『視線』
いつだって。
どこだって。
見ている、から。
「・・・・・くすぐったい」
穏やかな、昼下がり。
本日のところは、さして任務らしきものもなくて。
九角屋敷の縁側、ポカポカと暖かな陽射しが心地よい
その場所で、子猫と戯れて笑っていた貌が、その笑みを
残したまま、振り返って言うものだから。てっきり、
じゃれる子猫のせいだと首を傾げれば。
「そんな、見ないでよ・・・天戒」
同じように、小首を傾げて微笑うのに。
歩み寄りかけていた足を、止めてしまえば。
「・・・・・うん、でも・・・別にヤな訳じゃないんだ
けど、ね」
クスクスと。
笑いながら、横向きに寝そべって。
見上げて来る様は、傍らの子猫よりも可愛らしいと。
言えば、怒るだろうかと言葉を飲み込んで。代わりに、
小さく溜め息をつきながら、ゆっくりとまた足を踏み出し
寝転がった龍斗の目の前に、天戒は腰を下ろした。
「・・・・・そんなに、見ていたか・・・俺は」
「そうだね」
頷かれて。
自覚がなかった訳ではない。
いつだって、どこだって。
視線は、龍斗を追う。
目が、離せない。
つい。
見つめてしまう、のだ。
「・・・・・見ていて、飽きぬからな」
そっと告げれば。その言葉の意味を問うて、真直ぐな
瞳が見つめて来る。夜空よりも遠い色をした、美しい瞳。
「何・・・俺って、天戒にとっては、こいつみたいなもの?」
まだ遊び足りないのか、しきりに龍斗の着物に爪をたてる
子猫を、やんわりとあしらいつつ。少し、肩を竦めて言うのに。
「・・・・・目を、奪われる」
やや上体を倒し、覗き込むようにして。
低く、囁けば。
戸惑いのような色が、瞳を掠めて。
「一瞬一瞬毎に、違った貌を見せる・・・それを見ているのが
・・・・・楽しい」
「・・・・・そんなもんかね」
天戒の言葉を、どう捕らえたのか。
ポツリと呟いて、龍斗はコロリと転がって背を向ける形で。
そして、空に向かってゆるりと持ち上げた腕を差し伸べる。
「この、空や・・・雲、照る日の加減で変わる山の景色・・・
それと、似たようなものかな」
そう言って。
独り、納得してしまいそうになるから。
掲げた手を、そっと捕まえて。訝しげに振り返った龍斗に、
ゆっくりと顔を近付けながら。
深い、瞳の奥を覗き込むようにして。
「お前の美しさは・・・その比ではない」
「ッ、・・・・・」
告げれぱ。
途端、白磁の頬が微かな朱に染まる。
「そ、そういう台詞は・・・た、とえば桔梗とか、ッ・・・」
「あれも確かに美しいが・・・・・そういう種類の、ものでは
ないのだ」
「・・・・・どんな種類なんだか」
捕らえたままの、腕。
ほんの少しだけ、早くなっている鼓動。
それは、きっと互いに。
「知りたいか」
「・・・・・知ってる」
「ほう・・・」
「分かるよ・・・・・分かってる、もう」
あれだけ見つめられたら。
どうしたって。
「知っていて、何も言わぬのか・・・」
「何も言わないのは、天戒の方だろ」
「・・・・・確かに」
そうだったなと頷き、掴んでいた手を解き。
上体を起こし、きっちりと座り直して。
「・・・では、言おう」
片や龍斗は、寝そべったまま。
それでも、体ごと真直ぐに天戒の方を向いて。
待つ。
その、言葉を。
「龍、・・・・・お前が欲しい」
「な、ッ・・・・・・・・・・」
「言ったぞ・・・・・さあ、どうするのだ」
「な、んで・・・そんな、あからさまな・・・ッ」
ゆるりと、口の端をつり上げながら。覆い被さって来る男の
肩を、どうにか押しとどめて。
「待、ッ・・・ね、猫が・・・・・ッ」
言い訳にもなっていない台詞を口走れば。組み伏せられた
龍斗の傍らで、きょとんと座り込んでいる子猫に、その視線を
チラリと向けて。
「・・・・・お前には、まだ早い」
「そん、ッ・・・・・」
子猫に気を取られている内に、迷いもなく降りて来た唇が
龍斗のそれを、柔らかく塞いで。無防備なまま、受け止めて
しまった口付けは、熱く。次第に深く角度を変えて。
「・・・・・龍・・・」
吐息で、囁かれれば。
それだけで、目眩がしそうで。
「・・・天、戒」
拒むつもりなんて、ない。
見ているのも、飽きないけれど。
見ているだけじゃ、足りない。
それは。
彼だけじゃ、ない。
「・・・ッでも、ちょっと待って」
何度も口付けながら、やがて天戒の手が龍斗の着物の裾を
割って忍び込もうとするのに。慌てて、それを押しとどめて。
「猫なら、早々に去ったぞ」
「・・・・・この屋敷にいるのは、猫だけじゃないだろ」
それに、今は昼間で。開け放した、縁側で。
「時と場所を考えて」
「・・・まあ、乱れるお前の姿を他の者に見せるのは、本意
ではないからな」
頷けば。
曖昧な笑顔を見せるのに。
「だがな、龍・・・・・」
お前を見つめている時は。
いつだって。
どこだって。
「・・・・・目で犯されるって、そういうことなんだ・・・」
「それは、違うぞ・・・龍」
「ああもう、いいよ」
また何か言い募ろうとする唇を、己のそれで塞いでしまって。
不意打ちのような口付けに驚きつつも、その腰を抱き寄せようと
した手を、スルリと躱して。
「夜 ! お前の部屋で ! 」
ピシリと、それだけ言ってしまって。
自分で言っておきながら、その言葉の意味に赤くなってしまい
そうな顔を隠すように、背を向け走り去る。
逃げるように駆けていく龍斗の背を、半ば呆然と見送りながらも
その口元には、至極幸せそうな笑みが浮かんでいたことを。
「・・・・・夜が待ち遠しいですねェ・・・天戒様」
熱い茶と饅頭を用意して、襖の影に控えていたらしい桔梗だけが
知っていた。