『存在』



 夜明け前の、冴えた空気に。
 急激ではなく、緩やかに覚醒を促される。
 取り巻く空気は、冷たいけれど。
 寒さは、感じられない。
 包まっている、暖かい布団。
 そして。
 肌を包む。
 暖かな、腕。
 柔らかな、束縛。
 いつも。
 いつも彼は、龍斗を抱いて眠る。
 腕の中に。
 閉じ込めて。
 抱き締めて、彼は眠る。

 夜毎、肌を合わせ。
 その熱が引き、そろりと褥から抜け出そうとする龍斗の
しなやかな身体に、力強い腕が絡み付き、抱き寄せられ。
 引き留められ。
 いつも、そのまま。
「そろそろ・・・・・戻らない、と・・・」
 抱き込んで、離そうとしない。
 それを、やんわりと咎めるように身じろぎすれば。
 腕の力は、増々強くなって。
「・・・苦しい、よ・・・・・」
「ここ、に・・・・・」
 居ろ、と。
 掠れた声で、耳朶に囁く。
 それ、に。
 抗う事は、出来ない。
 離れる事は、出来ない。
 否。
 離れたく、ないのだ。
 何よりも。
 誰よりも、龍斗自身が。
「いるよ、・・・・・ここに」
 囁くのは。
 彼に、対して。
 そして。
 自分に。
 自分自身に、確認するように。
 ここにいるのは、自らの意志。
 自分が、望んだ事。
 それが彼の望みと、同じであっただけ。
 重なりあう、願いが。
 肌が。
 心が。
 全部。
 愛おしくて、仕方がない。
 逞しい胸に、頬を擦り寄せるようにして。
 そっと、耳を押し当てれば。
 確かな、鼓動。
 それが、嬉しくて。
 安心して、目を閉じる。
 

「・・・・・ここにいるよ、・・・・・天戒」
 ゆっくりと眠りに落ちる、その淵で。
 そっと、そっと呟けば。
 微かに、笑んだ気配と。
 髪に落とされる、口付け。
 嬉しくて。
 どうしようもなく、幸せで。

 だけど、時々。
 だから、時々。
 ふと不安になる。
 けれども。

 彼が、いなければきっと。
 自分は、存在しない。
 こんな幸せな自分は。
 何処にも、存在しない。

 彼が、いるから。
 自分は、存在する。

 ここに、在れる。




いつの間にか、在るものではありますが
誰かの為に、ならステキだなと思えたり。
大切な、誰かの為に。その為に、在りたい。
そして、互いにそうあれることが出来れば、
とても幸せだと思うのです。