 元々、眠りは深い方ではない。
 というより。
 自分の立ち場というものを理解した、その時より。
 深く、寝入ってしまう事を、無意識の内に禁じるように
なっていたのかもしれない。
 それは、彼に出逢うまでのこと。
 今は。
 今は、深く眠りの淵に身を委ねてしまうことを。
 酷く、恐れてしまう。
 彼、が。
 今こうして腕の中にいる、彼が。
 眠っている間に、消えてしまうのではないかと。
 それが。
 怖いのだ。
 だから、いつも。
 彼を抱いて、眠る。
 いつも、その温もりを感じていられるように。
 この腕の中から、奪われることのないように。
 彼は、逃げない。
 離れない。
 分かっている。
 分かっていても。
 言い知れぬ、不安。
 図り知れぬ、闇が。
 時折、胸を過る。
 いつの間に。
 自分は、こんな臆病になってしまったのだろう。
 鬼を名乗る、自分が。
 その頭目である、自分は。

「・・・・・ここに、いるよ・・・」
 天戒、と。
 夢現に。
 囁かれて。
 それが。
 どうしようもなく、嬉しくて。
 ゆるりと笑みをしいた唇を、その漆黒の髪に落として。
 強く。
 強く、抱き締める。

 消えない、不安。
 恐れる、心。
 それでも。
 その分だけ、強さを。
 護り抜く、強さを。
 与えてくれるのは、他でもなく。
 腕の中にいる、この存在で。
 彼は。
 彼だけは。
 離さない。
 離れないと。
 そう、願ったのは。
 決めたのは。
 お互いだと、知っているから。

「俺も、ここに居る・・・・・龍」
 心地よい温もりに。
 ゆっくりと、微睡む。
 寝ても覚めても。
 きっと。
 ここに、いる。

 


こちらは、天戒視点で。
誰かを大切に思えば思う程、自分の中で
その存在が大きくなればなるほどに、
それを失うコトに怯えてしまう事も。
だけど、それを恐れるばかりでは、何も
出来ないから。失わない為の、強さを。