『求婚』
「すごいね、霜葉」
繕い物をしている霜葉の後ろから、ちょこりと顔を
覗かせて。
大きな瞳を瞬かせて、興味深げに針仕事をする手元を
見つめる龍斗に、霜葉は殆ど表情を変えずに。でも、
傍らの彼にだけは、それと分かる微かな笑みでもって
肩越し、ゆるりと振り返った。
「・・・・・そんな、感心する程のことではあるまい」
昼間、2人で鍛練していた時に、龍斗の着物に少々
綻びが出来てしまったので、それを繕うから…と、ここ
鬼哭村の外れに与えられた一軒家に招き入れて。裏手の
縁側に腰掛け、霜葉は針と糸を手に、器用に綻びを縫い
止めていった。
「だって、・・・・・俺、裁縫まるでダメ」
「・・・・・そうか」
確かに、繕い物の達者な男も、そういるまい。
霜葉の場合は、男ばかりの組織の中で必要に迫られて
という事情もあったのだが、やはり元々手先が器用で
あったということもあり、浴衣程度なら縫い上げられる
腕を持っていたから、龍斗が感心するのも、もっともで。
「霜葉は、料理も上手だし・・・掃除洗濯も、卒なく
こなすし・・・・・俺、惚れちゃいそう」
無邪気に笑って。
そんな、ことを言うものだから。
鼓動が、トクリと。
跳ね上がってしまったのに、気付かれはしなかった
だろうか。
「ね、・・・・・霜葉」
無表情のまま、それでも内心激しく動揺してしまって
いる霜葉に、気付いているのかいないのか。その肩に、
甘えるように、コトリと顎を乗せて。
「俺の、・・・・・お嫁さんに、ならない?」
「ーーーーーーーーーーーッ!?」
甘やかな、囁き。
でも、その内容は。
微妙に、期待を裏切るもので。
「ッ、・・・・・霜葉、ゆ・・・指ッ、針刺さってる!!」
衝撃の余り、手にした針が深々と己の指を貫いている
というのに、その痛みすら感じず。
慌てふためく龍斗を、只ぼんやりと見つめてしまって。
「・・・・・、ッ」
針を突き刺したまま呆然としたままの霜葉を見兼ねてか、
龍斗はその手を強引に引き寄せると、慎重に針を抜く。
その一瞬、痛覚が戻ったのか、霜葉は僅かに眉を顰めた。
「随分、勢いよく突き刺したもんだな・・・」
半ば呆れたような声に、手元に視線を落とせば。白い、
しなやかな龍斗の手に包み込まれるようにして支えられて
いる己の左手、その中指の第一関節の辺りから、ジンジン
と痺れるような感覚と共に、赤い玉がみるみる膨らみ、
やがてトロリと指を伝って手の平へと流れていく。
「血、・・・・・」
どちらともなく、呟いて。
だが、とんだ失態を曝してしまった霜葉は、極まり悪げ
に視線をツイ、と逸らし。どう言い訳したものかと、思考
を巡らせれば。
「しょうがない、なぁ・・・」
溜息が、フワリと。
指先に、触れて。
「ッ、・・・・・な・・・」
くすぐったい、と感じた次の瞬間。
その指に絡み付く暖かい濡れた感触に、弾かれたように
視線を戻せば。
伝う血を、丁寧に拭うように舐める、舌。元々の色も
あるのか、それは艶かしい程に赤く染まり。そして、指の
付け根から徐々に這い上がり、まだ血を滲ませる傷口へと
辿り着くと、ゆるりと。
綻んだ、唇が。
指先を、躊躇いもなく含んだ。
「・・・・・ッ、龍・・・」
何?、とでも言うように。
霜葉の指を咥えたまま、やや上目遣いに龍斗がこちらを
見遣る。
その、瞳の。
微かに濡れた、輝きに。
激しい衝動に突き動かされるように、思わず。
手を振り解き、両の腕で。
強く。
その体を、抱き寄せて。
強く。
抱き締めて。
「そう、は・・・・・?」
もしかして痛かった?、と。
くぐもった声が、戸惑ったように尋ねてくるのに。
そうではないのだ、と。
その白い首筋に、顔を埋めるようにして。
「・・・・・俺が、お前を娶る・・・から」
「え、・・・・・」
「俺の、ものになれ・・・・・龍」
請うように。
恋う、ように囁く。
「・・・俺、男だよ」
「俺に嫁にならないかと、そう言っていたのは誰だ」
「ッ、・・・・・」
もぞりと身じろぎする、その愛おしい身体を。
きつく、かき抱いて。
「いいから、おとなしく・・・・・このまま、俺のものに
なれ」
滑らかな肌に唇を押し当てれば、微かに怯えたように
震える、肩。
それでも。
拒む様子は、なく。
やがて。
おずおずと、背に回された手と。
そっと覗き込めば、気恥ずかしげに見上げてくる貌の、
仄かに朱に染まった、その柔らかい笑みに。
「ふつつか者ですが・・・」
そう言って微笑う、唇に。
口付けを、落として。
帯を。
解いた。
うわー・・・・・(何)。
霜葉の誕生祝いに、ナニか幸せなラヴっぽいのを
1発!!と書いていたら・・・・・うはー。
ともあれ、しっかと娶って頂きます・・・(悦)v
ここ、縁側だよ・・・とか、村正は何処に・・・とか
そういう突っ込みは、野暮なのです(ヲイ)v