『初夜』




 きっかけなんて、その辺に転がっているもので。


「部屋数は、そこそこあるんだがねぇ」
 図らずもここ、龍泉寺に住まうこととなって、ひと月。
 蓬莱寺京梧、醍醐雄慶。
 そして。
 緋勇龍斗。
 この3人で、部屋を分けることとなったのだが。
 これまでは、広めの1室に雑魚寝状態でいたものの、約一名の
いびきが五月蝿くてかなわないとの訴えがあったからで。
 確かに、部屋の数は余る程。
 それでも、このボロ寺のこと。殆どの部屋は、入れば床が
抜け落ちる有り様で。修繕せねば、使い物にならない。
 取りあえず、何とか使えそうなところが、ふたつ。
「雄慶は、身体が大きいからねぇ」
 時諏佐百合という、ここを取り仕切る女のひとことで。
 醍醐が、うちひとつを。
 そして、京梧と龍斗とで、もうひとつを使うことに、決定した。
 初めの内は、醍醐ひとりが広々と部屋を使えるのは公平ではないと
異論を唱えていた京梧であったが。
 しかし。
 龍斗となら、気も合う。
 寝相も良いし、寝言も殆ど言わない。
 こいつなら隣に寝ていても、十分熟睡出来るはず。
 その結論に達し、納得した京梧であった。
 のだが。

「おやすみ、京梧」
「おぅ」
 夜九つ過ぎ。
 昼間色々あって疲れていたこともあって、早々に2人とも布団に
横になる。
 すぐに。
 隣からは、安らかな寝息が聞こえてきて。
「・・・・寝つきの良い奴だな・・・」
 ふ、と笑んで。伺い見れば、本当に気持ち良さそうに眠る顔が。
「・・・・・しかし」
 龍斗は。
 京梧とも、殆ど年も変わらぬ、しかも格闘術を使いこなす男なのに。
 普段の様子もそうだが、こうして無心に眠っている姿は。
 所謂、雄というものを感じない。
 だからといって、女のようだという訳でもなく。
 スラリと、しなやかな体躯。
 少し日に灼けてはいるが、それでも白い滑らかな肌。
 艶のある、黒髪。
 今は閉じているが、見つめられれば息を飲む程に澄んだ、深い
色をした瞳。
「・・・・・睫毛も、長げぇな」
 本当に。
 こうして、まじまじと観察してみれば。
 その辺の女より、よっぽど綺麗だと。
「・・・・・ん」
「・・・・・ッ」
 一瞬。
 覗き込む気配に目を覚ましてしまったのかと、京梧は慌てたが。
 コロリと。寝返りを打っただけで。
 そのまま横向きに臥して。
 顔はこちらを向いているから。
 まだ、心臓がドクドクと、みっともないくらいに脈打っていて。
「・・・・・俺も寝るか」
 観念して、布団に潜り込み。
 天井を見上げていた顔を、ふと。
 再び、隣に向ければ。
「・・・・・ふふ」
 何か。
 良い夢でも、見ているんだろうか。
 フワリと。微笑む口元は、本当に。
「・・・・・綺麗だよなぁ・・・」
 ほんのり色付く唇は、薄暗闇の中、妙に艶かしく映って。
 それが、蕾のようにゆっくりと綻んで。 
「・・・・・京、梧」
「ーーーーーーーーッ!?」
 吐息と共に、呟かれた名に。
 驚いて、飛び起きれば。
「・・・・・」
「・・・・・・・?」
 しかし。
 どうやら。
「・・・・・お、どろかせんなよ・・・」
 龍斗が目を覚ました気配はなく。
 安堵からか、深々と溜息をついて。
「・・・・・く、そ・・」
 今のは。
 絶対に、反則だと。
 ぐしゃぐしゃと、前髪を掻いて。
「・・・・・ちッ」
 やおら立ち上がると、物音を立てぬよう忍び足で。
 それでも、何処か急いた様子で、部屋を抜け出る。
 いっそ、駆け出してしまいたいのだが、それも。
「そっちの気は、なかったハズなんだがなぁ・・・」
 適わなかったのは。
 すっかり反応してしまった、それの。
 その、せいで。
「なんでこんな、元気になるかな・・・」
 宥めるように、夜着の上から下腹部を軽く叩いてみたところで。
 治まるどころか、却って余計な刺激を与えてしまって。
「・・・・ッ」
 厠は、目の前。
 小走りに駆け寄り、扉を開けようとして。
「・・・・・京梧・・・?」
「ーーーーーーーーーッ」
 冗談でなく。
 爆発してしまいそうになるのを、寸で堪えて。
「・・・・・何、してるの・・・・」
「ひ、ひーちゃ・・・・んッ」
 振り返れば。
 どうしてここに、龍斗がいるのか。
「・・・・・妙な歩き方で出てって・・・・気になって・・・
起き出して来てみれば、挙動不審だし・・・・」
 ふぁ、と欠伸をして。まだ眠気の覚めぬ、ぼんやりとした
眼差しで。
 それでも、真直ぐに京梧を見上げて来るから。
「・・・・・よ、用足しに、よッ・・・は、はは・・・」
 あからさまに。
 上擦る声に。
「・・・・・京梧?」
 不審げに、龍斗が近くに寄ろうとして。
 ふと。
 視線が。
「・・・・・」
 やや、下方に。
「・・・・・・・ああ」
「え・・・・ッあァ!?」
 しっかりと。
 見られて、しまって。
「・・・・・何処の女のこと、考えてたのやら・・・・」
「ッひーちゃんのせいじゃねぇか、これは!!」
「・・・・・何だって」
「・・・あ!!」
 溜息をつく龍斗の言葉に。
 そのまま、合わせて笑って誤魔化していれば。
 なのに。
「・・・・・ッそうだよ、ひーちゃんが隣であんな無防備な
顔して、あんな寝言まで・・・・ああああもう、責任取れよ!!」
 墓穴を掘ってしまって。
 更に、言い訳も何も、言っていることが無茶苦茶なのに。
 それでも。
 それは、やはり事実で。
「・・・・・責任、ね」
 ゼェゼェと息を切らす京梧に。
 ある意味衝撃的な告白を、意外な程落ち着き払って聞いていた
龍斗は。
 ゆっくりと、視線を合わせて。
「・・・・ひー、ちゃん・・・・?」
「じゃ、お前も・・・・・責任、取れよ?」
 ゆるりと弧を描く、唇を。
 茫然と立ち尽くす、京梧のそれに。
 掠める、ように。
「・・・・・・ッ」
 ほんの、一瞬の出来事だったけれども。
 それでも。
 これは、紛れもない現実で。
「それって、そういうこと・・・だよな」
 突然降ってきた、もしかしたら幸運かも知れない、それに。
 動揺を隠せないままに、それでも確かなものにしたくて。
「・・・・・お前以外の奴なら、殺してる」
「・・・・・ッく、そ」
 その言葉に。
 確信に、変えて。
 目の前の身体を、かき抱けば。
 抵抗は、なく。
 しなやかな身体の線を手で辿りながら、微かに触れただけ
だった唇を、確かめるように。
 重ねて、深く深く。
 舌を忍び込ませれば、強気な言動とは裏腹に、戸惑ったように
おずおずと応えてくる、その様に。
 抱く腕の力を、強くして。
「・・・・苦し、い・・・・」
「あ、あァ済まねぇ・・・・でも、もう・・・・限界・・・」
「ッこ、んなところで・・・するのか・・・」
 既に昂る自身を、擦り付けるようにすれば。
 ほんのりと目元を朱に染めて。睨み付けるように、見上げて
くるから。
「・・・・くぅッ、可愛い・・・堪んねぇ」
 本当に、このまま。
 ここで、抱いてしまいたかったけれど。
「へへ・・・・安心、しな」
 ひょい、と。
 京梧よりも、幾分小柄なその身体を軽々と抱き上げて。
「・・・ッ京、梧!!」
「ちゃんと、あったかくて柔らかいところで・・・・可愛がって
やるよ」
 耳元で囁けば。
 途端、頬を赤く染め上げて。
 何か言いたそうにしていたけれど、やがて諦めたように首に腕を
回して。
「・・・・・初めてなんだから・・・加減しろよ」
 隠すように。肩口に顔を埋め、ボソリと。
 呟けば。
「大切に・・・・・する」
 返ってきた言葉は。その声は。
 真摯な、もので。

 抱く腕の熱さと。力強さに。
 目眩すら感じながら、それでも。
 何処か、安心出来て。

 明日、ちゃんと起きられるのかと、そんな不安が微かに心を
過ったけれど。
 それは、もう。

 そんなことも、もう。
 考えられなくなる。
 瞬間は、もうすぐそこに。 
 



可愛がってくれるそうです(悦)。
ようやく出番の、京梧(笑)。一応、表からね(含笑)。
しかし、あんな大騒ぎしてて、醍醐はともかく・・・
きっと、百合ちゃんには筒抜けかと(微笑)。
・・・・・若いって、良いねぇ・・・・・。