『長雨』
「・・・・・止まないね」
「・・・・・そうだな」
外は、雨。
もう、かれこれ10日は降り続く。
そんな雨降りの中、傘もささずに小走りに駆けて抜けて
上がり口に飛び込んで来た龍斗に、弥勒は表情こそ殆ど変え
なかったものの、ほんの少しだけ片方の眉を上げて。
傍らにあった手拭いを掴み、やおら立ち上がると、すっかり
濡れそぼった髪を、やや乱暴な手付きでゴシゴシと拭いて。
されるがままの龍斗の顔を覗き込めば、ポツリと。
呟くのに、雨音が大きくなったように感じて。
相槌を打てば、雨の滴に濡れた長い前髪から覗く大きな瞳が、
こちらを真直ぐに見つめているものだから。
妙に気恥ずかしさを覚えて、さり気なさを装って視線を逸ら
せば。
微かに、笑ったような気配。
彼、には。
気付かれてしまっていたのかも、しれない。
「日照り続きだったから・・・村人は喜んでいたようだがな」
それでも、努めて平静を。
声色にも装って、呟けば。
「でも、さすがに今の時期に長雨は困るよ・・・作物が、水に
浸かって台なしになるかもしれない」
くしゃくしゃになってしまった髪を、梳くようにして適当に
整えながらながら返すと、ゆっくりと弥勒と肩を並べ。
コトリ、と。
甘えるように、そこに頭を預けてくるものだから。
咄嗟に動揺を抑え切れずに、あからさまに息を飲めば。
肩口、クスクスと悪戯っぽく笑う吐息が、くすぐる。
「龍さん・・・・・からかわないでくれ」
心臓に悪い、と溜め息をつけば。
左腕に、自分の腕を絡めるようにしながら、尚も楽しげに
笑う貌に。
こっそりと、見とれて。
「・・・・・なぁに?」
その視線を感じ取ってか、龍斗は小首を傾げるように弥勒を
仰ぎ見て、問いかけて来るのに。
あくまで、憮然とした表情で。
「・・・・・また、見て行くのか」
作り掛けの面を示し、尋ねてみれば。
すぐに頷くのかと思いきや、何処か困ったような瞳が。
作業場に積まれた木材を、じっと見つめて。
「材料が、湿気っちゃうよね・・・」
「・・・・・」
確かに、適度な湿気も木には必要ではあるのだけれど、こう
毎日雨が続いては、鑿の当たり具合も変わってくるもので。
少しばかり辟易していたのに、龍斗は気付いていたのだろうか。
「・・・・・何とか、するさ」
それだけの技術なり、自分はちゃんと備えているのだと。
案じてくれていたらしい龍斗に、表情を柔らかいものにして
そう告げれば。
「うん、・・・・・でもやっぱり、このままじゃ、・・・・・あ!」
それでもまだ、思案する瞳が。
ふと、何か思い付いたように、輝きを増して。
「そうだ、奈涸 ! あいつに頼もう ! 」
「・・・・・何だと」
ポン、と手を打ちながら龍斗が告げた、その名に。
思わず聞き返す声が剣呑なものになったのを、龍斗は知ってか
知らずか、独り嬉しそうに何度も頷きながら、そうだそうだと
呟くのに。
「龍さん、あの男は・・・」
「雨降らせるコトが出来るんだからさ、止ませるコトも出来ると
思うんだよね・・・それに」
俺の頼みなら、何でも聞いてくれるって言ってたし。
サラリと告げた、その言葉に。
「・・・・・ッ龍さん!!」
ドン、と
壁に押し付ける勢いで。
弥勒の手が、龍斗の肩を捕らえて。
「ッた・・・何、・・・・・」
「・・・早まるな」
「は、ァ・・・?」
至極真面目な顔で、言うものだから。
壁に打ちつけられた背の微かな痛みに眉を顰めつつ、一体何の
ことやらと、首をかしげれば。
「もっと自分を大事にしてくれ」
「・・・・・弥勒?」
つい今しがたの荒々しい所作とは打って変わって、不意に。
フワリと、包み込むように。
片腕が、龍斗の身体を抱き締める。
与えられる抱擁の心地よさに、うっとりと目を閉じれば。
耳朶に囁きかける、低く真摯な声。
「触れさせたくはない、・・・・・あの忍びになど」
その響きに、微かに甘い痺れを感じつつも、それを誤魔化すように
クスリと笑って。
「・・・それって、奈涸が俺に妙なコトするような言い方・・・」
「・・・・・」
「ねぇ、そんな心配しなくても、奈涸が頼みと引き換えにそんな要求
する訳・・・・・ッ」
何やら案じているらしい弥勒の背を、軽く叩こうとして。
瞬間、抱き締める腕の力が、強くなって。
反射的に、もがくように身を捩れば。
「み、・・・・・」
視界が翳った、と思った途端。
唇に触れる、暖かいもの。
押し当てられたそれは、やがて角度を変え、突つく舌先に促される
ままに薄く唇を開けば、より深く。重ねられ、忍び込んで来た熱い舌
が、龍斗のそれを捕らえ、息つく間もなく貪られる。
「ん、ッ・・・・・ふ」
初心では、なかったけれども。
馴染んだ口付けだからこそ、それを知っている身体は、自然に熱く
なって。
その、先を。
無意識の内に、求めるように。
力が抜けて壁伝いに座り込む身体に、覆い被さる弥勒の背に腕を
回して、自らも。
激しく舌を絡め、その欲を伝えれば。
ひとしきり、吐息を互いに分け合った後。
交わした視線、弥勒の瞳がバツ悪げに逸らされて。
ポツリと。
「・・・・・そういう意味では、あの男は信用出来ない」
そんなことを、言うものだから。
「・・・・・俺、も?」
「そうじゃない、龍さんは・・・・・」
「俺は、弥勒のものだよ?」
「・・・・・ッ」
やや哀しげに曇った貌に、ハッとして。
「だから、・・・・・もし奈涸が、そういう要求をするのであれば、
・・・・・それなりの対応をさせて貰う」
見つめ返せば。
そこに在る、揺るぎない瞳。
どんな宝玉よりも美しく、強い意志を持って輝く。
「・・・・・龍さんを、疑っていた訳じゃない・・・・・」
逸らさずに。
魅き寄せられる、ままに。
「君の意志以外の何かが、君を・・・・・そう思うと、・・・・・」
酷く、不安に駆られた。
呟いて。
また片方の腕で、やや躊躇いがちに龍斗を抱き寄せれば。
しなやかな肢体は、すっぽりとその腕の中に収まって。
やがて背に回される腕の暖かさに、溜め息が零れる。
「・・・・・弥勒が、いい」
胸元で。
「弥勒が、・・・・・いいんだ」
ポツリと。
それでも、はっきりと。
届いた、届けられた言葉に。
「・・・・・龍さん」
そんな、言葉に。
酷く、安堵して。
「たまには・・・・・長雨も良い」
「・・・・・また、いきなりだね」
漏らした言葉に、小首を傾げ見上げて来る瞳を、受け止めて。
「作業が進まないのは、困るが・・・・・龍さんが、いるから」
告げる。
雨音に消されないよう、確かな声で。
「龍さんが、来てくれるから・・・・・そして、独り占め出来る
・・・・・こんな、好い事はない」
「・・・・・ものは考えようだね」
微笑って。
少し伸びをして、掠めるような口付け。
「俺も、弥勒を独り占め出来て・・・嬉しい」
触れ合うだけの、優しいそれを。
また次第に、熱く深く。
激しいものに変えて。
コトリと床に横たえれば、少しだけ困ったような瞳が、戸口に
視線を泳がせて。
「誰か、・・・・・来るかも」
「追い返せば良い」
そういう問題じゃないんだけど、と。
それでも微笑ったままの唇を、塞いで。
しなやかな腕に、背を抱かれるままに、熱い身体を重ねる。
「・・・・・作戦失敗、だね」
微かに笑いを含んだ声で。
小さく、龍斗が呟いたのを。
弥勒は、聞かなかった振りをした。
翌日。
昨日まで続いた悪天候が嘘のように、すっきり晴れ渡った空を
見上げながら。
「一筋縄では、いかないようだな」
また策を巡らす男が、いたとかいなかったとか。
そこかしこで暗躍vな人が・・・(遠い目)。
っつーか、長雨続きでは部屋にこもってヤるコト
決まってきそうなもんですが(そんな)v
ひーたんモテモテで、弥勒も気苦労が耐えぬ模様v
目下の敵は、天井裏に潜む亀(いたんかい)v