『選択』





「・・・・・逃げたい、かい?」
 問えば。
 着物に縋り、俯いたまま彼は。
 ゆるゆると、否定するように首を振るけれども。
「だったら・・・何故、君は泣く」
 ポタポタと。
 畳に零れ落ちては、幾つも幾つも染みを作っていく涙は、
止め処なく。
「・・・逃げたいと、・・・・・言えば良い、この星の宿命
から、逃れたいのだと」
 震える肩を、そろりと抱いて。
 告げれば、見上げて来る瞳には。
 やはり、浮かんでは頬を伝い落ちる、透明の雫。
 綺麗で。
 綺麗過ぎて、それは。
「・・・・・言えば」
 どうなるの。
 どうするの。
 幼子のように問うてくる彼に、うっすらと微笑みかけて。
「叶えて・・・あげるよ」
 何でもないことのように、告げた言葉に。
 大きな瞳が、ますます見開かれて。
 桜色の唇が、惑ったように開いては閉じ。
 やがて、ようやく言葉を紡いで。
「・・・無理、・・・・・そんなの、無理だって・・・・・
分かってるくせに、そんな・・・」
「不可能ではないよ」
 また、ゆるりと首を振るのに。
 肩に置いていた手をずらし、涙に濡れた白い頬を包み込む
ように、両手で捕らえて。
「星の、軌道を変える・・・・・不可能じゃ、ない」
 僕には。
 それが出来る。
 囁くように、告げれば。
 途端、泣き顔のまま表情は凍り付く。
「君が、この宿命から逃れたいと・・・そう、望むのなら
・・・僕は、出来る・・・よ」
 君が。
 それを望むのなら。
 ならば、僕は。
「・・・・・だ、め・・・」
「龍先生」
「そんなことしたら、・・・・・真琴さんは」
「・・・・・龍、斗」
 星の軌道を変える。
 大罪。
 その代償は、間違いなく。
「ダメ、・・・いやだ・・・・・そんなのは、いやだ」
 ああ、また。
 新たな哀しみが彼を襲い、涙となって溢れ出す。
 指先で、拭っても拭っても、それは止まらなくて。
 頭を引き寄せるようにして、自らの胸元。
 押し当て、どうかこれ以上。
 涙が零れ落ちないように。
「・・・・・そうすることで、仮に俺がこの宿命から逃れ
られたとしても・・・」
 くぐもった、声。
 震えながら、どうにかして。
 伝えようとする、それが。
「意味が、ない・・・・・真琴さんが、いなくちゃ・・・
ねぇ、・・・意味がないんだよ・・・」
 言葉に出来ない程に。
 愛おしくて。
 ただ。
 必至に縋り付く身体を、抱き締めることしか出来なくて。
「・・・・・闘う、・・・から」
 ちゃんと、前を見て。
 闘って、闘い抜いて。
 だから。
 そう繰り返し、繰り返し。
 己に言い聞かせるように呟く、彼を。
 強く、抱き締める。

 僕は、狡い。
 彼が、それを選べない事を知っていた。
 知っていた、のに。
 告げることで、彼に選ばせた。
 闘う、ことを。
 星の宿命を。

「ねぇ、だから・・・・・」
 側に。
 いてね、ずっと。
 此処で、ずっと。
 俺を見ていて。

 返す言葉の代わりに、抱き締めた腕の力を強く。
 離さない、と。
 離れない、と。
 誓う、ように。

 この命の続く限り。
 この命果てても、きっと。

 側に。
 君の。

 それが僕の宿命。
 僕が選び取った。

 君と共にある、ことを。




前向きなのか後ろ向きなのか(悩)。
どうにも、梅の話はしんみりと・・・くぅ。
目の前の苦しいコトから逃げられたって
ソコに好きな誰かがいなくちゃ。
意味がないでしょ、やっぱり。
好きな誰かが、いるからこそ。
頑張れるでしょ、きっとね。