『傷心』




 夜の帳が降りた、部屋の中。
 微かに、啜り泣くような声が聞こえる。
「ん、ふ・・・・・ッぅ・・・ッく・・・」
 だけど、そこに混ざる艶めいた響きと。
 重なる、もうひとつの荒い呼吸。
 そして、断続的に聞こえる濡れた音が、それが只泣いている
のではないと、知らしめていて。
「イイのか、・・・・・ひーちゃん」
「や、ァ・・・・・ッん・・・あァ、・・・ッ」
「・・・・・すげー、イイぜ・・・俺、も・・・・・」
 欲に掠れた雄の声色に、吹き込まれた耳から全身へと痺れる
ような快感が突き抜ける。知らず、内壁がきつく収縮して、その
内に飲み込んだ肉剣を更に煽る。
「ッ、京・・・梧・・・・・ッ」
 無意識の締め付けに、一層その堅さと体積を増した熱塊が、
粘膜の敏感なところを擦り上げる。切なげに、覆い被さる男の
名を呼びながら、龍斗は逞しい背に縋るように回した手に、力を
込める。
 体内に激しく渦巻く熱にうかされ、潤んだ瞳を向ければ。
「・・・・・龍、斗・・・」
 同じように熱を孕んだ吐息が近付いて。
 重ねられる、唇。
 待ちかねたように、自ら舌を差し入れれば、それは巧みに絡め
取られ。濃厚な口付けの間にも、下肢からは絶えまぬ抽送が目眩
のするような快楽をもたらす、のに。
 うっとりと、溜め息を漏らせば。
「・・・・・イイ、顔・・・」
 感嘆の声に、口付けの間に閉じてしまっていた瞳をそろりと開け、
気恥ずかしげに見上げれば。
「なァ、・・・・・お前、・・・ほんと初めて・・・?」
「・・・・・ッ」
 咄嗟に。
 のしかかる身体を、突き飛ばして。
「ッ、な・・・龍斗、ッ・・・・・!?」
「お前、最低・・・・・ッ」
 傍らに脱ぎ捨てられていた寝着を肩に羽織り、まだうまく力の
入らない足を、どうにか立たせて。
「待てよ、龍斗・・・ッ ! 」
 呆然と見上げて来る京梧を一瞥し、くるりと背を向けて。
 引き止める声を、ピシャリと障子で閉じ込めて。
 裸足のまま、庭へと飛び下りると。
 月の元、小さな珠が微かに光を放って、落ちて。
 消えていった。




 京梧と龍斗が喧嘩した、らしい。
 それを口にしては誰も言わなかったものの、仲間内ではそれは
すっかり知れ渡っていて。
 表面上は、以前と変わり無い笑顔で振る舞う龍斗と、それをやや
離れたところから物言いたげに見遣る京梧に。
 どうしたものかと、皆溜め息をつくばかりで。
 特に任務等に支障をきたすところではなかったものの、やはり
取り巻く空気の重苦しさに、誰もが辟易し出した、頃。


「あの、龍斗さん・・・先日お預かりしていた装飾品ですが・・・」
「あ、もう直ったんだ・・・有難う、それは・・・・・・あいつに
渡しといて」
「私が・・・・・蓬莱寺さんに、ですか」
「そう、・・・頼むよ」
 分かりました、とやや間を置いて応えて。
 言付けられるまま、凉浬がその品を携えて寺の門をくぐり辺りを
見渡せば。
 その相手は、松の大木の下。
 空を見上げているような、遠い瞳にはおそらく。
 その青さの欠片も、映ってはいないのだうと、思えて。
「・・・・・貴方は、最低です」
「・・・・・いきなり、何を言うかと思えば・・・」
「貴方が、あの方を傷つけたのは分かっているのです」
「・・・見てたのかよ」
「何をですか?」
「いや、・・・・・何でもねぇよ」
 苦笑して、そのまま。
 また、見るともなしに、空を。
 遠くを、見つめているから。
「・・・・・貴方にしか、癒せないのです」
 ポツリ、と。
 呟くのに。
「・・・傷つけたのは、俺・・・なんだろう?」
「だから、・・・いえ、それでも・・・・・貴方でなくてはならない
のです・・・・・口惜しい、ですけれど」
 最後の言葉、は。
 紛れも無く、凉浬の本音で。
 風の音に流されてしまいそうな、それも。
 確実に、京梧の耳は捕らえていて。
「・・・・・済まねぇ、な」
「私に謝らないで下さい・・・不愉快です」
「・・・ははッ」
 冷ややかに応える凉浬に、京梧はようやく笑顔、と呼べるような貌
を向けて。
「あいつ、何処だ」
「・・・・・先に戻られているはずですから・・・御部屋に」
「ありがとよ」
 軽く頭を下げて立ち去る凉浬の背を、ろくに見送りもせず。京梧は
踵を返し、真直ぐに庭を横切り自室へと足早に歩き出す。
 ちらりと、凉浬は肩越しにそれを返り見て。
 やや苦い微笑いを、その貌に浮かべた。


 開け放した障子の向こう。
 畳の上に、いっそ無防備なほどの姿で寝そべっていた龍斗の、その
深い色の瞳が京梧の姿を映した途端、微かに警戒の色を敷く。
「・・・・・ひーちゃん」
 呼んでも。
 身じろぎひとつ、せずに。
 ただ、静かに。
 だが、確かに全身に緊張を走らせた、まま。
 見据える、瞳。
「・・・・・言い訳なんざ、するつもりはねぇんだ」
 でもよ、と履物を無造作に脱ぎ捨て、縁側から上がり込んで。
 龍斗が寝そべっている場所から、少しばかり距離を置いてゆっくり
と腰を下ろして。
 視線は、真直ぐに。
 対峙、させて。
「そんだけ、・・・悦かったんだよ」
「な、・・・・・」
「というか、悦さそうに見えたからな、お前・・・もっと痛がるもん
だと思ってたから、・・・・・確かにキツくて、初めてなんだろうっ
てのは判ってるつもりでいた、んだがなァ・・・・・」
「な、・・・・・に、を・・・ッ」
 みるみる。
 無表情だった白い貌が戸惑いをあらわに震え、朱に染まって。
「何を、お前・・・・・そん、な・・・・・」
「龍斗」
 羞恥故か、それとも。
 半ば、泣き出してしまいそうな顔で。
 視線を所在なさげに彷徨わせる龍斗の、名を。
 呼んで、ゆっくりと。
 後ろ手に、障子を閉ざしてしまえば。
 木縁が触れ合う、その音にビクリと肩を揺らして。
 やがて、困惑の眼差しが、そろりと近付いてくる京梧を。
 瞬きもせず、捕らえて。
「・・・・・傷つけるつもりは、なかった」
 頬に伸ばされた手が、触れた瞬間。
 僅かに目を細めて、それでも。
 逃げずに。
 逸らさずに。
「だが、・・・・・傷つけちまった・・・・・んだな」
「京、梧」
 名を。
 口にするのは、本当に久し振りな気がして。
「・・・京梧」
 その響きを確かめるように、またポツリと洩らせば。
 刹那、強く。
 その腕が、きつく。
 龍斗の身体を、かき抱いて。
「・・・・・痛かった、んだよな・・・」
 ああ、そうだと。
 抱き締められながら、ぼんやりと。
 あの時の言葉にしようのない衝撃を、思い浮かべたけれど。
 それ、は。
 ゆっくりと、氷解するかのように。
 胸の奥、微かな痛みは残ったけれど、少しずつ。
 溶けて。
「・・・・・悪かった」
 低く。
 耳元、告げられた言葉に。
 龍斗は、答えの代わりに、そっと。

 その広い背に、腕を回した。





禁句です(苦笑)。何げない言葉も、時と場合によって
ザクリとキますのです・・・要注意v
そして、勿論ひーたんは初物です(羨ましいぜ、京梧!!)v
弘樹さん宅『愚者の杜』サマの1周年記念企画に
捧げさせて頂くSSでございますーv
・・・お題は、『初えっち』でした(頬染め)v
弘樹さん、こ・・・こんなのでも良い(おそるおそる)?
っつーか、遅くなってゴメンナサイー(涙目)!!