『攫う月に』
その腕は、その中はとても心地よいのだけれど。
時々、その力強さに。
温もりに。
不安と安堵を。
共に、感じてしまう。
その夜も。
ひとしきり熱を分け合った後、半ば意識を失うように。
腕の中抱き込まれたまま、眠りに落ちて。
夜毎の激しい行為に、いつもなら朝まで目覚める事は
ないのに、この夜は。
珍しく、明け方にはまだ早い時間に意識が浮上した。
虫の音も、獣の遠ぼえも聞こえない。
静寂が支配する寝所の中、互いの吐息と鼓動が重ねる音
だけが、空気を微かに揺らす。
強く抱き込まれた腕の中、身じろぎすれば。
だが、拍子抜けするほど簡単に、その腕は解かれた。
「・・・・・」
多分、初めて肌を合わせた夜からだった。
眠る時、天戒はいつも龍斗を抱き締めて眠る。
優しく、強く。
引き寄せられる、腕に。
抗う気もなく、その抱擁に包まれて。
眠ることに、龍斗も既に馴染んで。
何度か、こうして夜中に目が覚めた時に、何げなしにその
腕から抜け出そうとしたことが、あった。
けれど、無意識にであるのか。
一層きつく、抱き寄せる。
腕に、逆らえずに。
だから、今夜こうして簡単に寝具から起きあがれたことが、
龍斗には意外でもあり。
少しだけ。
残念だな、という気持ちも何処かにあったのだけれど。
それでも、めったにないことだからと。
眠る天戒の肩まで、夜具を掛け直して。
龍斗は眠りを妨げぬようにと気配を殺しながら、そろりと
立ち上がると、傍らに脱ぎ捨てられたままであった白い寝着を
羽織り、部屋を抜け出した。
「・・・・・綺麗」
今宵の月は、白く煌々として。
暖かくはない、けれど冷たいわけでもない。
何処か神々しい光で、龍斗を迎えた。
時折見た、紅い月は胸騒ぎを。
今夜のような白い月は、安らぎにも似たものを、龍斗に与え
てくれる。
庭に降り立ち、その光を全身に浴びるように。
ゆるりと、両手を空へと差し伸べれば。
「龍」
不意に背後から掛けられた声に、龍斗は少し驚いた面持ちで
振り返った。
近付く気配は、感じられなかった。
というより。
余りにも身体に、その奥にまで馴染んだ、氣に。
感覚が、やや麻痺してしまっていたのかもしれない。
「・・・起こしてしまった?」
苦笑混じりに問えば、その口元に微かな笑みが浮かぶ。
「・・・・・寝た振りなんて、言わないよね」
「・・・・・済まぬ」
笑みがやや深くなり、ポツリと洩らすのに。
龍斗は、軽く肩を竦め。
「どおりで、素直に放してくれる訳だ・・・」
簡単に抜けだせた理由に、溜息をつきつつ。
もう一度、傾きかけた月を仰げば。
「恋しくなったか」
「・・・・・え?」
「・・・・・月が、恋しいのかと思ってな」
投げかけられた言葉に、龍斗は怪訝そうに天戒を見つめ。
やがて、クスリと微笑うと。
今度は、天戒の方へと両の腕を差し出した。
「なら、天戒は竹取りの翁?」
そういえば俺は竹林で拾われたよね、などと笑いながら。
ゆるりと首を傾げるのに。
「翁は、このようなことはせぬ、であろうがな」
誘われる、ままに。
腕を取り、自分の方へと強く引き寄せれば、抵抗もなく。
龍斗の身体は、すっぽりと天戒の胸へと収まった。
「それ以前に、俺は月の姫なんかじゃないよ」
「ふ、・・・どうだかな」
「・・・天戒」
ゆるく背を抱いていた腕が、少しずつ。
その拘束を強くする。
「月の光に誘われるように外に出たお前を見て、怖くなった」
「・・・・・怖い、なんて。鬼の頭目が、簡単に口にして良い
言葉じゃないよ」
「・・・・・月の光を浴びる、姿に・・・酷く不安になった。
あの月より迎えが来て、お前を連れ去ってしまうのではないか
・・・と、そんなことまで考えて」
「・・・・・考え過ぎ、だよ。俺は、何処にも行きはしない」
回した手で、広い背をそろりと撫でれば。
耳元、微かに安堵にも似た溜息が洩れるのに。
「約束、しただろう・・・ずっと、ここに・・・天戒の傍に
いるって」
「龍・・・」
「天戒も、言ったよね・・・離さない、って」
だったら。
「なら、月から迎えが来たとしても、とっとと追い返してよ」
「・・・追い返すどころか、切り捨ててしまうかもしれんな、
俺は」
「・・・冗談に聞こえない」
「無論、本気だ」
至極、真面目な声で。
きっぱりと、言ってのけるから。
「じゃ、鬼哭村版・竹取物語はそういう筋道で」
「鬼の頭目の妻となって暮らす、という結末だな」
「・・・・・妻、ねぇ・・・」
安心、して。
嬉しくなって。
本当に、離せなくなるのに。
離したく、なくなるのに。
「・・・・・少し、冷えるな」
夜明け前の空気は、まだ冷たく。こうして抱き合っていても、
背中から足元から。体温が奪われる。
「・・・・・このまま」
「龍・・・?」
部屋に戻ろうかと促そうと、して。
龍斗が、ポツリと呟いた言葉に。
どうしたのかと聞き返せば。
「・・・・・ああ、ごめん・・・何でもない」
抱き締められてるのが気持ち良かったから、と。
苦笑混じりに吐息で囁くのに。
「いくらでも抱いていてやる」
熱く、耳朶に吹き込めば。
背に回されていた龍斗の腕が、ゆっくりと首に巻き付くように
持ち上げられる。
それに応えるように、こめかみに唇を押し当てて。
見かけ以上に軽い身体を、そっと抱き上げる。
「・・・・・離すな、龍」
「・・・離さないよ」
そのまま自室へと連れ帰り、また寝具の上に共に身を沈めて。
やや冷たくなってしまった髪に、額に、頬に。
唇に。
肌に。
余すところなく、唇を落とす。
月の光が触れた、ところを。
全て。
己の熱で、塗り替えてしまいたい衝動に駆られて。
「・・・天、戒」
与えられる熱に、身を委ねながら。
目を閉じた龍斗の、瞼の裏。
翳りゆく月が、ぼんやりと。
映っていた。
こんなにラヴラヴなのに、ナニが不安ですか(問い詰め)。
いや、ラヴだからこその不安なのかもです、ええ(何)。
月に妬くってカンジで。←なんだかなー
抱き癖(?)ついてもイイから、ギューッとお願いしますv
ともあれ、御屋形様御誕生日おめでとう(それにしては)♪