『紅(べに)』




 ドン、と。
 不意にぶつかってきた、もの。
「あ、・・・・・っごめ・・・」
 廊下の角、前も見ずに走って来て曲がったのだろう。
 大層な勢いで激突してきた、その。
 しなやかな身体を、受け止めて。
「っ、てて・・・・・何、走ってんだよ、ひー・・・」
 衝撃に、鈍い痛みを訴える胸を擦りつつ。
 その張本人の顔を覗き込んで。
 その、男にしては恐ろしく綺麗な顔の。
 ある、一点に。
 目が。
「・・・・・、っこれは・・・」
 きまり悪げに逸らされる視線。
 白い頬が、やや朱に染まっていて。
 可愛い、だなんて呟いた日にゃ。
 握りこぶしで、ぶっ飛ばされるんだろうけれど。
「どうしたんだよ、その紅は」
 そう、龍斗の口元。
 鮮やかに引かれた、紅の色。
「小鈴たちと、ちょっとした賭けみたいなコトして
・・・・・俺、負けたから・・・その罰、だって」
 そして、喜々として小鈴たちに紅を塗られたのだと。
 罰として、今日1日はこのままで過ごすこと。
 そう、溜息混じりに説明するのを、聞きながらも。
 視線は、どうしたって。
 唇に注がれて。
「・・・・・あんまり、見るな」
「何で。すげー、似合ってるぜ」
「・・・・・嬉しくない」
 本当に。
 艶やか過ぎて。
 目眩が、しそうで。
「ひーちゃん」
「だから、もう見・・・・・、っ」
 つい。
 引き寄せられるように、そこに。
 自分の唇を、触れ合わせて。
 触れるだけじゃ、到底足りなくて。
 舌先で縁をなぞりながら、薄く開いた唇へ。
 忍び込んで。
 貪って、散々。

「・・・・・も、・・・何考えて・・・」
「・・・・・うーん」
「・・・京梧?」
 これでもかってくらいに、堪能した。
 そのはず、なのに。
 何か、が。
「おい、京梧・・・」
「・・・・・あァ、そういうことか」
「え、ちょ・・・・・っ」
 違うのだ、と。
 その違和感の正体が、朧げに分かってきて。
 怪訝そうに見上げてくる、龍斗の唇。
 紅く、口付けの余韻に濡れる、それを。
 汚れちまうな、と思いつつも。
 袖口で、ゴシゴシと擦れば。
 乱暴な所作に、抗議の視線が向けられるけれども。
「京梧、っ・・・・・」
 お構い無しに、また。
 何か言い募ろうとして開かれた唇を。
 奪って、吐息まで全部。

「・・・・・は、・・・一体・・・何・・・・・」
 ようやく唇を解放すれば、息を乱して。
 恨みがましい視線が、きつく睨み上げてくるけれど。
「んー、やっぱりな」
「だから、何・・・・・」
「紅なんざ引いてたら、お前の味がしねぇ」
「・・・・・はァ!?」
「花より団子とも言うしな。ああでも、お前はそのままで
じゅうぶん別嬪だから」
 そう。
 飾るものなど、なくても。
 そんなもの、必要でなく。
 むしろ、そのままの彼が。
 何よりも。
「・・・・・ごちそうさん」
「・・・・・、っ」

 誰よりも。
 合う。
 俺に。

「取り敢えず、続きは晩になってからな」
「知らん!!」

 肌も。
 魂も。

 お前にも、分かっているんだろう。







・・・ひーたんの味かぁ・・・(悶々)v
微妙にケダモノな京梧v食い付いてますv
証拠隠滅しておかないと、ジハードが(怯)。