『涙』



「・・・・・泣くな」
 大きな手が、そのやや節榑立った指先が。
 切ないほど優しい所作で、頬に触れ、目元を拭う。
 暖かい、といつも安堵する手は、今はじわりと熱を帯びて。
 それは手、だけではなく。
 身体、も。
 そう、重なった肌が酷く熱い。
 繋げられた下肢、そこから伝わる体温も。
 まるで。
 炎。
「泣くな・・・龍」
 額を合わせるように覗き込まれて、龍斗はそろりと瞬きをする。
 その拍子に、また目尻から涙が零れ落ち、天戒の手を濡らした。
「・・・・・辛い、か?」
 躊躇いがちに問えば、すぐにそれを否定するように、ゆるゆると
首が振られる。
「苦しい、・・・のか?」
 その問いには、少し間をおいて。
 だがやはり、否と首を振ってみせる。
「・・・・・こうするのは、本意では・・・なかったか」
「違うよ、天戒・・・そうじゃない。そうじゃない、んだ・・・」
 濡れた唇が、天戒の懸念を打ち消す言葉を紡ぎ出す、その安堵
よりも、微かに朱をひいたような柔らかな果実に、また思うままに
貪り尽きたい欲求に駆られ、天戒はやや苦笑混じりに頭を振った。
「ならば、何故泣く・・・」
 己の欲望のままに、存分にこのしなやかな身体を貫き、揺さぶり
甘い吐息を零す様を見てみたい、との思いはあれど。
 だが、天戒の熱情を受け入れ、こうして身体を開いている龍斗の
その眦から不意に溢れ、零れ落ちた涙を見てしまえば。
 それが、快楽故のものだけではないと、気付いてしまえば、もう。
 知らない振りをして、想いを貫き通すことは、出来なかった。
「龍、・・・・・申してみよ」
「・・・・・あ、・・・・・」
 何か。
 もし何か、わだかまりのようなものが在るというのなら。
 隠さずに、どうか。
 教えて欲しいのだ、と請うように。
 投げ出された手を取り、その手の平に唇を押し当てれば、微かに
震えた睫毛が、小さな雫を弾く。
 美しいな、と。
 ようやく手に入れた、想い人を眺め、胸の内で感嘆する。
 いや、まだ。
 この腕の中にあっても、己のものであるのか、など。
 分からないのだ。
 だから。
「・・・・・龍」
 告げて欲しい。
 その涙の理由を。
「・・・・・怖い」
「・・・・・怒っているのではないのだ」
 龍斗が、吐息のように洩らした言葉に、戸惑ったように返せば。
「知ってる、・・・そうじゃない・・・天戒が、怖いわけじゃない
・・・・・ただ、怖い・・・」
「・・・・・龍・・・?」
「怖いよ・・・・・天戒」
 また。
 するりと落ちる、涙。
 怖い、と。
 それは、もしかしたら理由もなく。
 ただ、漠然と恐れるだけの。
 何か。
「それは、・・・・・俺との関係が、変わってしまうのを恐れての
こと・・・か?」
「変わる・・・?変わらないよ・・・天戒は天戒で、俺は俺だから
・・・・・それに、こうして天戒と心も身体も触れ合えるんだから、
それが怖いなんてこと、ない」
 むしろ。
「・・・・・嬉しい、のに。天戒を・・・こんなに近くに、感じられ
るんだ・・・それだけでも、泣きたいくらい・・・幸せだよ」
 ああ、そうなのだ。
 それは、天戒にとっても同じことで。
 誰よりも、何よりも愛しいものを、抱いて。
 近くに。
 感じている、こんな幸せなことが。
「・・・・・ああ、そう・・・だな」
 こんな、幸せが。
 本当に。
「・・・・・天戒・・・?」
 ある、のだ。
 確かに。
 だけど。
 触れているのに。
 どこか、届かないところにもあるようで。
 両手に溢れるくらいの幸せと同時に、きっと。
 そこに、陰のように存在しているのだろう。
 理由すら分からない、漠然とした、それは。
「ならば、・・・・・その幸せな気持ちだけを」
「・・・・・天戒・・・」
 きっと、2人が寄り添っていく限り、消えることはないのだろう。
 だが、それに怯え続けているだけでは、どうにもならない。
 怖い、と。
 震えているだけでは。
「消せぬもの、ならば。それごと、俺のことだけを・・・龍」
「天戒、・・・・・だけ・・・?」
「・・・・・そう、だ」
「っ、あ・・・・・」
 繰り返す龍斗に、そっと触れるだけの口付けを与え、だがその羽の
ような愛撫とは裏腹に、ただ繋げたままの下肢を、押し上げるような
動きで揺さぶれば、不意をつかれ龍斗が微かな悲鳴を上げる。
 だがそれは、甘やかな濡れた声で。
 そのままゆっくりと掻き回すような動きに変えれば、途切れ途切れに
喘ぎを洩らしながら、熱に潤んだ瞳が尋ねるように天戒を見上げて。
「・・・・・天戒だ、け・・・」
「そう、だ・・・龍。・・・それでいい」
 頷けば、やや苦しげな息をつく唇が、ふわりと笑みの形に綻ぶ。
 誘われるようにまた、今度は深く唇を合わせれば、それに応えて龍斗
も、ゆるゆると舌を絡めてくる。
「・・・・・ん、っ・・・あ・・・て、んか・・・い・・・・・っ」
 やがて突き上げる動きに、龍斗の腕が天戒の背にしがみつくように
回される。きっと無意識の、その爪を立てられる痛みすら、堪らなく
愛おしくて。
「・・・・・何も、考えなくていい」
 そう。
 この時だけは。
「俺を感じて・・・・・存分に泣けばいい」
 そして流す涙は、全て。
 受け止める、から。
 だから、もう。
「離さぬ、・・・・・決して」
 告げる声に、安堵のような溜息を洩らして。
 そして、またひとつ。
 涙が零れた。





離さないと誓っても、離さないでと祈っても
どうにもならない大きな渦が。
ディスク1枚分我慢して下さい。←え