『答え』





「もうちっと、何とかならねぇもんかな」
 敷かれた床の上。胡座を掻き、懐から取り出した銭袋を
逆さに振って。零れ落ちた幾つかの朱銀と銅銭に、京梧は
渋い顔で溜め息をついた。
「百合ちゃんに、公儀隠密のお手当上げてくれるよう、
交渉してみるか・・・いや、やっぱり地下潜りでチクチク
化け物倒して・・・」
「・・・吉原通いを控えれば、金は貯まるだろう」
 難しそうな顔で腕組みをして、そんなことをブツブツと
呟く京梧に、既に床に入っていた龍斗が、抑揚の無い声で
告げる。その言葉に、京梧は肩を竦めてみせると、床の上
に散らばった銭を掻き集め、袋にしまいながら苦笑混じり
に応える。
「その吉原に通うのに、金が要るんだよ」
「・・・・・」
 ムクリ、と隣の布団から起き上がる気配がする。
 きっと、呆れ果てた表情でこちらを見ているのだろうと
視線を泳がせれば。
「・・・・・ッ」
 微かな月明りの元。
 浮かび上がる龍斗の貌は、日の元で見るより一層白く。
黒く深い色の瞳に、真直ぐに見据えられて。
 思わず、京梧は息を飲んだ。
「・・・・・京梧」
「な、何だよ・・・ひーちゃん」
 責めるでもない静かな声に、逆に京梧の声は上擦って。
一体何を動揺しているのかと、奇妙な胸の昂りを誤魔化す
ように、笑ってみせれば。
「・・・俺に、しとく?」
「え、・・・・・」
「花代も要らないよ」
 呆然と、目の前に座る男を見つめれば。ゆるりと口元に
しかれた笑みに、目を奪われて。
 白いしなやかな手が、そろりと京梧の頬に、触れた途端。
「ッ・・・・・」
 酷く。
 渇きを、感じた。
「・・・・・衆道の気は、ねぇ」
「・・・・・そ」
 枯れた声で、半ば呻くように告げれば。
 軽く首を傾げるようにして、やがて何事もなかったように
また布団に潜り込もうと、する。
 その、肩を。
 掴み、布団に縫い付けて、そのまま。
 やや乱暴に横たえた身体の上に、のしかかるようにして。
「・・・京、梧」
「・・・・・でも、・・・欲しい」
 低く囁き、耳朶を甘噛みすれば、組み伏せた身体が、一瞬
震えるから。自分から誘っておきながら怯えているのかと、
ゆっくりと唇で頬を辿り、その顔を覗き込めば。
「・・・・・龍、斗」
 微かに潤んだ瞳の奥に揺らめくのは、怯えではなく。
 甘く、誘い掛けるような。
 艶めいた、彩。
「・・・京梧」
 ゆっくりと、背に腕が回されて。
 引き寄せられるまま、唇を合わせ、深く深く沈み込む。

 しなやかな肢体に、京梧はただ溺れた。




「ん、・・・・・ァ・・・は、・・あァ・・・ッ」
 夜風が、微かに木々を揺らす。
 月のない、静寂が支配する闇の中。茂みに隠された大木の
下、浮かび上がる肌が薄紅に染め上げられて。
「も・・・ッ京梧、・・・・・はや、くッ・・・ん・・・」
 幹に縋るようにして背後から貫かれながら、龍斗は自らも
腰を揺らめかせ、絶頂を強請って喘いだ。
「まだ、・・・・・まだ夜は長いぜ・・・ひーちゃん」
 言葉に余裕を感じさせつつ、締め付けを楽しむような動き
で、じわじわと龍斗の弱い部分を突き上げていく。
 そんな京梧に、龍斗は肩越し恨めしげな視線を向けながら
与えられる甘美な刺激に、涙と嬌声を零し続けた。
「や、ァ・・・ッ・・・・・ん、ッ・・・京梧、・・・ッ」
 名を呼ばれる度に、背筋を突き抜けるような快感が走る。
途端、質量を増した熱塊を感じ、龍斗は更なる快楽に身を
震わせ、咥え込んだものを締め付けた。
「・・・ん、イイぜ・・・・・龍斗」
 身体を密着させるようにして、奥深く己を捩じ込む。根元
まで突き入れれば、龍斗の背がしなやかに反らされ、掠れた
悲鳴のような嬌声が上がる。

 もう、何度この肌を貪ったか知れない。

 誘い掛けられた、あの夜から。
 毎夜のように、京梧は龍斗を抱いた。

 夜に限らず。
 それは、ここ龍泉寺で自分達に与えられた部屋であったり、
裏庭の茂みであったり。出掛けた折には、そういった茶屋に
連れ込んだ事もあった。

 どんな場所であっても、龍斗は拒むことなく。
 京梧を受け入れ、目も眩むような愉悦を与え。そして自らも
快楽に身を委ね、激しく乱れた。

「京梧、京梧・・・・・ッ」
 いつしか。
 探るようだった動きを、激しいものに変えて。細い腰を掴み、
やや乱暴なくらいに突き上げ、掻き回して。
「く、ッ・・・」
「あ、ッ・・・ああああァ・・・・・ッ」
 最奥、激しく迸り。この夜、最初の精を龍斗に注ぎ込む。
 1滴残らず与え、濡らして。すぐにまた勢いを取り戻した
若い雄を収めたまま、次の快楽を貪ろうとすれば。
「・・・・・ひーちゃん?」
 不意に。
 腕の中の身体が、くたりと沈み込む。
 気をやってしまったのかと、一旦自身を引き抜き、崩れる
肢体を抱え直そうと、して。
「・・・おい、・・・・・」
 気遣いながら、覗き込んだ貌は。ひどく、安らかで。
 呼吸は、やや浅めではあるものの、どうやら。
「・・・・・まァ、昨夜も遅かったしな・・・」
 眠りに落ちてしまった様子の、龍斗の乱れた衣服を手早く
直してやって。まだ熱の覚めやらぬ身体を抱き上げると、京梧
は踵を返し、まっすぐに寺の中へと向かう。
 夜更けのこと、幸い誰にも見とがめられる事なく部屋へと
戻って。既に敷かれていた布団のひとつに、そっと眠る龍斗を
横たえる。風呂上がりに肩に掛けて来て、部屋の角に無造作に
放ったままだった手拭いを拾うと、龍斗の下肢を寛げ、簡単に
身を浄めてやって。
「・・・・・京、梧」
 不意に、呼ばれて顔を上げれば。だがしかし、目が覚めた
様子は、なく。微かに動く唇が、フワリと柔らかく笑みの形に
弧を描いて。
「・・・・・龍斗」
 惹き寄せられるように、その唇に自分のそれで触れ。
 軽く啄むような口付けだけを落として、離れれば。奇妙な
気恥ずかしさが込み上げて、京梧はボリボリと頭を掻いた。
 もうとっくに、気付いている。
 自分が、龍斗にどうしようもなく惹かれていることを。
 身体から始まった関係であった、けれど。あの夜から、否
もしかしたら、もっとずっと前から。
 こう、したかったのかもしれない。
 龍斗に、触れて抱き締めて。
 切なげな声で名を呼ばれ。
 そして彼の内で昇り詰め、果てる。
 ずっとそれを、望んでいたのかもしれない。

 既に、そこそこの金は貯まっていた。
 だが、その金で女を買おうとは思わなかった。

 女を抱きたいと。
 龍斗以外に、触れたいとは思わなかった。

 龍斗しか、欲しくはなかった。

「・・・・・お前は」

 龍斗は、どうなのだろう。
 眠る顔は、先程の激しい情交の余韻を消して、何処か幼げに
見えて。そういえば、2つ程彼の方が年下であったなと、ふと
そんなことを思う。
 あの夜。
 京梧を受け入れた龍斗は、確かに初心のそれで。
 それから、2日と空けずに京梧に抱かれているのであるから
他の男を知っているとは思えず。
 あの夜、京梧を誘い掛けて来た、のは。
 毎日のように、京梧と情を交わす、その訳は。
 どうしたって、自分に都合の良い理由ばかり考えてしまって。

「・・・・・ふぅ」

 ゆるゆると首を振って、京梧も龍斗と同じ布団へと身を滑り
込ませる。すっかり腕に馴染んだ身体を抱くようにして、その
髪に軽く口付け、目を閉じる。
 何も聞けぬまま、また夜が更けていく。




 探索の帰り道。
 山道で、鬼道衆と思しき輩とちょっとした騒動になった。
 所謂下忍と呼ばれるものたちであったのか、こちらが相当の
手練と知ると、早々に煙幕を張って逃げた為、大事にはならず。
 ただ、龍斗が身を躱し損ね、軽い傷を負った。
「・・・・・たいしたことはない」
 笑って、自らの氣を練る技でもって傷口を塞ぐ。その様を、
京梧と共に見つめていた醍醐が、やや躊躇いがちに口を開いた。
「・・・・・余り、無理をするものではない」
「無理なんて、・・・」
「無理をさせるな、と言うべきか・・・・・蓬莱寺」
 その含みの有る言葉に、傍らの巨漢を見上げれば。そこには、
明らかに咎める目が京梧を見据えていて。
「醍醐・・・お前、まさか・・・・・」
「・・・・・狸寝入り、とはな」
 京梧が不審げに問い掛けるより先に、龍斗が溜め息と共に
言葉を紡いだ。責める、というよりは半ば呆れた響きで。
「俺、そんな声・・・大きかった?」
「というより、氣だな・・・酷く艶かしくて、どうしたものかと
気になって眠れなかった」
「・・・・・ふぅん」
 そんな2人のやりとりに、京梧は口を挟めぬまま呆然と立ち
尽くしていた。襖一枚隔てただけの隣の部屋で、醍醐は寝ている
のだ。夜毎の秘め事も、いつかは知られるのではと危ぶんでは
いたが、それにしても。
 この2人の落ち着きっぷりは。
「緋勇殿も、律儀にこの男に付き合うことは・・・」
「・・・ねぇ、醍醐」
 坊主らしく真面目な顔をして、微妙に説教じみた口調で言い
募るのに。向かい合う龍斗は、その空気を染め変えるように、
艶やかに笑んで。
「お前も、俺を抱きたいんだろう?」
「な、ッ・・・・・」
 その言葉に、あからさまに動揺したのは京梧の方で。
 向けられた醍醐はといえば、一瞬僅かに目を細め、そして。
「・・・・・良いのか?」
 当たり前のように、そう返すものだから。
 冗談通じてないぞ、とばかりに京梧は龍斗を返り見れば。
「良いよ」
「・・・・・ッ、ひーちゃん!?」
 笑んだまま。
 サラリと、龍斗は言ってのける。
 その涼しげな横顔に、京梧は我が耳を疑った。
 まさか。
 龍斗が、醍醐に。
「でも、・・・・・高いよ、俺は」
「ふむ・・・・・幾らだ」
 そして、代価の交渉までする、その様を。
 見ていられなくて、視線を逸らせば。
 チラリと、龍斗がこちらを伺う気配がしたけれども、それ
には気付かなかった振りをして。
 それでも、交わされる言葉だけは、はっきりと。
「・・・・・千両なら、好きにしていい」
「な、にィ・・・・・ッ!?」
 今度も。
 龍斗の告げた言葉に真っ先に反応したのは、醍醐ではなく。
「・・・ッんな金、こいつが持っている訳が・・・」
「そんなの関係ない・・・どうだ、醍醐・・・それでも俺を?」
「・・・・・ひとつ、聞く」
 割って入ろうとする京梧を、半ば無視した形で。
 淡々と、ふたりは話を続ける。
「・・・何?」
「蓬莱寺にも、金を要求したのか?」
「まさか・・・ビタ一文、貰っちゃいないよ」
「・・・・・成る程な」
「・・・ふふ」
 苦笑ともつかぬ顔で肩を竦める醍醐に微笑いかける龍斗の、
その傍ら。すっかり置いてきぼり状態にされてしまった京梧が、
不貞腐れたように顔を背ければ。
「ははは・・・まぁ、大事にしてやるんだな・・・蓬莱寺」
「な、ッ・・・何を・・・・・」
 大きな手で茶味がかったその髪をガシガシと掻き乱し、豪快に
笑うと、醍醐は唖然とする京梧に背を向け、そのままさっさと
立ち去ろうとするのへ。
「待て!! お前、ひーちゃんを・・・・・」
「俺のことより、緋勇殿の気持ちをよく考えてみるのだな」
「な、・・・おいッ!!」
 愉快そうに笑いながら、去っていく背を捕まえようとして。
 ふと。
 傍らに立つ、龍斗を見遣れば。
 そこには、変わらず穏やかに微笑む貌があって。
「・・・・・どういうことだよ」
 余りにも綺麗な、その笑顔が何だか妙に悔しくて。
 声色に、微かに棘が滲んでしまうのを押さえ切れずに。
「金さえ払えば、誰にでもヤらせるのかよ・・・ッ」
 みっともない、と思いながらも。
 どうにも堪え切れずに、詰め寄れば。
「・・・・・お前に、金は要求しなかった」
「だから、何だよ!?」
「・・・それが、答えだよ・・・京梧」
 一瞬。
 哀しげに微笑って。
 そのままクルリと踵を返し、来た道をまた走って行こうとする、
その腕を。
 咄嗟に掴んで。
「・・・ッ俺にも分かるように言えってんだ!!」
 思いっきり引いてやれば。
 途端その身体は、よろめいて京梧の腕の中、すっぽりと収まる
から。逃がさない、ように。背中から、抱き締めて。
「なァ、・・・・・醍醐でも、お前は・・・」
「・・・千両なんて、払える訳ないって言ったのは、お前だよ」
「・・・・・ッだがよ!!」
「払わせない・・・・・させないよ、誰にも・・・」
 強く、抱き締めて。
「なら、・・・・・ッ」
「どうして、京梧にはタダでヤらせてるのかって?」
 頭に浮かんで躊躇した問いを、そのままはっきりと告げられて。
 思わず、また抱く腕に力を込めれば。
「・・・・・痛いよ」
「ひーちゃん・・・・・」
「ああもう、どうして分からないかな・・・」
 肩越し。
 振り仰いだ、貌は。
 困惑の色と、そして。
 微かに朱に染まった、頬。
「惚れた男に抱かれるのに、金取ってどうするよ」
「・・・・・・・・・・」
「聞いてる?京梧」
「・・・・・おぅ」
 それを、見て。
 聞いて、しまって。
 京梧の顔も、知らず朱に染まって。
「・・・・・つまり、ひーちゃんは俺に惚れてて、だから俺に」
「ああもう、いい加減離せよ・・・痛いんだって、この・・・」
「・・・・・ヤだ」
「京梧!!」
 嫌がっている、というより。
 照れて、その腕から逃れようとしているのだと。
 それは。
 確信。
「俺も、・・・・・惚れてっからよ・・・お前に」
 こめかみに唇を寄せ、囁けば。
 抱き締めた身体が、一瞬震えて。
 抵抗が、止む。
「好きだ、・・・・・龍斗」
「・・・・・ん」
 腕の力を、少しだけ緩めてやれば。
 ゆっくりと身体の向きを変え、真直ぐに京梧を見上げて。
 微笑む、貌が綺麗で。
 背に回された腕を合図に、そっと唇を触れ合わせる。
「すげー・・・好きだ」
 吐息を掠めるような口付けが、やがて深く熱を分け合うものへ
と変わり。
 紅に染まった山が、その色を濃く落としていく。
 夕闇に溶けていく重なりあった影が、揺れて。



 そして、日が完全に落ちた頃。
「雄慶くん、ひーちゃん達はッ!?どうして別行動なのさッ!!」
「子供ではないのだから、心配する事もあるまい」
「ふふ、そうね・・・子供ではないわね・・・うふふ」
「龍斗さん、御風邪を召されなければ良いのですが・・・」



「ッくしゅん」
「寒いか、・・・ひーちゃん」
「ん、・・・平気、・・・ッあ、ァ・・・・・ッ」


 夜も更けて。
 龍斗を抱きかかえながら寺に戻った京梧を、笑顔で出迎えた者
が、いたとかいなかったとか。

 合掌。





・・・・・千両か・・・(ナニやら思案中)。
総受け傾向ながら、基本的に惚れた男と以外は
しない主義です、ひーたん(笑)v
そして、惚れた男とならナンボでも(元気v)!!!!
絶倫な旦那サマに、壊されないコトを祈りつつv
っつーか、微妙にピンチですか・・・京梧(怯)。