『視感』
いつも見ていたいと思うのに。
見ていると、どうにも落ち着かない。
それでも、彼を。
見つめずには、いられない。
「・・・龍、か。何をしている・・・こんな夜更けに」
既に、夜半過ぎ。
滝の前、独り瞑想を終えて。
村に戻ってきた霜葉は、門の前、九角屋敷の方から歩いてきた
龍斗と出会って。
こんな時間に、何処へ行くのかと不審げに問えば。
「見張り。今日、当番だから」
揺れる松明の灯りの元、にこりと笑って。
す、と高い見張り台を指差す。
「・・・しかし」
龍斗は。
昨日の任務の折、大層なものではないにせよ、脇腹に傷を負って
いたはずで。
居合わせた桔梗が、その場で手当てをしていたものの、そうすぐ
には癒えるものではなく。
だから当然のように、天戒も今夜の見張りの任は他の者に代わり
を命じていた。
そう。
霜葉に。
「お前は怪我人だ。休め・・・・・ここは俺が」
「怪我、治ったし」
「龍」
「あのくらいの傷、わけないんだよ・・・ほんとは」
そうだ。
龍斗は。自身の回復の技を持っている。
だが、それでも完全に治癒するには。
「・・・・・心配してくれて、有難う・・・でもね」
その場で。
霜葉が思わず呆気に取られている目の前で。
上着を、ペロリと捲り上げて見せて。
「・・・・・な」
そして、そこには。
日に灼けぬ、その部分は白く滑らかで。
負ったはずの傷も、その痕跡すら見つけられなくて。
「昔っからね・・・傷の治りは、人並み以上に早くてね」
人並み以上、というより。
人並み、外れて。
本当に、人の子かと不審がられる程に、それは昔から。
「・・・・・龍」
「だから、大丈夫・・・・・霜葉こそ、休んで」
昨日は俺が怪我した分、霜葉が雑魚を片付けてくれたし。
そう言って、見張り台へ行こうとするのを。
「待て」
腕を取ろうとしたけれど。
僅かな躊躇の後。
言葉で、引き留めて。
「俺も・・・・・行こう」
「・・・・・俺、独りでも平気・・・」
「これは、俺の任でもある。それだけ、だ・・・・・」
龍斗に対する気遣いが、全くないとは言い切れぬが。
それでも。
見張りの任を命ぜられたのは事実であったから。
それを。それだけを、理由に掲げて。
「・・・・・有難う」
「礼を言われる筋合いはない」
「・・・でも、嬉しい・・・から」
ふふ、と微笑んで。
霜葉と肩を並べて歩き出す。
こうして、隣にくれば。
やはり、体躯の違いは瞭然で。
適度な筋肉はついているものの、あれほどの体術を易々と
使いこなせる猛者などには。とても、見えず。
華奢とまではいかないが、それでも露な肩も腕も脚も、細く。
そう。腰も、かなり。
「霜葉?」
「・・・ッ」
つい、まじまじと眺めてしまっていて。
かけられた声に、驚いて足を止めれば。
「先、昇るね」
いつの間にか辿り着いていた、見張り台の下。
掛かるはしごを掴んで、振り返る龍斗に慌てて頷いて。
ふと、背で。
村正が、微かな音を立てる。
龍斗の耳には、おそらく届いていなかったであろう、それは。
どこか、からかうような響きが含まれていて。
「らしくない、と言いたいか・・・」
全くだ、と。
軽く口元を歪め、龍斗の後に続いてはしごを登ろうとして。
「・・・・・・・ッ」
仰げば。
まだ登り切っていない、龍斗の。
短い上着の裾から覗く、腰から下の半身の線が。
目に、はっきりと。
飛び込んできて。
「・・・・・落ち着け・・・」
あからさまに動揺してしまった自分を宥めるように、首を
振る。
何を。
こんなに、自分は。
「お、えぇ眺めやなぁ」
不意に。
足元から上がる、脳天気な声。
「・・・・・天狗か・・・」
「よッ、壬生はん。あんさんも、龍斗はんの可愛い尻に欲情
してたクチやな」
「・・・貴様と同類に見られるのは心外だ」
「まぁまぁ。いや、ほんまにええ目の保養や」
見上げながら、手を合わせる様を。
剣呑な表情で見遣りつつ。
「・・・・・村正が、貴様の血を見たがっているのだがな」
当然、聞こえるように。呟けば。
「斬りたいんは、あんさんやろ?」
何処か、含みのある言葉と。笑みを残して。
「ほんまに斬られんうちに、退散するわ。ほな」
一陣の、風。
舞う土ぼこりに、目を細めた次の瞬間。
姿は、忽然と消えていて。
「あれ?もんちゃん帰ったんだ?」
降ってくる声に、仰ぎ見れば。
這いつくばって覗き込むように、こちらを見ている龍斗がいて。
「別に用はなかったようだが」
仏頂面で呟けば、不思議そうに小首を傾げて。
「ね、何話してたの?」
気になっていたのか、更に身を乗り出して来るから。
「龍、危ないからそれは止めろ・・・・・今、そこに行くから・・・」
待っていろ、と。
見上げて、告げれば。
「・・・・・うん、早くね」
くすぐったそうに、微笑んで。
言われた通りに、身を起こして。
それを確認して、はしごを昇りながら。
ふと浮かべた笑みは、何処か苦いものを含ませつつも、いつになく
柔らかいもので。
「・・・・・見抜かれていたか」
飄々としているように見えて。
やはり、侮れない。
あの、動揺を。
いや、おそらくは。
それ以前から。
龍斗への。
この。
「はい、お疲れー」
そこそこ長いはしごを昇りきれば。
待ちかねていたように、手を差し出されて。
「・・・ああ」
いつもなら。
きっと、触れることに躊躇したであろう、それを。
迷いもなく、取って。
力を込めて、握り返せば。
おそらく、予想外の行動だったのだろう。
一瞬、驚いたように大きな瞳をさらに見開いて。
それでも、すぐに。
はにかんだように、笑って。
「ほんとは、こんな高いところで独りで見張りするのって、好き
じゃないんだけど・・・・・霜葉と一緒なら、楽しい」
「・・・・・遊びじゃないぞ、これは」
「分かってるよ。ただ、霜葉がいてくれると思うだけで嬉しい」
そんな、言葉で。
掻き乱される心を、どうにか悟られないようにと。
「無駄話は、しまいだ。見張りに集中しろ」
「ふふ、了解」
そうして浮ついたような様子を見せながらも。
次の瞬間には、驚く程の鋭い眼光で。見渡す、全てに。神経を
集中させる。
その様を。
傍らで、見遣りながら。
あの男の言うように。
龍斗の姿形にも、確かに自分は魅かれているということは、
否めようもないけれども。
それだけでは、ない。
それだけでは、こんな気持ちにはならない。
『緋勇龍斗』というものを、貌(かたち)造る全てに。
強く。
心を、揺さぶられる。
龍斗には、ああ言っておきながら。
自分は、任務を忘れて彼の姿を目で追ってしまっていることに
自嘲しながらも。
おそらく、こうして。
彼の傍らで。
彼を、見つめ続けていく。
これからも。
彼を。
ずっと。